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第13話 襲撃

第13話


「凄いです……トバリ様」

スグリの控えめな拍手が夜の林に響く。

今までは体内のみで練り上げていた氣(魔力)。そこに周囲の魔素を組み込んでいく。

(これならばより疾く、そしてより強力に術を展開できる)


演舞の稽古以降、鍛錬の質が驚くほど高まった。

何よりも大きな変化といえば……

「個人で出来る忍法とは違い、忍術は道具や事前の準備が必要だ」

「魔法と魔術に似ていますね」

「だが、いくつかの朧流忍術は魔力と魔素によって代用ができそうだ」

「なるほど……です」


騎士見習いとしての業務を終え、ヨルと一緒に稽古を受ける。

そして夜になればスグリと鍛錬を行う。

その繰り返し。ズレだと思っていた違和感が、歯車のように噛み合っていく。


姫より課せられたままの使命。

(今度こそ、アサヒへ一撃加える)

その命令を、忘れてはいない。



『その日』は、前触れなくやってきた。

少なくとも、自分たちにとっては。


ある日の夜。城近くの修練林にて――


「今のは、どう見えた?」

「え……えぇと、黒い霧のようなものが、ばぁーっと」

「なるほど。助かるぞスグリ」

「いや、私なんて……全然。何も出来てない……です」

「そんなことはない。自分の忍法が他者からどう見えているのか。どう見せているのか。客観的に知れるのはとてもありがたい」

「なるほど……です」

最近はスグリに忍法を見てもらうようにしていた。

自分の想定していた効果と、実際の効果のズレ。そして魔素が忍法にどんな影響を与えているのかを知るために。


「もっと、もっと……こうぐわっと出来ますか?」

「ぐわ?……こうか?」

「す、凄い。そうです、それなら右に行ったと見せかけて上に……あ、それならさっきの技と組み合わせれば……」

自然にスグリとの会話も増えた。スグリは意外と感覚派で、話し出すと止まらない。

それに、なかなか着眼点がおもしろい。

「それとですね、影に潜む忍法ですが、そのときもう少し足に魔素を込められれば――むぐっ!?」

スグリの口に、手を当て黙らせる。

周囲の一切の音が消え、風が止まった。


『随分と、明るくなったんだな』


林の奥から、声が聞こえた。

そこに居たのは、青のハナマサ家紋が刻まれた銀色の甲冑に身を包み、片手で巨大なバスターソードを軽々と持つ男。


頭部は、バシネット(兜)に覆われており、顔は見えない。


『他の人には、笑顔一つ見せないというのに。トバリには随分と心を開いているようだ』

「こんな夜中に……誰だ?」


『いやいや……お前に質問をする権利はない』

騎士はバスターソードを垂直に胸の前へと掲げた。

『聞いたぞ。アサヒ様から演舞を教わったらしいな』

大剣をゆっくりと、そして高々と胸から天に向けて持ち上げる。

『毎夜隠れて、魔力を研ぎ澄ましているのも知っている…………』


磨き上げられた大剣の刃を、傾ける。

そのとき、刃に月光が反射され視界が一瞬奪われた。


『お前を脅威だと認めよう』


一瞬の視界消失。その瞬間、第六感が警報を鳴り響かせる。

全方位からの、強烈な殺気に対して。すぐ目の前まで、殺意が迫ってきている。


『水面斬り』

分厚い金属の塊が、風を唸らせ奔ってくる。

「忍法 観音隠の術っ!!」

魔素の巡りをイメージしながら、咄嗟の忍法。咄嗟の、逃走。


スグリを抱えて、林を駆けぬける。

「スグリ逃げろ。奴の殺気は、本物だ」

「え……でも、トバリ様、手が……!」

スグリの目線の先。右手から、血が滴っている。

「完全には避けきれなかった。だが浅い」

魔素を意識するために、術の発動まで一瞬のタイムラグが発生してしまう。

血を腰布で拭い、スグリを抱え直す。

「俺のことはいい。恐らく敵は三人」

「それなら……私が」

「お前がいたら足手まといだ」

キッパリと言い切る。

一瞬の間をおき、スグリは黙って頷くしかなかった。

「騎士が襲撃してきたとなると、宿舎も危ないかもしれない。お前は街の方へ行って、身を隠しておけ」

林の切れ目で、スグリを降ろす。

「これを渡しておく、特製の煙玉だ。とにかく危なくなったら地面に叩きつけておけ」

「トバリ様……」

どうか、ご無事で。そう言う間もなく、トバリは霧となり林へと消えていった。


闇夜の中、黒く染まる木々を駆け抜ける。

三つの殺気は見失うことなく自分に迫ってきている。

(何故オワリの騎士が……)

全く見当もつかないが、ただ一つ確かなことは、狙いはあくまで自分であるということ。

それならば街から、とにかく城から離れるしかない。


そう考え、自然と足は北へと向かっていた。

この世界に来たとき、初めてヨルと出会ったあの川のふもと。


マツ川の草原へ――



林を抜ける。見渡す限りの草原。

すぐ脇にはマツの川。

空には満月が浮かび、川面に月光を描く。


草根に紛れて身を潜める。

(いる……追ってきている。殺気が、至るところから……!)


『ここか!?』

ブォオオッ!!!


