第18話 炎の血族④
第18話
そこからは、ただの殺戮。
もはや戦闘ですらなく、金色の髪が揺れるたび。白いマントがはためく度に人が斬り伏せられていく。
『アハッアハアハ!アーーハッハッハ!!!逃げろ逃げろ!!』
騎士、メイド、動物に至るまで。
目についた命を片っ端から滅ぼしていく。
「な、なんでこんなところに……聖王国の兵士がいるんだよ!?侵略――ッ!?」
叫ぶ騎士の鎧を、紙でも裂くように斬り下ろす勇者。
『ガキがッ!聖王国だとか関係ねえ!俺様は勇者だぞ!!』
勇者は大きく口を開く。
『よく聞けカス共ッ!!俺は魔人に支配されていた哀れな国を助けにきたーー!!』
『正義のために立ち上がったんだよ。可哀想な王子の依頼で……だ』
そう言って、ユウヒを見て笑う。
逃げまどうメイドの肩を突き刺す。
「キャアア!!」
剣で体を引き寄せて、メイドの顔を掴み耳元で問う。
『勇者っぽくね?勇者ぽいエピソードだよな?』
メイドは恐怖と痛みで顔が歪み、叫び声をあげる。
『質問に答えろや!!』
肩から首にかけて、両断。
返り血に染まった顔で、こちらを向いた。
『わけわからん儀式は終わったか?』
『……そんで、お前が言ってた闇の魔人はどいつ?』
周囲を見渡す。だが、勇者が暴れまわったことで、城内は瓦礫の山と化している。
先程までヨルとトバリが居たところには、もう誰もいない。
「……逃げられたようだ」
『はぁ!?何やってんだよ!!』
勇者は頭を掻きながら『面倒くせえな』と呟く。
◆
「ローレル!父上は……」
ヨルの声はひどく震え、顔は青ざめていた。
背中にヨル、片手でトバリを抱えて森を駆けるのは、傷だらけのローレル。
「……申し訳、ありません」
「そんな……あの父上が、負けるなど……!」
「アサヒ様は、負けたのではありません!」
「ヨル様を逃がせと命を受け、ご自身にあった殆どの魔力を私にお渡しくださったのです」
「そのおかげで、何とか私は逃げ延び、更に炎の共鳴によりヨル様を見つけることが出来ました」
「私の、ために?」
「はい。アサヒ様は最後までヨル様のことだけを案じておりました」
「私のせいで……私が……母上だけでなく、父上まで殺したのじゃ……!」
「マヒル様のことを……。お聞きに、なったのですね」
重い沈黙が流れる。
「ローレル、もう拙者は大丈夫だ。降ろしてくれ」
そう言って、トバリはローレルの手から降り駆ける。
「トバリくん……?」
「後ろから、異常な速さで殺気が近づいてくる。……恐らく、その勇者ってやつだ」
勇者という言葉を聞き、ヨルは更に震えた。
「本当か?」
「あぁ……ローレル、ヨル姫を頼んだ」
思い起こされるのは、この世界に来る直前の記憶。
半壊した城。昇る黒煙。
姫を逃すため……我が身を捧げる。
「殿は、慣れてる」
そう言って、後ろを振り向いた瞬間。
襟を掴まれ持ち上げられた。
「なっ……え!?」
「姫様、トバリの背中に」
「なんじゃ?」
ローレルが、こちらを見る。真っ直ぐと。
「君のことは、初めて会ったときから疑っていた」
「だが……今はもう信じる。君のことを」
「ローレル……!?」
「ヨル様を頼むぞ」
「何を言ってるんだ。強いお前がヨル様と……!」
「そう、強い私が!!」
ローレルは炎を宿した手をこちらに向ける。
「殿を努めた方が、ヨル様が逃げる時間を稼げる。勇者相手じゃ、君は瞬殺されるだけだ」
そう言って、無理やりトバリの手に袋を持たせて、ローレルはスピードを緩めていく。
「ま、待て!私を放ったらかして勝手に話を進めるな!」
トバリはローレルに、何も言い返せない。
「それに、君はヨル様を守るとアサヒ様に誓っていただろう」
「おい!皆で逃げるのじゃ!もう誰も死ぬでない!」
ヨルはトバリの背中で騒いでいる。だが、ローレルはもうヨルの方を見なかった。
「誓ったのなら最後まで貫け。それが、オワリの騎士だ」
「……。頼んだ」
「まて!ローレル!!ローレル来い!止まるのじゃトバリ!!」
「ヨル姫……最初で最後の、命令違反を許してくれ」
そう言って、トバリはスピードを上げた
ローレルは森に、火を放つ。
森は勢いよく燃え、巨大な炎の壁を作り出す。
一瞬、振り返る。
もう、見えなくなったヨルの背中を心に抱く。
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「おまえ、なをなのれ!」
「ヨル様、私はローレルですと何度も……」
「くるしゅうないのじゃ!」
「うわっと!危ないですぞヨル様!」
「きゃははは!」
「ローレル、私には兄上がおったのか?」
「え……ええ、どこで、それを?」
「街の者から聞いたのじゃ。だれにでも優しく、勇敢なものであったと」
「……そう、ですね」
「父上に聞いたら、冒険に出たと言っておった!ずるいのじゃ!」
「ははは……ま、まぁどこに行こうと、オワリより良い国はありませんよ」
「それはわかっておる!私の国ぞ!」
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ぽつり、小さくつぶやいた。
「ヨル様……なんとか、生きて。生き延びてください」
『なんだなんだぁ?うぜえなこれ』
炎の壁の向こう。
軽薄な声が、近づいてくる。
一歩。
それだけで――空気が歪む。
二歩。
炎が、揺れる。
燃え盛るはずの炎が、まるで“押し返される”ように。
三歩目。
ズン、と。
大地が沈んだ。
炎の壁が――割れる。
焼き払われたのではない。
人一人が通れる程度の隙間を、ただ“力”だけでこじ開ける。
そこから、現れる。
金の髪に、白いマント。
そして――
『はぁ……あっちいなクソ』
まるで散歩の途中のような声音。
だが。
その踏み出す足下から、周囲の魔力が“逃げていく”。
濃密だったはずの空間魔素が、存在を拒むように薄れていく。
圧。
ただそこに立っているだけで、周囲の全てが平伏していく。
「自分より格下だ」と、理解させられるように。
『で?』
剣を、肩に担ぐ。
『それで止めれると思ってんなら、もう黙って死んでほしーんだけど』
ローレルは、答えない。
ただ――踏み込む。
地面が焼き払う溶岩となり、木々は内熱する木炭となる。
炎が、爆ぜる。
体の内側から、抑えきれない熱が溢れ出す。
アサヒから託された炎。
借り物などではない。
今この瞬間だけは――
“自分のもの”だ。
「――来い」
握った薙刀が、鳴く。
炎が、刃を飲み込む。
いや――刃自身が、炎に変わる。
『オイオイ勘弁してちょーよ……闇の魔人捕まえるつって国のジジイ達納得させてんだからさあ』
周囲の空気が焼け、
地面が粘り、
視界すら歪む。
その中心で、ローレルは構える。
静かに。
だが確実に、
この場の“核”として。
『……はぁ』
勇者はため息を吐く。
ほんの少しだけ、目が細くなる。
『あー……どおりで坊っちゃんの炎弱かったわけだよ』
剣を、ゆるく振る。
それだけで、空間が鳴る。
『お前が“持って”たんか〜』
その日、地図から一つの森が消える。
砂塵と化し、以降草木が生い茂ることは無かった。




