ハル・オルワ
砂塵が舞う平野で一人、朱雀隊総大将カイン・ジュリスは踞っていた。
「くうううう」
悲痛な声が彼の口から漏れる。
心なしか息づかいも荒い。
「くそ…くそ!くそ!くそ!」
左手を地面に叩き付けると同時に血しびきが上がる。
「つうっ」
カインの彫刻のように精錬された顔つき苦痛に歪む。
彼の左手の肘から先が切断されなくなっている。
傷口からは血がとめどなく溢れる。
「やられた。この私があのような小僧に」
左手の傷口を右手で撫でると蒼く淡い光りが起こり傷口を氷が覆ったと同時に血は止まる。
「くう」
幾ら傷口を氷で冷やそうが切断された箇所が焼けるように熱い。
さらにはまだ切断された腕があるかのような感覚がある。
これほどまでの重傷を負わされた事は人生に一度もなかった。
何なのだ。
あのユナ・アルカという少年は。
精鎧纒衣を強制解除するあの力。
しかもカインが使役するセルシウスのロキが彼の身体に引き寄せられるように自分の意思に反して白い渦に吸い込まれていった。
あのような力はオリジンにはない。
それはオリジンであるカインが一番に理解している。
だとすれば何だ。
オリジンではなく別のもの。
底しれぬ何か…
今はそれしか言えない。
焦らなくともいずれ答えはいずれ分かる。
そうオリジンとしての直感が言っている。
いずれまた巡り会う事になり剣を交える。
腕をもっていかれたというのに不思議と恨みはない。
むしろぞくぞくしている。
早く殺り合いたい。
カインは根っからの武人なのである。
強さを求めるこの種族にとって戦い以外は何も意味を成さない。
己の強さを証明する事こそが全て。
カインは初めて目にした時からアルカを自分と同じ種類の人間だと感じた。
強さを求める目、戦いに餓えている目であった。
だからこそアルカを気にいった。
その気持ち今も変わらない。
だが次に会った時は、自分の強さを証明する為に躊躇なく全力で殺しにかかる。
強者を越えた時にのみ味わえる快感を求めて。
カインは右手の長刀を杖がわりにしよろめきながら立ち上がる。
「この借りは必ず返すぞ。ユナ・アルカ」
カインは天を仰ぎその体勢のまま仰向けに倒れ込み気を失った。
★
「追ってが来るぞ。急げ」
「分かっておるわ」
オルワ、メミド、気を失っているアルカを担ぐユヒト達は森の中に達していた。
アルカとカインがぶつかり合った後、吹き飛ばされ気を失ったアルカを連れ砂塵に紛れあの場から去った。
カインがどうなったかは分からない。
だが、今はそんな事どうでもいい。
アルカがあの朱雀隊総大将と戦い、命がある、
それだけで充分だ。
残念ながらアルカの太刀の刀身は粉々に砕け散っていた。
祖父から譲り受け太刀であるらしく大切にしていたアルカはそれを知れば大層凹むだろうな思う。
「しかしどうしてもこうも急斜面なのだ」
森に入った時からメミドの愚痴が絶えない。
「今はご辛抱下さい、メミド様。この森を抜けるまでの辛抱です」
ユヒトがアルカの重みで呼吸を乱しながらも自分勝手なわがままを言うメミドに対して子供をなだめるように優しい声色でなだめる。
