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第二十一話 明治生意気娘ライヴ! 

 拍手があった。

 音が三回ひびく。

 かろうじて拍手したのだとわかるギリギリの回数。

 その拍手の主は、気配を感じさせないように、大隈の屋敷の広間の一番後ろに座っていた、大隈綾子であった。

「ずいぶん勇ましいわネ、たつ吉さん」

 杵屋の半玉であるたつ吉としてどう答えるべきか?

 迷う。

「ええ、まあ・・・」

 綾子は笑みを浮かべていた。

 新しく手に入れた情報が、相手の知られたくなかった種類の情報らしいことが、うれしいのだ。

 その手の情報は持っているだけで価値がある。自分で何もわからなくても、まわりの誰かが何かわかるかもしれないという心理的圧力を相手に与えられる。

「あなた、縄術を遣うの? また後で、たつ吉さんと久佐賀くんのお話を横でお聞かせいただきたく。私も、大隈も」

「ご随意に」

 たつ吉(たつ子)は肩をすくめた。

「とりあえず、本日は、お花姐さんのお座敷ですから、お花姐さんの三味線をお聞きなさってくださいまし」

 フン。

 わざとらしく綾子は鼻を鳴らした。

「あたし、たつ吉さんの三味線も聞いてみたいわ」

「え?」

「半人前の芸者、半玉でも、お金を取るという話で大隈の屋敷までにあがりこんできているのならば、それぐらいの芸はあるわよネ?」

「いや、そいつは、ちょっと・・・」

 と、たつ吉。


 その苦境に助け船を出してくれたのは、頼れるお花姐さんであった。

「ヤイ、たつ吉。

 二人でろうゼ。

 あたしのことを立てようとかしこまるナ。らしくないんだヨ、たつ吉のくせしやがって。図々しいのがお前さんの売りだ」

「そんなの、こちとら売りにした覚えはねえヤイ」

「その口ごたえがアリエネエよ。じゃあ、あたしは表だ。たつ吉は裏にマワレ」

「アイヨ!」

 一丁やりますか。

 たつ吉はバチーンと左右の手を派手に打ち鳴らした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「では、諸君。お二人の三味線を聞きましょう」

 屋敷の主である大隈重信財務卿の巨体から発せられた言葉には、重々しくおかしがたい威厳があった。

 

 あとは、シッチャカメッチャカ。

 楽器の弾けない奴は引っ込んでろ。

 音で語れ!

 たつ吉のことを三味線の素人だと思い込んでいた綾子からすれば、あてが外れたどころの騒ぎではない。

 田辺たつ子(三宅花圃)は長唄の歴史にも名を刻んでいる。

 杵屋お花は名人の三味線弾き。

 高音パートはお花が担当、低音パートはたつ吉が担当。

 見た目は小娘とて侮るな。

 ルソーも愛好したというラモーの和声理論でコード構成。

 この時代の日本ではそれだけでも十分に新しいのだが、たつ吉ときたら、基音だけを弾いていて大人しくしているタマではなかった。

 興に乗ってくると、対位法で即興の対旋律をつくり、お花の主旋律に絡みだす。

 お花も姐弟子としての貫禄を見せようと、同じ曲であっても、様々な方向性で各種アレンジした主旋律を惜しみなく披露していく。

 その旋律の華麗さは、伝説の芸者である母親を超えているのではないかといった巷の評判に恥じぬ。

 ふざけんな。

 あんた、面白おもしれェよ。

 悔シイ。

 気持ちを乗せて即興のフレーズを掛け合う。乱戦混戦。楽しい。

 意地の張り合い。

 それができる相手が目の前にいてくれることが、スゴイ!

 後世の歴史に名前を残す弾き手たち。

 二人の若い才能が、互いを意識しながら、技巧の冴えを相手に見せつけてやろうと、全力で演奏してしまう。

 もう馬鹿みたい。

 ホント幸せ。

 こいつが生きてるってことサ。

 な?

 ウダウダやってるヒマはねェ!

 予定されていたお座敷の時間は、あっという間に過ぎていってしまう。


 大隈重信が息を飲んでいた。

「これは、見事!」

 そう叫ぶなり、大隈は座布団の上でズドンと腰を落とした。

「このような芸を聴けたとは、この大隈にとっても一生の思い出となるわい」

 とまで言った。

 綾子も、

「おっしゃるとおり」

 と同意した。

 思いもよらなかった陶酔と熱狂の時間。

 広間に集められた書生たちの拍手は鳴りやまなかった。


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