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桜ヶ池異聞  作者: 在江
終 章
17/17

真相

 碰上キャンパスの講堂前は、卒業式が終わるのを待つ人々で、賑わっていた。


 学部の後輩、報道関係者、式場に入りきれなかった卒業生の関係者、ここで一儲けを企む商売人に混じって、病院へ行く人、研究室へ行く人、といった通常学内で見かける人々が通りすぎて行く。


 天気もよく、人々はようやく弛んだ冬の寒さに、ほっとしているようである。


 どの人も、申し合わせたように近付かない一角がある。


 講堂の斜め前に、それはあった。

 まだ桜が咲く時期には早く、木々は太い枝を絡み合わせた黒と灰色の陰影によって、人々を近づけないようにしているとも見えた。


 その入口には、制服を着た警官が二人立っていた。よく見ると、キャンパス内には、制服を来た警官が人々に紛れて何人も歩き回っているのであった。


 碰上を覆っていた奇妙な植物群が、一夜にして消えたことは、すぐ世間に知れた。

 新聞や雑誌、ラジオでも、碰上キャンパスの復活を、祝福の論調で一斉に報じた。彼らは、これまでの沈黙について何の説明もしなかった。

 周囲には相変わらず警察官の見張りが立ち、しばらくの間、構内は立入禁止のままであった。


 報道各社はヘリコプターを飛ばして上空から情報を得ようとしたものの、警察のヘリに追い払われた。


 そのうち何処かの会社が、何かの手づるを使って航空写真を入手し報道したものの、そこにはシートに覆われた池の他におかしなところはなく、読者をがっかりさせた。



 竹野達が西門の詰所に出たのは、夜のうちであった。状況を聞いた警察は、すぐに大量の警察官を動員し、夜明けまでに池の周りの死体を検分回収した。


 ひとまず報告を兼ねて警視庁へ戻った竹野達は、そのまま軟禁状態に置かれた。


 一時、殺人の疑いをかけられたのである。


 常識で考えられない不可解な事件の、不可解な部分が一応解決したところで、常識的な解決に持っていこうとする勢力が台頭したからであった。


 現場には複数の死体が残り、その身元は確かな者ばかりである。存在をうやむやにすることは、不可能であった。


 僥倖にも、死体の状態は、どう見ても餓死であった。死亡日は、昨日今日の話ではない。竹野たちが碰上キャンパスへ乗り込む直前まで、他ならぬ警察の監視下にあったことも有利に働いた。


 結果、千田教授の根回しもあって、何とか司直の手にかけられることは免れた。


 赤木と風祭は、早い段階で家に帰された。赤木は家に帰るのは嫌だと言ったが、嫌ならいつでも家に来ていい、と風祭に説得されて、取り敢えず帰宅した。


 両親は既に釈放されており、家の中の祭壇も片付けられていた。両親は涙を流して赤木にこれまで放置してきたことを詫びたので、彼はもう一度両親と住んでみようか、という気になったのであった。


 一方、碰上大学新聞部の面々は、学生運動の過激派との関連もついでに調べられたため、すぐには釈放されず、風祭が解放された後まで留置が続いた。


 風祭は差し入れを頻繁にして、津守たちと接触を保った。長い留置所生活は、学生の身に堪えたようだった。

 勾留中も、釈放されてからも、風祭が碰上に入っていたと疑う者は、誰一人いなかった。


 新聞部は碰上異変について、簡単に事実を述べた記事を掲載したのみであった。風祭は、新聞部の方針に異議を唱えなかった。



 講堂の正面が開き、卒業生が姿を現した。待ち構えていた人々が一斉に駆け寄り、シャッターを切り、花束を差し出した。

 数少ない女子学生は揃って(はかま)穿()いており、黒一色の男子学生の間にあって、色鮮やかに咲いていた。


 新聞部の卒業生も、寄り集まって出てきた。

 後輩が取り囲み、順番に胴上げをした。報道陣がカメラを向け、宙に舞う卒業生を撮影した。


 講堂の時計が見える場所では、記念撮影をする順番待ちの列ができていた。待ちきれず、斜め前で写真を撮る親子も何組かいる。


 風祭は、新聞部の一同から少し離れた場所に、花束を持って立っていた。


 桜ヶ池の側である。巡回したり立哨(りっしょう)したりする警察官らの、やや不審そうな眼差しにもめげず、講堂から出てきた卒業生に目を凝らす。


 胴上げから下ろされた藤河と、目が合った。

 彼は、風祭を認めて怪訝(けげん)な顔をする。


 視線が風祭の隣に落ちる。藤河の目は、そこで釘付けとなった。白皙の顔が、より白く強張る。


 風祭は、にこやかに微笑んで、手招きをした。後ろから他の卒業生に話しかけられたのを適当にあしらい、藤河は風祭の立っている場所まで歩いてきた。

 気が進まないのに、吸い寄せられる、とでも形容したくなる、ぎこちない歩みであった。


 「卒業おめでとうございます」


 「ありがとう。年が明けてから、全然行き会わなかったね。こんな気味の悪いところに長くいると気が滅入ってくるよ。これから新聞部の皆と食事に行くのだけれど、一緒に来ないのかい?」


