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離叛

メミド将軍の手から解放された二人は、本隊がナラシンハを出るまで5明ほど時間がある為、辺りを少し回ってみる事にした。


駐屯している軍営を離れ、広場のような開けた場所に出た。

制圧する際は、無血開城に近い形だった為、住人の被害はなく城郭内部の損傷も目立たない。

歩いているだけではとても敵国制圧された城郭と思えない。

黎の兵士があちたこちらにごった返している事を除けばであるが。


比較的、犠牲を出さずに制圧する事は出来た。

軍同士の衝突はあったが、非力な民の命を無用に奪う事はなかった。

例え、敵国の民であろうと戦に直接関係を持たない人を斬るのは人道に反している。


「何だあれ?」

オルワの視線を追う。

広場に人だかりが出来ている


大勢の人だかりを縫うようにして進むと、二十人ほどの燐の将校が手を縄で縛られ

地面に横並びに座らさせれている。

その将校達の背後に剣を手にした黎の兵士が人数に合わせるようにして立っている。



そして、それを囲むように大勢の燐の民が悲痛な面持ちでその光景を眺められている。

「やめてドンハー」

燐の民の集団から泣き叫ぶ声が聞こえてくる。


「処断する気だ。こんな事をするから憎しみが生まれ争いがなくならない」


「酷いな」


民が無慈悲な虐殺を受けるよりは幾分かましには思えるが心は曇っている。


「戻ろうオルワ」


「ああ」


「やれ」

という黎の兵士の言葉と共に剣が燐の将校の首目掛けて振り下ろされる。


燐の民の怒号、悲鳴が虚空に虚しく反響した。



               

★

それから5明後…


アルカとオルワは、本隊と合流し王都ラングルに向け行軍する為、ナラシンハを出た。

二人が位置しているのは後方の方でそこからは約一万の兵が行軍する様子

を確認する事が出来る。

圧巻である。

緋揃いの朱雀隊の行進は、赤く巨大な蛇が地を這っているのようでもある。

「なあ、アルカ?」


「何だ」


オルワは足を動かしてはいるものの、その視線は宙に向いている。


「ナラシンハの民はどうなるのかな?」

ナラシンハは行軍を進むにつれ小さくなっていく。


「殺されたりするのかな?」


「それは大丈夫だろ。黎だってそこまでやらない」


「そうだよな」


「黎の軍の管轄下で暮らす事にはなるだろうけど民を傷つけるような真似はしないさ。もしそうじゃなければこの黎という国を俺は疑うな」

とは言ったものの、あのウルドという男の事が気になる。

カインにナラシンハと民の事について任せると言われた時のあの男の顔、正気の者の顔じゃなかった気がする。

しかし、ナラシンハにはメミド将軍もいる。

賢い男ではないが、外道ではない。

大丈夫だろう。

そう自分に言い聞かせるが、不安は拭えない。


「おい。ウルド将軍またやっちまうんじゃないか」

一列後ろの兵士の話しが耳に入る。


「前は、バオラの住人を皆殺しにしたんだろう」


「ああ…俺のダチがウルド軍にいるんだけどよ。悲惨ってもんじゃなかったらしいぜ。女は全員犯し、男の四肢を捥ぎ、子供を親の前で殺し殺戮の限りを尽くしたらしい。皆殺しだ…恐ろしいよ」


アルカは振り向きその兵士の襟元を掴み引き寄せた。


「おい坊主!何をする」

もう一人の兵士が割って入ろうとするがオルワがそれを止める。


「それは本当か?」


「うう…何なんだお前」


「うるさい。それは本当かと聞いている!」

アルカの腕に力が入り兵士が苦しそうに顔を歪める。



「ああ。聞いた話だけどな」


その瞬間、ナラシンハ内から煙が上がり城郭の方から数多の悲鳴が聞こえてきた。


アルカは、粟立った。


「間違いない。俺のダチから聞いた確かな話だ。それに今の音聞いたろ?

殺戮のウルド。奴は巷ではそう呼ばれているらしい。ナラシンハの民もただではすまないだろうな」


「くそ!」


アルカはその兵士を突き飛ばし行軍の列を離れた。

「俺も行く!」

オルワと共に行軍の流れに逆らって駆ける。


(ふざけるな。メミドは何をしている!それにカイン将軍はウルドの人間性を分かっていてナラシンハの指揮を任せたのか?)

