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第5話 村のくらしと掟

 この世界に転生し、生まれてから1年強経過した。母親は懸命に働いているものの、残念ながら生活は、一向に改善していない。母親はもちろん、俺に十分な食事が与えられる余裕はほとんどない。


 幸いなことに、俺は順調に成長している。順調どころか、周りの子供より成長が早いくらいだ。子供は1年経てば、成長が早い子で、やっと立ち上がれる程度だが、俺は、もう十分歩けるし、走ることもできる。言葉も理解できるし、話せるようにもなった。


 それをそのまま見せつければ、目立つことこの上ない。貴族のように、選民意識が高ければ、成長の早さは喜ばれることもあるかもしれないが、ここでは、目立っても良いことはないだろう。


 今は、同年代の子供と同じように、いや、むしろ少し成長が遅い感じで、立ち上がれないふりをしてごまかしている。


 今のところ、特別な能力だと感じるのは、前世の知識があることと、ろくに食べなくても成長が順調であること。ありがたい能力だとは思うが、なんというか、正直地味すぎる。異世界転生ものでお約束であり、物語の基礎になるはずのチート能力がない。


 環境破壊などが起きている世界を救う、という大きな使命に比べて、今の能力だけでは、我ながら不憫過ぎる。これまでも、前世の会社で散々無茶ぶりをされていきたが、今回は輪をかけた酷さだ。


 前世の知識などは、見方によっては十分チートかとも思えるが、そうじゃないと言いたい。やはり、派手なチート能力には憧れがある。


 女神の話では、俺より前に、2人転生させていたはずなのだが、その時はどうだったのだろう。生きているのであれば、いつか会ってみたいとは思う。


 ・・・女神の話を思い出して見る限り、2人にはチート能力が与えられている可能性がある。もし、そうであれば、会っても理不尽さに打ちのめされるだけかもしれないが。


 そもそも、派手なチート能力でもなければ、2,3人を転生させたところで、環境レベルの問題が改善されるとは思えない。期待すること自体がおかしい。駄女神であっても、それくらいは、流石に解るはずだ。

 

(そう解るはずだ・・・そうあって欲しい・・・)


 とりあえずチート能力のことは、これ以上考えても不愉快になるので、他のことを考えよう。


 俺はまだ見たことはないが、大型獣や魔物がいる世界であれば、魔法やスキルくらいは、あってしかるべきだろう。繰り返しになるが、ましてや、世界を救う使命を帯びているならば・・・


 魔法などの元とされる『マナ』はどうやらあるようだし、可能性はある。なにか、能力を発現させるための、お約束の行動のようなものが、俺には足りていないのかもしれない。


(やはり、一度はやっておくべきか・・・)


 異世界にお約束の魔法やスキル、それが存在しているのなら、その基盤となる『アレ』は必ずあるはずだ。


 十分、言葉を発せるようになったので、やはりお約束の行動はとっておくべきだろう。これまでは、現実を認めるのが怖くて、試すことさえできていなかったが、このままでは埒が明かない。


(落ち着け、信じることが大切だ。)


 深呼吸をして、誰もいないのを確かめて声を出す。


「ステータスオープン」


 ・・・


 何も変化がなかった。若干気恥ずかしく、こっそりと小声になってしまったのが、悪かったのだろう。使命の大きさに比べ、貧弱な能力だけということはない。そんなことはないはずだ。


 覚悟を決めて、深呼吸をして、腹の底から声を出す。


「ステータスオープン」


 ・・・


 感覚的に周りの気温が下がり、少し息が荒くなる。静かに、だが、確実に、認めたくない現実が近づいてくる。


 チート能力がなくても、せめてステータスが見られるくらいは、あるべきだろう。本当に最低限だ。どうしても諦めきれず、思いつく限り言い方や、言語を変えてみても、漂う空気の冷たさが一層増しただけ。


 他のお約束も、思いつく限り実践した。やり切ったと言っても良い。だが、悲しいだけだった。駄女神は俺に、どうしろというのか。


(ふぅ。所詮、現実はこんなものか。)


 一通り中二病を発症し、できる限り試した。思えば、前世では良い歳だったのに・・・ きっと、体の若さに精神が引っ張られたということに違いない。まあ、やり切ったことで、現状を冷静に捉えることができるようになるだろう。


・・・


 冷静さを取り戻して、生活を続けたものの、村でのくらしは、良くも悪くも変わりがない。母親は、相変わらず頑張って働いているが、食事も十分にとれていない。


 それでも、俺は自分で言うのもおかしいが、夜泣きもせず、めったに泣かない、手のかからない良い子だ。子育ては比較的楽なはずだが、それでも母親は日々辛そうに、時には思い詰めた表情をしている。


 確認しようがないが、美人系の母親から想像するに、俺もそれなりに可愛いはずだ。可愛くて、大人しくて、手のかからない子供が近くにいるのだから、もう少し幸せそうにしてくれても良いぞと、精いっぱいの笑顔をして見るが、効果が薄い。


