第十九話 芸者プレイかよ
約束していた日曜日。
法眼先輩から口うるさく言われたので、武太郎は十一時よりも少し早めに【おてつ牡丹餅】の店先に来ていた。
ありがたいことに、徳太郎もつきあってくれている。
本日は【おてつ牡丹餅】の貸し切りなし。
甘いもの好きの徳太郎は自分の小遣いで牡丹餅を買ってもぐもぐ食べている。お汁粉も頼む。
二頭立ての豪著な馬車が【おてつ牡丹餅】の前に到着した。
後で聞けば、井上外務卿の馬車。
あまりにもの立派さに、武太郎と徳太郎は目を白黒させる。
馬車の窓から、外務省の密偵、斎藤たつ吉が顔を出して、
「例のブツはちゃんと持ってきた?」
たずねてくる。
「うん」
武太郎はうなずく。
校内にまで人を送り込まれて念を押された。失敗したら制裁があるとまで脅された。さすがに忘れないよ。
しかし、
「たつ吉くん、何、その服装?」
中に乗っているのは、確かに、かぎ縄を自在に操るあの美少年であった。
女物の着物を着ている。
ただの女物の着物ではない。見習い芸者である半玉の衣装。
一人前芸者の衣装と同じく肩上げがある振袖だが、裾挽きではない。帯の結び方も異なる。着物の柄は少女の衣装らしく華やか。襟元も豪華な刺繍をほどこした半襟をつけている。
「似合う? 」
たつ吉は悪戯っぽく笑った。
半玉は見習い芸者なので、化粧をしてはいない。清純にして瀟洒。
「・・・まあ、ね」
武太郎は目を奪われてしまった。たつ吉のことを個人的に嫌いなはずのに。
「じゃあ、行こう」
「どこへ? 」
「決まってるじゃないか。雉子橋の大隈さまのお屋敷だ」
「大隈さまのお屋敷? 」
「その憲法意見書を武太郎くんは大隈さまに直接に手渡しでお返ししようという話だったろ?」
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よくわからないまま、あれよあれよという間に、武太郎は麹町三丁目の杵屋お六の家に連れ込まれた。
無理やり着替えさせられる。
「どうして、僕まで芸者さんのかっこうをしなければならないの?」
「一人前の芸者じゃないから、半玉」
「はぁ?」
「約束したとおり、君は大隈さまに直接にその例の憲法意見書をお返しすることができる、少しぐらい中身を読ませてほしかったけど」
「だからって、僕は男の子だよ」
「わかってる」
「じゃあ、なんで芸者にならなきゃいけないのさ」
「芸者じゃない、半玉」
「どうして、半玉にならなきゃいけないの?」
「これもお国のためだ。ちょっとぐらい我慢しな。僕だって我慢してるゾ」
たつ吉は大真面目。
横で二人のやり取りを聞いていたお花(先週の日曜日にも【おてつや牡丹餅】に姿を見せた芸者)は、はあからさまに声をあげて笑った。
「ごめんなさいネ、武ちゃん。いや、お前さんがあんまりにもかわいらしいものだから、女の子のかっこうさせたら、どうなるのかネって、マア、あたしの悪戯心ダ」
左の人差し指と右の人差し指をポンポンぶつけ合わせる。
「こんなかわいい半玉がいたんじゃ、みんな放っとかないネ。芸者衆の中でも評判になるヤ」
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半玉の衣装に着替えさせられた武太郎は杵屋お花の家を出る。
門前では徳太郎が待っていた。
「大隈さまのお屋敷には、お花姐さんと半玉の二人で行くって言っている。
武太郎くんで遊ばなければ、お花姐さんが我々の計画に乗ってくれないというから、話が面倒になった」
「あたしだって、別にヒマしてる御身分なわけじゃないしサ、少しぐらいのお遊びの余禄というかお楽しみが欲しいヤ」
「一人ぐらいは何とか誤魔化せると思うけど、二人増やすのは無茶。
じゃあ、今日はこれで御用済みということで、徳ちゃんには、そろそろお帰りいただきたく」
「待ちな、たつ吉。
ただで返すって言うのかい。そいつはねえよ。お越しいただいてご苦労さんだ。
もう、お昼時だろ?
徳ちゃん、そこの角のそば屋ネ、杵屋のお花さんの名前でツケがきくから、何か好きなものをたべていきな」
そんなことを言い散らすたつ吉と花の声がまるで聞こえていないかのように、徳太郎は半玉姿の武太郎をしげしげ見つめてくる。
目に熱いものが宿っている。
それは恋情ではない。
イヤだ。
武太郎は落ち着かない気分になった。
「やめてよ、徳ちゃん、もう、そんな、じろじろ見ないでよ。恥ずかしい」
「悪かった。ただ、あんまり似合ってるから」
「僕さ、徳ちゃんだけには、そういう目で見られたくないの、お願いだから」




