第14話 壊れていく平穏
第14話
トバリとスグリが襲われる、ほんの数刻前。
〜オワリ領 北境界門〜
「おい、そういえば門の鍵は開けているか?」
「は?なんでだよ」
「馬鹿野郎!今夜だけは開けておけと“上から”命令があっただろう!」
「書状で来てたやつ!封も切らずに回ってきたやつ!!……確か、お客人が来るとか……ん?」
「え、アレ?」
目線の先を見る。
門の前に一人、誰かが立っている。
長い金髪。白いマント。異国風の男。
夜の闇の中で、その男だけが妙に"浮いている"ように見える。
(……なんだ、あの立ち方は)
「え……来てるの見えたか?」
「いや……いつの間に」
見張りの騎士が男に向かって叫ぶ。
「おーい!お主がお客―――なッ!?」
男は身の丈ほどもある大剣を手に持ち、構えていた。
「まっ……、何をしている!?」
そのまま、門に向かって大剣を一振り。
まるで団扇を扇ぐように、軽く――あまりにも、軽く振った。
――轟音が、遅れてやってくる。
空間ごと叩き潰したような衝撃が走る。
次の瞬間。
巨大な鉄の門が、内側から弾け飛んだ。
「うわぁあ!?な、なんだぁっ!?」 「て、てきしゅ―――ぬぶっ……」
叫びは最後まで音にならず、騎士の喉が背後から裂かれる。
血飛沫が夜気に散り、音もなく地面に黒く沈んだ。
崩れ落ちる見張りの騎士を地面へ横たわらせ、二つの人影が門壁を降る。そのまま大剣を持った男へ駆け寄る。
「こ、困りますぞ!門を破壊など……奇襲にならないではないか!」
「そうですよ!これじゃ僕らが――」
『黙れ』
「な……」「……」
碧い眼光が、突き刺さる。
『下等種が、この俺様に指図するな』
『……そんなことより、腹が減ったな』
「え……?」
「そ、それでしたら……少し行ったところに村がありますが」
『よし、そこでいい。案内しろ』
「しかし、早く城へ行かなければ……」
『同じことを……俺様に二度、言わせるなよ』
吐き捨てて、歩き出す。
三つの背中が闇に溶けていく。
◆
「なぁクコウ……トバリ見てねえか!?」
「見てない」
「ったく、アイツって毎晩どっか行ってるよな!!?」
「鍛錬」
「鍛錬ん〜?なんじゃそりゃ!!今日俺夜勤だからよ!暇つぶし相手になってもらおうと思ってたのに……」
「残念」
「あ、そうだクコウ!俺このまえ新しいボードゲームをよ……」
「おやすみ」
足早に部屋へ戻るクコウ。
「あっ、おい!クコウ!!……んだよ〜」
ブツブツと呟きながら宿舎から出ると、冷たい風がコデマリオの頬を撫でる。
「ぬおっ!?なんか寒いなぁ〜今日!」
〜オワリ城 塔の屋上庭園〜
「お呼びでしょうか!」
アサヒに呼び出されたローレルが屋上で駆ける。
微かな月光に照らされる花を見つめていたアサヒが、くるりと振り返る。
「おお、来たかローレル」
「どうされたのですか?」
「まぁ……そうじゃな」
珍しく、どこか歯切れの悪いアサヒの口調に、ただならぬ気配を感じる。
「ときにローレルよ。トバリは最近どうじゃ」
「トバリ……?あ、あぁ。まあ上手くやっているかと」
「ガハハハ!」
「……まだ、あやつを危険だと思っておるのか?」
「それは……そうですね。闇の魔人となると……やはり」
「ふっ、凶報と取るか」
アサヒは足元の花を一つ摘む。
「次代の芽吹きじゃ。暖かく見守らんか」
「……はい」
「まぁ、お主の心配性なところには儂らも助けられておるからの」
指先で花は風に揺られる。
「話したかったのはな、"ユウヒ"のことじゃ」
空気が止まる。
ユウヒ――
