オリジン
「ドライアド〈樹女王〉の守護方陣」
アルカの声に呼応して匣が開く。
そして、匣の中から無数の樹、それに連なる枝がアルカ達の周囲を守るように飛び出した。
樹は円を描くように周囲を覆い完全なる防壁と化し、迫り来る矢を全て弾き飛ばす。
「すげー」
周囲を覆う無数の樹をオルワは仰ぎ見る。
頭上もまでも樹は覆い尽くし星の煌めき、月光をまでも完全に遮断してしまっている
。
まるで知らず内に森の奥地に迷い込んでしまった。
そう思い込んでしまいそうである。
「まだまだこれからだ」
アルカは笑みを浮かべ、右手を前方に翳した。
「いけ」
周囲を覆う樹木が突然、軋み出し轟音を上げて樹の一つ一つが蛇のように動きだし、前方の門を守護する兵士達に一斉に向かって行った。
破壊音と砂塵が起こり、前方の視界を遮る。
「道は開いたぞ!皆、進め」
歓喜の声が湧き上がり、皆の歩が一気に軽快になる。
砂塵の中、混乱する兵士達を斬り伏せ巨大な樹によって破壊された門をアルカ達一同は、抜け黎の兵によって支配され死の城郭と化した〈ナラシンハ〉を脱した。
★
カイン・ジュリスは、馬上で揺られながら心がざわつくのを感じていた。
何かが呼んでいる…
そんな気がする。
秀麗な顔立ちがにわかに曇る。
「マスター。どうかなさいましたか?」
カインの横に馬を寄せ、仮面をした蒼の艶やか髪をした女が尋ねる。
「ロキ、何かを感じるのだ」
「何かと申しますと?」
ロキと呼ばれた仮面の女は抑揚のない声で言った。
「分からんから気持ちが悪いのだ。何かが私を呼ぶんだ」
「呼ぶ?もしやオリジン…」
「オリジンだと?」
カインの語尾に強みが増す。
「オリジン同士が近くにいる場合、互いが互いを引き寄せるかの如く干渉し合う。そう聞いた事があります。カイン様を呼ぶその声どの方角から聞こえますか?」
カインははっきりした方角などわからなかったが間隔でおおよその位置を指差した。
その方角に位置しているのは、今は姿、形も見えない所まで来てしまったが制圧した〈ナラシンハ〉が位置している方角である。
何やら後方の列が騒がしい。
行軍を進める列を縫うように一人の騎乗した兵がカインの前に現れ、同時に馬が疲れ果てその場に勢いよく倒れ込み、兵士が投げ出された。
兵士は慌てて体勢を立て直しその場にひざまついた。
「伝令!〈ナラシンハ〉ににてカン・ウルド将軍が討たれました」
「何?どういう事だ?」
(ウルドが討たれただと?燐の兵士は捕虜は全て処した。〈ナラシンハ〉に残っていたのは燐の僅かな民だけのはずだ。なのに何故だ?)
ウルドの癖の悪さは知っていた。
しかし、あの土地の民に価値はなかった。
だからこそウルドの好き勝手にやらせてもいいと思ってしたし、民が抗おうとした所であの場所に駐屯しているのはメミド軍を含めれば一万五千。
民の抵抗など取るに足らない。
では、誰にウルドは討たれたのか?
「申し上げます!シナ・メミド将軍及びメミド軍副官サン・ユヒト謀叛」
「謀叛だと」
怒気を発したカインに怯え兵士は顔をうつむけたまま身体を小刻みに震わす。
メミドが謀叛…
どういう事だ?