あらゆる考えがぐるぐると脳内を巡る。


「オルワ!急ぐぞ」


「おう」


★



「何だよこれ…」

ナラシンハは地獄絵図と化していた。

黎の兵士がナラシンハの民を得物を手に高々と笑い声をあげ追いかけ回している。

追いかけられているのは中年の男性である。

男性は悲鳴を上げ、体勢を崩し地面に倒れ込む。

倒れ込んだ男に兵士が寄ってたかるように手にした槍で串刺しにした。


断末魔と笑い声が混ざり合う。


そのような光景が城郭のあちこちで起きている。

女は服を引き裂かれ泣きじゃくり犯され、城郭の至る所には老人、子供の無惨な屍体が転がり、黎の駐屯地があった広場には、幾本もの槍が地に突き刺さりその矛先には主が分からぬ捥がれた四肢が矛先に突き刺さっている。



「う…」

隣でオルワがその光景を目の当たりにし嘔吐する。


「ここにいろ」

アルカは、オルワを置いて駐屯地であった場所に降り立つと周囲を見渡した。

死臭と何かが焼けた焦げ臭い匂いがする。

(メミドとウルドはどこにいる)


耳を澄ます。


聞こえてくるのは怒号、悲鳴、断末魔。


(どこだ!どこにいる)


その時、少しばかり先の方で言い争う声が聞こえる。


アルカは、その声がする場所まで駆ける。


言い争うような声がしたのは、燃え盛る建家の裏である。

 

★

そこには、メミド、ウルド、ユヒトの三人、そしてウルドに首元を掴まれ泣きじゃくる女性が一人。

女性は、服の上半身部分が引き裂かれ腕で覆っていなければ胸が露わになってしまう。


「アルカ」

遅れて来たオルワが建家の陰に身を潜めるようにしてかがみこむアルカに声を掛けた。

「あれを見ろ」


「もういい加減にしろ、ウルド!」

とメミドは激昂している。


「その女性から手を離せ」

ユヒトが続く。


「はあ、何で?」

ウルドの左頬の刀傷が口角が上がると同時にまるで脈打つように動く。


「このような所業許されるものか!お前が行っているのは殺戮だ。そこに義はない。貴様には黎の武人である誇りはないのか」


「誇り?何だそれ」

ウルドは泣きじゃくる女性の首筋に舌先を走らせる。


「貴様!」

メミドとユヒトが剣を抜く。


「おっ、冷静に考えな。俺を斬るのかい?やめときな、同士討ちは死罪に値する。

軍規が大好きなメミド将軍ならそこらへんの事はしっかりと理解してるだろうが」


「それは…」

メミドがたじろぐ。


「このような輩の言葉に耳を貸してはいけません、将軍!こやつの行っている行為そのものが罪です」


「お前等、朱雀隊大将軍殿の言葉聞いてなかったのか?あいつは俺にここを任せると言った。メミド将軍、あんたにじゃなく俺にだ。その意味分かるよな?ここでは俺が正義なんだよ!」

高笑いを上げるウルド。


「だから戦争はいいよな!強い者こそが正義。見てみろよ、お前の部下だった兵を。欲望のままに動いてやがるじゃないか。あれが人間の本質というものだ。何も恥じる事はない。お前達も俺のように本能に従え。こうやってな」

