第12話 魔力と魔素
第12話
オワリ城大広間にて
そこにいるのは、アサヒとヨル。
そして、ヨルに呼ばれたトバリ。
「それじゃあ、魔演の稽古を始めるが……トバリや。こりゃお主には本来意味のない稽古じゃ」
「意味が無いのか!?」
ヨルが眉をひそめる。
「魔演は、魔力があれば使えるのではないのかの?」
「それはハナマサの一族に限った話じゃ」
アサヒは城の広間に飾られた、花と炎を象られた家紋を指さす。
「ヨルも知っての通り、我々ハナマサの先祖……このオワリを開拓し国を興したのは元々魔人だったと言われている」
「儂らの黒髪と真紅の瞳が、その血の名残じゃ」
ヨルの真っ黒な髪が、小さく揺れる。見つめるその瞳は、燃えるように紅い。
「魔人は人間と違い、体内の魔力が豊富に流れ、空間魔素の扱いにも長けている。……魔人は、意識せずとも"魔法"を使える」
「人間族には、それは難しい」
「魔力が流れてないからじゃな!」
アサヒの手のひらに、火が灯る。
小さな火がヒラヒラと舞い、ヨルのおでこにぶつかる。
「熱っ!父様!何するのじゃ!!」
「流れてない、ではないと言ったろう。誰しも、微かには魔力を持っておる」
「結局同じ意味じゃろ!!」
アサヒはブツブツと文句を言うヨルに向かってガハハと笑い、トバリを見つめる。
「お主の黒髪。そして薄い灰色の片目」
「なによりも、容易く魔法を扱えている事実。まず間違いなく……魔人の血筋じゃ」
「魔法を扱って……?」
トバリはピンと来なかった。魔法など、使った覚えが無いからだ。
「とはいえ、魔力があれば何でも魔法が使えるわけではない。体内に流れる魔力には固有の属性がある。我々ハナマサは、見ての通り……」
「火じゃな!」
「そのとおりじゃ」
「ようし、見ておけトバリ!」
ヨルが両手を合わせると、小さな火の粉が散る。そして合わせた両手をアサヒに向け、火の玉を放つ。
「カハハ!お返しじゃ!」
「足らんな」
アサヒは手の甲で火の玉を弾き、小馬鹿にするような笑みをヨルに向けた。
「ふっ」
「ぐぬぬ……」
「そして、トバリよ。お主の言っていた朧流とやらの技は、世にも珍しい"闇"の魔力が滾っておるのじゃ」
「朧流に……?」
「うむ。闇魔法を使える魔人の一族にも心当たりがある。……とはいえ」
一瞬の、間。
「いや。とりあえずじゃ。儂らハナマサの扱う"炎"魔法の演舞は、トバリでは扱えんじゃろうて」
「そうなのかぁ〜」
ヨルは残念そうな表情を浮かべた。
「だが、ヨルに教えている魔演とは、つまるところが舞い。この演舞の動きは、お主の"殺陣"とやらに活きる可能性はある」
「……」
この世界に来てから感じていた、体のズレ。忍術の違和感。
気づかぬうちに魔力を使っていたというのなら、教わることは多い。
何よりも、アサヒに一撃加えるという命令を遂行できなかったという事実が、トバリの心を震わせた。
(……もっと、磨かねばならない)
「是非、教えてくれ」
トバリはアサヒに向かって頭を垂れた。
「ま、元々がそういう約束じゃからな。お主がオワリに仇なす者ではないということも、いい加減理解しておるしの」
魔法。魔力。
いかに奇妙だろうと、理解不能だろうと。
強くなれるのなら、なんだっていい。
◆
「さぁヨル!まずは早速舞ってみろ!」
「カハハ、前回教えてもらったやつじゃな!」
アサヒはヨルに二つの鉄扇を渡す。その扇にはハナマサの家紋が描かれている。
「見ておれよ、トバリ!私のカッコいい舞いをのう!」
両手に持つ鉄扇を、鋭く開く。そして鉄扇が、勢いよく燃え上がった。
熱と揺らぎが波となり頬を撫でる。場面が切り替わるように、空気が変わる。
ヨルの足が、静かに床を踏む。
一歩。
音は、ほとんど無い。
だがその一歩ごとに、空気が変わる。
すっと、腕が振られ鉄扇が弧を描く。
炎が追随する。
揺れる火ではなく、流れる炎。
ヨルの動きに合わせて、炎が“遅れてついてくる”。
まるで、その場に軌跡を残すように。
もう一歩。
今度は、軽やかに跳ねる。
小柄な身体が宙に浮く。
「よく見ておくとよい、トバリ。普段はあんな調子じゃが……」
「ヨルはハナマサきっての、天才じゃぞ」
翻る衣。
広がる炎。
空中で、鉄扇が交差する。
その瞬間、火の粉が弾ける。
細かい火の粒が、花びらのように散る。
赤。橙。金。
光が、舞う。
着地。
同時に、足元から火が立ち上がる。
だが――
荒々しくはない。
暴れるような業炎ではない。
ヨルの足取りに従い、
円を描き、流れ、巻き上がる。
その姿はまるで、炎で紡がれた“花”。
そして次の瞬間。
ドンッッ!!
