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凶王

視界が歪む。


ユーリンを王とする。


王の言葉が頭の中で幾度も反響する。


ユーリンが王だと…

どういう意味だ。


王はこの俺じゃないのか。

どうして末っ子のユーリンなのだ。

血迷ったか糞爺。


王が糸の切れた操り人形のように後ろに倒れ込んだ。


「皇子!」

ヘルマンが頭を抱えるシャオランに駆け寄る。


「皇子これは一体どういう事ですか?」


ヘルマンがつり上がった鼻をぴくつかせ声を荒げる。



あまりの衝撃に混乱していた思考回路が徐々に冷静さを取り戻し乱れていた視界が戻り始める。


「それは俺が聞きたい!これは何の茶番だ。どうして俺じゃないのだ!あのような愚かな弟が王だとふざけるな」

頭に血が上りシャオランの雪のように白い頬が火炎のごとく赤く染め上がる。


「誰かが入れ知恵をしたはずだ」


視界に王の元に駆け寄り彼を静かに抱き寄せるタルマが入る。


「あいつだ。あいつが父に余計な入れ知恵を…」


「この俺を死に損ないの老いぼれごときが侮辱しよって」

腰に佩いている剣を鞘から引き抜く。


★



「黎王様」

黎王が死去しその黎王がユーリンを新たな王とすると宣言した。


ユーリンが王に…


色んな感情が混ざり合い何も考える事が出来ない。


本当にユーリンが。


夢じゃないだろうかとさえ思う。


幼い頃、三人で交わした契りの一つが現実となったのだ。


ユーリンは黎王に。

アルカは王を守護する最強の武人ラタトスクに。

そしてマサリは、宰相に。


三人が描いた夢はどれも果てしないものであった。


ユーリンは、第二王妃の子であり末男であるが故、王位継承者の中でも玉座に一番遠い所にいた。

実際、仮にどんなにユーリンが王としてふさわしい器を有していたとしても

兄弟間の序列は変えられない。

だからこそ血を分けた兄弟でも王位継承権を賭け血なまぐさい争い事をする。


しかし、王はこれまでの概念を破壊しユーリンを選んだ。

それは王自身が本当にユーリンが次代の黎王としてふさわしいと感じたからである。


王の燃えるような強い意志をこの場にいる者は全員感じているはずだ。

ユーリンに黎の次代を託し王は力尽きるように逝った。


黎の次代を創るのはユーリン。

そして自分のような若者達。

黎王が逝った事に胸をうたれる反面、熱い感情が胸の奥からふつふつと湧き上がる。



「ぎゃーーー」

悲鳴が上がった。


我に返ると、返り血に身を染めているシャオラン皇子。

その手には、血が滴る剣に彼の足下には顔から足下にまでかけて一刀両断され絶命している政官の屍体。


「血迷ったかシャオラン殿下」

政官がシャオラン皇子の前に立つ。


シャオラン皇子は答える事なくただ腕を頭をだるそうにだらりと下げぶつぶつと何やら呟いている。



「この俺があの能無しのユーリンに負けた…いやそんなはずはない。世界は俺を選んだはずだ。この世界に君臨する覇者として…間違っている。俺が正しいのに。

俺がこの世界の秩序だというのに。この世界に君臨するのは俺なんだ!ユーリンじゃない。そうか!この部屋にいる全員始末すれば今の爺の言葉を聞いた者はこの世界にはいなくなる。そうすれば俺は負けた事にはならない。消そう全てを。俺の敗北なんてあってはならないのだから。全てなかった事にするんだ」


シャオランが垂れていた頭を上げる。

瞳孔が開いた。


「ぐおおおおお」

腹の底から震えているような低いうなり声を上げるとシャオランはもう一人の政官に襲いかかり首筋に噛み付いた。



政官の悲痛な叫び声が轟くと同時にシャオランは政官の首の肉を食い千切る。

動脈を捉えたのか食い千切られた首元から血が溢れ出し首元を抑えたまま政官は悲鳴を上げ倒れ込む。


ただの固形物と化した肉の塊を息絶えた政官の上に吐き捨てると血に塗れた口元を裂けるほど大きく歪めた。


マサリの背筋が凍る。

化物だ。

人の皮を纏った化物だ。

二年前に感じたあの感覚やはり間違いじゃなかった。


このような奴が王になってはいけない。

国が滅んでしまう。

世界が混沌に墜ちる。


シャオランの瞳は光った。


その刹那、マサリの懐にシャオランは潜り込んでいた。


金切り声と共に剣が振り上げられる。


(まずい!避けなければ)