ウルドは薄汚い笑い声を上げながら女性の背後から力任せに抱き舌を出す。


「やめろ!」

ユヒトは剣を構え今にも斬り掛かりそうな勢いであるがメミドはたじろいでいる。


「将軍!奴の言葉に惑わされてはなりません。このような行い許してはなりません!」


「しかし…」


「なんだメミド将軍、あんたも混ぜて欲しいのかい?」

ウルドは女性を力ずくで地面に押し倒しその上に伸し掛り、唇を無理矢理に重ね合わせようとしている。


「じゃあ俺を混ぜてくれよ」

アルカは建家の陰から三人の前に姿を現した。


「あん?」

女性を押さえ込む手を止めてアルカの方を見る。


「貴様は」

メミド、ユヒトがほぼ同時に声を上げる。


「あんたらが斬れないって言うんなら俺がこの屑を斬ってやる」

太刀を抜く。刀身をウルドに向ける。刀身は炎を反射し怪しく赤く輝く。


「あの人達の話し聞いてただろ?俺だってあんな屑許せないけどあの人を斬ればお前は離叛者と見なされ死罪かよくても国を追放される事になるぞ」

ぐっとアルカの肩に引き止めるように手を置くオルワ。


「そんな事知るか」


「お前には親友と約束した事があるんだろ!ラタトスクになる。お前はいつもそう

言ってたじゃないか。お前が見ているのはまだ遥か先にある、今やっと一歩踏み出しただけなんだ。俺はお前にはそれが出来ると思うから!だから堪えるんだ」


アルカの肩に置かれているオルワの手に力がかかる。


「だから今は耐えろ…これから上に行く為には間違った事だとしても目を背けなければならない事が沢山ある。それを正す為に俺達が上に行くんだろ」


「そんな事分かってる」

アルカは肩におかれている手をとる。

オルワの手を掴む手は小刻みに震え、手の平はアルカの自身の血で赤く染まっている。

「アルカ、お前…」


「確かにお前の言っている事は正しい。この屑を斬れば俺は二度と国には戻れないかもしれない。そうすれば俺の夢は叶う事はなくなる、そうなれば親友との約束も果たせないし親友に顔向けできない」


「だろ?だから!」


「でも!今のこの現状に目を背けて今までのように戦い続ける事は俺には出来ない。このまま目を背け戦い続けてラタトスクになった所で奴等はそれを喜びはしない。何故ならそこに義がないからだ。俺達の目指している世界はそんな生温いもんじゃないんだよ。目の前の悪も断切れないで世界も糞もないだろう」


「アルカ…」

アルカの漆黒の瞳には、この一帯を覆う紅蓮の炎が映し出され、まるで彼の心の奥に宿る決意の炎が瞳に映し出されているかのようである。


「さっきから聞いていれば俺を斬るだのなんだの。勝手に話し進めやがってガキが。偽善者ぶるのはお前等の勝手だけどな。お楽しみの邪魔するなら殺すぞ」

押さえて込んでいる女性の首元を掴んだまま立ち上がったウルドは額の血管をピクつかせながら剣を抜いた。


「少年、本気か?」

とユヒト。


彼の問いにアルカは何も言わずただ太刀を構えた。


「俺も随分舐められたもんだな。文句あるなら全員でかかってこいや。まとめて八つ裂きにしてやるよ」

ウルドの舌先が刃先を這う。


その間も叫び声を上げウルドの拘束を逃れようとする女性の身体をウルドの剣が貫いた。

「うるせ。」

胸を剣で貫かれ女性は、血が噴き出す傷口を手で覆いながら悲鳴を上げたが血の噴き出す勢いと共に悲鳴も小さくなり地面に倒れ込み身体をしばらく痙攣させると

絶命した。


「また違う女見つけるか。こいつらをぶっ殺した後に」

そう吐き捨てると唾を女性の屍体に吐き捨てる。



アルカの感覚は研ぎすまされていた。

怒りが力の根源となり精神が研ぎすまされ、今の自分ならばどんな非人道的な行いもこの男に対して行える。

そのような気がする。

冷酷かつ非情に。一切の罪悪感も感じる事なく。


(四呼吸だ。それで決める)

酸素を肺に入れる。

全身に酸素が行き渡る。

指先や足先の末端に行き渡る感覚を感じる事が出来る。


オルワ、ユヒトが何かを言っているようだが聞こえない。


吸い込んだ息を一気に吐く。

と同時に地を蹴る。


ウルドが剣を構える。

(遅い)


