決戦
桜ヶ池に宝物が埋まっている話は、赤木に初耳だった。しかも実際は宝物ではなく、破壊力そのものだ、という竹野の説明はにわかに理解し難かったが、黙って聞くことにした。
「碰上家は大陸と密貿易していたらしい。そこで、強力な呪物でも手に入れたのかもしれない。仮に浮島と呼ぶが、浮島は何らかの原因で人間から栄養を吸収し、膨張した。巨大化することで実質的な移動能力を得ていると思われる」
「密林は、身体の一部いうことになるんや」
「そう。浮島は密林内で過去に死んでいた者を復活させて、手下として使っている訳だ。栄養を心臓に運ぶ血液のようなものだね」
「あの、そうすると、第二次世界大戦中の話は……」
深江が遠慮がちに聞いた。
「祠の話だね。どうやら、私の仮説が間違っていた。まず、祠の性質は、桜ヶ池にあるものを周囲から守るための祠ではなく、桜ヶ池にあるものから周囲を守るものだった。戦後行われた供養によって、祠は戦災者供養という新しい仕事を負わされ、本来の機能が低下した。その後も祭祀を継続しなかったから、今回掘り起こされた時もほぼ役に立たなかった。ところで、祠を見つけた人はいるかな」
赤木は論外で、日置と深江は首を振った。期待のこもる視線を集めた風祭も、赤木と同レベルの門外漢であった。
「で、浮島はどうすればええ?」
「栄養を抜いて埋め戻す。浮島の正体がわからない以上、今回退治はできない。次善の策は、原状回復だ。つまり、食った人間を全部成仏させればいい」
竹野は荷物を漁り、細縄やら小袋やら、こまごましたものを取り出した。
「大陸出身なら効かないかもしれないが、一応守り札を用意してきた。持ってみてくれ。色々種類を揃えた。好みのものを選ぶといい。ただし、何種類も持つと反発して無効化することがある」
「こういうのって、効くんですか」
小分けにされた袋を覗きながら、風祭が尋ねる。
「これ自体が効くこともあるし、持っている人が安心することで、自然な免疫力が高まる場合もある」
「憑いとるようには見えへんけどな」
赤木は、強そうな神様の絵が刺繍してある守り袋を身に付けた。
各々選び終わったと見ると、竹野は余った札を丁寧に仕舞い、細縄を肩に担いで立ち上がった。
「さて、そろそろ行かないと。雲行きが怪しくなってきたぞ」
いつの間にか、結界の外側には、死者が集まってきていた。赤木を桜ヶ池に案内した女の子も一緒にいた。先ほどとは打って変わって、殺気立った顔だった。赤木は恐ろしさに背筋が震えた。
「待ってください。肝心の方法を、教えてもらっていません」
今にも結界から出そうな一同に向かって、赤木は声を張り上げた。竹野は振り向いて、座り直した。
「集中力だ。最初からできないのは、わかっている。風祭君から離れずにいなさい。一緒に見ているだけでいい。それで十分に、風祭君の力になれる筈だ。目的さえ忘れなければ、そのうちわかる。やり方は、人によって違うからね。要は、何でもいいんだよ」
それから、風祭の方を向いて言った。
「日置が入口を押さえて、私が一番奥へ行く。深江さんは入口から左へ回るから、君達は右へ進みなさい。互いが四つの地点に均等に散ったところで、浮島に向かって集中したまえ、彼等が成仏できるように」
「わかりました」
「よし。では、ここは私と日置で何とかしよう。日置、しんがりを頼む」
日置が頷いた。竹野は立ち上がって結び目に手を触れた。
周囲に群がる死者がどよめいた。喜んでいるのか、脅えているのか、判別がつかない。竹野は結び目に手を掛けたまま、しばらく口の中で何やら呟いていたが、急に
「はっ!」
と気合をかけると、結び目が一気に解けて縄が生き物のように竹野達の周囲を照らした。
光が迸ったようであった。
赤木は、一瞬目が眩み、身体の安定を崩した。風祭が素早く支える。
光が消えると、死者たちもまた、ほぼ消えていた。恐ろしい顔をしていたあの女の子も消えた。
ただ、死体が散在する風景に戻っていた。今の一撃で消えなかった死者たちが、離れた場所で立ち尽くす。
「今のうちに、池に行くぞ」
竹野が赤木達を急き立てる。解いた細縄を素早く荷物の周りにかけ、新たな結び目を作った。
そして、身軽に死体を避けながら、池に向かって走り出した。風祭が赤木を庇いつつ、後を追い、深江が続いた。
赤木と風祭が桜ヶ池のほとりに着くと、既に竹野は池の向こう側まで走って辿りつこうとしているところだった。
浮島は気配を感じたように、土を盛り上げて再び人の顔を覗かせつつあった。
赤木たちは、指定された場所まで移動する。日置が息を切らしながら、池の入り口に姿を現した。同時に竹野が、肩に掛けていた細縄を池の中央に向かって投げた。
「受け取れ、静!」
縄は光を帯び、蛇のようにするすると池の上空を渡っていく。対岸で日置が受け取ろうと構える前で、浮島が更に盛り上がった。
ぼこぼこっ。
顔の山が勢いよく伸び上がり、縄を突き抜けた。縄から光が消え、失速する。浮島から蔓が生え始めた。
「くそっ。間に合わないか」
竹野が縄を素早く手繰り寄せながら地団太を踏む。深江は集中している。
