第25話 ウラムの裏側
第25話
今日もいつも通り、荷運びを行う。
何がどこから入荷され、そしてどこへ運び込むのか。
今ではあらかた把握して、指示を聞くまでもない。
「オボロ、ちょっといいか?」
「ん?なんだ親方」
「いや、言いにくいんだけどよ」
いつもの親方らしくない。言葉を選ぶように話し、視線が合わない。
「明日からは……来なくて良いんだ」
「……」
「いや、お前に落ち度があるわけじゃねえ!すげえ仕事頑張ってくれてるし、覚えも早いしよ」
「ただ……」
親方は周囲に視線を配る。
「今は、な?こういう空気だしよ……俺たちに仕事を依頼してくれる店からも、ちょっと言われてんだよ」
「そうか」
親方は更に声を落とし、慎重に話を続ける。
「一応……色街の方になら、魔人でも仕事を斡旋してくれるところはある。ただ――」
「裏側の奴らだ。近づかないほうが賢明ではある」
一拍置く。
「なぁ、オボロ。お前も、この街出たほうが良いぜ」
「この街を?」
「……"近々勇者が来る"らしい。ギルドの奴らが言ってたんだ」
「それは……」
「あぁ。こんなところに来るわけないと思うんだが、オワリの件もある」
親方の目には焦りが滲んでいた。
「忠告、感謝する」
「今日の金は、色つけとくからよ。それで姉ちゃん連れて逃げな」
銅貨の入った袋を渡し、足早に去っていく親方。
「さて……」
真上に昇る太陽を見上げて、歩き出す。
◆
「遅い!!」
宿の扉を開けると同時に、ヨルが詰め寄ってくる。
「こ〜んな時間まで何しておったんじゃ!もうお外は真っ暗じゃ!」
「すまない、仕事だ」
「まったく!仕事だなんだと、儂に構う時間もとれないとは!それで騎士が務まるのかのう!」
ヨルはご立腹のようだ。
「いや、忍だ」
「ゑ?」
「騎士として、拙者が目立ってしまった故にオワリではヨル姫を危険に晒してしまった」
「ぬ、ぬぬ?」
「やはり……拙者は忍なのだ。誇りや誓いではない。果たすべき任務を全うするのみ」
真っ直ぐと見つめるトバリに対して、ヨルはよく分からず背筋が冷たくなっていく。
「ま、待て待て。それはどういうことじゃ?」
「儂の騎士ではないのか?……と、トバリまで、離れてしまうのか!?」
ヨルは下から覗き込むように、トバリの目を見ながら袖を掴む。
「騎士では、無い」
「そ、そんな!それは、ならんぞ!それじゃ――」
「だが、忍たる拙者が、姫から離れることは決して無いだろうな」
「ふえ?」
「これから姫が天下を統一するまで。姫の影として覇道を共に歩む」
「天下を……?」
「あぁ」
宿には二人だけ。
他に聞く相手もおらず、ヨルは暫く一人で考えて、口を開く。
「んー……」
「よく、分からん!とにかく命令じゃ!お主は今から儂と遊ぶのじゃ!」
「……命令とあらば」
トバリの考えは、まだヨルには難しすぎたようだった。
◆
ウラム東地区 色めき通り
――通称 色街
夜だというのに、そこだけは昼のように明るかった。
通りの両脇には派手な魔導灯が吊るされ、赤や紫の光が石畳を照らしている。
窓辺では化粧の濃い女たちが身を乗り出し、通り過ぎる男へ甘い声を投げかけていた。
酒場からは下品な笑い声。
割れた瓶の転がる音。
煙草と香水、酒の臭いが混ざり合い、空気そのものが熱を帯びている。
酔っ払い同士が肩を組み、獣人の踊り子が音楽に合わせて腰を振る。
呼び込みたちは獲物を探すような目で通行人を見回し、裏路地では既に金額交渉が始まっていた。
だが――。
一本、裏路地へ入れば空気は一変する。
建物同士は異様に近く、空を見上げても細く切り取られた闇しか見えない。
湿った石壁には黒い染みが広がり、足元には汚水が流れている。
酒場の喧騒も、ここまでは届かない。
代わりに聞こえるのは、誰かの咳払い。
遠くで鳴る悲鳴。
そして、こちらを窺う気配。
細く入り組んだ路地は迷路のように繋がっており、一度逃げ込めば慣れた者でも追跡は困難だろう。
その最奥に、ウラムの裏社会を牛耳る"ブーグーファミリー"のアジトはある。
部屋の中は薄暗く、煙草の煙で白く濁り、武器を持った魔人たちが各々自由に座っている。
机には酒瓶と金貨、食い散らかされた肉料理。
床には乾ききっていない血痕まで残っている。
「な、なぁアニキ!!聞いたかよ!勇者の噂!!」
場違いなほど豪華な机。
獣の毛皮が敷かれた椅子へ深く腰掛け、一人の男が葉巻を咥え、返事をする。
「んあ〜?」
ブーグーファミリー頭領――ブルーン。
黒髪を真後ろに流し固めた、大柄な身体。
鈍く光る金歯。
「やべえって!勇者が来たら、俺たち魔人は殺されち――ぎィッ」
ブルーンが指を鳴らすと同時に、騒いでいた男の首がポトリと落ちた。
「ヒィ……!」
ゆっくりと、席から立ち上がるブルーン。
「ガタガタ騒ぐなよやかましい……勇者が来るだぁ?クク……来て何になるってんだ?」
もう一人、前に立つ部下へ問いかける。
「え……そ、そりゃ、オワリみてえに……ひっ!」
ブルーンが指を上げると同時に、部下は頭を抑えて床に伏した。
「クク……そんなにビビんなよ。斬りゃしねえよ。大切な仲間、なんだからよ」
先に斬り落とされた部下の首を足で壁際に蹴りながらブルーンは続ける。
「……」
「あのなぁ、ここはサーキス領にも面した交易都市だぞ。勇者が来て暴れれば、それこそ侵略行為だ」
「そうなりゃどうなる?連合国と聖王国で大陸戦争でもするか?その間、魔皇国への守りはどうする?」
胸ポケットから、一本の葉巻を取り出す。部下の一人が急いで近寄り、火をつける。
「……聖王国はそこまでバカじゃねえ。オワリの件は、王子が助けを求めたってゆー、大義名分があったから動けたんだ」
「それにオワリは、連合国と友好な関係を築いてはいたが、連合国に属していたわけじゃねえ。あくまで独立領だった」
ブルーンは床に伏している部下の頭を掴み、立ち上がらせる。
「なあ?ウチとオワリじゃあ、話がぜんっぜん違ぇだろ?」
「ふぁ……ふぁい………」
「何よりうちには、強力な仲間も増えた。……なあ!」
そう言いながら、ブルーンは振り返る。
吊られるように、部下たちもブルーンの目線の先を見る。微かに、恐れを滲ませながら。
黒い外套に身を包み、黒い仮面を被る影。
腕を組み、小さく口を開く。
「あぁ……」
満足そうにブルーンは笑い、言葉を続ける。
「クックック」
「コイツの腕は確かだ。誰が来ようが、返り討ちにしてやるぜ」
誰も、口をひらけない。
その代わり、小さな拍手が鳴った。
徐々に一人、二人と拍手が大きくなる。
「逃げたい奴は逃げればいいさ!その背中を、俺が切り裂いてやるからよぉ!!」
拍手は当分、鳴りやまなかった。
『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます
ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです
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