キジュ・マサリ
キジュ・マサリはその場で深く息を吐いた。
これから会う相手とはそれなりに頭を働かせなくてはならない。
間違った選択肢を選べばこちらが食えわれる。
それほどまで狡猾かつ怜悧な男である。
もうひと呼吸し気持ちを落ち着かせると戸を叩いた。
「お入り下さい」
と中から声がし戸を叩くとそこは浴室の脱衣場らしき所であった。
脱衣場と言っても豪華な造りで床は大理石で出来ていてこの部屋自体の広さが相当なものである。
四隅にはいかにも値のつきそうな壷やゴーレムの金箔で覆われた像などが置かれている。
浴槽の扉の前には二人の鉄仮面で顔を覆った白いハンジュ(羽衣)を着た者が扉を守るように立っている。
宦官である。
去勢を施されたこの不気味な男達を気味悪がる者も多い。
宦官達は仮面で顔を覆いその顔を見えないように隠している。
それは、宦官である事を彼らが恥じている事からきているのかは分からないが
その仮面がより一層気味の悪さを醸し出す。
「キジュ・マサリ様ですね、中にお入り下さい。シャオラン皇子が中でお待ちです」
仮面の下でくぐもる声が以上に高い。
マサリは何も言わず会釈をすると金と銀の龍の絵の装飾が施された扉の前で立ち止まる。
扉の中から何人もの若い女の声が聞こえてくる。
その扉を開けるのを戸惑ったが、気持ちを整理しその扉をゆっくりと開いた。
すると、もやっとする湿度の波がマサリに襲いかかる。
湯気を払うように手をふると視界が開ける。
円形をした巨大な浴槽の中央には、一人の若い男が四、五人の裸体を晒した美しい女性に囲まれ浴槽に浸かっている。
マサリはすぐさま、膝を折り頭を垂れた。
浴槽に浸かっている男は黎王の嫡子第三皇子シン・シャオランである。
「よく来たな」
シャオラン皇子の若々しい声が浴槽全体に響きわたる。
シャオラン皇子の歳は19ほどである。
となればマサリより二歳年上である。
「顔を上げよ」
皇子にそうは言われたが戸惑った。
彼は裸の若く美しい女性をかこっている。
マサリは、女性の裸なんて見た事がなかった。
それ故、目のやり場に困ったし何だか気恥ずかしい。
しかし、こんな所で出鼻を挫かれる訳にはいかない。
そう決心し面を上げた。
シャオラン皇子の顔がはっきりと見える。
皇子という肩書きにふさわしい気品のある顔つきをしている。
細い眉につり上がった切れ長の目に筋の通った綺麗な鼻筋、桃色の唇に頬も僅かに桃色に染まっている。
肩まである艶のある髪には癖があり水に濡れ巻き毛っぽく見える。
言うなれば完全なる美少年である。
これまで遠くからは見た事があったが近くで見ると余計に彼の美しさに驚愕する。
本当に男なのかと性別すら疑いたくなる。
彼の身体に抱きつくようにしている二人の女性も彼をうっとりとした表情で見つめている。
しかし、どんなに美しく男女関係なく魅了する容姿を有していてもマサリはこの男を好きにはなれない。
彼の噂はかねがね聞いているし初めてこうして対峙してもそれは変わらない。
彼を取り巻く黒い噂は絶えない。
たとえば、彼を囲う女は三日に一度全員入れ変わり、古くなった女を恥ずかしめ切り刻むのが趣味だとか、宮廷の地下に闘技場たるものを造りそこで罪人同士を死ぬまで争わせ賭けをする賭場を開いているとか、人の精神を崩壊させるおかしな薬を部下に与え廃人と化した部下を飼って楽しんでるとかなどの黒い噂が絶えない。
確かに、その美しい風貌とは相反して瞳の奥にはどす黒い何か邪悪なものが渦巻いている気がする。
「ほう。噂には聞いていたが星の民の風貌とは異様だな」
卑下するようにマサリの風貌を見てシャオラン皇子は鼻で嗤った。
星の民とは、西の島国〈オルカノン〉に住む民の事である。
何故、星の民と呼ばれるかと言えばオルカノンの民は皆、体毛の全てが白髪なのである。当然、髪の毛から髭、指先に至る全ての毛が雪のように白い。
だが、瞳は蒼く煌めき宇宙のように美しい。
その独特の白い髪が夜空に輝く星の輝きに見えなくもないのでそのように呼ばれるようになった。
マサリの祖父がオルカノンの民でその血を受け継いだ母が黎の土地で父と交わり生まれたのがマサリである。
つまりマサリは混血種である。
純血のオルカノンの民と比べれば白髪の白さは劣るが、黎の民からすればその風貌は充分に異様に見える。