しかし、身体が動かない。

彼の殺意に威圧されてしまっている。


刃が目前まで迫っている。


斬られる。


その瞬間、マサリの視界を黒い影が覆った。

と同時にシャオランの身体が後方に吹き飛ぶ。


「ぼさっとするなマサリ」


「師匠!」


「ついに奴の中に潜む魔物が顔を出しおったか」


ユジンは早い段階でシャオランを警戒していた。

彼には気をつけろとマサリに助言したのもユジン自身である。


ユジンは以前このように語った。


幼い頃より皇子達を見てきたがシャオランの中には何が巣食っていると。

シャオランは幼い頃から飛び抜けて頭が切れていて神童と言われていたそうだ。

しかし、彼は精神に異常をきたしていた。


ある日、皇子達の教育係をも担っていたユジンは当時8歳であったシャオランに剣の稽古をつける為、彼の自室に向かった。

その時、ユジンは扉の前で何か鼻のつくような臭いがするのに気がついた。

それはシャオランの部屋から漂って来ていた。


嫌な予感がし扉を勢いよく開いた。


扉の前には、彼に勉学を教えていた有能な政官が扉の前で身ぐるみをはがされ地面に横たわっていた。

政官の身体には奇妙な数式が頭から足先まで肉を削り取られるような形で書かれている。

その数式のようなものから血がとめどなく流れていて、すでに命果てている。


(何だこれは。一体誰が)


その時、闇に覆われいるシャオランの部屋から声がした。


「僕を愚弄しやがって」


「シャオラン殿下?」


闇の中から裸足で歩く音が聞こえぬっと闇の中から幼きシャオランが現れた。


天の使いのような愛らしい顔に反して頬には大量の血がついており、子供の手には大きく感じる短刀を持っている。


「シャオラン殿下これは貴方が?」


「タルマか。こいつが僕を愚弄するからだ。凡人の分際で僕にはこの問題は解けまいと鼻で嗤いおった。僕を誰だと思っているんだ?僕は誰よりも優れた存在だと言うのに…見てみろタルマ。この屑の身体に解けないとほざいた数式の答えを彫ってやったわ。うん?もう死んでるのか?おい!おい!」


シャオランは狂ったように何度も何度も政官の屍体を踏みつける。


「僕を愚弄するからだ!ざまあみやがれ!はははは」


「おやめ下さい!このような非道な行いは」

ユジンがシャオランの両腕を強く握る。


「非道な行い?お前がそれを言うか。お前はこれまでに何人、いや何千の人を殺して来た?ラタトスクと言えば聞こえはいい。なんと言ってもこの国の英雄だからな。だが他国の者からすれば戦の度に何千という兵士達を虫けらの如く葬るお前は只の殺戮者でしかない。お前のその地位は人間の骸が土台となっているんだよ」



