マサリ対シャオラン
首の関節を鳴らしシャオランが距離を血で赤く染まった剣を手に距離を詰めてくる。
「シャオラン殿…いやシャオラン!この僕が非力な人間だと思っているんだろう」
「…」
無言でシャオランは近づいてくる。
剣に付いた血を払う。
「僕だってユーリン、アルカに置いて行かれないように努力してきた。お前達のような自分勝手な思想で国を動かそうとする輩には僕は負けない。ここでくたばる訳にはいかないんだ!僕はここでお前を倒してユーリンと新たな黎を創るんだ!」
マサリの濃い蒼の瞳が青く煌めいた。
「ほう。オルカノンの民は感情が高ぶるとその瞳を星の如く輝かせるとは本当だったようだな。これは美しい、その瞳欲しくなった。オルカノンの民と他国の民の血が混ざり合うと生まれたきた子はオルカノンの民が持つ力を遥かに凌駕した力をその身に宿すと聞く。それが真か今この場で見極めるられるのは嬉しく思う。ヘルマン!」
「はい!王よ」
豚のように肥えたヘルマンは王を気取るシャオランにごまをするようにへりくだる。
「こやつの瞳は俺が頂く。コレクションにぜひ欲しい。だが、身体の方はお前の好きにして構わん」
シャオランの言葉にヘルマンの瞳が大きく見開かれる。
「ああ。ありがたき幸せ。このヘルマン一生、黎王様について行きます」
やはりこの二人はイカレている。
「僕を舐めていると痛い目にあうぞ」
マサリの言葉に臆する様子もなく両手を大きく横に広げ挑発してくる。
(馬鹿にしやがって)
「見せてやる」
マサリの瞳が更に輝きを増す。
「我と契約し、その御身に大なる力を宿すジンよ。主たるこのキジュ・マサリに力を貸せ。アースガルズより降臨せよ。いでよ!ヘカトンケイル(百烈戦王)」
マサリの眼前に光りの柱が現れ、柱の中からマサリの2倍ほどの高さのある背に百まあるかと思われる手を持つジンが現れた。
赤い皮膚に薄い衣を一枚羽織っているだけでそこから見え隠れする全身の筋肉は隆々としている。
人によく似た形状をしているジンではあるがその数多ある手がジンらしさを象徴している。
数多ある手の二つは剣を握っている。
「ほう。魔皇級のジンを召喚するとは中々」
シャオランの顔色は以前変わらない。
「これだけじゃない」
更にマサリは右手を天に掲げる。
「ミノタウロス(牛戦士)!」
同じく光りの柱から巨大な斧を担いだ牛の顔をした人型のジンが五体が姿を現した光りの柱が同時に消え去った。
「魔皇級のジンに続いて地霊級のジンを五体とは。並のサマナーでは地霊級一体でやっとだと言うのに」
感心したように頷くシャオランを尻目に、ヘルマンの瞳は更にきらきらと輝いている。
(気味の悪いやつめ)
「ミノタウロス。お前達は師匠を補佐してくれ」
「かしこまりました。マスター」
ミノタウロスの内の一体が答える。
ユジンは黒服、カイン、そして、朱雀隊の50を越える兵士達に周りを囲まれるようにして対峙している。
彼が幾らラタトスクと言ってもカインを含むあの数を相手では分が悪すぎる。
あの黒服の身にこなしを見る限り奴もかなりの手練れである。
それにユジンはラタトスクとしての力を最大に誇っていたのは過去の話しである。
かつて炎塵王と讃えられた戦神も老いには勝てないのだ。
肺の奥から響いているような咳をよくしているし、五感も鈍くなってきている。
耳なども近頃拍車がかかったかのように遠くなった。
本人の気は未だ若さを保っているがやはり押し寄せる年月の波の侵攻は気合いではどうする事も出来ない。
誇り高いユジンの事であるから弟子の助けを借りるなどもっての他と怒るだろうが今はそのような事を言っている状況ではない。
「何の真似じゃマサリ」
鋭い眼光がマサリを捉える。
「今は意地を張っている場合じゃないでしょ」
「いらぬ配慮ばかり覚えおって。お主は前の敵に集中しろ」
(全く素直じゃないんだから)
と心の中で悪態をつきながらも
「はい」
と素直に答えた。
「いいのか?自慢のジンを他にやっても」
とシャオラン。
「お前にはヘカトンケイルで充分だ」
マサリの期待に呼応するかのように二振りの剣を数多の手で華麗に回す。
「ふっ。俺も甘く見られてものだ。ヘルマンあれを」
「はっ」
ヘルマンは返事すると指を鳴らす。
指の音と共に、ヘルマンの頭上で黒煙が上がり、その中から夜霊級のインプ(鬼小霊)が現れた。
インプは幼子のような身体に黄色い皮膚、瘤がいくつもある醜い顔には長い鼻がついていて、背には蠅のような羽がついている。
インプはジンの中でも最も力の弱いジンで、マサリならインプ程度のジンは一度に200体は召喚出来る。
しかし、今この場でインプを一体召喚して何になる?