「キジュ・マサリと申します。シャオラン殿下」
拳を合わせ再び平伏する。
ハンジュの裾が濡れてしまっているが致し方ない。
「存じておる。いいから顔を上げろ」
マサリは言われた通りに顔を上げる。
シャオラン皇子は金の杯に入った紫色の果実酒を女に口まで運ばせる。
女の裸体が目につき視線を逸らす。
「お主、女を知らぬか」
抱きつく女の顔を手で撫でるとマサリに視線をうつした。
「殿下、私はそのような世間話をしにここに来たのではありません。私を呼びつけた理由をお聞かせ下さい」
「そうせかすな。女は知らぬかと聞いている」
面白がるようにシャオランは尋ねる。
「はい」
少し顔を赤めながらマサリはうつむき加減で答える。
「ほう」
喉を鳴らす。
「どうだ?一人選ぶといい。主にくれてやろう」
「え?」
「くれてやると言っている。選ぶといい」
シャオラン皇子は両手を広げ選べというように視線を送る。
(この男…)
やはり好きになれない。
女をもののように見ている。
このような人間が上に立つと思うとぞっとする。
第四皇子ユーリンとの人間性の違いは天と地ほどの差がある。
「恐れながら殿下、私は職務に追われ女子と戯れている余裕などありません。僭越ながらお断りさせていただきます」
深々と頭を下げる。
「そうか」
興が失せたと言いたげにため息を吐くシャオラン皇子。
「では、本題に入ろう。キジュ・マサリよ」
(やっとか)
小度、皇子の方からマサリに謁見するようにと申し出があった。
しかし、シャオラン皇子とは直接面識もなかったしお呼びをもらうような心当たりもなかった。
知らせを聞いた時は驚いた。
本題というがその内容は皆目見当もつかない。
何を考えているんだこの男は。
しかし確実なのはお互いに腹の探り合いになるだろうという事だけだ。
シャオラン支持派でないマサリにとって僅かな情報でも漏らすのまずい。
何か裏があるはずである。
「お前の噂は俺の耳にも入ってきている。その歳で星官になるとは驚きだ」
星官というのは、政務、地方自治を行う言わば役人のようなものである。
その役人にも位があり下から
地官、雲官、星官、大官、月官というものがありその上が宰相にあたるのだが、簡単に言えば上から四番目の位にマサリはあたる。
しかし、若干17歳にしてこの星官という地位になったものは黎が建国してから未だおらずマサリ史上最年少でこの星官という地位についた。巷では神童と噂されていた。
「ありがたきお言葉」
「そこで気になる事を耳にした。東の海峡の海賊共を大人しくさせたようだな。あれほど暴れ回っていた海賊達をどのように鎮めた?」
真実を話しても大丈夫だろうかと考えたがこの情報にシャオランが優位に働くものはないと見て話した。
「海賊共に島一つ与えました」
「海賊に領土を与えただと?何を馬鹿な」
シャオラン皇子の目が丸くなる。
「いえ事実です。海賊に領地を与えその代償に彼らに海の関所の役回りをやってもいます。税を取る相手はあの海峡を行き来する商船などですがその取り分は国が八割。残りの二割は海賊達に。幸い黎は他国との貿易が盛んな国。故に商船などは多く行き来します。当初他国から海の関所で税を取る事に対しての反発はありましたがそこは強気に出てもよい所。黎は他国の輸入物に頼らなくともやって行けますが小国は黎の物資を求めています。反発が強くなれば切ればいいだけの事。そう強気で出ていれば他国の反発はおさまり今や海賊どもが立派に関所の役回りを果たしてくれています」
「ほう。海の関所か…考えもしなかったな。ましてやそこを海賊どもに委ねるとは」
何度も頷き髭の生えていない顎先をしきりに触る。
「海賊といえども元はといえば民です。彼らは生活が貧しかったり何かの要因で食べていく事が出来なくなった者達の集まり、住処を提供し仕事を与えて生活水準を一定に保ってやれば不満は失せ真面目に働きます。力で抑えこむ事も無論出来なくはありませんがそれを行えば憎しみを払拭する事は出来ずに更なる火種となり海賊の組織化が巨大化するだけです」
「根源を絶つか」
「そういう事です」
しばしの沈黙。
と沈黙を破るようにシャオランが笑い声を上げる。
部屋に彼の笑い声が反響し至る所から響いて耳に入ってくる。