日置が動いた。両手を動かし、風の帯を繰り出した。続いて深江が池の水を波立たせ、水撃を浮島にぶつける。竹野の縄を絡めとろうとしていた蔓が、衝撃で引っ込んだ。
その隙に、竹野は縄を手元に引き戻し、両足の間に置いた。
人の名前を唱えながら、光の球を次々と浮島に飛ばした。浮島は竹野達が何かする度に、当った場所の顔を歪めて苦痛の声を上げるが、小さくもならず、顔が減ることもなかった。
風祭は赤木を助けた時のことを思い浮かべながら、両腕を懸命に振るって池の泥を持ち上げようとしていた。
小さな塊が出てくるばかりで、何のダメージも与えられそうにない。太い蔓が、風祭の方へ徐々に伸びてきた。
赤木は、いまだに方法を見出せなかった。風祭の側で浮島を見つめ、浮き出た顔の持ち主が成仏するよう懸命に祈るばかりだ。
一心に祈る赤木が気配に目を向けると、蔓が風祭の足に絡み付いていた。
「風祭さん、足!」
「うわっ。離れろ!」
風祭は蔓に手を掛けひきちぎろうとしたが、後に続く蔓に、その手も絡め取られた。
蔓は風祭の手足を捕らえ、池の中央へ戻ろうとする。残った手足を踏ん張り、岸にしがみつこうとする風祭の手は、空を切った。
ずるずると、風祭が池に引き摺られていく。
赤木は、助けを求めて周囲を見回した。
太い蔓は、四方八方に延びていた。竹野も日置も、蔓を避けつつ浮島を攻撃するのに手一杯で、風祭の危機に気付かない。
深江は浮島の陰に隠れた位置にいる。
ずぼっ。
風祭が、池の泥に嵌った。赤木は風祭に絡みついた蔓にしがみつく。当然、池の泥に嵌る。
うにょうにょと、生理的嫌悪を催す感覚が、赤木を包んだ。
「危ないから、離れていろ」
「嫌だ。風祭さんから離れろ!」
新たな蔓が、赤木に迫ってきた。避けようとして、泥に足を取られた。首にかけていた守り袋が飛び出した。炎を背負った神様の絵が、見えた。
赤木の手の先から、炎が噴き出した。炎は風祭を捕える蔓を伝って浮島に達し、一瞬の後、浮島全体が炎に包まれた。
蔓が一斉に引っ込んだ。その隙に体勢を立て直した風祭は、赤木を助け起こして岸に上がった。
「赤木少年、その調子や!」
日置が状況を見極め、すぐに風を送り始めた。炎が浮島を炙る。
浮島に浮かぶ面々が、苦悶の表情を浮かべる。竹野は相変わらず人の名前を呼びながら、光の球を浮島に送り続ける。深江は元の位置に止まり、伸びてきた蔓をこまめに退治しているようであった。
「すごいね、圭一くん」
「風祭さんを助けようとして……わけがわからないんだけど」
風祭は落ち込んでいるように見えた。
そこへ、炎に包まれた蔓が、ヨロヨロと風祭達の方へ伸びてきた。風祭は、八つ当り気味に蔓を睨みつけた。
すると、蔓が挫けたように、ぐにゃりと方向転換し、そのまま浮島へ戻っていった。
「風祭さん、凄い。泥だけじゃなくて植物も操れるんだ」
「そうなのかなあ。僕も、まだよくわからない」
風祭は自分の手を眺めた。
「あ、風祭さん。浮島の顔が!」
赤木の指す方を見ると、竹野の光の球に乗って、浮島にあった顔が次々と剥がれて上空へ消えていくところだった。竹野が唱えていたのは、死体と化して見つかった調査委員の名前だった。
「なるほど。それなら、あの二人を送るのは、僕の役目だ」
風祭は、浮島に正対した。行方不明とされた先輩の名前を叫び、注意を引くように腕を振った。
「林さ~ん、塚本さ~ん!」
浮島の頂点に、二つの顔があった。それらの顔は、竹野の呼びかけにも一向動じず蔓を繰りだしていた。
彼らが、風祭の呼びかけに反応した。黒々とした眼窩が、顔ごと風祭の方へ向きを変えようと動き出す。そこへ、竹野の光の球が当った。
顔が剥がれた。のみならず、大きな塊が、尻尾のようにくっついていた。顔は二つとも、塊と共に光の球に乗った。
竹野は、何かを唱えながら両手を動かし続ける。
光の球は、上へ上へと昇って消えた。全ての顔が剥がれた浮島から、炎が消えた。
風祭は竹野の言葉を思い出し、島を埋め戻そうと両手を動かした。思い通りに浮島は徐々に沈み、しまいに周りの土が真ん中へ盛られて元の大きさに戻った。そこへ深江が水を被せて、土をならした。
竹野が改めて細縄を繰り出し、日置に向かって投げた。光を帯びた縄が、するすると池の上を渡っていく。日置は今度は受け取ることができた。
と、縄は左右に開いて桜ヶ池を取り囲み、岸に降りた。縄から発する光は徐々に薄れて、地面に吸い込まれた。
「よし」
竹野が言った。
ざざざっ。
葉ずれの音が大きく響いた。辺りが急に明るくなった。赤木は空を見上げた。
空を覆っていた植物群が、不意に消えうせた。残った桜の葉の間からは、灰色の空が覗いていた。
風祭の手が赤木の肩にかかった。赤木は視線を下げた。
桜ヶ池を囲む桜の木が、みるみるうちに紅葉し、一斉に葉を落とした。
はらはら、ばらばら。たちまち池のほとりは赤や朱、黄色の葉で埋め尽くされた。
「雪だ」
風祭が呟いた。
白いものがちらほらと、灰色の空から落ちてきた。それらは、黒い池の水面にも、赤木達にも、等しく舞い降りた。