巨大な大太刀筋が一帯の草を薙いだ。

草の切れ端は黒く焦げている。


『見習いとはいえ騎士だろう!?隠れてないで、出てこい!!』

正確な位置までは見当ついていないのだろう。

騎士の声はこちらに向かってはおらず、まだ遠くから聞こえてくる。

『闇に紛れ息を潜めるとは、誇り高きオワリの騎士にあるまじき愚行だな』

観音隠の術は、無限ではない。

呼吸を止め、殺気を抑え、全神経を集中させる。


『さっさと出てこい!』

騎士は大剣を振り回している。軽く振っているように見えるが、その斬撃は周囲の草を刈り取っていく。

『アサヒ様までお前を重用し、ましてや演舞まで披露するとはっ!』

地に伏せて闇夜に紛れる。しかし、極限状態での魔素のコントロールが上手く効かない。

術が乱れたことが、自分でも分かった。


うまく――取り入ったなあ


声が、すぐ近く。もはや耳元から聞こえる。

「ッッ!!?」

風切り音と共に、右肩が薄く削がれた。

まさに、間一髪。

一歩遅ければ、首から上が焼き切られていた。


『アサヒ様より、貴様の監視を外せと言われたよ……信じられねえよな?』

トバリの身体よりも長く大きい刃が、急接近してくる。触れずとも分かるその重量。

剣筋はギリギリで避けるが、触れるだけで押し潰されそうな剣圧。

『ククッ……死体が残っても面倒だ!!』


二人の騎士に圧されている間、奥にいるもう一人の騎士が、再度バスターソードを胸の前に掲げる。

沸々と、剣の根元から赤白い光が昇っていく。


『三等級火魔術 クリムゾンソード』


大剣が闇夜を眩く照らし、周囲の空気が熱により揺らめいている。

触れた草は燃えるよりも早く炭と化す。

『貴様は魔人だ。万が一にも、演舞を習得されては敵わん』

熱が鼻先を掠め、衣をチリチリと焦がす。

正面に二人。後ろに一人。


――殺らねば、殺られる。


姿勢を、低く構える。手に氣を、いや魔力を集める。

忍刀が無い今は、手刀こそ仮太刀。

魔素を集め、肘から先が黒い靄に包まれる。

(後ろの術者が本命なら、まず前を断つ)


「殺陣……十三夜"一閃"」


一歩、二歩、そして三歩。

騎士の首元へ回り込む。だが目線は振り切れておらず、こちらを追っている。

『甘いなあ……っ!!』

バスターソードを横に振り回す。その動きに逆らって、肩から腰までなぞり斬り上げた。


『ぐぁ……ぁあ………ァーーーー!?』


正面を向き直す。目の前で仲間が斬られたというのに、殺気は乱れない。

バスターソードを振り上げている。

『燃える斬圧をくらえ』

怒声と共に、剣を振り下ろす。熱波が草原を燃やしながら眼前へ迫りくる。


「黒煙の術ッ」


熱が通り過ぎていく。

黒煙となり、熱の生み出す上昇気流に乗って空を駆ける。

正面に残っていた騎士の頭上で体を戻し、貫手の構えで落下する。

魔素の制御が甘いのか煙となりきれなかった右足の太腿から血が吹き出るが、構わない。

『なんだぁ!?素手でどうする気だ!』

「十三夜……"二突"ッ」

騎士は大剣を掲げ盾にする。貫手が直撃し、防がれる。

『クククッ!!舐めてる―――なっ!?!』

手に纏う魔素が暴れ、内側から黒い靄が漏れてくる。靄は大剣すら飲み込み、鉄塊に亀裂が走る。

『ば、ばかな!?』

鈍い音とともに、バスターソードは粉々に砕ける。

そのままバシネット越しに貫手を叩き込み、脳天を潰す。

銀の鎧は、力なく倒れる。


酷使しすぎたせいか、力の入らない右腕を庇いながら、残る一人を正面に見据えた。


『やはり……やはり危険だな。貴様は』


その男の放つ殺気は、先の二人とは別格。大剣は熱により白く輝き、チリチリと火花が散る。

「青い家紋ということは、お前たちは近衛騎士だな?」

『"あの御方"にとって……邪魔な奴は全て殺す』

答えになっていない。既に奴の目は、狂気に染まっている。


両手を高々と掲げ、バスターソードに月光を照らす。

バシネットの隙間から、潤んだ瞳が向けられる。

『あぁ……!今は革命前夜だ。オワリの歴史に、今夜のことは刻まれるっ!』

重い鎧を身につけているとは思えない高速の突進。そして、そのまま熱を帯びる大剣の連撃。

触れるだけで燃え焼け、溶ける。


(一瞬でも隙を見せれば、即断たれるな)

話ができるような状況ではない。


『こうしている間に』


『お前が守ると言っていた小娘、無事だと良いがな』


――――――ッッ!!!


(姫に、危険が……)

闇が全身に集まっていく。突然視界が晴れ、全てが鮮明に見える。


『………!………、…………』


何かを叫んでいるようだが、何を言っているのか聞こえない。

踏み込み、そして振り回される大剣が、スローモーションのようにゆっくりと流れる。


兜の隙間から目を潰す。

足を踏み抜き、動きを止める。

狼狽える騎士の腰から、鎧の隙間が見えた。

そこへ丁寧に手刀を差し込み、はらわたを引きずり出す。


『……、……………!……………!!!』

まだ何かを叫んでいる。声は聞こえないが五月蝿い。煩わしい。

拙者は、すぐ姫のもとへ参らねばならん。


邪魔する者は。

みなごろしだ」



トバリの意識は、そこで一度途切れる。


最後の記憶は、闇に飲まれていく感覚。

鮮明だった視界の端から黒い靄が喰らいついてくる。

黒と敵の鮮血がいっぱいに広がる。


タダ、ヒタスラ二 姫ノモトへ

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