「しかし俺ならば違うやり方をとる」
「違う方法?」
「そうだ。お前は力では根を根絶する事は出来ぬと行ったな」
「はい。力で抑えつけても民の不満はいずれ募りその場を抑えても新たな賊をうみます」
「本当にそうか?」
「といいますと」
何のつもりだこんな事で議論してどうする。
何が目的なんだ。
シャオラン皇子は笑み浮かべている。
知恵比べをしようそう誘っている気がする。
「俺ならばそれを凌駕する力でねじふせる」
「凌駕する力?」
「そうだ、圧倒的に完膚なきまでに潰すのだ。全ての賊の手足を捥ぎ屍体を街に晒しその賊の親族に至るまで全てを皆殺しにする。必要とあるならば賊共が生まれ育った村の住民も皆殺し村ごと地図から消し去る。そうして、国に対する圧倒的な恐怖を心の根元に植え付ける」
「なっ!」
言葉が出ない。
まともなじゃない。
そのような策…
やはりこの男の中には怪物が巣食っている。
言葉を無くすマサリを見てシャオラン皇子は人をくうったような短い笑い声を上げる。
「まともじゃない…そう思っているか」
「いえ、それは」
見抜かれている。
「つまらいと思わないか?父も兄達もあまりに考えが凡庸すぎる。指導者が凡庸故に世界はくすんでしまう。俺が国の王となれば世界は色濃くそして鮮やかに輝く。何故、父は天下をとろうとしない?黎には他国を蹂躙出来るほどの力があるのにも関わらず。どう思うキジュ・マサリ」
「それは、黎王様が民の幸せを願っているからでござい…」
「違う!」
シャオラン皇子が怒気を発し浴槽から立ち上がる。
彼の鍛え抜かれた彫刻のような完璧な肉体がマサリの元へと近づいてくる。
マサリは頭を下げる。
ぴたりと足音が止まり視界に彼の足下が見える。
「どいつもこいつも臆病なのだ。現状で満足している輩ばかりだ。このままではいずれ黎は他国に食われる。ならば食われる前にこちらが食いにかからなければならないのだ。貴様はどちらだキジュ・マサリ。食う側か食われる側か…その智力いかにして使う?」
「私は…」
突如、首元を掴まれ身体が浮き上がる。
(苦しい)
足先が浮いている。
「お、やめ下さ…」
息が出来ない。
この男、なんという力をしている。
シャオラン皇子は片腕でマサリの身体を持ち上げている。
「質問を変えよう、父の容態は知っているな。保ってあと一、二年って所だろう。
父が死ねばその先に待つのは何か理解出来るだろう?」
「ぐうう」
(息が)
「お前は誰の為にその智力を使う?我が長兄エルトかそれとも次兄ウラオスそれともこの俺か?」
(この男僕を取り込むとしているのか?それが狙いか)
首を締め付ける力が更に強くなる。
「ぐ、あが」
「答えろ」
シャオラン皇子が用意した選択肢の中にマサリの答えはなかった。
だが、彼以外の名前をここで出せばこの場でこのまま殺されてしまうかもしれない。
しかし、ここで彼の名を挙げるという事は親友を裏切る行為である。
それだけは出来ない。
ここで命果てようとそれだけは出来ない。
「ユ、ユーリンお、皇子…」
「ユーリンだと」
シャオラン皇子の線の細い片眉がつり上がる。
さらに力が強くなる。
(息が…まずい)
足をばたつかせ手を引っ掻くように抵抗する。
(駄目だ。死ぬ)
視界が闇に覆われ始めたその時、首を掴む手の力が抜けた。
ばたん。
その場に尻餅をつきへたり込み、肺にあらん限りの酸素を送った。
涙目になっている。
(死ぬかと思った)
荒い呼吸を繰り返し、落ち着くのを気持ちが落ち着くのを待つと
シャオラン皇子をあらん限りの憎しみをこめて睨みつけた。
(この野郎。皇子じゃなければジンを喚んで今すぐにでも殺してやりたい)
シャオラン皇子は冷ややかな視線をへたりこむマサリに向けると突然、大声で笑い始めた。
(何だ)
「すまない、冗談が過ぎたようだ。許してくれ、お前を試したかったのだ。頭ばかりキレる輩なら掃いて捨てるほどいる。しかしながら頭脳と度胸、双方を持ち合わせている者は希有である。どうやらお前はその何方も持ち合わせているようだな。
まさか、あの場でユーリンの名を出すとは対した度胸である」
冷ややかな視線は一変し子供が大人をからかう少年のようなきらきらとした瞳に変わっている。
「殿下、失礼ながらご質問が。何故、ユーリン殿下の選択肢がなかったのですか?
