炎塵王タルマ・ユジン
マサリとシャオランと激しくぶつかり合っているようだ。
生半可な鍛え方はしていない。
机上で理論を組み立てるのが得意とするマサリであるが、戦場でも独り立ち出来るまでの力を身につけた。
故あってマサリを弟子として8年前にとる事になったが決して本人を前にして口が裂けても言えないが優秀な弟子である。
頭の回転も早く召喚師としての天稟は凄まじいものを有している。
兵法の飲み込みも早い。
七宝兵書と呼ばれる難解な兵書もすでにあの若さで熟知している。
軍師としての才もあるかもしれないと近頃感じていた。
子がいないユジンにとってマサリは子、いや孫同然である。
本心は可愛くて仕方がないのだ。
目に入れても痛くないほどに。
昔、戦場を離れた同志が子の事を自慢げに話していた事を時々思い出す。
その当時は、子とはそんなに可愛いものなのかと疑問に思っていたが今、この歳になって子に対する愛情と言うものが分かってきた気がする。
マサリがその同志の実の子というのもあり、余計に愛らしく思う。
愛があるからこそ厳しくしてしまう。
本当は素直に愛でてやりたいが自分の不器用さが恨めしい。
実の所、今すぐにでも助けに行きたいがそうは行かない。
目の前の敵に精一杯なのである。
カインの大太刀とユジンの巨大な戦斧が緋と蒼の火花を散し幾度となく衝突を繰り返す。
その僅かな隙を伺い黒服が二本の短刀で凄まじく速い連撃を繰り出す。
ユジンは剛腕を振るいカインの長刀をかち上げ黒服目掛けて薙ぎ払う。
消えるような速さで後転すると黒服は距離を取る。
カイン、黒服共に呼吸は一切乱れていない。
乱れているのはユジン只一人である。
朱雀隊をミノタウロス(牛戦士)が引き受けてくれてよかった。
この二人を相手に他の兵を相手にする余裕はない。
脳裏で描いた動きが出来なくなってしまっている。
老いた…
昔ならば脳裏で描いた動きに身体がついてきていた。
「ごほっ、ごほっ」
腹の底から鳴り響くような咳が出る。
「タルマ殿、残念だ。若き日の貴方と出来れば死合いたかった」
カインが長刀を宙を斬るように振り払う。
「生意気な小僧め、カインよ。貴様は何を望んでおる?シャオランを王と仰ぎ何を成し得たい?欲しているのはこの老いぼれの地位か?」
カインはタルマの問いに対して嘲るように鼻で嗤った。
「そんなものに興味はない。私が望むのは真に面白き世界。そう血が滾る戦乱の世…今の黎はあまりにも退屈すぎる」
「お前が望むのは常闇のごとき世か?」
「そうだ。シャオラン王ならばそれが出来るそう感じた。戦乱となれば強者と死合う事が出来る」
ユジンはカインが死と隣合わせの闘いの中でしか生きられぬ男だと以前より分かっていた。
ユジンは四獣を統括している為、軍議などでカインと顔を合わす事も多かった。
カインは如何なる時もユジンに対して荒れ狂う殺気を放っていた。
この男と死合いたい。
カインの意思が殺気から汲み取る事が出来た。
その狂気の牙が向けられる事がないよう望んでいたが…
「死闘の中でしか自分の存在意義を見出せぬか…愚かな」
「何を言う、タルマ殿。貴方も私と同族。闘いの中でしか生きていけぬのだ。その手でどれほどの人を屠った?その時何を感じた?強者と死合い血が滾っただろう?人の血を浴び己の中の武神が目覚めてだろう」
女性的なカインの表情が赤く火照り興奮で身体を小刻みに震わせている。
「貴様と一緒にするな!確かに数多くの人をこの手で殺めた。それは決して許される事のない罪じゃ。しかしな儂には志があった。友と夢見た未来があった」