その名はオワリでは口にしてはいけない禁句。
それを他ならぬアサヒが口にした。
一瞬の静寂。
「それは……」
「今でも儂は、あのときの判断が正しかったのか、思い返す」
「共に生きる道は無かったのか。それとも……」
アサヒの手の上で、花びらに炎が灯る。
「燃やし尽くすべきだったのか」
ガサッ
庭園の入り口から足音がした。
ローレルは咄嗟に振り返る。
そこには、青い家紋の刻まれた銀白の鎧に身を包んだ騎士。バシネットを被り、顔は見えない。
「近衛騎士……調査から戻ってきたのか」
『……』
返事はない。そしてゆっくりと歩いてくる。
「止まれ……」
ローレルの声が、低く落ちる。
鎧の男は、止まらない。
ゆっくりと歩みを進める。
「――最後通告だ。止まれ」
一歩ずつ。
距離が詰まる。
こちらに向かって、真っ直ぐと。
ローレルの手が、自然と剣の柄にかかる。
「……ローレル」
アサヒが、低く呼んだ。
「アサヒ様、お下がりください」
そして対する鎧の男も、背中に掛けられた大剣の柄に、ゆっくりと手をやった。
その一瞬。
睨み合う二人。
静けさが、夜風に轟く。
そして――
踏み込んだ。両者、同時に。
男の大剣が、空気を切り裂きながら振り下ろされる。
「――ッ!!」
ローレルの剣が、横から水平に割り込んだ。
ギィンッ!!
火花が散る。
大剣の重い斬撃は、ただ受けただけでも、腕に鈍い衝撃が走る。
(……!)
単純な重量。押し切られる前に、ローレルは一歩引いて受け流す。
石床が、足の下で軋む。
(後ろには、丸腰のアサヒ様がいる)
そう考えると、一歩も引くことは出来ない。
間髪入れず、二撃目。
鎧の男は体勢を崩さないまま、逆袈裟に斬り上げる。
速い。
だが――それ以上に、剣圧の凄まじさが骨まで沁みる。
迫りくる巨大な剣筋。体を捻り、間一髪で避ける。
「……ッ」
返す刀で、突き。
一直線。
バシネットと胴鎧の隙間。喉元を貫く軌道。
鎧の男は、最小限の動きで大剣の腹を滑らせ、ローレルの突きを逸らす。
剣先がわずかに外れ、屋上の鋸壁を抉った。
(これは……)
ローレルの眼が細くなる。
その瞬間。
踏み込み。
――歩幅が広く、一瞬で間合いを潰される。
(この……間合いの潰し方は)
肩がぶつかる衝撃で、ローレルの体勢がわずかに浮く。
そこへ、大剣の横薙ぎ。
「クッ……!」
剣を立てて受ける。
ギィィンッ!!
鈍い音がして押される。
一撃一撃があまりにも重い。
(だが……!)
ローレルは足を踏み込み、押し返す。
力任せではない。
軸をずらし、流す。
剣先を滑らせる。
そして――
踏み込み、距離を詰める。
白銀の騎士も、同時に踏み込んでいた。
互いに、同じ判断。
「……ッ!!」
剣と剣が、正面からぶつかる。
ガギィンッ!!
金属同士の擦り合いで火花が弾ける。
そのまま――
押し合い、鍔迫り合う。
ギリ、ギリ、と金属が軋む。
互いの顔が、至近距離に迫る。
兜の奥。
影に沈んだ瞳が、こちらを射抜いている。
(まさか……)
ローレルの額に、汗が滲む。
重く、それでいて無駄がない。
だがそれ以上に――
積み上げられた技量。
洗練された動き。
何よりも、大剣に対して手数で勝るはずのこちらが、後手に回っている。
こちらの動きが、読まれている。
「……お前は」
低く、呟く。
返事はない。
だが――
押し返す力が、わずかに強まった。
ギリッ、と刃が食い込む。
均衡。そして、完全な拮抗。
両者、一歩も譲らない。
その光景を、アサヒはただ黙って見ていた。
微かに目を細めながら、どこか悲しさを滲ませて。




