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第一話 目覚めたら、異世界

第一話


轟々と、炎が夜を舐めていた。


城はすでに半ば崩れ、黒煙が空へ昇る。

怒号と悲鳴、鉄のぶつかる音が絶え間なく響いていた。


激しい喧騒の中で、独り。漆黒に包まれた影。


全身血に濡れた黒衣は、殺意滾る眼光のみを露わにしている。

握る忍刀で、もはや何人斬ったかも分からない。


その男、トバリ

尾割を治める緒田家に仕える忍。

つい先刻、先代頭領であった父が討たれた。

父から与えられた最期の任務は、緒田家の一人娘にして正当後継者である豊姫を無事に逃がすこと。


「……来る」


呟きと同時に、足音。金属の擦れる重い音が、ドタドタと荒々しく近づいてくる。

(数は……三人か)

予想通り、敵兵が三人瓦礫を踏み越えて部屋へと突っ込んできた。トバリは壁に張り付き、三人の背中をとる。

(遅い)


トバリの体が沈む。

地を這うような低い姿勢から、一歩、二歩、目線は変えずに踏み込む。


後ろから、一人目の喉を裂き、二人目の足を刈る。

倒れた兵の胸元へ、迷いなく刃を突き立てる。

流れるまま三人目の首に刃が喰らいつく。

「お、お前が噂に聞く"夕暮れの帷"か……!今さら抗ったところで……!」

言い終わる前に、躊躇なく首を落とす。


天井に届く勢いで噴き出す血は、名品の掛け軸を赤く染め上げた。

(大当主様のお気に入りの掛け軸…)

そんなことを考えながらも、トバリは一歩も退かない。

この先には、外につながる隠し通路。

とにかく時間を稼ぐ。豊姫が逃げ切るまで。

それだけでいい。

(これが最期の任務か)

姫を守りぬく。トバリの存在理由だった。


やがて。


数十人の侍が雪崩のように入ってきた。

「豊姫を仕留めろ!必ず首を持ち帰れ!」

(土足で入ってきやがって…。)

刀を振り上げ、突撃してくる侍たちを、素早く冷静に斬り伏せていく。喉元を切り、手首を落とし、足を割く。

奥で火縄を構える者たちに残り少ないクナイを放ち、眉間を貫く。

「な、何をしている!狙え!殺せ!!」

煙玉は尽き、毒霧ももう残っていない。

あと、何人斬れるか…


突撃してきた侍の半分は斬った。そのとき更に数人の侍たちが入ってくる。

(そろそろか……)

忍装束の内袋に手を入れる。残るクナイは…もう無い。

そのとき、一人の侍が乱雑な構えで刀を投げ、トバリの胸を貫いた。


体勢が崩れそうになる。

好機とばかりに押し寄せてくる侍たち。


刃が肉を裂き、骨を叩く。

たった一人の忍に対して、侍たちは血走った眼と鬼のような形相で何度も何度も執拗に刃を振り下ろす。

(奴らの仲間も大概殺した。怨まれて当然だな。)

もう、まともに息も出来ない。

それでもトバリは倒れることだけを拒否する。

叫び声一つあげずに、意識を保つ。首、心臓。急所だけは断ち切られないように守る。


一人でも多く、巻き込むために。


「やれ!コイツはただの忍じゃねえ!朧忍の次代頭領だ!遠慮するな!!」

どんどんと、侍たちが集まってくる。

(……これでいい)

忍装束の内袋。そこにあるのは、小さな石と、特製調合された発火性の粉。

(父から、多くの忍術を学んできたが、この技を使うのは最初で……最後だな。)

一人でも多く殺し、一分でも長く時間を稼ぐ。

トバリの思考はそれだけ。


(豊姫……どうかご無事で)


「朧流忍術 鉄火赤蜻蛉テッカアカトンボ


つぶやきながら、空気が揺らぐ。

トバリの身体が、そして忍装束が、一瞬で膨れ上がる。

破裂すると同時に、激しい熱気と火花が舞う。


昨日のうちに、大量の火薬を飲み込んでおいた。

身が爆ぜながら、トバリの脳裏に浮かぶのはあの人の姿。


(最後まで、お仕えしたかった)

美しい豊姫との思い出が、次々に流し絵巻物のように捲られていく。


ーー馬にさせられ、背中に乗せて森を駆け抜けたあの日。

ーー突然甘味が食べたいと駄々をこねられ、五十里離れた港まで買い出しをさせられたあの日。

ーーお化粧の練習と称して、顔中に白粉を塗られ棺に閉じ込められたあの日。


(……碌な思い出が無いな)


そして弾ける。

茶室どころか、御殿ごと。

掛け軸どころか、天井も畳も。

隠し通路への入口さえも。


爆破の衝撃で四肢が吹き飛んで、意識が途切れた。



目を開けると、視界いっぱいに青空。

足元は小川に差し掛かっている。

水草の匂い。

湿った風。

遠くで鳥が鳴いている。


体が重い。

起き上がろうとするが、失敗。

両手に力が入らず、肩だけがほんの少し浮いて、また落ちる。


(……ここはどこだ)


状況を整理する前に、空腹が襲う。

喉が焼けるように乾いている。

なんとか這いずって、


数尺、地を這う。

だが、限界だった。

(姫は……?ここは…?)