 藤河は、風祭の側にいる赤木に、ちらちらと目をやっていたが、話しかけようとはしなかった。

 赤木は赤木で、変わらぬ整った顔を無表情に保ち、藤河の存在を無視して、講堂の方を眺めている。


 「いいえ、僕はこれから用事がありますので。これ、どうぞ」


 風祭も赤木を紹介するでもなく、一歩前へ出て花束を藤河に差し出した。藤河が受け取ろうと半歩前へ出る。風祭が更に踏み込み、花束を挟んで二人は抱き合うような恰好になった。耳元で囁く。


 「桜ヶ池から、林さんと塚本さんの遺体が出たそうです。マンドラゴラの犬、ですね」


 藤河の身体が、硬直した。風祭は花束を押し付け、素早く後ろへ下がると、殊更(ことさら)に大袈裟な笑みを浮かべた。


 「御活躍を期待します。お元気で」


 警察官に聞こえるように明瞭な声を出し、赤木と並んで脇からすり抜けて行った。

 藤河は硬直したまま、宙を見つめていた。



 講堂の脇に、背広を着て煙草を吸う男と、スーツに身を包んだ若い女性が立っていた。

 風祭と赤木は、二人の元へ歩み寄った。


 「気が済んだか」


 竹野と深江であった。日置(じょう)は、既に京都へ戻っていた。


 「はい。他に、どうしようもないのですよね?」


 「ごめんなさい」


 「深江さんが謝ることではない」


 四人は竹野を中心に、緩やかな坂を下り、病院の方へ向かった。


 碰上異変の際に、赤木が転がり落ちるように逃げた坂であり、竹野達が桜ヶ池に辿りつくために苦労して上った坂である。

 今は、怪しく繁茂した植物も消え、綺麗に舗装された道路を、通行人がまばらに行き交うばかりである。


 「マンドラゴラの犬って、何?」


 赤木が尋ねた。風祭が眉をひそめる。


 「聞こえていたの? まずかったかな。マンドラゴラというのは、中世ヨーロッパで信じられていた幻の植物で、人の形をした根っこを持つんだ。引き抜く時に凄まじい悲鳴を上げて、その悲鳴を聞くと死んでしまう。だから掘り出す時に、紐で植物と犬を結びつけ、犬を走らせた勢いで引き抜かせる。すると、悲鳴を聞いた犬だけが死に、人は幻の植物を手に入れることができる。林さんと塚本さんは、知らず知らずのうちに、この犬の役目をさせられた、多分ね」


 「藤河という学生には、思想的な背景はありませんでした」


 深江が言った。風祭が初めて会った頃よりも、ふっくらとして顔色が良い。彼が関わるよりもずっと前から、異変に取り組んでいたのだ。長い緊張状態から解放され、心身が落ち着いたのだろう。


 「藤河の家は、碰上家当主の乳母を勤めた家系でした。調べれば、言伝えを詳しく知ることは容易であったと思われます。すなわち、桜ヶ池の祠に封じられたものが普通の物ではない、ということを」


 結局、桜ヶ池の浮島や祠の正確なところは、わからなかった。わからないままに異変を鎮めたのだから、それはそれで偉業ではあるのだが、原因がはっきりしない以上、応急措置にしかならない。

 さりとて、調べるために掘り返すのは危険過ぎた。


 「途中までは一緒に行動して、いよいよ最後の部分で口実を設けて桜ヶ池を離れたのだろうね。林と塚本は、単純に埋蔵金と信じていただろうから、藤河が抜けるのを内心喜んだに違いない。今となってはわからないが」


 竹野は吸殻を、手近にあった吸殻入れに押し込んだ。


 「僕が見たのは、きっとその時の藤河さんだったのですね」


 赤木は言った。報告書を作る段になって、竹野達は漸く赤木の話をじっくり聞いた。そこで初めて、藤河の存在が浮んだのであった。


 風祭から新聞部の動きを聞き合わせ、雑誌を見たと思しき林と塚本と、碰上家にゆかりのある藤河の接点から、彼らの行動を推測したのである。


 証拠はない。仮にあったとしても、今の法律で裁ける罪には当たらなかった。

 現状、藤河を合法的に拘束して無理矢理情報を聞き出すことも、できない。


 「こんな事になるとは、思っていなかったでしょうね」


 深江がそっと呟いた。四人は改めて桜ヶ池を見やった。彼等の気分とは裏腹に、柔らかい日差しが碰上の地を照らしていた。

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