第21話 不穏な空気感
第21話
昼下がり。
陽は高く、風はぬるい。
ウラムの通りは、今日も人で溢れていた。
「おいオボロ、そっち持ってくれ」
「はい」
荷台から木箱を担ぎ上げる。
中身は乾燥肉と香辛料。重さはあるが、問題にはならない。
「オボロくん!今日も頑張ってるね!」
「あ〜……エキナさん。おはようございます」
「やっと覚えたか!このこの!」
「いてて…。やめてください」
「おい、早く運べ〜」
「はい!それじゃあ、エキナさん。また」
「ばいばーい!」
決められた場所へ運び、積み上げる。
声をかけられ、また別の荷を運ぶ。
同じ作業の繰り返し。
「なあ坊主、ほんとにギルド入らねえのか?」
「そうですね、今の生活で十分です」
「もったいねえなあ」
笑いながら去っていく背中を見送り、次の荷へ手を伸ばす。
「確かにもったいないのかもしれんのう……」
横から、ヨルが話しかけてくる。
「あ、ユル姉さん。買い出しは終わった?」
「……なんだかその話し方、むず痒いのう……」
「仕方ないだろう。それで、買い出しは終わったのか?」
「う、うむ。ちょうど今戻ったところじゃ」
袋を肩にかけたヨルが、わずかに顔を上げる。
「仕方ないよの。今の儂らは、目立つことは避けねばならんからな」
「そうだね。ギルドに入れば魔獣討伐やダンジョン攻略とかも出来るけど……」
「それより、目立つなと言うておきながら、自分はおなごといちゃいちゃしている点について話が……」
「してないって」
「むきぃー!しとるのじゃ!」
『おい、さわんなよ!!!』
突然大きな声がして、ヨルは目線を変える。
ヨルの視線は、通りの一角へ向いていた。
そこには人だかり。
市場の端、小さな薬店の前。
「……魔人が触ったなんて噂がたって、売れなくなったらどう責任とってくれんだよ!」
店主の声。
その前に立つのは、小柄な影。
黒髪青眼の魔人の子供だ。
伏せられた目は潤み。手には握りしめた銅貨。
「でも、薬を買いたくて、昨日は……」
「昨日は昨日だ。今日からはもうダメだ」
吐き捨てるような口調。
周囲の客は視線を向けて、すぐに逸らす。
誰も口を挟まない。
「最近はそういう空気だろ?な?」
店主は言葉を選ばずに続ける。
「でも……でも薬が無いと…」
子供は、何も言えずに立ち尽くす。
銅貨だけが、小さく震えていた。
「子どもに対して何たる横暴じゃ!許せぬ……!」
ヨルが拳を握り一歩踏み出しかけるが、すぐに止め低く言う。
「……落ち着け」
「……だが!!」
「ここで騒げば、目立つ」
短い言葉。
それだけで十分だった。
ヨルの手が強く握る。
「……ぐ、ぬぬ」
「まぁ、任せてくれないか」
そう言って路地裏へ歩き出す。
数秒後、別の足音が通りへ戻ってきた。
見慣れた顔。だが、その歩き方が違う。
「ユルさん!ちわっす!!」
「え、コデマリ……ん?」
すぐにヨルは違和感を覚える。顔は完全にコデマリオ。だが、背丈が小さく顔のバランスが合っていない。
「お主……」
言いかけるヨルに、コデマリオが距離を詰めて耳元で囁く。
「勘違いするな。拙者だ」
「ぎゃっ!声が!?」
「あの頃のアイツの見た目を借りた。これなら問題ない」
「おお……でもなんかちぐはぐじゃぞ」
「背丈は変えれないからな」
「あっ!店主さん!」
「んあ?なんだ」
「えっと……」
先程少年が見ていた薬を見つけ、手に取る。
「これで足りますか?」
数枚の銅貨を置く。
「お前、それを……」
「……足りるか」
繰り返す。
声は低く、揺れない。
「……ああ、まあ……足りるが」
「釣りはいらねっすから!!」
「おお……!毎度あり!」
店主は薬を袋に入れる。
トバリはそれを受け取り、子供に押し込んだ。
「行け」
子供は戸惑いながらも何も言わず、走り去る。
振り返らない。
「……」
ヨルは何も言わない。
ただ、わずかに顔を逸らす。
「……余計なことをしたか?」
「いや、善い事じゃ」
短い返事。
「……だが、解決にはなっておらん」
微かに震える、小さな声だった。
◆
数日後。
その日は、小雨が降る何の変哲もない日だった。
ドンッ
「いってーなオイ。魔人が昼間っからうろついてんじゃねえよ」
「スミマセン」
「あー?謝罪が伝わってこねえよ!痛えよ!」
「……そっちからぶつかっただろ?」
「……テメェ。魔人は黙ってヘコヘコしときゃいいんだよ!」
男は拳を振り上げる。
(……どうするか)
振り抜かれるまで、およそ0.4秒ほど。
(………よし、殴られてふっ飛ばされよう)
なるべく跡が残らないよう、おでこに当たるよう腰を下げるトバリ。
そのとき――
「コラーー!!」
突然の叫びで男の拳が止まる。
見ると、エキナが凄い剣幕で走ってくる。
「何してんの!?」
「あ……エキナさん!い、いやコイツがぶつかって……」
「関係ないよ!!子ども相手に暴力なんて、信じられない!!」
「す、すみません、すみません」
男はエキナに何度も頭を下げながら、こちらを横目で一瞥する。
「……ちっ。女に守られやがってよ」
バツが悪そうな顔をして去っていく男。
「大丈夫?オボロくん何かされなかった?」
「あ、あぁ。エキナさんありがとう。大丈夫」
「どうせ魔人だなんだって因縁つけられたんでしょ!」
エキナは顔を真っ赤にして怒ってくれている。
「意味わかんないよね!ついこの前まで一緒に過ごしていたのに。急に……」
「オワリの件が、ここまで流れているんですね」
「うーん、それもあるけど……」
それより。と続けるエキナ。
「この街を元々仕切ってくれてたウグイス団って人たちが皆、徴兵で連れて行かれちゃってからね。どんどん治安悪くなってて」
「ウグイス団?」
「そう。自警団みたいな感じでね」
「ここはオワリ領と連合国のサーキス領の中間都市だから。取り仕切る人がいないのよ」
「なるほど……。自警団か」
「そう!カッコよかったんだよ!ギルドとも対等に渡り合ってて、お揃いの制服とか着ててね〜」
「それは、どこかの国や貴族に雇われているわけでは無かったのか?」
「違うよ〜!傭兵団みたいな感じで、自由に活動してたの!それがまた権力に負けないというか……自らの正義というか……!」
エキナは目をキラキラと輝かせて話し続ける。
「そうか……」
「でね!ウグイス団は〜」
「エキナさんありがとう。少し、確かめたいことが出来ました」
「え?オボロくん?」
そう言って、トバリは駆け出した。




