第十八話 人間万事金世中
先月に、武太郎を襲った暴漢、久佐賀なる男は、雉子橋の大隈の屋敷の近くに下宿している。
食事は基本的にすべて大隈邸を当てこんでいる。
貧乏学生は仕方ない。
雉子橋から三田まで六キロメートルほどを歩いて慶應義塾に通学している。
その日、久佐賀の下宿先に一人の書生が訪ねてきた。慶應義塾の塾生で大隈の屋敷にも出入りしている見知った顔だ。
これまであまり話したことはない。
名前は、加藤。
父親が神戸福原の遊郭の廓主とも呼ばれるほどの大きな置屋の主人で、彼の金回りが相当によいことぐらいは知っている。
「ちょっと久佐賀くんに謝りたいことがあるんよ」
「何だ、いきなり、加藤?」
よくわからないまま、久佐賀は四畳半一間の自室に招きいれた。
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スマンスマン、と軽い調子で言いながら、加藤は頭を下げた。
謝罪の内容。
「いずれはバレると思うから正直に謝っとこ。水木のヤツを蒼海先生にけしかけたのは、僕や」
「何だと?」
久佐賀はあっけに取られた。
先手を取られた。
「けしかけたゆうか、まあ、別にやれゆうて僕が口に出してゆうたわけでもないんやがね、退屈やなあ、とあの時に水木に言うてみたんよ」
この時期に、加藤は三太郎の名前を使っていた。後に、交詢社には照山の名で加入している。
元治二年(一八六五年)生まれ。久佐賀よりも一つ年下で若い。のっぺりした生白い顔つきに商売人の笑いを仮面のように張りつけていた。
薄気味悪い。
これまでの久佐賀の人生の中で、熊本洋学校でも、阿蘇の山寺でも、見たことがない種類の顔であった。
「で?」
「水木の奴は、剣の腕を自慢して、花街などに僕が遊びに行くときの、僕の護衛みたいなことをしとる。あいつ、僕の金で遊んでる。
でもなあ、金の欲しくて少し腕が立つぐらいの士族崩れは、沢山おるからな。あいつは、そのお役目を他の奴に取られんとこうとして、いつも僕の前で強がっとうねん。
やから、あのとき、僕が蒼海先生の言うことを退屈や言うたら、そら、あいつ、アホやから、蒼海先生に突っかかりよるで。ホンマ、あいつ、行きよったワ」
明るく声をあげて、加藤は笑う。
「水木さんにも、そのような事情がおありであったのか・・・」
久佐賀は言葉を失う。
「いや、ホンマ、水木の奴もアホやな。ムチャしすぎやろ。蒼海先生がもう年寄りやとか言うて、普通、あのデカい身体を見ただけで、こらアカン思うやろ?」
「今、水木さんはどうしておられる?」
「蹴られた腹がまだ痛いゆうて青い顔して自分の部屋でうんうん唸っとるで。あいつも意気りすぎや。ま、ええ薬になったやろ。
かわいそうやから飯ぐらい水木の部屋に届けさせとるで、僕な、優しいから。商売人の子やし、気配りはするヨ」
たとえ水木が自分よりも年長で士族出身の腕自慢であっても、金さえあれば、平民出身の十代の小童の加藤が好きなように操ることができる。
人間万事金世中。
でな、と加藤は言う。
「先に謝らにゃあかんことはきっちり謝ったゆうことで、藪から棒にやけど、僕、久佐賀くんと友達になりたいねん」
「え」
「やから、藪から棒に、と言うとる」
「なにゆえ?」
「久佐賀くんは、水木よりは話がわかる人みたいやから。それに、年齢も近い。僕が一コ下か。どうやろう? 僕と友達になってくれるかな?」
「話がわかるとは?」
尋ねる久佐賀に加藤は満面の笑みで語る。
「塾でも見とったたけど、君はホンマに頭ええで。漢文も英語もようできはる。最近はあの小野梓先生のお気に入りや。
剣術ができるゆうのも良かったんかな? 小野先生も土佐で長刀を振っていた口やから。
あと、蒼海先生の弟子やゆうのは売りになる。
急いで調べさせてみたんやけど、蒼海先生ゆうのは京都におった頃に、今はときめく井上外務卿(井上馨)の生命をお救いしたことがあるそうやね」
「まあ、な」
久佐賀が慶應義塾に送られた経緯。
松本蒼海が井上馨に頼み込み、井上馨が自分の秘書官である中上川彦次郎に話をした。福沢諭吉の甥でもある中上川は慶應義塾を勧めた。
「あのな」
加藤は言う。
「君のことを買っとるひとには偉いひとが結構おる。僕にも青田買いさせてほしい」
何だ、こいつは?