「志とは都合のいい言葉だな。志という大義があればどのような非道な行いも正となる。貴方が見た未来がこれか!?天下平定を掲げているものの小国の燐、相手に手をこまねいている。夢半ばもいい所だ」
吐き捨てるようにカインは言った。
「確かに貴様の言う事にも一理ある。しかしな志は次の世代に受け継がれる。
儂らが成しえなかった事を次代の子らが意思を受け継ぐんじゃ。黎王様からユーリン様のようにな」
「つまらん。貴方達が創る国はあまりにも退屈そうだ」
「カインよ。その左腕無くした分からぬか?」
「無くした意味だと?」
「戦場でお主ほどの男が左腕を無くし帰還した時は驚いた。何処の誰にその左腕をもっていかれたかは知らぬがその左腕を喰らった者はお主より遥かに強い意志、そして志を持っていたに違いない。お前は強い。力だけなら今の儂をとうに越えている。しかし、過去の儂そして、主の左腕を喰らった者にお前は勝てぬ。単純に力、
戦乱を求めるお前とは見ている次元が違う」
ユジンの言葉にカインが遠く見るように頭上を仰ぎ無くした肘から下の左手をまだそこに腕があるかの如く動かす。
「確かに私の左腕はある男に奪われた。腕の一つや二つどうと言う事はない」
カインの肘から先が蒼く輝き、徐々に氷の腕が形成されて行く。
オリジンの力か。
カインの背後に影のように寄り添う蒼い髪の女を見る。
(ジンとの共鳴をここまで…)
無くした左腕が完全に氷の腕となり甦る。
「左腕を失った悲しみよりもこの私にここまでの深手を負わせる事の出来る強者に巡り合う事が出来てよかったという喜びに似た感情の方が大きい。奴が今何処で何何をしているか知らん。だが、この先また必ず巡り合い刃を交える事になる。私の武人としての勘が言っている」
「武人としての勘か。ならば儂も武人の勘がこう言っている。貴様は負ける」
低く喉を鳴らし高らかに笑い声をカインは上げる。
「武人としての勘だと、老いぼれが何を語るか。貴方は武人としてすでに終わっている。今、手を合わせ理解した。その錆びきった刃では何も斬る事は出来ない。
私はずっと貴方と死合いたかった。だが、貴方はとうに武人として死んでいたようだ。日々の業務に負われ書類と格闘していく中で力とともに心根まで衰えてしまったようだな。最早、貴方に微塵の興味もない。過去の英雄の首を王の土産として捧げるとしよう」
「ロキ」
と仮面の女の名を呼んだカインの側に女がそっと寄り添う。
「その過去の武功に敬意を表し全力をもって貴方を葬ろう」
ロキと呼ばれた女性が鉄の仮面を外す。
仮面の下に隠れた人間離れした美しい表情が露わになる。
蒼天の如き蒼のハンジュ(羽衣)がはためき、彼女の身体全てを覆うように蒼の光が包み込むみ弾けような音と同時に殻が破れたかのようにロキの姿形が別物へと変る。
美しい顔はそのまままに頭から二本の長い角がはえ、ハンジュを纏っていたその身体は氷のように輝く軽装の鎧を纏い、鎧の隙間から見えるその肌は雪のような白さから蒼白く変わっている。
そして更に、彼女を覆う光りはカインをも覆い彼の身体を光りが優しく包み込む。
瞬間、カインとロキの身体が一つに合わさりカインの身体が同じく光りに包まれ変化していく。
ロキと同じように頭から二本の角がはえ、朱雀隊総大将の象徴でもある黒と緋色の鎧が深海の蒼の如く蒼い鎧に変わり漆黒の髪が深海の蒼の如し髪に変わる。
「影、巻き込まれたくなければ離れていろ。手加減は苦手でな」
長刀の刃に蒼い気が纏わる。
気は空気に触れ僅かに震動音を鳴らしている。
「若造が…」
ユジンの戦斧が緋色に輝き、斧が紅蓮の炎を纏う。
「私は貴方を越える」
カインが長刀の先端でユジンを見据え構えた。
★