「一」

アルカが小さく呟くと同時にウルドの剣を持つ右腕が宙を舞う。

血が切り口が噴きでるよりも早く体勢を立て直し左腕めがけて斬撃を放つ。


「二」


左腕が地に落ちる。


「三」


体勢を低くし両足を薙ぎ払うかの如く太刀を振るう。

主を失った膝下から先の二本の足が切断された事も気づいてないかの如く直立している。


四肢を無くし宙に浮くウルドの胴体。

「馬鹿な。速すぎる」

ウルドは目を大きく見開きそう呟く。

その開かれた眼には、上半身を捻り太刀をウルドめがけて振るおうとしているアルカが映し出されている。


「地獄に堕ちろ」

緋色の閃光が走る。


首が宙に舞い、残された胴体は地に落ちた。

瞬間、切り口からわっと今まで堰き止まられていたかのように血が勢いよく噴き出した。


血を払いアルカは太刀を鞘に戻した。



「なんという太刀筋」

呆気にとられているメミドとユヒトに一瞥もくれずにアルカは歩き出す。


「アルカ、何処に行くんだ?」

オルワの声に対してアルカは振り返らずに言う。


「決まってる。この城郭の人を助ける」


「助けるって一人でか?」


「もう俺は後戻りできない。オルワ、お前は本隊の所まで戻れ。お前の足なら間に合う。お前を巻き込むつもりはない」


「この城郭には黎の兵は五千はいる。外には一万5千の兵が駐屯してるんだぞ!お前一人でどうにか出来るとかいう問題じゃないだろ。それに助けてどうする?

お前がこの城郭の住民を黎の兵の手から守りながら城郭を脱出させる気か?」


「そういう事になるな」


「無茶だろ!そんなの不可能だ。仮に脱出出来たとしてその後はどうする?ここは敵国で囲ってくれるアテもないんだぞ。まず追ってを振り切れるはずがない」



「なんとかなる」


「なんとかなる訳なだろうが!あーもう!」

オルワがその場で子供の幼児に地団駄を踏み赤茶色の髪をくしゃくしゃに乱し頭を何度何度も振った。


「お前はないつもいつも何でそうなんだよ。変な所で頑固だし変な意味で楽観主義者だし。大人じみた所もあるかと思えば子供みたいに拗ねやがって!分かったよ。はいはい、俺が一緒に行けばいいいんだろ!いいよ!やってやるよ」


「え?」

現状を把握出来ていないアルカにオルワは大声で怒鳴りつけるように言った。


「手伝ってやるって言ってんだよ!」


「お前自分が言ってる意味」

アルカの言葉を遮る。


「もういいから何も言うな!これ以上話す事はない」


顎を突き出し足の指先は一定の間隔で地を踏んでいる。


(いい友をもった)


「ありがとう」


オルワはそれ以上何も言わなかったがただ一言こう言った。

「お前がいないと面白くないからな」



「あんた達はどうするんだ?」

困惑するメミド、ユヒトにアルカは尋ねた。


「私も手伝おう」


「ユヒト…お主正気か?」

迷いないユヒトの答えにメミドは更に困惑した表情を見せる。


「はい、申し訳ございません。私とて黎の兵である以前に一人の武人であります。

私より若き少年達が義を貫こうとしている。なら、私もこの子らと共に義を貫きます。メミド様、出来の悪い部下をお許し下さい。出来れば、貴方様の側にぞっといとうございました。」


ユヒトは瞳に涙を浮かべながらメミドの前で一礼するとアルカ、オルワと並んだ。


「ユヒト」

メミドの手が宙を掴むように空をきる。


「いいのか?」

アルカは涙を拭うユヒトに尋ねた。


「あの方は亡国〈紫炎〉紫王の血を引く気高きお方。このような所で失脚されてはいけない。紫炎一族の悲願を果たす為にも」


亡国、紫炎。

聞いた事はある。

かつてグリフォニアに栄えた国、紫炎。

強大な軍事力を有しその繁栄は600年以上も続いたという。

しかしながら、時代が移り変わるにつれてその力も次第に弱まりいずれ黎の侵攻によって滅ぼされる〈王覇〉によって紫炎は滅ぼされる。


しかし、紫炎が滅ぼされたのは今から約300年も前の事である。

未だにその王族の一部の血筋が〈王覇〉の手の者から逃れ今もなおその血筋を絶やす事なく生き残っていたとはいささか驚きである。

だが、そう聞けばメミドから放たれる気品も合点が行く。

利口ではないが、雰囲気だけは一丁前である。


「それぞれ事情があるって事だな」

アルカはメミドを見る。


メミドは、ただ呆然と立ち尽くしている。

(王の血筋か…)


