第二話 オワリとの出会い
第二話
「それで!?その後はどうなったのじゃ!」
「秘伝忍術で自爆した」
「カハハハ!凄いのう!自爆ときたか!」
大口を開けて笑う。人の不幸話で涙を拭いながら、なお笑い続けている。
(この無神経さも、同じだ)
どう見ても、幼い頃の豊姫様だ。
だが、この少女は『ヨル』と名乗っている。
「お待ち!追加のベビモスステーキだ!」
「おぉ!相変わらずデカいのじゃ!」
「姫様には、いつも世話になってますからねぇ!」
(この底なしの胃袋も、全く同じだ)
「とりあえずじゃな。ここはお主の言う、ヒノモトとかいう国ではない」
「そんな国、聞いたこともないしのう」
「そう……か」
「オボロと言ったか……?そのような名の家も、聞いたことはないのじゃ」
目の前に置かれた料理を口いっぱいに頬張りながら話し続けるヨル。
「ほれ、お主も食え!腹が減っておるのじゃろ!」
「いや……ありがたいが、拙者はもう」
「なんじゃ?私の飯が食えんというのか?」
「……」
分厚い骨付き肉。顔よりも大きく、骨は自分の手首より太い。
だが、見た目に反して肉質は驚くほど柔らかく、噛むたびに芳醇な脂が口に広がる。
とはいえ――
(味が濃くて、量が多すぎる……)
ヨルという少女は、当たり前のように何皿もあった料理をたいらげていく。
毒の研究や暗殺に用いるため、外国の動物や植物も調べてきた。それでも、ベビモスなどという名は聞いたことがない。
店に来るまでの道中で、違和感はすでにあった。
石で整備された道と家。
見たことのない異形の獣が、人を乗せて道を走っている。
それに――
「オイオイ姫様!まぁたこんな店に来て、大臣たちに見つかったらどやされるぜ!」
緑の肌に高い鼻。尖った耳。
「こんな店ってどういう意味よ!」
店員はトカゲのような姿で、肌は鱗に覆われている。
異なる姿の者たちが、当たり前のように同じ席で笑っている。
「城におると息が詰まるでのう〜。……黙っておくんじゃぞ?」
「ヨル姫様!いつもありがとうねぇ」
ヨルの家は『ハナマサ家』という名らしく、どうやらこのオワリという領地を治める貴族らしい。
全て、異質。外国というよりも、異界のような空気。
……なによりも、空を見上げると見慣れた赤い太陽の横にもう一つ浮かんでいる。
"黒く輝く"もう一つの太陽。
(認めるしかないな)
ここは、自分の知るヒノモトではない。
……いや、そもそも自分のいた世界ですら無いかもしれない。
言いようのない不安を抱えながら、それでも豊姫様に従うことしか、自分には出来ない。
目の前の少女が、他人の空似だとしても。
今の自分には、それ以外に縋るものが無いのだから。
◆
結局自分の分までステーキを平らげて、満足そうにヨルは笑う。
「トバリの話はとても興味深いのう!作家になれるぞ!」
「いや作り話ではなく……」
突然、店の扉が勢いよく開かれた。
言葉が遮られ、店内の目線が集まる。入口には、銀色の鎧を着た騎士が二人。
「ヨル様!!」
「ゲッ、ユーガオ……」
ヨルが青い顔をしてユーガオと呼んだのは、髭をたくわえた大柄な男。
巨大な体を小さく折り畳み、扉をくぐる。
「勝手に城を抜けてはいけませんと、何度も何度も……!」
「やかましいのう……怒ってばっかりだからハゲるんじゃ」
「なっ……これはハゲでは無くてスキンヘッドという髪型でっ!」
「そんなことより、チクったのは誰じゃ!」
ヨルは顔を真っ赤にして店内を見渡す。店に居た客全員、ヨルと目を合わせまいと下を見る。
「ヨル様、誰が密告したなど関係ないことです」
ユーガオがヨルの肩を掴む。
「さぁ、城に戻りましょう。今日はお作法の勉強ですぞ」
「離せ!私に触れるでない!ガルルルル」
暴れながら、爪でユーガオの顔を引っ掻くヨル。
