第二部 黎明
二年の歳月が流れ季節は春を迎えようとしていた。
暖かな陽気に包まれ草花がこの地に新たな生命を宿そうとしている頃。
ここ燐の西部に位置する街〈トウレイ〉はそんな春の穏やかな陽気を感じさせないほど街全体が殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
その理由としてこの街に主に傭兵稼業を生業とする者が多く見られるからである。
他の街ではこれほどの多くの傭兵を目にする事は戦場で無い限りまずない。
何故この街にそれほど多くの傭兵がいるのかと言えば。
それは、この街にギルドが存在するからである。
ギルドと言うと言うならば傭兵の為の仕事斡旋所のような役割を果たしている施設である。
ギルドはちょうど街のど真ん中に位置し外観は酒場に見えるが、ひとたび施設内に入れば職を探す傭兵達でごった返している。
仕事の内容は様々で、要人の警護、戦への加入、物資の運搬など様々ある。
仕事を提供する依頼主がおり、その依頼と傭兵の要望を照らし合わせ施設の役人が
仕事を斡旋する形をギルドは取っている。
傭兵側の希望が全て通る事はない。
しかし、傭兵としての名があがればより条件の良い依頼を斡旋してもらえる。
人気が高い依頼としては、他国への物資運搬の際の物資の警護などである。
このような機会で無い限り他国に入国する事は出来ない。
当然、国と国の間には関所が設けられていて相手国の通行許可書がない限り関所を通過する事は出来ない。
無論、依頼を達成した時の報酬は道中の危険性が高い事から他の依頼に比べて格段に高い。
より良い依頼を受ける為、傭兵達は名をあげようと日夜励んでいる。
そんな中、三人組の深く黒い頭巾を被った男達がギルドの戸を叩こうとした。
と同時に扉が勢いよく開き扉の前に立っていた頭巾の男のうち一人が地面に尻餅をついた。
二人の頭巾の男が両脇から倒れた男を支え立ち上がるのを手伝う。
両脇を支えられた真ん中の男は、長躯の二人とは違い背丈が少年のようである。
見比べると子供と大人である。
「どこ見て歩いてやがる」
ギルドから出てきた男は巨躯で、熊のような身体をしていて上半身を露出したその身体の大分を密林のような毛が覆っている。
そのあまりにも濃い体毛とは反対に頭の毛は綺麗に剃られていて太陽の光りを頭で反射している。
恐ろしいほど分厚い唇の上を一筋の傷が走っている。
その巨躯の男は吐き捨てるよう言うと同じく頭を綺麗に剃り上げた五人の取り巻き達を目もくれずに去ろうとした。
「殺すぞ、禿」
一番小さな頭巾の男がそう呟いたのを巨躯の男はその常人の足の大きさほどある大きな耳で聞き漏らさなかった。
巨躯の男は振り返る。
背中に抱える巨大な棍棒が風をきる音が同時に鳴る。
「なんか言ったか」
額の血管がピクつく。
「人にぶつかっておいて謝罪も出来ない礼儀知らずの禿野郎をぶっ殺すって言ったんだよ」
血管が更に浮き上がる。
「テメエ!兄貴になんて口聞きやがる」
取り巻きが耳障りな甲高い声で騒ぎ立てる。
それを手で巨躯の男は制す。
「いい度胸してやがる。命しらずってのはまさにこの事だ。お前等ギルドに用があるんだな?なら覚えておいた方がいい。このオーク(一鬼神)と恐れられるゴアル様を!無論、覚えた所で今日ここでお前は俺様に殺されるんだがな」
鉄の棍棒を勢いよく振り回し頭上で回転させる。
「いいか、ゴアル様はなギルド位五聖竜だぞ。お前等みたいな位もない傭兵とは違うんだ」
取り巻きのよいしょに気を良くしたのかゴアルは自慢げに鼻をならす。
「泣く子も黙るオーク(一鬼神)のゴアル。この街にいる者なら知らない者はいない。お前達で耳にした事ぐらいはあるだろう」
取り巻きが更に続ける。
その問いに対して頭巾の男は即答する。
「ないな」
「なっ」
辺りの空気が凍りつく。
「聞いた事ある?」
背の低い男が両脇の者に尋ねるが小馬鹿にしたように首を横に振る。
「だってさ」
ゴアルの顔色が熟れたトマトのように赤くなり小刻みに震える。
「雑魚が馬鹿にしよって!この場でその腑引きずりだしてやる」
棍棒を地に叩き付けるように立てに振り下ろす。
その衝撃で風が起こり、背の低い男の頭巾が風の煽りを受けはだける。
男の顔が露わになる。
漆黒の髪に大きな黒い瞳。
高い鼻筋に桃色の唇、中性的でありながらも男性的なその容姿は眉目秀麗である。
「ひいひい」
取り巻きが突如叫び声を上げる。
「どうした?」
「あの、あの」