ユジンの炎波が激しく燃え上がる。
英雄よ今ここで眠れ
氷結の突きを放とうとした矢先、カインの脳内でロキの声が響いた。
「マスター」
「何だ」
苛立ちを感じる。
「何かが迫って来ています」
「どういう事だ」
脳内に響く声に対して苛立ちが募る。
「これは…」
ロキの言葉が途切れた同時に、破壊された扉から突如業火が押し寄せた。
「くっ」
カインは業火に飲み込まれる刹那、手を地につけ厚い氷の壁を出現させる。
業火はカインを避け部屋の全てを飲み込もうとする。
「まずい」
シャオラン王を見る。
突如現れた全てを飲む込む勢いの業火に呆気にとられている。
「させるか」
長刀を王目掛けて投げる。
業火よりも早く長刀が弧を描き王の足下に突き刺さり彼とヘルマン、瞬時に状況を察し彼らのもとまで駆けた影を氷塊が三人の身体を覆う。
業火が全てを飲み込む。
熱い
肺が焼けてしまいそうな程の炎圧。
空気を肺に送る事すら出来ない。
このままでは…
永久に続くかと思われたその苦しみは嘘のように一瞬にして消え失せた。
業火は潮が引いた波のように何かに引き寄せられるかのように部屋の中から消え失せた。
恐ろしいほど灼熱と化した部屋を肌寒い空気が送り込まれる。
カインはその場に膝をつき、肺に新鮮な空気を送りこむ。
「はあ、はあ」
汗が顎先から地面に絶え間なく滴り落ちる。
彼が生み出した氷の壁は半壊し水となって溶け出している。
間一髪である。
辺りを見ると部屋全体は焼かれ黒く煤けている。
朱雀隊の兵士達の焼死体があちらこちらに転がっている。
焼死体と言っても肉はもう残っておれずほぼ骨と化している。
「王は!」
はっと我に返り、王を見る。
安堵した。
氷塊は、溶けて小さくなっているものの壊されてはいない。
中の三人は無事である。
息を吐き胸を撫でおろすと拳を握る。
それに反応し、氷塊が崩れさる。
「どういう事じゃ。これはどうなっている?」
氷塊から解き放たれたヘルマンの耳障りなわめき声が聞こえる。
(私が聞きたい)
あの業火は何だ?
炎波から放たれた炎か…
いや違う。
あれは別の何か。
凄まじい炎圧だった。
あの業火があと少しでも長くこの部屋を覆い尽くしていたら。
背筋が凍る。
「おい!タルマとあの小僧はどこに行った」
ヘルマンの声にはっとする。
二人の死体はない。
逃げたのか。
あの業火の中どうやって。
だとするとあの業火を放ったのは二人の仲間か。
「黙れヘルマン」
シャオラン王が黒く焼け煤けた部屋全体を仰ぐ。
「あの業火を放ったのは恐らくタルマの仲間。二人は逃げたそう見て妥当だろうな。だが、これで邪魔者が消え失せたのも事実である。逃げた所で何が出来る?
もうこの国は俺のモノ。そうだろう?我が守護者であるラタトスクカイン・ジュリスよ」
「ラタトスク…」
王が歩みより手を差し伸べる。
カインは頭を垂れ手をとる。
「これより黎軍全ての指揮権を貴様に委ねる。無論、四獣も全て貴様の管轄下に置いて良い」
「全ての指揮権を私にですか」
粟立つ…
黎軍の全てが我が手に。
その数30万を越える兵が私の赴くままに。
戦場での様々な人の声が頭をよぎる。
興奮で胸が高鳴り笑いがこみ上げてくるのをぐっと堪える。
「この退屈な世を共に面白き世に変えようぞ。タルマの事は気にするな。あのような老いぼれに何が出来よう。お前の配下のものでも追わせればよい」
「はっ」
タルマの事は気がかりであるが王の言う通り何もで出来やしない。
これより黎はシャオラン王のものとなる。
ラタトスクとは言え、黎全土を相手に何が出来ようか。
「さあ、世界に討って出ようか」
戦乱…
世界が紅に染まる。