と思ったのもつかの間にインプは小煩い羽をばたつかせながら手には大きな古びた箱を手にしている。
「はい。ご主人様」
そうインプは耳障りな金切り声と共にその箱をヘルマンに手渡した。
「ひひひ。ご苦労」
ヘルマンは不快な笑い声を上げるとその箱を受け取ると
「失せろ」
と言ってインプをアースガルズに送り返した。
ヘルマンは、涎を垂らしながらその箱を開けると中から黒い刀身を持つ一振りの細身の剣を取り出した。
「はあ。美しい。まさに王にふさわしき剣じゃ」
ヘルマンはその剣を頭上に掲げシャオランに献上する。
シャオランが剣を手にした瞬間、刃全体が黒い靄に覆われる。
(何だあの剣は)
禍々しい気を放つあの剣は。
「察しているか?」
「何をだ?」
シャオランが剣に惚れいるように恍惚な眼差しで眺めている。
「オルカノンの民が造り出すジンの力を宿した武具を貴様は知っているはずだ」
「アイギス…」
アイギスとはオルカノンの民が持つ独自の技術で生み出すジンの力を宿した魔剣の事である。
ジンの身体の一部を使って武具を鍛え造り上げるその技術は、世界でオルカノンの民しか持っておらず滅多に市場に出回る事はない。
混血で生まれも育ちも黎のマサリはその技術を持たないが純血の祖父はもしかするとその技術を持っていたのかもしれない。
ユジンの炎波と呼ばれる戦斧もアイギスで、噂によると精霊級より強い力も持つ煉神級のジンであるイフリート(炎皇)の一部を使用して鍛えられたと言われている。
アイギスはその一振りで使用されたジンの級にもよるが一個中隊をいとも容易く根絶やしにする力を持つと言われている。
またアイギスの持ち手が優れた者であればあるほどアイギスは持ち主の意思に呼応するかのように力を増し、その姿も進化するかのように変化する事があるという。
「どうしてお前がそれを」
「わっちのこの頭脳があればオルカノンの民の技術を古文書から得た知識で再現する事は雑作もないわ。量産化にはちと課題が残るが」
「しかし、実にいい。この剣気に入った…ベルゼブブ(黒蠅大明王)の力を宿したこの剣も世界の覇者たる俺を持ち主と認めたようだ。ああ、感じるぞ。深淵の力が」
更に、黒い靄が巨大化しシャオランの身体全体を覆い尽くした。
凶気を放つこの黒い靄は、深淵の瘴気。
それに身を包むシャオランの姿はまさに冥界の王である。
「この剣の名はなんという?」
「まだ付けておりませぬ。王がその名刀にふさわしい名をお付けください」
「ふむ。そうだな」
顎に手をやりシャオランか考え込んでいる。
この状況で。
(僕も随分舐められたものだ)
「うむ。スサノオ…これがいい。気に入った」
シャオランは満足げに微笑むとスサノオと名を与えられた漆黒の剣も喜ぶように黒く光った。
「おお、スサノオとは。良い名ですな」
「貴様もそう思うか。ならばこのスサノオの力試してみよう」
シャオランの瞳がマサリを捉え剣を振りかぶる。
剣先を覆う深淵の瘴気が巨大化する。
背筋が凍る。
あの瘴気はまずい。
「ヘカトンケイル!あの斬撃はまずい!受けては駄目だ」
ヘカトンケイルの爬虫類のような黄色い眼がマサリに向く。
「何を恐れる主よ。あのような脆弱の者から放たれる斬撃など恐れるに足らず」
数多の手が放たれる斬撃に備えて構える。
「よせ!」
マサリの制しむなしくシャオランが剣を振り下ろす。
黒い瘴気を纏った斬撃が放たれる。
ヘカトンケイルは二振りの剣を交差し衝撃に備える。
斬撃がヘカトンケイルとぶつかる。
激しい火花を散し競り合う。
しかし、ヘカトンケイルが押され始める。
斬撃が競り勝った。
防御の型を崩したヘカトンケイルの身体を斬撃が一刀両断する。
「うわっ」
斬撃がヘカトンケイルを両断しながらもその勢いは止まらず後方に構えていたマサリの元まで飛んできた所を間一髪の所で躱した。
ある事に気づく。
斬撃が通った道は黒くくすみ大理石の床が消失している。
嫌な予感がした。
ヘカトンケイルは、悲痛な雄叫びを上げ巨躯を黒い瘴気に覆われ肉体が塵と化していく。
「うああああああああ」
(そんな…僕のヘカトンケイルが)
やがて完全に瘴気に覆われ、靄の中で苦悶の声が上がると靄は晴れその場に二振りの剣だけを残してヘカトンケイルの身体は完全に消失してしまった。