取り巻きの指は少年をさしている。
「何を騒いでいる。ただの小僧ではないか」
「ゴアル様!あいつはギルド位九聖竜のユナ・アルカです」
「なにっ」
ゴアルの血の気が引いていき顔色が赤から青へと変わる。
ギルド位九聖竜といえばギルド位最高位である。
つまりその称号は強さの証。
数々の難易度の高い依頼をこなし力を見せつけ名を刻んできたのである。
九聖竜の称号を持つ者はこの街に三人いる。
一人は、棍竜王と渾名がある棍使いのタシム。
もう一人が鳥王の双翼刀のロシオ。
そして、刹那刀のユナ・アルカである。
この中でも郡を抜いた知名度を誇るのが刹那刀のユナ・アルカである。
閃光の如し剣撃を放つ事からこの渾名がつけられた。
若干の19歳にして九聖竜の称号を得た者は彼が初めてである。
史上最年少九聖竜そのような要素も彼の人気を不動のものとしていた。
彼の噂は無論、ギルドに生活の重点を置いているゴアルも耳にした事はある。
しかし実際に顔を見たのは初めてだった。どうして取り巻きの一人が彼を目にした事があるのかは分からないが。
九聖竜ともなれば難易度の高い依頼で他国や遠方に出払っている事が多くこのトウレイに留まっている事は少ない。
故に九聖竜の素顔を実際に目撃した者は少なく伝説が一人歩きしていると思っている者も少なくはない。
ゴアルもそんな連中の一人であった。
だからこそ九聖竜のユナ・アルカを今この場で実際に目にしたがやはり伝説の一人歩きだと思った。
目の前にいるのは、自分よりも身体が一回りも小さい餓鬼である。
この餓鬼のどこにそんな力があるというのだ。
ゴアルの顔色が自信と共に徐々に戻っていく。
「ゴアル様?」
分厚い唇を歪め笑みを浮かべるがゴアルの様子を見て取り巻きが尋ねる。
「ははは、何を恐れる事がある。目の前にいるのは只の餓鬼であろうが!九聖竜の称号と共にこやつ噂が一人歩きしていただけ。刹那刀とたいした実力もないくせに大層な渾名をつけおって。どんなズルをしてその地位を得たのかは知らんがその化けの皮このオークのゴアル様がはぎ取ってくれよう」
★
この手の輩はこの街に多くいる。
弱い奴ほどよく吠えるまさにこの事である。
「やれやれ。どうする?」
両脇の二人が頭巾を取る。
二年の歳月が流れ24歳となったユヒト、35歳のメミドである。
その歳月がこの二人を変えた。
彼らの目つきは鋭くなり以前の黎軍にいた頃より密度の濃い生活を送っているせいか無駄な肉は削ぎおち肉体は以前より鍛え上げられまだ若い青年だったユヒトは髪を短くし精悍な逞しい男に成長していた。
一方、メミドは綺麗に生え揃えていた髭は一変し頬まで髭が無造作に伸び癖のある赤茶色の髪が肩の辺りまで伸びきっている。
最早、そこに貴族の片鱗はなくあるのは強者が醸し出す近寄りがたい殺伐とした気である。
「殺すなよ小僧」
メミドが低く含みのある声で告げる。
「分かってるって」
アルカは草色の外衣の内に佩いていた黒く艶のある鞘に収まった刀を取り出した。
そして刀身を鞘に収めたまま構える。
ゴアルが毛虫のような眉を吊り上げる。
「それはどういう意味だ」
「お前みたな格下これで充分だって事だよ。ありがたく思え。打ち所が悪くても骨が折れるか気を失うだけだ」
その瞬間、ゴアルの頭の中の線がプツンと音を立て切れた。
「この糞餓鬼が!!!!」
棍棒が轟音を上げアルカの脳天目掛けて振り下ろされる。
棍棒がまともに人間に目掛けて振り下ろされれば人間は脳みそを地にぶちまけて即しているだろう。
だが、アルカは違う。
刹那刀という渾名の由来はもう一つある。
斬撃もさる事ながら彼の動きのそのものが人間離れした俊敏さを誇っている。
刹那である。
彼の身体の身のこなし速さが刹那なのである。
「何だと」
振り下ろされた棍棒の上にアルカは立っている。
「そんな馬鹿な。俺様の渾身の一撃を」
ゴアルの腕に血管が浮かび上がり雄叫びを上げて棍棒を天に向かいアルカごと振り上げる。
上空でアルカは一回転すると華麗に地に降り立った。
棍棒の威力の凄まじさを物語っているかのように石畳の地面が深く抉れている。
だが、その様を見てもアルカに怯えて様子はなく、表情に一切の変化はなく息一つ上げていない。
「時間が惜しい。アルカ早く決めてくれ」
ユヒトはため息をつきアルカとゴアルの決闘に目もくれようともせず流れ行く雲を退屈そうに眺めている。
その様子が更にゴアルの神経を逆撫でする。
「どいつもこいつも俺様を舐めやがって!」
金属がぶつかりあう音が響く。