爆破の衝撃で吹き飛んだのだろうか?

いや、それだとおかしい。疲労と空腹感は酷いが、体には目立った傷も火傷の跡も無い。

まさか父に課されていた、石食の鍛錬によって体が石になったのか?

(……んな馬鹿な。)


グルルゥウ


あまりの空腹に視界が揺れる。

そのまま這うことも出来なくなり、地面に突っ伏した。


(……改めて、終わりか)


訳がわからないまま意識が沈む。

願わくば、姫が逃げ切れたことを願う。

(夢うつつ 爆ぜる末路よ 赤とんぼ……いや、何か違うな)

辞世の句を考えていた、そのとき。


「おい!大丈夫か?」


声。

聞き覚えのある、少女の声。

聞き覚えがあるどころではない。決して間違えるはずもない。


薄れゆく視界の中で、影が差す。

声の主が、近づいてくる。


ーー見えた顔に、息が止まる。


(……そんな)


倒れている自分の顔を覗き込むのは。

かつて仕えた主君と、同じ顔をした少女。


少女ながら猛々しさを感じる真っ赤な目。

当主に似て凛々しい眉毛。

そしてどこか人を小馬鹿にしたような、抜けている表情。


すべてが一致している。


驚きのせいか、空腹のせいか。目を丸くしている自分を見て、少女は首を傾げる。


「聞こえておるか?お主、大丈夫かの?」


その口調。

その声音。


(……間違いない)


確信に変わる。

「ひ、姫……」


挿絵(By みてみん)


トバリは、震える体を無理やり動かして立ち上がり、再度膝をつく。

地面に右手をつき、左手で少女の右手を持ち、静かに口づけをする。


姫から教わった、忠誠の姿勢らしい


「え……」

少女が、固まる。

「え……は?」

「よく、ご無事で……」

言葉は途切れ途切れだった。

それでも、意思だけは揺るがない。


涙を拭い、主君を見上げる。

そこには、顔を真っ赤にして震える少女。

「な、何をするかぁああ!!」


バチーーーン


頬がちぎれたんじゃないかと錯覚する。

勢いよく頭が後方に打たれる。空が、大地が視界の中で落ちていく。


完全なるトドメの一撃。

死因 平手打ち。


少女は、ふうふうと荒い息を整え、呆れたように息を吐いた。

「……お、お主、変なやつじゃの。変態か!?」

右頬が付いているかを確認しながら答える。

「ひ、姫…?トバリだ、豊姫!忘れたのか……!?」

「と、トヨヒメ?私はヨルじゃ!トヨヒメなどではない、人違いじゃ!」

「よ、よる?」


「まさか。その声色、顔つき。豊姫様を見間違えるはずが……」


改めて姫を見つめる。

間違いなく、豊姫。

しかしよく見ると確かに、その姿は自分の知っている豊姫より、ほんの少し"幼い"。


(ど、どういうことだ…)

グルルゥウ〜

けたたましい音で腹が鳴った。

少女はしばらく見下ろす。

「なんじゃ、腹が減っておかしくなっておるのか」

言いながら、くるりと背を向けた。

「立てるか?とりあえずついて来い。オワリ領で餓死者など出ては、ハナマサの面目まるつぶれじゃ」


そう言って少女は歩き出す。

トバリは急いで立ち上がろうとするが、体がふらつき、三歩歩いたところで倒れた。


少女は振り返り、ため息をついた。


「……やれやれ」

ヨルは、トバリの手を掴み自分の肩へ回す。

「仕方の無い奴じゃ」


(あぁ)


(間違いない)


たとえ名が違うとしても、

自分のことを知らないとしても。

この豪胆さ。しかしその奥に垣間見える微かな優しさ。

「ほれ、とりあえず水も飲め」

(この方は、豊姫様に違いない。)


拙者のすべては姫に捧げるためにある。

そのように生まれ、そのように育てられた。

命ある限り。


そう言って貰った水を一口、飲もうとする。


「え……?」

小さな器に張った水面に自分の顔が映る。

自分の顔もまた、驚くほど幼かった。

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