この先、黎王様が崩御なされるような事があれば権力争いが起こるのは明白。ならば、ユーリン殿下も必然的にその権力争いに関わってこられる」
答えなど聞かなくとも分かっていた。
シャオラン皇子は、第四皇子シン・ユーリンが眼中にない。
第一王妃の嫡嗣である第一皇子、第二皇子、第三皇子と
違い第四皇子であるシン・ユーリンは第二王妃の子である。
言わばシャオラン皇子とは腹違いの兄弟という事になる。
無論、第二王妃の子であるユーリンを支持する者は少ない。
権力争いが勃発した所で舞台にも上がれない。
それほど力、影響力は小さい。
故にシャオランが先に出した選択肢の中にユーリンの名は上がらなかった。
放っておいても害はない。
お前に何が出来る?という感じだろう。
「その問いの意味を分からぬほどお前は馬鹿ではないだろう」
マサリの心中を察したように手でシャオラン皇子は彼の質問を降りはらう。
「ここで兄の名をあげるなら本当に殺すつもりだった、しかし、お前はユーリンの名をあげた。言っておくがユーリンの元でその智力いかに使おうと芽は出ぬぞ。
俺とともに来い。出来れば有能な者は早い内に手駒にしておきたいんでな」
手を差し出すシャオラン皇子。
確かにその堂々たる姿を見れば王の才覚がある。
そう思う輩がいるかもしれない。
だが、実際はそうじゃない。
中身など空っぽだ。
そこには、義や志など存在しない。
存在するのは人間の欲望それだけである。
「どうした?手を早くとらぬか」
マサリは差し出された手をとらず頭を垂れている。
「それは出来ません、殿下。故あって私はユーリン殿下にこの身を捧げると誓いました。何があろうとこの身、友とユーリン殿下に捧げると誓ったのです」
暫くの沈黙。
マサリの言葉だけが浴室全体に響いている。
シャオランの低い息づかいが聞こえる。
「貴様はこの私の申し出を断るというのだな」
ゆっくりとそして低い声が耳元で囁く。
「はい」
マサリはさらに頭を垂れ低く膝をついた姿勢をとる。
怖くはない。
怖いの死より義に反し心を殺し、働きたくない人の元で死ぬまで忠義を尽くさなけらばならない事だ。
「対した度胸だが、どうやら俺の見込み違いだったようだな。お前を買い被りすぎていたようだ。ユーリンに尽くすというのなら殺すまでもない。先は見えているのだからな…新たな同士を迎えれると思ったが残念だよキジュ・マサリ」
興味が失せたように踵を返す。
「失せろ。私の気が変わらぬ内にな」
「殿下最後に一つよろしいでしょうか?」
「申せ」
足を止める。
「王になるのは貴方様ではなくユーリン殿下です」
「失せろ」
「失礼致します」
マサリは深くお辞儀し浴室をあとにした。
★
黒い影がシャオランの背後に降り立つ。
「殿下。あの者始末如何に?」
影が彼の背後で膝を折り問う。
この者はシャオランが雇う影つまり暗殺者である。
名など知らない。
名などこの者にあってないようなもの。
時と場合によって数百にも及ぶ名を使い分けさらにはそれと同数の顔を持つ。
化けるのである。
だから、あえてこの者に命令を下すとき名など呼ばない。
影にとって名など意味を成さないのだから。
「放っておけ。兄達に付く気ならば始末していたが愚弟についた所で何の障害にもならん。それに頭は悪くないようだが思慮が足りない只の餓鬼だ。噂が一人歩きしていただけのようだ。手を下すまでもない」
「はっ」
影の声は消え入りそうなほどか細い。
「首尾はどうなっている?」
「着実に」
「なら良い」
(俺の時代がもうすぐそこまでやって来ている。黎をこの手中に納めこの腐った世界をまこと面白き世界に変えてやる)
「ふはははは」
シャオランの高らかな笑い声が辺り全体を覆い尽くした。
★
宦官に頭を一礼し部屋を出ると思わずその場のへたり込んだ。
ずっと気を張っていた。
殺されるかと思った。
あの男の本当の狙いは一体何だったんだ。
あの口調から察するに自分の勢力に取り込もうとしたのかもしれない。
もしかすると早い段階で他の有能な者にも話しを持ちかけているのかも。
だが、マサリはその申し出を断った。