久佐賀は断りの言葉を口にした。
「恥ずかしながら、加藤くんと友達としてまともに付き合えるほど、僕は金をもっとらん」
オイオイ、と加藤は笑った。
「金ならば借りればよろしやないかい? 何なら、もらってもええ。将来に大物になってドカンと返せや」
イヤイヤ、と久佐賀は首を横に振る。
「さすがに悪いのではないか? 俺が大物になるかどうか限らん」
急に加藤は真顔になった。
「そいつは金を出す側が悪いんヨ。
もしも、ホンマに君がアカン奴で、僕がそれを見抜けないようなアホやゆうんやったら、君はどんどん僕の懐から金を抜けばええんやで。
その方が世の中のためになるもん。
アホが使わんと金をため込んどったら、世の中、金がまわらなくなって、全てがダメになる。
今、塾でもそうゆうことを教わっとるやろ。マンデヴィルの蜂の寓話や。功利主義や。世の中で大切なのは功利や」
当時の慶應義塾で推奨される功利主義のイデオロギー。
とやかく悪く言う者も多いが、確かに一理ある。
教室で先生に教わったことを全てであると純粋に信じ込む加藤には危ういものを感じる。
けれども、少なくとも、おのれの信念を持とうと気概があるではないか!
こういう奴も日本には必要であろう。
久佐賀は溜め息をついた。
「わかったよ。俺でよければ、友達になる」
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若い書生たち二人が生涯に続く友人関係(協力関係)を結んだ夜のこと、大隈邸の当主の大隈重信は、考え込んでいた。
「なぜ、芸者? 一人は外務省の関係者が化けていて、わしに願い事があるという」
井上外務卿夫人の紹介という触れ込みの芸者二人組を迎えることなるのは、大隈綾子夫人。
軽く相槌を打つ。
「ええ」
┅┅知恵誇りの大隈が夫人の話を聞いて意見を変える。
┅┅大隈は人前で夫人のために煙草を自分の手で詰め替える。
┅┅うちの番頭さんと夫人のことを大隈が呼んだ。
大隈よりも頭が切れるというのではなく、切れるというのと違った種類の賢さを持っていた。
その点で、大隈も頼りにしている。
迷う時に別の視点が欲しい。
「あの武子さんからお前への手紙には、何か唐突に末尾に、この夏、イタリアに駐在なさっておられ直大さまとご結婚なさる栄子さまが、この大隈のことを何か心配しているという話が書かれておった」
広橋栄子。
この夏に、大隈の旧主である鍋島直大と結婚することになる。
封建的道徳意識が色濃く残る明治十四年のこと、大隈にとって最大級の礼を尽くさねばならない相手である。
「アレは武子さんなりの仄めかしじゃろな?
栄子さまからは言うナと止められとるけれども、この大隈にあらかじめどういう話になるのか考える手がかりを与えてくれておるのだろう」
「おそらく」
夫の見立てに綾子は同意する。
「わかった」
突如として、大隈は声をあげた。
「栄子さまが何かこの大隈の問題になるような話を耳にして、しかし、それに確証が持てない。
もしも、栄子さまが人前でわしを問いただして、間違いであったら大変な騒ぎになるので、公の場では問えぬ。
それで、知己の外務省の手のものを送り込んで、わしに内密に話を聞きたい。そんなところか?」
大隈重信は、その巨体から想像される豪放なイメージを裏切るように、ひどく知恵誇りであった。
それを諫めた明治八年(一八七五年)の親友である五代から大隈への手紙は有名。
知恵誇りであるがゆえに、事前に備えようとする。
小さな細かい問題にまでも。
卓抜した大隈の頭脳を認めつつ、妻の綾子は危惧を感じている。
本当に小さな細かい問題については、それについて考えるためにエネルギーを使うべきではない。
たとえ正しい対処方法を事前に導き出すことができたとしても、問題が終わってから後始末した方が結果的にコストが低くなる。
小さな細かい問題について考えるために時間とエネルギーを使っていれば、大きな問題に対処する時に必要な時間とエネルギーが足りていないという事態になりかねない。
そのようにして死んだのが、かの小栗忠順。
綾子は小栗の従妹であり、幼い時期に一緒に暮らしていたこともあった。
そういう過去があるからこそ、大隈が危うく見える。
大隈綾子の場合、細かいことを考える時間とエネルギーがあれば、それを資産の蓄積と人脈の拡大につなげていこうとする。
彼女のやり方は大隈の人生の窮地を何度か救う。
本人は意識していたかどうかわからないが、大隈綾子のやり方は功利主義者のそれであった。
綾子は言った。
「大きく構えましょう、大きく」