「それは分かっておるが、しかし王の血を引くこの私がこのような。うわ!ほれ虫だ。なんとかせいそこの小僧」
「うるさい、喚かないでくれ。俺もまいってるんだ」
「どうしたオルワ。先から顔色が優れないぞ」
ユヒトが側により顔色を伺う。
「大丈夫だ。色々ありすぎたから俺も混乱してて」
オルワはこのユヒトという青年が好きになりつつあった。
メミドもあの国を捨て義を重んじた判断をした。
その様は口うるさいが評価している。
しかし、このユヒトという青年は誠実かつ紳士的な物腰かつ腕もたつ。
弓の腕前など驚嘆にあたる。
おそらく頭も悪くない。
どうしてこのような有能な将がメミドの下にいるのだろう。
他から幾らでも声が掛かりそうなものだが。
「そうか。君は知らなかったのか?あの、つまりアルカのあの力」
端からメミドの何かに対して不満を漏らす金切り声が聞こえてくる。
無視だ。
「ああ。長い間アルカとつるんでるがあんなの見た事ない。というか本人も自分の力に驚いていた」
「奴はオリジン…そう呼んでいたな」
「オリジン」
そんな言葉耳にもした事がない。
「俺の推測だけどオリジンってのはもしかするとジンをその身に宿す力を持つ特別な人間の事を指しているんじゃないか」
「ジンを身体に」
思わず声が裏返る。
そんな話聞いた事がない。
というよりありえない。
しかし、あのカインの氷を操る力は
幾らなんでも人間離れしすぎている。
それに、アルカが覚醒したのと同時にカインの蒼い鎧は消滅し変わり彼の身体の中から人間とは思えない女が出て来た。
もしあの女がジンならば。
そう考えるとユヒトの立てた推測論も推測ではなくなってくる。
とすればカインはアルカの事もオリジンと言っていた。
では、アルカもその身にジンを宿せるっていうのか。
ユヒトの背中で眠るように気を失っているアルカを見た。
(そんな馬鹿な)
と思う反面、ユヒトの言っている事が正しいとも思う。
「駄目だ。頭が混乱してきた」
様々な推測が頭を飛び交う。
それを振り払うように横に頭を振る。
「あくまで推測だ。でも、アルカに俺達の想像しえない力のある事は事実だ」
「ああ」
「おい。お前らあれを見てみろ」
メミドが腰を落とし小声で指を指す。
木の影から三人、眼下にある小道を見る。
声がする。
20人ほどの黎の兵士達が隊を組み小道を歩いている。
松明の光りが兵士達の顔を明るく照らす。
その目つきは獣を追うようにして眼をぎらつかせている。
「まずいな。追ってがもうここまで」
おそらく追っての兵士達はこの後もぞろぞろとオルワ達離叛者を追ってやって来る。
「どうする?」
ユヒトが尋ねる。
「どうするもこうするも奴等の目を盗んで森を抜けるしかない。行こう!奴等の追いつかれる前に」
眼下の隊列に踵を返し、斜面をのぼり山道を先に進もうとしたその矢先、
メミドの足下がよろけた。
「あっ」
彼の気の抜けた声がし足下がよろめき身体の重心が後ろに集まる。
(まずい。落ちる)
落ちないように両腕をばたつかせる。
「メミド様」
ユヒトが崖から身を放りだしかけたメミドを片手で瞬時に支えた。
「ふう」
安堵の息をついた刹那である。
「いたぞ!上だ」
(見つかった!)
