第17話 超常戦力
第17話
中庭に、転がる。
上手く受け身が取れず、腰を強打した。 石の冷たさが、背骨にまで突き抜ける。
「……は、はは」
乾いた笑いが漏れる。
「闇の魔人など……伝承でしか聞いたことがないけれど」
視線の先。
黒い吐息を吐く、四足の“獣”。
もはや人の形は残っていない。 全身を覆う漆黒の靄。 その内側で、軋むように動く肉体。
――まるで、錆びた鉄人形を力任せに動かしているような、不自然な挙動。
だが――
『ゥ゙ゥ゙ァァァ………ガッ!!』
次の瞬間には、目の前。
「――ッ!」
咄嗟に右腕を差し出す。
――容赦なく、叩き潰される。
獣の右足が、あり得ない角度で振り抜かれ、 防御ごと、骨を逆方向へへし折った。
「ぐ、ぅ……ッ!!」
遅れて、痛みが来る。
奴の動きはぎこちない。だが、重く、あまりにも、速い。
なにより――
“見えない”。
闇に紛れ、輪郭そのものが定まっていない。
近いのか遠いのか。 大きいのか小さいのか。
距離という概念が、奴を見ていると崩れていく。
(……力を、近衛騎士たちに渡しすぎたな)
呼吸が浅くなる。
(このままじゃ――マズい)
ぶら下がる右腕を、左手で無理やり持ち上げる。 骨が擦れる感触を無視し、掌を合わせる。
「……滅熱魔法」
足元から、猛スピードで凍りついていく。
石畳が白く染まり、 獣の脚を氷が捕らえる。
そのまま這うように、全身へ。
「――亜偽刀」
地面が裂ける。
無数の氷刃が、下から突き上がり奴の体を貫く。
一撃ではない。 何本も、何本も、何度も。
串刺しにし、固定し、逃げ場を奪うための徹底した拘束。
「まだだ――」
さらに左手に力を込める。
「滅熱魔法――垓――」
言い切る前に。
「ガハッ……!」
血が溢れる。
口から……喉から、焼けるような熱い血が止まらない。
(……時間が、ない)
視界が揺れ、意識が飛びそうになりながら咄嗟に前を見る。
『ヴルルルグウウ……』
――蠢いている。
氷刃の隙間から。
黒い“何か”が、伸びている。
触手。
いや、影そのもの。
それが氷に絡みつき――内部に侵食している。
「……はは」
笑うしかない。
(飲み込むのか……氷すら)
やがて。
氷刃は、黒に染まる。
そして――
『ゥ゙ァァァア!!』
“それ”を足にして、"それ"を背負ったまま。
獣が、跳ぶ。
こちらめがけて一直線。
(間に合え――)
残った力を、全て叩き込む。
「――滅熱魔法」
大地が、唸る。
「垓亜」
奴の着地に合わせて、地面が閉じる。
球状になった氷の壁が、瞬時に形成される。
獣は、勢いそのままに氷の中で激突した。
だが、氷壁はピクリとも動かない。
「……はぁ……はあ……」
息が漏れる。
『ゥ゙ヴァァァァァ!!!』
内部で、暴れる。
叩く。 砕く。 削る。
だが、破れない。
「無駄だ……」
血を吐きながら、呟く。
「むしろ――動けば動くほど」
ドームの内側で風が、渦を巻く。
凍りつき、雪となりあられとなり、やがて吹雪がドーム内で吹き荒れる。
狭い閉鎖空間の中で、極限まで圧縮された冷気。
無数の雹が、 弾丸のように撃ち続けられる。
打ち据え、削り、熱を奪い続ける。
やがて。
獣の動きが、鈍り、
そして――凍る。
完全に。
獣の全身が、氷に閉ざされる。
◆
静寂。
ただ、荒い呼吸だけが残る。
「……終わった……」
そう呟いて、倒れ込む。
(力が……入らない、マズイ、このままじゃ)
「おい!早く集まれ!!」
戦闘音を聞きつけて、騎士団の足音が聞こえてくる。
近衛騎士を抑えていたおかげで、これまで邪魔が入らなかったが、このままじゃ、まずい。