 こうなると、母親が辛そうにする理由が、何かあるのではないか。嫌な予感がする。


・・・


 ことあるごとに情報収集に努めているが、母親が辛そうにしている理由は、まだわからない。子供がいる近くでは、話せない内容なのかもしれない。歩けない子供という立場では、行動範囲が限られ、情報が不足している可能性もある。


(こっそり、動いてみるか。)


 もっと情報を得るために、行動範囲を広げることにした。流石に、昼間は人目に付きやすいため、俺は深夜にこっそり出かけて調べることとした。母親も、陽が落ちてしまえば、眠りにつく。


 村には電灯などはなく、家々から漏れ出るような光もほとんどない。その代わり、大気がとてもきれいで、前世からすると嘘のように星が明るい。


 深夜でも、目が慣れれば、星の光でまわり見えるので、十分出歩ける。母親はいつも疲れており、睡眠の質は高いのか、一度寝付けば起きることはない。


・・・


 深夜の調査を繰り返して見たものの、母親が辛そうにしている理由については、まだこれと言った情報がない。それでも、目的とは違うものの、この村のことは概ね把握できたし、働いても生活が改善されない理由は、理解できた。


 村のメイン産業である農業では、トマト、なす、カボチャ、オリーブ、ソルガムのようなものが育てられている。前世と比べると段違いの成長速度だが、見た目が完全に一致するので、地球と同じなのだろう。いずれも乾燥に強い作物で、砂漠や荒野が広がるここでも収穫できるようだ。


 放牧は羊のような動物を飼っているが、あまり数は多くない。放牧は頭数を制限しないと、緑を食いつぶしてしまい、砂漠化の原因にもなる。数を増やさないのは、それを理解していて、村で育てられるギリギリの頭数に制限しているのかもしれない。主な飼育目的は羊毛を取ることで、増えた分だけ食糧に回しているのだと思う。


 村の外も調べてみたが、意外なことに、山側の斜面には竹林があった。この辺りは、砂漠化が進む前、地球のアジア圏のような気候だったのかもしれない。よく見ると、村の建物や小物などの一部に、竹材が使われている。


 村の建物で気になったのは、宗教関連の建物、いわゆる教会。この世界でも、周りの建物と比べて上等だ。建物は上等なのだが、貧しい村なので、関係者の暮らしぶりにはそこまで差はない。村の教会では、女神を祭っているようであった。


(結局、辺境にある貧乏な村ということか。)


 深夜調査の目的だった、母親が辛そうにしている理由は、結局わからなかったが、村の様子も分かったし、調査は打ち切ることにした。


 俺が生まれた場所は、砂漠近辺の非常に貧しい村で、母親だけでなく、村が全体的に貧乏という悲しい現実を再認識した。前世でも聞いたことがあるような、貧困の村に生まれたということで、きっと珍しい話でもないのだろう。


 調査で、裏付けが取れた異世界らしい点といえば、今のところ1点だけ。やはり植物の成長速度が、地球とくらべて異常に早い。2倍以上は早いだろう。村人が何か工夫している様子もない。むしろ何もしていないので、成長速度だけでなく、枯れるスピードも同様に早い。


 子供や動物の成長には違和感がないので、植物に限ったことのようだ。唯一の例外は、俺の成長速度。半年ほど調べてわかった内容としては少ないが、1歳ちょっとの身としてはよく頑張ったと思いたい。


・・・


 一通りできる調査をしてしまうと、貧乏な村のくらしは、何も代り映えしない。正直退屈だった。深夜に出回る必要がなく、生活に慣れてのんびり過ごしていた。


 時間が過ぎ、あと3か月弱で2歳となろうとしているある日、母親が辛そうにしている理由がいきなり判明した。その理由により、俺を育てられるのは、残り3か月弱ということになる。


(全く、酷い話だな。)


 村には古い建物も多く、その劣化具合などを見る限り、歴史がある村のように見える。長い歴史があり、争いもなく平和な村なのに、人や家畜が少ない理由。


 要するに、この村には掟があり、その掟に従い、厳しい人口統制をしていた。掟では、50歳になった大人は、原則、村から出て砂漠に旅立つことになる。


 また、子供にも制限がある。子供を育成し続けるには条件があり、満2歳になるまでに、親が定職についている必要がある。たとえ定職につけたとしても、子供の人数上限があり、1家族につき子供は2人まで。


 親が定職につけない場合や、3人目以上の子供は、女神の国に行き、天に召されることになる。村で信じられている宗教の思想だ。実際は、教会の地下にある地下水の流れに、子供を流すことになるようだ。


 母親は、俺が生まれてから頑張り続けているのだが、現時点でも定職にはつけておらず、このままでは、俺は教会の地下で流されることになる。


 貧乏で救いがない村だとは思っていたが、それ以上に、非人道的でどうしようもない村だ。当然、事情はあるのだろうが、許容できることではない。


 酷い話で、許せない気持ちはあるが、俺が地下水に流されるまで、あまり猶予はない。このまま諦めては、転生した意味がない。すぐにでも生き残るために、行動するべきだろう。


 残された時間は少ないが、必要なものの調達や、生き残るための研究などを、着実に進める。騒いでも状況はかわらないのであれば、限られた時間でできる限りのことをするしかない。


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