「矢を射れ」
風を切る音がし頭上を弓矢が何本も飛び越えていく。
「駆けるぞ!」
★
前方に僅かな光が見える。
森の終わりである。
後方では、兵士達が追ってくるのが見える。
弓矢が頭上を飛び越える。
「くそ!しつこい」
「森を抜けるぞ」
メミドが叫ぶ。
深く月の光りすら遮断する深い森のせいで、僅かな月の光りですら視界がちらついた。
視界が開いた。
そこは切り立った崖であった。
その先に向かいの切り立った崖とを架ける腐りゆく長い橋がかけらていて眼下は深い闇全体を覆っているが、微かに川が流れている音が聞こえてくる。の
間違ってもこんな高さから転落しようものならそこに待つのは死である。
「そこまでだ」
50人程の兵士がそれぞれの得物を手に森からぞくぞくと姿を現す。
万事休すである。
橋を渡りきるにはそれなりの時間がかかる。
仮にこの橋を渡ろうとしようものならこちら側の橋を繋ぐ縄を切られ橋の残骸ごと
宙に放り出される。
だが、この場でこの多数を相手にするのはあまりに無謀。
さらには、眼下は遥か下まで深淵が続いている。
八方塞がり。
しかし、この状況を一か八かで打開する方法があるにはある。
「戦う」
「アルカ!」
アルカがユヒトの肩から降りよろめきながら立ち上がる。
病人のように顔色が青ざめ、足下が定まっていない。
「すまない。オルワ少し気を失っていたみたいだな」
普段、腰に佩いている太刀を抜く素振りを見せる。
しかし、そこに太刀がないのを気づくと同時に糸が切れた操り人形のように身体全身の力が抜けふらついたのをオルワが慌てて受け止める。
「俺の太刀はどこだ?」
「砕けたよ」
アルカの表情に一瞬影が帯びる。
「そうか」
「太刀もないのに無理だアルカ」
「なら相手の得物を奪って戦うだけの事」
「無理だって。お前だってそんな調子だしあの数相手にまともにやりあった所でそこに待つのは死だけだ」
アルカの瞳がかっと見開かれ怒気を発する。
「俺はこんな所で死ねないんだよ。友との約束を果たすまでは!何があっても。やるしかないんだよ」
オルワの口元が微かに緩む。
「だからお前は生きろ」
「どういう事だ?」
「ここはお前等が橋を渡り切るまで俺が死守する」
「何を馬鹿な事をお前にそんな事させる訳には行く訳ないだろう。一緒に生きて黎に帰るんだ」
アルカはオルワの支える手を振り払う。
「そうだ、小僧。生きていれば願いは叶う。命を捨てるんじゃない。このシナ・メミド未来ある少年を一人この場に残しおいそれと自分だけが生き延びようとは思わん」
とメミド。
「アルカとメミド様の言う通りだ。ここで私達四人がこうなったのも何かの縁。共に生きて帰ろう」
とユヒトがオルワの肩に優しく手を置く。
「駄目なんだ」
自然と涙が溢れてくる。
皆の優しさ。
しかし、最早なんというわれようとその気持ちを汲む事が出来ない悔しさからか涙が止まらない。
「駄目って何がだ」
アルカが叫んだ。
「これを見てくれ」
「オルワ…お前…」
オルワは緋色の鎧を脱ぎ下の衣をたくし上げた。
三人が一斉に口を塞ぐ。
オルワの右脇腹から大量の血が流れ出している、
右脇腹は大きく裂け応急処置などでどうにかなるものでは最早ない。
刀傷である。
しかも、かなり長い刀によるもの。
アルカの全身に悪寒が走る。
「お前まさか俺を庇った時に…」
カインの斬撃からオルワがアルカに覆い被さるような形で助けたあの時だ。
オルワはアルカの問いに黙って頷く。
「何を馬鹿な事を!どうして俺を助けた!なぜ黙ってたんだ!」
「そんなの決まってるだろ。友だからだ」
オルワの視線がアルカをまっすぐに見据える。
「オルワ…」