「あんたは巻き込まれないようにささっと逃げろ」

アルカはそう言い放つと踵を返した。


「もたもたしている暇はない。行こう!」


オルワ、ユヒトは縦に首を振り剣を鞘から抜き、歩を踏み出そうとしたその時である。


「駄目だ、私も行く」

メミドの声に三人の歩みが止まる。


「メミド様?」


「私も共に行くぞ、ユヒト!」

三人のもとまで歩み寄ってきたメミドの表情は、先の困惑した表情から一変し、決意が固まった男の表情をしていた。その表情は、凛として気高く気品が溢れている

。


「しかし」


「小童共に悟らせれるとは私もまだまだだな。ユヒトよ何も言わんでくれ。私が民なら民を見捨てるような王にはついて行きたくはない、敵国の民だとしても民はどの国に属していても平等であるからな」

メミドは優しげな笑みを浮かべユヒトの肩にそっと手を置いた。


「メミド様」

ずるずるとユヒトが鼻を鳴らす。

と同時に何故かオルワが二人のやり取りを見、涙を流している。


「何でお前が泣くんだよ」

とアルカは涙を流すオルワの頭を軽く叩いた。

「だってよ感動するじゃんか」


「見直したよメミド将軍。只の馬鹿かと思ってたけど」


「うるさい、小童!そのような私への言葉遣いこのような状況でなければ斬りすててやる所であるぞ。だが、今はこのような状況。この偉大なるシナ・メミドが力を貸してやろう」