もし、あの時にシャオラン皇子の兄達の名を出せば本当に殺されていた。
しかし、マサリが口に出したのはユーリンの名。
希望薄のユーリンについた所で何も出来やしない。
自分の覇道の障害にすらならない。
そう思ったのだろう。
彼はマサリを処する事を見送りにした。
完全にユーリンの事を舐めきってる。
その事に対して腑が煮えくり返っている。
だからこそシャオラン皇子にあのような捨て台詞を吐いた。
とりあえず生きて返れてよかった。
(お呼びがかかった段階で悪い予感はしてたけど)
深く息を吐く。
「今日は疲れた」
仕事を早めに切り上げて今日は休もう。
そう思い腰を重い腰を上げようとしたその時
「随分と疲れてるな」
女の声。
横を見るといつの間にか女が腕を組んで座りこむマサリを見おろしていた。
「ヨンジュか、何の用?」
ヨンジュと呼ばれた女性は、紅蓮の如く紅く艶のある髪をかき上げる。
髪に覆われた顔が露わになる。
瞳も髪と同系色で紅く、炎のようである。
気が強そうなその鋭い目つきは人を遠ざけるほど鋭い。
しかし、ながらその顔の造り自体は非常に美しい。
踊り子のようなすらっとした紅い優美な衣服を見に纒い足がの付け根あたりまでぱっくりと割れたそのスカートからは白く長い美しい足が覗いている。
「ユジンが呼んでる」
「師匠が?」
この多くを語らない女の事をマサリは詳しく知らない。
ただ知っているのはマサリの師匠である現ラタトスクのタルマ・ユジンの古くからの友人という事。
しかし、このヨンジュという女の年齢は知らないが見た目年齢からおおよそで予想するに20歳そこそこである。
それなのに御歳70を越えるユジンと古くからの付き合いというのはおかしい。
この女を幼少の頃から知っているそういう事なのだろうか。
しかし、マサリはもう一つの可能性を考えていた。
この女は人間じゃない。
人間の匂いを感じとる事が出来ないのだ。
召喚師としての心得もあるマサリは召喚師としての力を持たない人間より感覚は敏感であった。
位の高いましてや精霊級のジンとなれば人に化け霊力を節制すればこちらの世界に長い期間とどまる事もたやすい。
精霊級とはその力で地図から街の一つや二つ簡単に消し去る事が出来ると言われるほどの力を持つ特別なジンである。
フェニックス(不死鳥)、セルシウス(氷鬼姫)、ヴォルト(雷神球)、ウンディーネ(水王妃)、カトブレパス(邪眼龍)、シルフ(風刃王)、ノーム(地爆星)が精霊級の代表格である。
だが、精霊級のジンなど滅多にお目にかかれるものじゃない。
だからこそヨンジュがジンだと言い切れなかった。
顔など見るだけであれば普通の人間の女子であるし。
「人の顔をそんなじろじろと見るな。気持ち悪い」
「ああ、ごめん」
「行くぞ」
長い足を突き出しすらすら優雅に歩く後を追う。
長く優雅な装飾品が並ぶ回廊を歩く。
大きく開け放たれた窓から涼しい夜風が入り込んでくる。
思わず風に辺りたくなる。
「おい」
「少し風に当たりたい」
窓辺の立ち風をにあたる。
優しく肌触りのよい風が頬を撫でる。
ここからは夜のラングルを一望出来る。
美しい。
橙色の灯篭の明かりが街全体を覆い尽くしているように見え、宝石の輝きの如く眩しい。
さすが黎の首都ラングルである。
美しささながら人の多さ、建造物の巨大さは圧巻である。
今日は、収穫祭だったか。
城下は普段と違い一際賑やかである。
ここまで人の喧噪が聞こえてくるようである。
夜空は祭りの影響か少し明るく見える。
ふと空を見上げると普段の余裕のない生活を忘れ物思いにふける事がある。
(アルカ、こっちはこれから大変になりそうだよ。時代は動き始めている…
お前は朱雀隊に配属されたって風の噂で聞いたよ。お前も俺も着実に前に進んでる。あの約束必ず果たす!だからお前は今どこの戦場で駆けているか分からないけど死ぬなよ)
「何感傷に浸ってるんだ。早く来い」
「ああ、ごめん」
最後にもう一度を空を見上げる。
「死ぬなよ」
祈りを届けるように呟くとマサリはヨンジュの後を追い歩を速めた。