「アタッ!ちょ!ヨル様っ、アイタッ!」
「まぁまぁユーガオ」
後ろで見ていたもう一人の騎士が、ユーガオの肩に手を置く。
「毎日勉強漬けでお辛くなるヨル様の気持ちも分かってあげましょう」
「おぉ…!ローレル、分かってくれるか?」
ローレルと呼ばれているのは、長髪をなびかせ、ユーガオにも劣らぬ長身の男。
「では、今日は魔術の実践特訓というのはどうでしょう?お城に戻ってくださるのであれば、私がお相手します」
「本当か!!?」
魔術と言われ、突然目を輝かせるヨル。
「おいローレル、何を勝手な……」
「まぁまぁ。アサヒ様には私から説明しますから……あ、それと」
言いながらローレルは、ユーガオの輝く頭を上から鷲掴みにする。
「どう見てもハゲですよ」
「なっ……!!?」
「さ、ヨル様行きましょう」
「うむ!」
席を立つヨル。後ろでユーガオは顔を真っ赤にして震えている。
「む、ま、まま待て!これはスキンヘッドという……」
「あ、そうじゃ」
突然、ヨルがくるりと振り返る。
「トバリ、お主もついてまいれ!お主のことを、父様に話してみようぞ!」
「え?」
ヨルは満面の笑みで、手招きをする。
そこで初めて、ローレルがこちらに目を向けた。
「む……ヨル姫様、こちらの者は」
「ん、マツの河原で拾ったのじゃ!他所の国から来たらしくて、身寄りもないそうじゃからな」
「オワリで面倒見れんか、父様に聞くのじゃ!」
その瞬間、騎士二人の顔つきが変わる。
先ほどまでの空気が嘘のように、場が冷えていく。
「他所の国からの……流民を」
「アサヒ様に会わせると?」
視線から微かな殺意を感じ、咄嗟に身構えてしまう。
「ヨル様、それはどうでしょう」
「うむ……敵国の間者という可能性も捨てきれません」
「……なんじゃと?」
「いくらヨル姫様といえど、簡単に拾うなどというものではありません」
そのとき、ローレルが鞘に手を置くのを、自分は見逃さなかった。
殺意に充てられ、つい無いはずのクナイを取ろうと懐に手を伸ばしてしまう。
「何を出そうとしている!?」
胸元に伸ばした手を、ユーガオが強靭な力で掴む。
「何をしておる!まだ私と同じくらいの童じゃぞ!」
「童……?ただの童に、これほどの圧を出せますかな」
ユーガオが、ゆっくりとこちらの目を見据える。
「危険、危険ですぞ。私にはどうもただの童には見えませぬ」
ローレルが剣を抜こうと右手に力を込めるのが分かる。
(マズイな……)
ユーガオの手を抜き、間合いを取る。
皿に残る大骨で剣を止め、空いた大皿を投げ……
脳内でこれからの戦闘を想定した、そのとき。
『たわけ者がッッ!!!』
震えた。
比喩でもなんでもなく、純然たる圧力。
到底少女に出せるようなものではない、覇気すら感じる声に、鼓膜が、鼓動が震える。
「私の客人じゃぞ。無礼な真似は慎め……」
瞬時に、二人の巨体がその場に跪く。
「し、失礼しました」
「はっ…」
「そも、此奴が仮に間者だとして」
「童の間者一人、抑えられぬで何がオワリの騎士か」
「たとえ疑いがあるとしても、それならそれで父様に見定めてもらえば良いのではないのか?」
「まこと仰るとおりです」
「かしこまりました」
虎の様な形相。
ヨルからは、まさに覇王のオーラが滲み出ている。
その背中に、豊姫の姿が重なる。
自分はただ立って見つめることしか出来なかった。
「何をボサッとしておるのじゃ?」
表情をコロッと柔らかく変えたヨルが、こちらを見て問いかけてくる。
「さっさとこんか!城へ行くぞ!」
「あ、ああ」
店を出ていくヨル。
ユーガオは一瞥もくれずに、トボトボとヨルの後ろをついて出る。
立ち上がり様に一瞬だけ、ローレルがこちらを見る。
値踏みでもするかのような視線。
その手はまだ、鞘に置かれたまま。