「田舎者で自分が天才だと息巻いていたには友達がいなかった。でも、お前は違った。訓練学校で誰にも相手してもらえない俺をお前はいつも気にかけてくれた。楽しかったよあの時が。今もあの時に戻りたいと思う。今、思えばずっとお前の背中ばかり追いかけていたな。そして、一緒に朱雀隊に配属された時には死ぬほど嬉しかったよ、戦場に出てもまたお前と近くで競い合う事だ出来るってのは。でも、お前は違った。俺みたいに目先の事ばかりじゃなくお前は更なる高みをいつも見てた。そこが、お前と俺の違いだったのかもしれないな。お前はこれから先必ずこの世界にとって必要な人間になる。ずっと近くでお前を見ていた俺が言うんだ。お前は何があっても生きなくちゃならない。こんなつまらない所で死んでいい人間じゃないんだ。俺の武人としての直感がそう言っている」
オルワの声が掠れ瞳から涙が溢れ出している。
しかし、その表情は優しげある。
「駄目だ、オルワ!お前も行くんだ。俺に言ってたじゃないか。朱雀隊の総大将になるって。黎いや世界中にハル・オルワの名を轟かせるのが夢だって」
アルカの瞳からも同様に涙がとめどなく溢れ出す。
「そうだな。でもお前と時を過ごす内にどうやら俺の夢は変わってしまったらしい
」
「どういう意味だ」
「お前の先が見てみたい。そう思うようになってしまったんだよ。お前といる内に。お前の武人としての才覚と人としての器が俺をそうさせた…ぐは」
オルワの口から大量の血が噴き出す。
「オルワ」
苦しそうに喘ぎながら口周りについた血を拭う。
アルカは気づいていたオルワの命の炎が消えかってているのを。
今や、命の炎は風前の灯火。
オルワ自身の気力でなんとかその火力を維持させているようなものである。
もう助からない。
それは分かっている。
だが、オルワを巻き込んだのは自分自身。
自分の安易な考え、行動がこうさせた。
あの時、怒りに任せ行動せずオルワの言った通りに耐えていれば。
その心中を察したかのようにオルワが今にも消え入りそうな声で言う。
「自分の判断を悔いるなアルカ。お前は正しい事をしたんだ。お前のせいで俺がこうなった訳じゃない…あの時、お前を見殺しにしようと思えば出来たんだ。お前を庇ったのは俺自身の判断だから自分を責めるな」
「でも!」
メミドがアルカの言葉を手で制し首を横に振る。
(男の覚悟だ。それ以上何も言うな小僧)
そうメミドの瞳は訴えかけている。
「お前の先を見届けたかったよアルカ」
オルワが涙を拭う。
「ユナ・アルカ!だからお前の名を俺が待つ天まで轟かせてくれ。そうすれば俺も報われる。間違っても死ぬんじゃないぞアルカ。その時は俺がお前のケツでも蹴飛ばしてこの世に送り返してやるからな」
オルワは今自分が出来る最上の笑みを浮かべた。
力ないその笑みは彼の最後を物語る。
「嫌だ!嫌だ!お前も一緒に生きるんだ。死ぬなんて許さない!共に生きるんだよ!一緒に黎に帰るん…」
泣きじゃくるアルカの鳩尾にメミドの拳が入る。
「うっ…」
気を失ったアルカをメミドが抱える。
「ありがとう。メミド将軍。アルカを頼む」
「ハル・オルワ。この者の行く末しかとこのシナ・メミドが見届けよう」
メミドは、涙を流し鼻をすする。
オルワは無表情で頷く。
もう顔色を変える余力すらないのだ。
「オルワ、君の事は忘れない。アルカの事は任せてくれ。君の生き様しかとこの胸に刻みこんだ」
ユヒトは心の蔵を拳でうち瞳に涙を浮かべ高らかに叫ぶ。
「その武勇、見事なり」
メミドの掛け声とも共にユヒトが敬礼を送る。
ユヒト、メミドの瞳からは涙が溢れる。
「ありがとう。もう行ってくれ。アルカを頼んだ」
二人は深く頷くと、一瞥し橋を駆ける。
二人が橋を渡り始めるのを見送るとオルワは数多くの兵士に向き直った。
