第15話 罪の花言葉
第15話
鎧の男は、巨大な大剣を片手で軽々と振り回す。
もはや剣というよりも斧の戦闘に近い動き。
その太刀筋自体は大味で単純。だが、その剣圧だけで小手先の技など容易く無に帰す。
(……やめてくれ)
(……その動きは――)
言葉には、出来ない。
大剣が振り下ろされると同時にローレルは踏み込む。床を砕く分厚い刃の上を踏み押さえる。
そのまま鎧の隙間へ、最短の突き。
タイミングは完璧。避けようが無い一撃。
だが――
『うおおおっ!!』
鎧の男は雄叫びをあけながらローレルごと大剣を振り上げる。
「くっ……!」
考えたくない。
思い出したくない。
それでも、何千何万と繰り返してきた。
"コイツ"との、模擬戦は――
■■■■■■■■
「オイ。お前がローレルか?」
「お前がこの騎士団で一番強いと聞いた。今すぐ相手しろ」
最初は、最悪の印象。粗暴で自信家。
故郷の村でも暴れていたと聞く、野蛮人。
アサヒ様に何度も挑んでは、返り討ちにあっていた。
〜〜〜
「ハッハッハ!この俺とここまで互角にやりあえるとは……なかなかやるじゃねえか!!」
「アサヒの野郎といい、お前といい……俺もまだまだ井のなかの蛙だったんだな」
"ソイツ"との戦いで、決着がついたことはない。
模擬戦という名目で、何度も何度も。
やりすぎて大怪我をしたあとは、いつもマヒル様が怒りながら、治癒してくれた。
〜〜〜
「様をつけろだぁ?アサヒの野郎にか!?ふざけんな!!誰があんなヤツに!!」
「……マヒル様から怒られちまった。騎士たるもの、礼節を持てだとよ。お前、チクっただろ」
"コイツ"も、マヒル様には頭が上がらない。
腫れあがったたんこぶをさすりながら、城を見上げていた。
〜〜〜
「アサヒ様に呼ばれてよ。やっとお前と同じ、近衛騎士になれたぜ」
「俺たち近衛騎士の本懐って奴は、マヒル様を……ハナマサ家の奥殿を守ることだ。この命代えてもな……!」
何か話すことがある度に、模擬戦をした。
ボロボロの体で訓練場に寝転びながら話す方が、本音で話せる気がしたからだ。
気づけば、隣にいるのが当たり前になっていた。
■■■■■■■■■■
鎧の男が、両手で大剣を持つ。
ギアを一段上げて、凄まじい連撃。
一撃でも食らえば、即死は免れない。
「甘いな……」
来ると分かっていれば対応は出来る。
片手で大剣を振り回せる"コイツ"が、わざわざ両手で持つときは、大技を出してくるとき。
「……隠す気すら、もう無いか」
"コイツ"とは、何度だって戦ったが、
いつも決着はつかなかった。
いつだって最後の最後に、マヒル様がやってきて、怒りながら治癒してくれた。
距離をとり、剣を降ろす。
真っ直ぐと見据える。兜に隠れていても、その眼がどんな輝きをしているか、安易に想像できる。
「何故だ……ユーガオ」
◆
花の咲き乱れる庭園で。
静けさが嫌になるほど耳に残る。
ガンッ――
鎧の男が、大剣を地面へ突き刺した。
そして、バシネットを脱ぐ。
タイタニアの血筋を表す赤い髭は、真っ赤な麻糸で結ばれている。
あの方が――使っていた、麻糸。
その顔を見て、向ける剣先が僅かに下がる。
ユーガオは、目を逸らさずに口を開く。ゆっくりと……それでいて重く、低く。
『何故……だと?』
地面へ突き刺した剣を軽々と引き抜き、胸の前へ掲げる。
『それが、俺の騎士道だからだ』
鏡面のように磨き上げられた大剣。根元から、赤く。そして徐々に白く。