いや、今は理由に思考を巡らせても意味はない。
だが、メミドとその副官にウルドを討てたとは到底思えない。
ウルドの人間性は置いといて、奴の武の才覚はそれなりにあった。
四獣ではないにしろ、黎の軍ではそれなり武功を上げ名も上がっていた。
この兵士の口ぶりからすると、メミド軍全体がメミドに感化され謀叛を起こしたのはではなく、メミド、副官ユヒトが個人的に謀叛を起こし行動したものと見える。
しかし、彼らにウルドを討てるだけの力量があったとは思えない。
カインは、ある程度の相手ならば一目でその者が漂わせている気などで力量を測る事が出来る。
メミドには気品漂う貴族の雰囲気というものを持ち合わせていたが武の才覚においてはからっきしであるし、副官ユヒトも悪くはない気は持ち合わせていたが若さ故未発達な部分が多くあった。
この二人が結託した所でウルドは討てない。
兵士は頭を下げたまま怯えているのか上目遣いで何かを言いたげにカインの顔色を伺っている。
その様子に気づいたカインは問うた。
「申せ。誰がウルドを討った?」
「はっ!共に謀叛を起こしたと思われる兵士が他二人。、朱雀隊ユナ・アルカ。ハン・オルワの二名だと思われます。カン・ウルド将軍は朱雀隊ユナ・アルカによって討たれたとの情報が」
ユナ・アルカ…
あの少年の事なら覚えている。
メミドに処断されかかっていた少年である。
あの少年の気は一人偉才を放っていて、百万人に一人の逸材の気を有していた。
それに褒美を取らせると言った時のあの少年の言葉。
朱雀隊総大将カイン・ジュリスを前にして臆す事なくカインの地位と長刀が欲しい
とまでぬかす事の出来る図々しさが気にいった。
側においてもいいと思えるほどだったが、少年はそれをよしとはしないだろう。
あれは二番手で満足できる者の瞳ではない。
あの少年の瞳が見ているものはもっと高く大きなもの。
天下を食らおとする獣のようでもあった。
どういう経緯でユナ・アルカが本隊から離脱し〈ナラシンハ〉に駐屯するウルドを討ったかは分からないが謀叛は大罪である。
「引き続き申し上げます。ユナ・アルカ、ハル・オルワ、シナ・メミド、サン・ユヒトの四名は、百名程の〈ナラシンハ〉民を率いウルド軍の包囲を打ち破り北に向かい北進中。更には、〈ナラシンハ〉より東200飛の所に燐軍およそ一万が〈ナラシンハ〉に向け行軍との情報が斥候より届いております」
カインは一度、気持ちを鎮めるように闇夜を仰いだ。
燐が〈ナラシンハ〉を奪還しようと軍を送ってくるまでは読んでいた。
だからこそ、ウルド軍、メミド軍併せて一万五千の軍を〈ナラシンハ〉に置いたのだ。
朱雀隊無しでもウルド率いる一万五千の軍で〈ナラシンハ〉を奪還しにきた燐軍を充分蹴散らす事は可能だった。
しかし、ウルド無くした今、一万五千を任せれる将はあの場所にはいない。
指揮系統を無くしたウルド軍は、メミド軍は混乱、錯乱し燐軍に一瞬にして壊滅まで追い込まれるであろう。
そうなれば、制圧した〈ナラシンハ〉も奪還され今回のこの遠征自体意味を無くす。
「やってくれたな」
たったの四人の力によった計画が全て覆された。
ましてや、敵方からではなく身内からである。
切れ長の目でロキを睨んだ。
「セルシウス〈氷鬼姫〉」
ロキは知っていた。
声色、表情そこからはカインが決して怒りを抱いているという事を判断する事は出来ない。
しかし、カインがロキの事をジンとしての名で呼ぶ時はその腹の内に煮え返るような怒りを抱いている。
カインは理にかなった男である。
自らの計画など少しでも狂うとその腹の底に隠した残忍な本性が姿を現す。
完璧主義者なのである。
「はい、マスター」
声色を先と変える事なく言う。
「謀叛を起こした者どもを始末しに行く。この私直々にな」
蒼の瞳が腹をすかした獣の瞳の如くぎらついている。
「このロキ、マスターとなら何処へでも」
ロキが優雅に馬上で一礼するのを見て取るとカインは副官のサイフォンの告げた。
「全軍引き返し〈ナラシンハ〉に迎え!ウルド軍、メミド軍と合流し燐軍を迎え撃て。指揮はサイフォン、お前が指揮を執れ」
「はっ」
左目に眼帯をしたこの鷲鼻の若き男はカインの意図をすぐさま汲み取ると軍を動かす準備を始めた。
この対応力の速さが副官サイフォンの良い所でもある。
その様子を見てとるとカインは、ロキと共に離脱し単騎〈ナラシンハ〉を目指し夜の平野を駆ける。
「遅い」
カインの愛馬赤霊は名の通り赤の体毛を持つ世にも珍しい赤兎馬である。
その脚の筋肉は隆々と盛り上がって力強い。
他の兵士が乗る馬の体格と比べると二周りほど大きく感じるこの赤霊は巨大な体格をものともせず風を裂くように駆ける事が出来る。