ゴアルの怒りにまかせて振り下ろした棍棒をアルカは鞘に収まった刀でたやすく受け止める。
「馬鹿な。こんな餓鬼にこんな力あるはずない」
嘘だと言わんばかりに棍棒を押す力を強めるが動かない。
むしろ、押されている。
「ぐぎぎぎぎぎ」
と声を漏らすゴアル。
「出直してきな」
棍棒がはね上がる。
開いた鳩尾に突きを放つ。
鈍い音がし鳩尾を捉えるとゴアルは呻き声を上げその場に大量の吐瀉物をまき散らし、吐瀉物にまみれた地面に正面から倒れこんだ。
これが由来で後にゴアルは、オークのゴアルではなくゲロのゴアルと名を違う意味でトウレイに広める事になる。
★
ゴアルとの一戦を難なく終えるとアルカ達三人は、ギルドの扉を叩いた。
傭兵達の泥臭い匂いが鼻をつき人の熱気の波が押し寄せる。
アルカ達が入るのと同時に幾つもの強面が視線を向ける。
背中に各々の得物を担いでいる男達はアルカ達が入って来るなり小声でひそひそと何やら話している。
「おい。あれって刹那刀とその一行だよな」
「思ったより弱そうじゃないか」
「本当に強いのか」
アルカ達は小声で話す強面の傭兵達を意に返さずその隙間を進み施設の受付に進む。
受付には簡易なテーブルがありアルカと向かい合うように一人の無愛想な中年の役人が座っている。
その奥の職場には、書類などが散乱しており少数の役人がせわしなく動いている。
「アルカか。久しいな」
受付の男は丸渕の眼鏡をくいと上げた。
「北の〈ハクレン〉に出払ってたからな」
「賊の討伐か?」
「ああ。殲滅するのに三ヶ月かかったよ」
アルカは人ごとのように鼻で嗤う。
「お前は相変わらずだな。そこの二人は随分ともまれたようだが」
ユヒト、メミドの様変わりした様子を見て取り受付の男は言った。
「おかげさまで」
とぶっきらぼうに答えるユヒト。
「よくもあんな厄介な依頼を回したな」
と少し語気を荒げるメミド。
「九聖竜の隊に属しておるのだから仕方あるまい」
メミドは返す言葉を無くし唾を飲んだ。
「おっさん。もう少し世間話をしていたい所だがそろそろ本題に入りたい」
受付の男は息を吐くと眼鏡を取る。
「今回のヤマはでかいぞ」
「黎だな」
(ついに来たか)
「そうだ。ある有力者から物資を黎に輸送する際の護衛を頼みたいとの依頼が来ている。物資の中身は分からんが気にするな。そこまで深入りするのはギルドの仕事じゃない。ただし今回のこの依頼九聖竜三人に頼みたいとの相手方の要望だ。無論、それだけ報酬もでかい。まあ、相手方からすればそれだけ大事な物資だって事だ。大金を叩いても守る価値のあるブツ。きな臭いな」
男は引き出しから書類を引っぱりだしそれに目も通している。
「ああ。だがそんな事俺達には関係ない。その依頼受けよう」
即答だった。
この二年間、この為に燐で傭兵として腕を上げ名を上げた。
幾つもの依頼をこなしユヒト、メミドと共に死線を乗り越えてきた。
再び黎の地に踏み入る為に。
「聞くまでもなかったな。アルカよ、どうしてそこまで黎にこだわる?」
「人には色々と理由があるもんだ。ここはそういうもんに口を出さないのが良い所だろ」
「そうだな。悪かった」
「じゃあ、詳細が決まりしだい教えてくれ」
アルカはそう告げるとその場を去ろうとした。
「アルカ。これは俺がお前達三人を気に入っているから教える事だ」
男の呼び止めに三人は足を止めた。
「黎王が崩御した。そんな噂が流れている」
「なに?」
三人が一斉に目を丸くした。
「あくまで噂だがな。そしてその中で後継者争いが苛烈を極めているという噂もある。噂が真ならば黎はこれから荒れるぞ。国内で荒れる黎を見てとれば燐だけでなく海王や白神の軍も動くだろう」
「そうか…ありがとう」
アルカはどう返していいか分からなかった。
他の二人も一緒である。
それは黎王が崩御したという意味の重大性を理解しているからである。
黎王が崩御すれば跡目争いが起こるのは必須。
王の実の息子である皇子達が肉親同士で争うのだ。
順当に行けば、王位継承者となるのは長兄エルト。
順当に行けばの話しである。
この類いの話しは過去の歴史から読みとっても順序よく物事が進む事の方が少ない。
(この噂が本当ならユーリンお前は今何処で何をしている…)
(無事でいてくれ)
アルカは祈るように瞼を閉じる。
「おっさん。なるべく早く発ちたい。依頼人の準備が整い次第頼む」
「分かったよ」
男の答えに頷くと逸る気持ちを抑え込みその場をアルカ達は後にした。