刃に光が灯っていく。
「騎士道だと……守るべき者に剣を向ける騎士が、どこにいる!」
『守るべき者……?いや、違う』
『俺の守るべき者に、先に剣を向けたのはお前たちのほうだ』
刃の光が、頂点に達する。
そのままアサヒに向かって、一振り。
火を帯びた巨大な斬波が、アサヒに襲いかかる。
「……」
「アサヒ様!!」
ローレルが、アサヒの正面へ飛び込む。
細い右腕が蒼く燃えあがり、ユーガオの放った斬波を飲み込んだ。
『フハハ……いつだって、そうだ』
『お前たち"炎の血族"は、俺達タイタニアの火を飲み込み、更に激しく燃え上がる』
「ユーガオ……まだマヒル様のことを……」
『マヒル様の火を食い破ったあの小娘もそうだ……!!』
ユーガオは再度剣を立てる。
根元から赤く光りだすが、今度は白く……そして徐々に青く輝き始める。
『俺にとって貴様らは守るべき者ではない。あの日からずっと……"討つべき者"なのだ』
空気が、冷える。
ユーガオの持つ刃に霜が走り、徐々に凍りついていく。
「これは……熱が……!」
『お前とは何万回とやりあってきたが、この力は知らんだろう』
『滅熱魔装 ヒスイ斬り』
先ほどと同じ、斬波が走る。
その軌道上の空気が、一瞬で冷え落ちた。
『これこそ、マヒル様の……そしてユウヒ様の力だ。熱を、"命"を操るこの力!!』
――次の瞬間。
熱を失った大気が凍りつき、巨大なつららとなって地を裂いた。
氷柱はローレルごと、アサヒを飲み込もうとする。
そのとき、アサヒが懐から真っ赤な扇を取り出した。
ふっと優しく振ると、ローレルの目の前まで迫っていた氷柱が消えていく。
溶けて水になったのではない。
――氷が、そのまま蒸発していく。
「……もう、よい。余興は終いじゃ」
「ユウヒは……生きておるのか」
アサヒは静かに問う。
『かろうじて、だ』
「そうか、しぶといやつよの」
「騎士団の遠征も、盗賊騒ぎも、全てお前が仕組んだのか?」
ローレルが剣を向ける。
『もう、一刻の猶予も無いのでな』
「だから裏切ったのか」
その言葉に、ユーガオの眉間に深いシワが寄った。
『裏切るだと……?』
ユーガオもまた、大剣をローレルに向けた。
『俺からすれば!貴様こそ裏切り者だ!!』
『俺たち近衛騎士は……マヒル様を、そしてユウヒ様を守ることこそが本懐だったはず!!』
踏み込む足に、霜が纏う。
『それを貴様は……のうのうと!!お前こそ、ただ強者に従うだけの――』
『裏切り者だァァァ!!!!』
ユーガオは低く構え、巨躯を限界まで捻り反動で大剣を横一文字に振り抜く。
「うっ……!?」
放たれた斬撃は吹雪となる。
まず、右腕。
蒼く燃えていたはずの魔力が、音もなく削がれる。
指先から白く染まり、霜が這う。
――ピシッ
微かな音とともに、関節が軋む。
指が、動かない。
「……なっ…に…!?」
息を吐いた瞬間、白い吐息が凍りつき、視界を曇らせる。
遅れて、脚。
踏み込んだはずの足が、床に張り付く。
石畳と靴底の間に、氷が噛み込む。
動かそうと力を込めた瞬間――
ビキッ
嫌な音がした。
筋肉ではない。
内側から、凍りついていく感覚。
「ゆ……が、お」
呼吸が浅くなる。
肺に入る空気が、冷たさを通り越して激痛へと変わる。
鎧の隙間から入り込んだ冷気が、体温を奪い、
鼓動すら鈍らせていく。
(……アサヒ、様)
『さぁ……後はお前だアサヒ。ユウヒ様へ玉座を、炎を渡してもらおう』