(さてと、奴等があの橋を渡り切るまで何とか持ってくれよ俺の命)
青龍刀を抜く。
その瞬間、風前の灯火であった命の炎が燃え上がる。
青龍刀の柄を器用に回し自らを焚き付ける。
(天才ハル・オルワを舐めるなよ)
「ここはこのハル・オルワが死守する。ここを通りたくばこのハル・オルワを打ち倒してみよ!」
口から血しぶきをまき散らしながら獣のように叫ぶ。
「いけ!!!」
兵士達が突っんで来る。
「ハル・オルワの生き様しかとその目に灼きつけろ」
斬る。斬る。
遅い。
アルカと訓練を積んできたオルワにとってこの程度の相手の斬撃は止まって見える。
槍を持った兵士が三人、槍を突き出し襲いかかってくる。
突き出された槍を力任せに三本同時に上から叩き斬る。
呆気に取られている兵士に首を三つ同時に刎ねる。
三つの主を無くした身体が血を天に向かい噴き上げる。
その噴きで出る血のベールから一つの弓矢が飛び出してくる。
(まずい)
身体を瞬時に捻る。
ぐさ。
肉を貫く音がし右肩を矢が貫いた。
「クソが」
すかさず矢を引き抜き首を失い身体だけと化した屍体を蹴飛ばす。
血のベールが視界から外れれ目の前がひらける。
五人がオルワに標準をあわし弓を射ろうとしている。
「させるか」
屍体を引っぱり上げ盾とする。
ぱすんぱすんと屍体に矢が何本の突き刺さる。
「うおおおお」
雄叫びを上げ屍体を前に突っ込む。
屍体の襟を持ち弓を構える兵士に投げつける。
「おら!」
屍体に乗っかられるようにして兵士達が姿勢を崩す。
直ぐさま、その兵士の首を撥ね飛ばす。
グサ。
槍が脇腹を貫いている。
「この…」
口から血が噴き出す。
矛先を剣で斬り落とし槍を掴んでいる兵士を引き寄せ剣で喉元を掻っ切る。
鮮血が宙に舞い辺りに血の雨を降らす。
オルワの身体は先から痛みを感じなくなっていた。
限界などとうに越えている。
しかし、五感は研いだばかりの刃物のように鋭く研ぎすまされ敵対する兵士達の動きが止まって見える。
今のオルワならば向かってくる矢を素手で掴む事すら出来る。
オルワは今、生と死の狭間にいるのだ。
狭間といっても時が経つごとに死に着実に近づく。
人は死地に立てば常軌を逸脱する力を発揮する事が出来る。
オルワの今はつまりそれである。
限りある命を燃やす。
「次かかってこい!」
辺りを囲んでいる兵士達がオルワの鬼神のような強さを前に攻めかねている。
メミド達はもうすでに橋の中央まで来ている。
あと少しだ。
あと少し…
(燃えろ俺の命)
「うおおおおおおおお」
オルワの雄叫びが天を割る。
「臆するな。奴は虫の息ぞ!かかれ」
何十もの兵士がオルワ目掛けて突っ込んで来る。
★
「ここは」
いつの間にか訓練学校の裏庭にある大きな大木の木陰にオルワは立っていた。
懐かしいこの景色。
裏手には木造造りの訓練学校が見える。
(何だ?これは夢か。どうしてこんな所に)
「よう。お前こんな所で何してんだ」
頭上から声がする。
大木の枝に誰かが寝そべるようにしている。
(これはまさか)
その声の主が猿のような身のこなしでオルワの目の前に降り立つ。
「よお」
少年は黒く長い髪についた枝の歯を振り払う。
手には彼の小さな身体とは不釣り合いに思える長い太刀を手にしている。
(12歳のアルカだ。俺は過去を思い出しているのか)
少年アルカは愛嬌のある笑みを浮かべ白く整った歯をオルワに見せる。
(この頃のアルカは、愛嬌があって可愛らしかったのにな。あんなに口の悪い奴に育つなんて思いもしなかったな)
ふふっと過去の情景を懐かしみ心の中で微笑む。
同年代ではあるが無茶をするアルカをいつも兄のような目線でも見てきた。