マサリはその場に力なくへたりこんだ。
「ほう。スサノオの能力はどうやら破壊の能力らしい」
シャオランは瘴気を纏う禍々しいその剣を満足げに眺める。
「ベルゼブブは破壊のジンですからな」
とヘルマンが言う。
(何だよ、あの剣!あんなの反則だろ)
恐ろしき力を宿す魔剣の力に心が挫けそうになる。
耳に幾度なく金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
ユジンが戦斧を派手に振り回しカインと黒服の男と打ち合っている。
朱雀隊の連中はその激しい打ち合いに入る隙が見つからず機会を伺っている者。
また、ミノタウロスと戦闘を繰り広げている。
(何を弱気になっているんだ!こんな事じゃ師匠にまた叱られる。なんの為に今まで辛い修行を耐えてきたきたんだ。アルカに笑われない為にも僕は負けない)
マサリに瞳に輝きが戻る。
(まだいるじゃないか…僕の切り札が)
「瞳に光りが戻ったか」
「我と契約し、その御身に大なる力を宿すジンよ。主たるこのキジュ・マサリに力を貸せ。アースガルズより降臨せよ。いでよ!エキドナ(炎妃剣聖)」
マサリの眼前に炎の渦が巻き起こる。
熱風を巻き起こし激しく燃え上がると炎の渦は一瞬にして弾け消え失せる。
炎の渦があった場所には、一人の桃色の髪をした女が立っていた。
女?
少し違う。
胸が露わになった女体に比べ下半身は蛇の身体を持っている。
そして、その彼女の手には巨大な大剣。
女の力で操れるような代物ではない。
エキドナは、桃色の髪を揺らしマサリの方に振り向く。
妖艶で人間の男を全て虜にしてしまいそうな容姿である。
現にヘルマンがエキドナに送る視線は男が欲情している時のそれである。
「エキドナ!何度言ったら分かる。裸で出て来るのはやめろ」
女の身体であるエキドナの上半身は衣服を纏っておらず乳房が桃色の髪の下で見え隠れしている。
マサリは顔をほのかに赤らめながら言った。
マサリの言葉に口を手で覆い上品に笑うと同時に下半身の蛇の部分がうねうねと気味悪く動く。
「相変わらずうぶね。坊や」
からかうようにエキドナは含みのある言い方をした。
「うるさい!いいから早くしろ」
はいはいと面倒くさそうに相づちを打つとエキドナの胸の辺りで炎が起こり一瞬にして赤い胸当てに変わる。
「よし。いいだろう」
全く。
エキドナは魔皇級の中でもトップクラスの強さを誇るジンである。
それ故、使役するのもかなり難易度が高い。
マサリは、二年前にエキドナと契約するのに成功した。
今ではマサリの切り札的な存在となっているがマサリはあまり好んで召喚しようとはしない。
ジンというもの使役されている間は、主に抗う術を持たないので素直なものだが
エキドナは人を食ったような態度を取る。
そして特に女性らしく妖しく艶やかな振る舞いして挑発してくる。
女が苦手なマサリにとって最も嫌な相手でもある。
そういう事もあってマサリがエキドナを召喚する時は、非常に危険な状況に置かれた時のみである。
それをエキドナも察してか今回はマサリをからかう事なく直ぐにシャオランを見据えた。
「あら。いい男」
エキドナがくすりと笑う。
エキドナの言葉を聞きシャオランは鼻で嗤った。
「ジンに男を見る目があったとはな」
「それはジンを馬鹿にしてるのかしら?」
「それ以外になんと捉える?」
二人の間に見えない火花が散り、ひりひりと肌がピリつく重い空気が流れる。
「貴方、女を下に見てるタイプの人間ね。顔はいいみたいだけど貴方みたいな人間無理!貴方とならうぶな私のマスターの方が断然ましだわ」
エキドナのマサリを擁護する意外な発言に胸を打たれた。
「それは残念だ。見る目のない女ほど惨めなものはない」
シャオランの剣が黒く輝く。
「自分の価値を過大評価している者ほど惨めな者はないわね」
エキドナはその細い腕で軽々と大剣を回し構える。
と同時に大剣に灼熱の炎が纏う。
「来い!哀れなジンよ」
「女を見下している男ってほんと嫌い」
エキドナの大剣を覆う炎は更に膨れ上がり突きの構えを見せる。
炎は凝縮し大剣の剣先に球となり固まっている。
「いけ!エキドナ」
マサリの合図と共にエキドナが突きを放ち、剣先から竜の如く哮る炎の渦がシャオラン目掛け一直線に放たれた。