「自分の部下の兵士を斬るんだぞ?」

駐屯しているのはメミド、ウルドの軍隊である。

当然、民を助けるという事は自分の軍の兵士を斬らなければならないという事。

躊躇すればそこにあるのは死。


「道を踏み外した者など最早、私の部下ではない。斬るのは外道。躊躇などしない」

この返答を待っていた。

ユヒトも同じというように頷く。


「なら言う事はない。行こう」


★


「き、貴様!自分が何をしているのか分かっているのか?」

若い兵士が地面に勢いよく倒れ込み、四つん這いになり表情を恐怖で歪め、何かから逃げるように這う。


「その言葉そのまま返してやる」

アルカの漆黒の瞳が月夜と炎の放つ緋色の光りによって緋色に輝いて見える。

兵士の横には子供を守るようにして息絶えている両親の姿がある。

槍によって貫かれた二人の屍骸は、数多くの刺し傷があり血があらゆる所から流れだしている。

その屍骸の間に守られるよう幼い少年がいる。

五歳ほどであろうか。

少年は生きている。

しかし、その瞳には光りがない。

両親の屍骸を見ても泣き叫ぶ事もなく、その瞳が見つめているものは宙である。

ただ、呆然と宙を見ている。

心が壊れている。


両親の無惨な死がこの少年の心を壊したのだ。

その小さな心の器が両親の死という大きな出来事を受け止めきれなかった。


「屑が」

唾を吐き捨てるように呟くと太刀を振り上げた。


「やめろ!やめてくれ」

兵士は涙を流し喚き散らす。


躊躇する事なくアルカは太刀を兵士めがけて振り下ろした。



刀身にこびり付いた鮮血を振り払い、少年の元まで駆け寄り膝をつき少年の目線とあわせる。


少年は、アルカに対して何の反応も示す事なくその視線は先と同じで宙を眺めて

いる。

まるでそこに両親の亡霊が存在するかのようである。


アルカは黙って少年を抱きかかえる。


★


「援護しろ!」

アルカ、オルワ、オルド、ユヒトの四人は殿をつとめるように助けた人々を守るように追撃してくる兵から民を守っていた。

救えた民はざっと百人超。

〈ナラシンハ〉は住民だけでもざっと3三千人はいた。

救えた民が少なすぎる。

しかし、この民だけは必ずしも死守しなければならない。


その民を追うようにして追撃してくるのは三百あまりの黎の兵。

これから騒ぎを聞きつけた兵が合流するれば更に兵は増える。

それだけではなく、城郭の外に駐屯している兵士達が騒ぎに気付き合流すればその数は何百倍にも増える。

そうなる前にも一刻も早くこの城郭から民共々、脱出しなければならない。


ユヒトが放つ矢が追撃してくる兵を仕留める。

驚いた事にユヒトの弓の腕前は凄まじく正確に追撃する兵の頭を射抜き一発で仕留め更には、目を疑うような速さで矢を何発も放つ。

「ユヒトに弓を教えたのはこの私であるからな」

矢を放ちながらメミドがしたり顔で自分の偉大さを語ってくるのをアルカはあえて無視した。


アルカは、抱きかかえた少年を近くにいた体格の良い男に託すとその男に尋ねた。

「おい!ここから一番近い門はどこだ」


「ここから近い門だと北門だ。でも、どの門も警備が固められているぞ」


やはり門を警備する兵は置かれているか。


「どうするアルカ?」

オルワは彼目掛けて飛んで来た弓矢を剣で叩き落とすと自らも矢を番えこれに応戦する。


思考を巡らせたが結局これしかない。

「突破する」


「しかし警備が…」

とメミド。


「そんなもの力でこじ開ける」


アルカのその言葉にオルワが少年のような無邪気な笑みを浮かべる。


「待ってました。で、どうする隊長さん」


「俺とオルワで先頭に立つ。ユヒトとおっさんはこのまま追撃をなるべく食い止めてくれ」


「ああ、分かった」

アルカはメミド、ユヒトの以外にも素直な反応の驚いた。


「随分、素直だな」


「この状況で悔しいが一番まともな判断が出来るのはお前だ。その生意気な態度は許しがたいが今はその事には触れずにいてやる」

ユヒトは単刀直入にそう述べるとアルカが持つ矢を渡すように手振りで示した。


「ユヒトの言う通り。貴様の事は気に食わんがその武人としての才覚は認めよう。

生きて私がまた黎に戻れた暁には、我が軍の将校として貴様を雇ってやろう」


「考えとくよ」

力ない笑みを浮かべるとメミドとユヒトに矢を渡し、

列の先頭までオルワと共に駆けた。


石畳の街路を百人超の一塊の列が駆ける。

その後を追うように、五百あまりの兵士。


「見えたぞ」

視界の先には、巨大な青銅製の門が見える。

しかし、その前には門を守護する二百程度の兵士が。

兵士達は慌てて弓を持ち矢を番えこちらに照準を合わせる。


「まずい!蜂の巣にされるぞ。引き返そう、アルカ」


「駄目だ!このまま突き進む」


「突き進むって…」

オルワはまっすぐに前を見据えたアルカを見て取り、言葉を飲んだ。


「ああ、分かったよ。お前を信じよう」


前方を阻む二百の兵士を前に民の動揺が走る。

「おい、引き返さないのか?」


「このまま突き進めば矢の餌食だ」


「引き返そう」


「でも、後ろにも兵士が大勢いるぞ」


「いやだ!死にたくない」


そのどよめきを掻き消すようにアルカの雄叫びが辺り全体に反響する。


「死なせない!俺が全員を守る。一人とて死なせやしない。だから皆、俺を信じてくれ」

その時、その場の誰しもがアルカの言葉を信じようてみようと思った。

十代そこそこのこの少年の言葉が何故そこまで説得力を持ち合わせていたかは分からない。

ただ、その言葉に皆が賭けてみようと思った。

人の心を動かす力。

それはアルカが人を従える将としての天稟を持ち合わせているからかもしれない。


(全くこいつは)

長い期間を共にしているオルワはアルカのその才覚に気づいていた。

武においても将としての才覚も自分の方が劣ると理解しているオルワにとってそれは妬ましくもあり羨ましくもある。


「放て」

掛け声と共に放たれた弓矢は闇夜に放たれ弧を描くようにしてこちらに向かってくる。


懐の巾着からアルカ翠色の匣を取り出した。

「すまない、マサリ。最後の一個使わせてもらうぞ」


「解錠〈アンロック〉」

宙に舞った翠色に煌めく匣は、闇夜に君臨する月と重なり合い、月光と共鳴するかのように翠色の光を放ち闇を刹那の間、照らし上げた。

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