1 雷を落とす鬼
「たねがしま?」
「そうじゃ、種子島。見たこともない姿をした大男が種子島の浜に流れ着いてな。大騒ぎになっておるんじゃ」
「その大男がどうかしたのですか。化け物かなんかでしょうか」
「そうではない。人間の方はともかく、そいつが持ってきた物がとんでもないんじゃ。ものすごい音を発して、遠くにあるものを触らずに破壊することができるらしい」
月丸は、一緒に寺の廊下を雑巾がけしながら、先輩の小姓が話す不思議な噂に聞き入った。
遠くにあるものを破壊するっていったいどんな手品だろう。雷でも起こすのだろうか。
月丸は、大男が天に向かって何かを振りかざしているさまを想像した。
いつの間にか先輩を後ろに置き去りにして、雑巾がけがぐんぐん進んでいる。
月丸は、姿勢を起こすとそのまま真っすぐお堂を飛び出して行った。
「おい、どこにいくんだ。まだ反対側が終わってないぞ!」
背中から飛んできた声は、もはや耳に届いていなかった。
種子島という島があることはなんとなく知っていた。
どこにあるのかはよく分からないが、ここ紀州の根来寺からはずいぶん遠かったはずだ。
雷を落とす化け物が流れ着いたとなれば、今頃は鬼が島のようになっているのではないか。月丸の想像は飛躍した。
とにかく監物様のところに行こう。あの方なら詳しいことをご存知にちがいない。
津田監物は、根来寺において貿易などを任されている偉い僧である。
この時代、寺といっても宗教がらみのことばかりをやっていたわけではなく、根来寺のような大きな寺はちょっとした都市であった。
農民もいれば商人もいる。都市を守る兵隊もいる。建物は巨大で、堀と塀に囲まれており、中心部はさながら城であった。
そのような大きい寺で高い地位にある監物が、ほんの子どもにすぎない月丸のためにわざわざ時間を作って話を聞いてくれるのは、この子どもにどこか見どころを見出しているからだろうか。
「なに? 種子島で鬼が雷を落とす道具を使って村人を苦しめていると?」
監物は、月丸が先ほど耳にしたという噂話を聞いて、大笑いした。
「それで鬼が雷を落として回っているとして、おぬしは村人たちのことを心配しているのか。あるいは鬼が日本中を荒らしまわり、紀州までやって来るのがこわいか」
「わたくしは、鬼が持ってきたというその道具が見たいのです。本当に雷を落とせるのでしょうか。種子島まで行けば見れるでしょうか」
月丸の真っすぐなまなざしを受け、監物は、からかうような調子を改めざるをえなくなった。
「あのな、月丸よ。実はその道具な。わしが種子島からひとつ持って帰ってきた」
「えっ」
驚きのあまり、月丸はそれきり声が出ない。思わず腰を浮かしてあたりを見回した。
「待て待て。今ここにはない。とりあえず座れ」
まずその道具がどこにあるかを尋ねればよいものを。今にも走り出して屋敷中を探し回りそうな月丸の様子を見て、監物はおかしかった。
「あれは寺の前で鍛冶屋をやっている芝辻清右衛門に預けてある。
なあに種子島にやって来たのは鬼ではない。人間だ。
ポルトガルとかいう遠い国の者だそうな。名は何といったか、覚えられないような変わった名前でな。
しかも毛は紅く、目は……」
「鍛冶屋、ですか」
「ん、ああそうだ。清右衛門な。良い刀を作るのだが、こいつがまた頑固者で」
「失礼いたしまする」
監物があっけに取られていると、月丸は挨拶もそこそこに素早く部屋を出て行った。
後を追おうとしたが、監物が発見したときにはその姿はもうずいぶんと遠くなっていた。