恐ろしかった。

まだ10歳にも満たない子供が世界の混沌とした部分だけを見ているという事。

彼の瞳は闇を捉えていた。

いや、むしろ闇の中から生まれていきたのかもしれない。

極まれにいる。

他の人類を遥かに凌駕する思考を持ち生まれてくる子供が。

しかし、頭脳と精神の成長にずれが生じ、人としての人格、理性、価値観が大きく歪んでいる。

まるで、その小さな身体に凶悪な魔物を飼っているかのような。


その後、その件は彼が皇子でもある事からもみ消されユジンも何故かシャオランの教育係の任を解かれた。

しかし、それ以降も彼の黒い噂は絶えずにいた、


ユジンも彼の凶悪性を間の辺りに事もあって監視していたが、シャオランはその監視の目をいつも器用にすり抜け結局、何も掴めずにいた。


しかし、ある日ユジンの弟子のマサリに知ってか知らずかシャオランの声がかかった。

彼の危険性を理解している為、愛弟子のマサリと接触させるのはためらったがマサリの方から接触するとユジンに言い放った。


結果、優秀なマサリを自分の力に加えようと目論んでいたようだがそれも徒労に終わった。

ユーリン派のマサリを放っておいても害はないと見たのか手も出さなかった。


だが、今シャオランはユーリンに負けた。


シャオランの中に潜む魔物が僅かに保っていた人の殻をぶち破り顔を出した。


ユジンに殴られ倒れこんだシャオランは苦悶の声を上げゆっくりと立ち上がる。


そして、剣を目の位置で掲げ刃の腹の部分で鏡のようにして自分の顔を眺める。


ユジンに殴られ彼の右頬が大きく腫れ上がっている。


腫れ上がった部分をシャオランは恐る恐る撫でる。


「俺の顔に傷をつけたな…」

シャオランは小刻みに震え血に塗れた歯を見せる。


「愚民が…ここで貴様のでかい身体から内蔵を引きずりとして喰らってやる」


ぐるるるると狼のように唸る。


「マサリ。気をつける何か来る」

ユジンの銀髪が揺れる。


「殺れ」

シャオランの合図と共に突然、漆黒の衣に身を纏った者が現れた。


「危ない」

ユジンはその強靭な二の腕でマサリを押すと自らも謎の黒服の男の斬撃を皮一枚で避けた。


「この身のこなしアサシンじゃな」


ユジンが言葉を発したと同時に、悲鳴を上げ宰相のホイトと残りの政官が出口に駆け寄る。


扉の隙間から蒼く淡い光りが洩れ斬撃が扉ごと切り裂いた。


白煙が上がり破片が飛び交う。


尻餅をつくマサリの手元に宰相ホイトの切断された上半身が転げ落ちた。

ホイトは死んだ事に気づいていないように瞳をかっと見開き口を大きく開いている。


「うわ」

思わず女のような情けない声が出る。


煙の中から蒼い光りを放つ人物が現れる。


「あれは」

長く艶やかな腰まである漆黒の髪に。

美しい女性のような妖艶な容姿。

恐ろしいく長い長刀に左手は肘から下がない。

隻腕の朱雀隊総大将カイン・ジュリス。

そして、彼の後ろには妻のように寄り添う蒼い髪の仮面をした女。

さらにその背後には五十人程の朱雀の兵士達。


まさかこの騒動を聞きつけた朱雀隊が…

それならば宰相のホイトを殺すはずがない。

だとすると…


ユジンが背中に佩いている巨大な斧を手に取り鋭い眼光でカインを睨みつける。

「これはどういう事じゃ。朱雀隊総大将カイン・ジュリス」


ユジンの鋭い眼光に臆する事なくカインは容姿からは想像できないほどの低い声で言い放つ。


「新しき王の誕生を祝いに」


「くはははは」

シャオランが狂ったように腹を抱えて笑う。

「想定外の事が起こった時の為に万全の準備をしてきて良かったよ。黎の有力な政官達はもうすでにこのシン・シャオランが抑えている。布石は完璧に整っていたん

だ。後は王の言葉を待つだけだった。だが、この爺が俺の誇りに傷をつけた」


足音を鳴らし静かに王の眠っているかのような遺骸まで歩み寄ると躊躇う事なく剣を王の腹に突き刺した。


「やめろーーー!」


ユジンが吠える。


「この!この!この!糞爺が!貴様のせいで!この!この!」


幾度も幾度も剣を遺骸に突きつける。

腑を抉る音と血が辺りに飛び散る音が辺りにこだまする。


あまりの鮮烈な光景に、マサリは胃から何かが込み上げてくる感覚に襲われその場に嘔吐した。


顔を返り血で染め上げ笑う。

「タルマ。ずっとお前が俺を監視していたのは知っている。実に目障りだったよ。

だが、お前の目をかいくぐり力を蓄えるなど雑作もない事。お前と俺では頭の構造が違うんだよ。俺は天に選ばれし天人なのだ!」


「天人だと?」


「そうだ。天に選ばれた特別な人間。他の人間とは違う神の分身となり人間を支配する事の出来る唯一の人間。それが天人シン・シャオランだ」


天人?

聞いた事がない言葉である。

神の分身?

宗教めいた考えである。


「よっ!天人であり黎王であられるシャオラン様」

ヘルマンが間の手を入れる。


(あの豚野郎)

マサリはあの王室直属の医師が以前から気にいらなかった。

あの死んだ魚のような瞳もそうだし何より胡散臭過ぎた。


どうして王室直属の医師になれた不思議だがやはりマサリの勘は当たっていた。



「タルマよ。この国にお前の逃げ場もうありはしない。王と同じ日に死ねるのだありがたく思え。キジュ・マサリだったか?」


シャオランのかっと見開いた瞳がマサリを捉えた。


「貴様もあの時、選択を間違えなければ命を落とさずに済んだものを。せめてあの世で悔いるんだな」


マサリは口を袖で拭い立ち上がる。

「王を気取るのはやめろ!王はあんたじゃない。黎の王はシン・ユーリンだ」


「下衆が。死を間際にしてもまだ吠えるか…いいだろう。世間知らずの坊ちゃんに世の理というものをこの俺が直々に教えてやろう。影、カインお前等はタルマを殺せ。普段するなよ。爺だがかつては伝説的な強さを誇った男だ」



「御意」

影と言われた男は頷きカインも静かに頷いた。




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