「アイツは……まだ来ないのか。何をしてい……」
そのとき、強烈な寒気が走る。
倒れ込む自分の、頭上。
冷気でも、氷でもない。
体が動かないはずなのに、震えが止まらない。
『ゥ゙………ァ…ア……』
「そんな……垓亜を……!?」
無理やり、首を動かした。
そこにあるのは、青白く輝いていた氷ではなく。
ひたすらに真っ暗で、無数の触手が漏れる漆黒の球体。
「垓亜すら……飲み込めるのか」
「な、なんだあれ!?」
「おい!!早く!こっちだ!!」
鎧の擦れる音が、もうすぐそこまで近づいている。
逃げる――?だが、この機を逃すと、もう……
「もうとまれ!!トバリ!!」
声が、した。
窓から身を乗り出し、獣に呼びかける。
妹……悪魔の少女。
『ぐる……ぐうあ……!!』
獣はその"命令"を聞いて、本能と理性がせめぎ合うかのように悶える。
"敵"を殺すか、止まるか。
一歩、また一歩。
ゆっくりと、悩みながら、悶えながらこちらへ向かってくる。
『ゥ゙ウゥお……おおお』
「止まらねば、こうじゃ!!」
そう叫び、少女は窓から身を投げた。
それを見た獣は進行方向を変え、ただ一目散に、そして目にも止まらない速さで少女の下へ駆けていった。
そして獣は落ちる少女の体を抱え込み、黒い塊となり地面へ激突した。
激突の衝撃で黒い靄が霧散する。
そこに居たのは少女と、少女の下敷きになって意識を失った少年。
「トバリ!しっかりせんか!」
ヨルはトバリの肩を激しく揺らす。
「ひ……姫?」
「姫様!!?……大丈夫ですか!」
「うお、トバリ!?」
「なんだどうした!?化物はどこに!」
騎士たちが二人に駆け寄る。
逃げるのなら、今のうち。
(だが、もう…)
立ち上がろうとして、膝が崩れる。
血が、止まらない。
魔力も――ほとんど残っていない。
視線の先。
少女が、必死に少年を揺さぶっている。
騎士団が数名、こちらへ歩いてくる。
その声。
その光景。
「……はは」
かすかに、笑う。
(やっぱり……)
指先に、力が入らない。
肩の力が、抜ける。
ゆっくりと、目を細める。
(僕は……どこまでいっても、失敗作なのか?)
騎士たちの足音が、すぐそこまで迫る。
――そのとき。
光が降り注ぐ。
夜が明けたのではない。
雲が割れたのでもない。
言葉通り。一筋の、強烈な光。
その光は“質量”を持っていた。
騎士団の中心を、城の外壁を、まとめて押し潰し――破裂させる。
『なんだよ、負けてんじゃねえか!相変わらず雑魚いな坊っちゃん』
ふてぶてしく、もはや潔さすら覚えるほどの憎まれ口をたたく男。
長い金髪を揺らし、ニヤニヤと笑いながら片手に肉塊を持っている。
「遅いぞ……勇者」
『うるせえ、てめぇのお守りが誰一人仕事してねえからだろ。そんなことより』
ほれっと言って勇者は肉塊を投げ渡す。
『雑魚のくせに抵抗しやがってよ。ちょいとだけ骨が折れたわ』
「うっ……!?」
眼前に、転がる。
肉塊だと思っていたもの。
だが――それは、首。
殺したくて殺したくてしょうがなかった、あの男の頭部。
『なんとかの儀ってやつは、死体でも出来るんだろ?さっさと炎を奪っちま……えっ!』
ズパァンッ!!
振り返りもせず。
背後に忍んでいた騎士が、
鎧ごと、音もなく断ち切られる。
まさに存在自体が"イレギュラー"。
この男への恐怖なのか、それとも眼前に転がる頭部を見たからか。
震えが走る。
曲がりなりにも、親だった男の生首。
一瞬の躊躇いの後、手を伸ばす。
指先が首に触れる。
まだ、熱が残っていた。