しかし、カインはこの赤霊の駆ける速度を遅いと感じる。
何故ならば、それは自らが駆けた方がこの赤霊の駆ける速度より速いからである。
「時間が惜しい、ロキ」
「はい。マスター」
後方で駆けているロキが返事を駆けている馬の背に二本の足で立ち上がる。
「霊装纒衣」
ロキが顔を覆っていた仮面を外し、顔が露わになる。
美しい。
雪のような白い肌が月の光を受け妖艶な雰囲気を醸し出す。
形の整った鼻筋、紅色の唇。
全ての顔の構造が整っていて、人間とは思えない完璧な造りをしている。
人形の如くである。
それほどに美しい。
あの仮面はこの美しさを隠す為なのか。
確かにこの美しを間の当たりにした相手が王や位が高い者ならば何としても妻に娶ろうと躍起にあるであろう。
ロキは紅色の唇を僅かに吊り上げると馬の背から宙に跳んだ。
ハンジュ(羽衣)が宙ではためき、彼女の身体全てを覆うように蒼の光が包み込むみ弾けような音と同時に殻が破れたかのようにロキの姿形が別物へと変わっている。
美しい顔はそのまままに頭から二本の長い角がはえ、ハンジュを纏っていたその身体は氷のように輝く軽装の鎧を纏い、鎧の隙間から見えるその肌は雪のような白さから蒼白く変わっている。
そして更に、彼女を覆う光りは強くなり宙を歩くようにカインに近づくと彼の身体を背後から包み込んだ。
瞬間、カインとロキの身体が一つに合わさりカインの身体が同じく光りに包まれ変化していく。
ロキと同じように頭から二本の角がはえ、身体を覆う黒と緋色の鎧から深海の蒼の如く蒼い鎧に変わっていた。
光りが弾けるとそこにはロキの姿はあらず、漆黒の髪を蒼に染めたカイン一人のみとなっていた。
カインは、馬上から飛び降りると赤霊に
「戻っていろ」
とそう告げると赤兎馬の赤霊を遥かに凌ぐ速さで駆ける。
平原を一つの蒼い光りが流星のように流れていく。
★
アルカ達、四人の離叛者が率いる燐の民による集団は、〈ナラシンハ〉より北約150飛当たりの所に位置し以前、北進を進めていた。
後方に視線を送ると地平線の先に砂煙が巻き起こっている。
追ってである。
「しつこいな」
オルワが息を荒く悪態をつく。
「ああ。でも、森に入れば追っ手の歩は遅くなる」
視界の先に森が見える。
その距離約30飛。
もう少しである。
救済した城郭の民によれば森を抜け半日を程進んだ距離に小さな村があるらしい。
そこまで辿りつけばさすがの追っても諦めるだろう。
というものその村の周辺では燐軍が軍をしいているらしい。
燐が隣接する国〈輝竜帝国〉に対しての牽制の為のものであるらしいがその存在だけで追ってくる黎の兵士に対しては存在だけで十分役割を果たしてくれる。
「なあ俺達これから先どうする?」
と視線は先を見据えたままのオルワが尋ねる。
「燐で傭兵でもするか?」
冗談まじりにアルカは言って見せた。
「お前本気で言ってんのか?」
と普段陽気なオルワが語尾を強くした。
その様子に少し戸惑いを見せたアルカは慌てて訂正した。
「嘘だよ。どうやって国に戻れるか考えよう」
「そうだな」
オルワが返事すると同時にアルカは何か強い気配を感じ歩を止めた。
それに続くように後ろに続く皆の歩も止まる。
「何だどうした?」
オルワの声に続き後方からも同じ言葉が飛び交う。
殿の役目をつとめるユヒト、メミドもアルカの様子を見にやって来た。
「どうしたアルカ?」
「小僧。こんな所で止まってる場合ではないぞ」
アルカは二人を手で制す。
「何か来る」
強い気配が近づいてくる。
しかも凄まじい速さで。
「何だこれは?」
アルカの様子に首を傾げる三人は。
すると後方で声が上がる。
「おい!あれを見ろ」
蒼白い光りが凄まじい速さでこちらに向かってくる。
闇を光りは切り裂くように一瞬にして距離を詰め宙に跳ね上がる。
彼らの上を流れ星の如く飛び越えると前方に着地した。
光りが闇を照らすように瞬いている。
目を細めなければ直視できないほど光りは強い。
アルカは粟立つ。
この気を放つ者を一人だけ知っている。
しかし、この気は以前感じたものより遥かに強大で人を圧倒させる力を持っている。
武の心得がなくともそれを感じ取る事が出来る。
その証拠に城郭の民達が息を飲んでいる。
この光りを放つ主に威圧されのまれてしまっているのだ。
「カイン・ジュリス…」
アルカの声に反応するように光りが粒子となり四方に飛び散った。
そして、その中から蒼く煌めく鎧を纏った男が姿を現した。
姿は〈ナラシンハ〉で出会ったカインとは違う。
黒い髪は蒼白く染まり肌も人間離れして白い。
更には、頭から二本の角が突き出している。
だが、アルカには分かった。
姿は変わっていようとこの者は朱雀隊総大将カイン・ジュリスだと。