剣の腕では誰にも負けないくせに、内面は成熟しきっておれず放っておくと何処か危なくて心配になる。
でもそれがアルカという人間の魅力かもしれない。
「お前強いな。模擬戦であそこまで手応えがあったのお前が初めてだよ」
アルカは身体に不釣り合いな太刀を持ったまま腕を組み何度も頷く。
(そうか。あの日か)
訓練学校を入学して間もない日である。
一対一の模擬戦でこの日、オルワはアルカに高く伸び切った鼻をへし折られた。
簡潔に言うと、模擬戦でアルカにコテンパンにやられたのである。
そして、この大木の下で臍を曲げていたのを覚えている。
「他の奴等は口先ばっかりで全然対した事ない。でもお前が違うな。結構保った方だと思うよ」
(ガキのくせに人を食ったような言い方しやがって)
そう思いながらも何だかそのアルカの言いようが心に染みる。
「なんでお前いつもここにいるの?」
アルカは幼くまだ丸い顔でオルワを下から覗きこむ。
「あ!そうか分かったぞ。お前友達いないんだ」
(この野郎、直球すぎるんだよ。全部が)
過去の記憶を思い出しているとはいってもこう単刀直入に言い放たれるとショックである。
「じゃあ俺が友達になってやるよ。俺、ユナ・アルカ」
桃色の頬を僅かに赤く染め照れ笑いしながら、アルカの小さな手が差し出される。
「ハル・オルワか、いい名前だな。」
オルワがアルカの手を握り返す。
「あれ?ちょっと手が。握る力強すぎだ…」
「何で泣いてんの?」
「え?」
過去の自分の像と今の自分が重なり一つになる。
握る手が震え涙が止まらない。
「何か悲しい事があったのか?ほら、お前の友達のアルカ様に言ってみよろ。その。えーと…力になれる事があるかもしれなにだろう」
アルカは気恥ずかしそう頬を人差し指で掻いている。
声が出ない。
涙が止まらない。
「あっ!こうしよう。俺がラタトスクになってこの世界を悲しみの生まれない世界にしてやる!そうすればお前も今は、その悲しいかもしれないけどさこれから先は悲しくなくなる。約束するよ」
(アルカ…お前は光だ)
涙が止まった。
「ありがとう。アルカ」
景色が崩壊していく。
「ああ」
アルカは崩壊しゆく世界の中で17歳の姿に変わり、鞘に収まった太刀をオルワに掲げる。
「待っていてくれ、オルワ!必ず天まで俺の名を轟かせる」
アルカの瞳から一筋の涙が頬を伝う。
オルワは笑顔で頷いた。
その瞬間、景色が完全に崩壊し暗黒に覆われる。
「楽しみにしているよ」
暗黒の彼方でオルワの名を呼ぶ声が反響をずっと繰り返していた。
★
黎の兵士達は目の前の光景にただ立ち尽くす事しか出来なかった。
一人の少年が立ち尽くしたまま命果てている。
その身体には無数の矢、槍がささっており傷口からは未だ血が流れでている。
「うあああ」
動転した兵士がもはや命果てた少年に斬り掛かろうとする。
「やめろ!」
一人の兵士が叫ぶ。
最早、残りの離叛者を追う事は出来なかった。
向こう側で縄が切られている。
この若き勇猛な戦士が彼らに活路を与えたのだ。
誰も最早声など出ない。
ここにいる皆が彼の最期に心をうたれたのだ。
同じ戦士として。
あまりにも壮絶な最期に。
「彼の屍体を手厚く葬ろう」
一人の兵士が言った。
「はい」
多くの者がすすり泣く声が聞こえてくる。
一斉に皆が立ち上がり。得物を地面に突き立てる。
「大義であった!」
一人の兵士の掛け声と皆がオルワに敬礼を捧げる。
日が昇り太陽の光りがオルワを照らし出す。
天に昇るオルワを天が歓迎しているかのようだ。
数多の傷を負いながらも
オルワは優しげな笑みを浮かべていた。
友を祝福するかのように天を仰いだまま。
(さらばだ。アルカ)
享年17歳、ハル・オルワ。
戦場にて散る。