踏み込みが、変わる。
重い。鋭い。
鉄扇が振り抜かれる。
炎が裂ける。
空気が、鳴る。
今までの可憐さが、一瞬で反転する。
猛々しい獣のような踏み込み。
虎が爪を振るうような一閃。
それでもなお、型は崩れない。
流れは止まらない。
再び、静。
ゆるやかに、腕が落ちる。
炎がヨルに収束し、そして弾けた。
最後に、鉄扇を閉ざす。ぱちり、と音が鳴った。それと同時に、炎が消えた。
静寂。
「……どうじゃ!」
ヨルが胸を張る。
言葉が出なかった。
アサヒに言われずとも。
自分が守るべき存在のはずのヨル姫から、目が離せない。
その演舞は花のように美しく、そして虎のように猛々しい。
火の粉が煌めき、火柱がヨルを照らす姿。
何よりもその舞を見ているだけで、身体の奥が、わずかに熱を帯びる。血が巡るように、何かが流れ込んでくる。
(これは……。般若の行をしているわけでもないのに)
「気づいたか。トバリよ」
「いま、お主の身体に流れてきているのが、魔力。ハナマサの演舞は、仲間の魔力を漲らせるのじゃ」
「これが……魔力?」
この感覚には覚えがある。これは父から、教わっていた『氣』の感覚。
体内で練り上げ、忍法へ応用するための――
「そうか……!」
図らずとも、既に使っていたのだ。
魔力を、魔法を。
氣と称し、忍法と称して。
「そしてヨル自身も、舞を通じて空間に漂う魔素を集めておる。それこそがハナマサに伝わる演舞」
「何をコソコソと話しておる!どうじゃった?のうトバリ!」
魔素。
合点がいった。この世界での動きのズレ。忍法の扱いにくさ。
全ては魔素による外部からのエネルギー供給による『出力過多』。
(即ち……)
使いこなせば、前世よりも更に忍法を発展させることが出来る。
ヨルの演舞により身体に氣が、魔力が滾る今ならば……
アサヒを見つめる。
(今なら一撃、届く)
「こらーー!無視するでない!」
ヨルの叫びが鼓膜を貫き、耳がつんざかれる。
強制的に目線をヨルへ寄せられる。
「どうじゃったのだ!!!」
真っ直ぐと、どこまでも猛々しい真紅の瞳。
「言えることは、ない」
「な、なんじゃと……っ!!」
「あまりの素晴らしさ。拙者の言葉如きでは、表しきれそうにない」
そう言いながら、足は既に動いていた。
今すぐにでも、修練がしたい。この感覚を、鍛錬へ。
「当主殿、ヨル姫。凄く参考になった。……ありがとう」
言い終わると同時に、トバリの周囲に木の葉が散る。
「なんじゃあ、あやつは」
アサヒが呟くその後ろで。
瞳と同じくらい顔を真っ赤に染め上げたヨルもまた、呟いた。
「な、なんじゃ、あやつはっ!!」
どこか嬉しさを、隠せない声色で。