その証拠に彼の手にはあの恐ろしく長い長刀が握られている。
「カインってあれがあのカイン将軍か?」
オルワは額に汗を浮かべている。
「間違いない。どういう理屈であんな化け物じみた格好になっているか知らないが
あれはカイン将軍だ」
「ほう。私と分かるのか」
中性的な見た目とは不釣り合いなその腹の底から出ているようなその声は対峙する者に更なる恐怖を与える。
品定めするようにアルカ達全員を蒼い瞳で眺める。
身体が動かない。
蛇が身体中に巻き付いているような重い空気。
鼓動が自然と速くなり、質の悪い汗が身体中をねっとりと流れる。
「私は予定が狂うのが嫌いでね。この事態、どういう事か説明してもらおうか?若き勇敢なる剣士ユナ・アルカよ」
カインの瞳がアルカ一人を捉える。
その眼力に何か不思議な力があるかのように身体はおろか指先する動かす事が出来ない。
「に、げろ」
言葉を発しようとするが声が思うように出てこない。
「何だって?」
オルワが耳を近づける。
「言葉を発せないか。なら私の憶測を聞かせてやろう」
カインはそう告げるとアルカ達がウルドを斬った訳、それからの彼らの行動、どういう心情で行動していたかなどずばり言い当てた。
「返事がない所を見ると図星のようであるな」
「逃げろオルワ。皆をつれて早く」
全身の力を振り絞り言葉を放つ。
「逃げろって何を言ってんだ。お前を放っていける訳ないだろう」
「頼む。じゃないと全てが無駄になる」
「そんな事言っても」
「反吐が出る。敵方の民なんぞの為に身を滅ぼすとは。私の見立て違いだったようだな」
長刀をカインは翳す。
凄まじい殺気が波となって襲いかかってくる。
その瞬間、一人の民が「逃げろ!」と叫び前に飛び出す。
それに続くように民が悲鳴を上げ続いていく。
「待て!動くな」
アルカの声は聞こえていないようで民はカインの脇を抜けて森を目指す。
アルカ、オルワ、ユヒト、メミドがその場に残り「行くな」と民に声をあげるが民はお構いなしにずんずん進んでいく。
「見ろ。これはお前等の守ってきたものだ。民なんぞ自分の身の事しか頭に無い。
価値などないのだ。畑でも耕し税でも納めていればいい。幾ら死のうが民なんぞ蛆のようにわいてくる」
「あんた本気で言ってるのか」
アルカは怒気を発しながら言った。
握る拳から血が滴る。
「解せぬ。何故そこまで怒る?見てみろ。お前達が全てを捨ててまで救おうとした民の姿を。あやつ等はお前達を捨てたのだぞ。お前なら私の言わんとしている事が理解出来るであろう?王の血筋を持つメミドよ」
「失礼ながらカイン大将軍、民なくして国は成り立ちませんぞ。貴方が仮に一国の王となれば一年も経つ事なく国は崩壊を迎えるでありましょうな」
メミドのカインを目の前にしても、その臆する事なく毅然とした立ち振る舞いは王の血筋それにふさわしく見えた。
「ふははは」
地が震えた。
そう思う程の低い笑い声をカインは上げる。
「そこまで言うならいいだろう。お前達が守ろうとしたものがどれほど意味を成さないものなのか教えてやろう」
長刀を引き抜く。
鞘から露わになったその長い刀身は凍てつく蒼の気を纏っていた。
「何をする気だ」
全身に悪寒が走る。
長刀の刀身が天をむくように構える。
気が膨れあがり縦にも伸びていく。
「よせ、やめろ」
カインと目が合う。
「やめろ」
カインが長刀を振りかぶる。
「ふん」
カインが弧を描くように長刀を振り回した。
蒼い斬撃が360度の円となり放たれる。
「やめろーー」
「アルカ危ない」
叫び声を上げ立ち尽くすアルカにオルワが覆い被さる。
風を裂く音がし、仰向けに倒れてアルカの上を蒼い斬撃が通り過ぎる。
横を見るとメミドもユヒトに救われたようでユヒトが彼に覆い被さる形になっている。
アルカは覆うオルワを振り払うと立ち上がる。
「嘘だろ」
目の前に絶句した。
逃げ惑っていた人々は、一人残らず斬撃が生み出した巨大な氷壁に囚われ生きたまま氷漬けにされている。
まるで時が止まったかのようで指をパチンと鳴らせば魔法が解けたかのように何事もなかったかの如く動き出すのではないかそう思ってしまう。
すると、本当に自らがかけた魔法を解くようにカインが指を鳴らした。
氷壁がその厚い氷の中に罪のない民を残したまま粉々に砕け散る。
破片は雪のように細かくなり宙に舞うと吹き付ける風に流されながら月や星の光りを受けて星よりも星らしく綺麗に煌めいた。
そして、その民がいたはずの場所には肉片すら残らずあるのは、民が確かにその場所にいたアルカ達の記憶だけである。
「うおおおおおおお」
アルカの慟哭が辺りに響き渡ると同時に彼の中で何かが弾けた。




