第6話 生き残るために
異世界に転生して2年弱。最初は、貧しい村の貧しい家に生まれ、恵まれなかったことを残念に思っていた。能力に見合わない使命を、頭の隅に追いやり、懸命に働く母親の姿を見続け、少しずつ気を取り直し、せめてできることだけでもしていこう。そう考えていた。
チート能力などにも恵まれがなかったようなので、内政チートを目指しつつ、着実に大きくなって親孝行と、少しずつでも女神の使命を進めるつもりだった。
(ハードモードが過ぎる。)
結果的にその考えは甘く、このままでは大きくなるまで生きられない。つぶれかけた中小企業でも、もう少し余裕がある気がする。能力を隠さず、もっと、積極的に記憶力や知識、成長の早さをアピールすれば、今後必要になる人材として、例外的に生き延びられたという可能性もあったのだろうか。
いや、このような閉鎖的な組織の中で、自分を守れるだけの力がない状況では、逆に異物として排除された可能性の方が高いだろう。
いずれにしても、既に後悔している時間はない。妄想していても、過去は変えられない。もうすぐ、村の掟に従い、俺は天に召されることになる。
より具体的には、地下水に船の形をした木箱に入れられて流される。地下水にそのまま放り投げられるよりは、生き残る可能性はあるだろうか。
貧乏な村で、わざわざ木箱まで作るのは、宗教的な理由があるのかもしれない。ちなみに、木箱は子供の体より1周り大きく作られるし、中には羊毛や、布を入れてもらえるようだ。
贅沢な話のようにも思えるが、女神の国に行くという建前を信じさせる、最低限の体裁なのだろう。木箱にはスペースもあるので、軽いものであれば隠して持っていけるだろう。
(このまま大人しく死ぬ気はない。)
座して死を待つより、生き残る可能性を少しで高めるものを、積極的に調達するべきだろう。地下水の先がどのようになっているのかは、知る由もないが、どこかには流れ着くのだろう。
(何を調達すべきか。)
流れ着いた場所で生き抜く。そのために、保存食、金属製の道具、できれば金属製のナイフを調達して持っていきたい。
流れ着いた先に人里があるとは考えにくいので、一人で長期に暮らすことも視野に入れ、作物の種も持っていくべきだろう。
できれば竹材も持っていきたいが、かさばるので難しい。そのまま持っていくのではなく、生き残る先で、使えるようにする工夫をする必要がある。
生き残ることを考えた場合の最低ラインを、保存食、ナイフ、作物の種の調達とした。俺は、残りの3か月弱で、少しでも生き残る可能性を高めるために、調達に励んでいった。
・・・
調達は、母親が寝静まった後、ほぼ毎日、深夜になるのを待って、外出を繰り返して行った。この貧乏な村は、主な産業が1次産業である農業しかなく、肉体的に疲れるため、深夜に起きている人は少ない。そのうえ、基本的に50歳未満の人しかいないので、極端に早起きなご老人もいない。
作物の種は、畑に稀に落ちている実や、ゴミを漁ることであっさり入手できた。発芽率を高めるために入念に処理し、乾かしてカビないように注意する。調達を始めて、ほどなく村の主な作物の種を、一通り確保することができた。
確保した種は、勾配種ではなく固定種であることが望ましいが、実際に植えて育てて見ない限り、確かめようもない。
・・・
作物の種があっさり入手できた一方で、保存食の調達は難しかった。一度畑から、深夜にこっそり作物を調達してみたが、次の日にはちょっとした騒ぎになっていた。
その反省を活かして、期間を長めに使い、村人に気づかれないように、調達する頻度と一度に確保する量、調達する場所を変え、少しずつ調達を進めていった。
保存食を作る際に必要な塩や道具がなく、細かい加工ができなかった。そのため、保存食とは名ばかりだが、切って天日干しにしただけのものを、代用品とすることで諦めた。
初回の失敗はあったものの、かなり気を使って調達を進めたので、ばれることなく、予定していたギリギリの量だが、なんとか目標の量の保存食も調達することができた。
・・・
金属製の道具は、保存食の調達よりさらに難易度が高い。家にはナイフや包丁はなく、信じられないことに石器を使っている。
ただ、金属製の道具がないというわけではなく、教会の儀礼用の武器は金属製、しかも青銅ではなく、鉄製のように見えた。うちの家だけでなく、他の家でも、石器を使っているので、少なくともこの村では、金属製の道具が非常に貴重ということなのだろう。
石器より、当然鉄器の方が、生存確率は上がる。儀礼用の武器を、こっそり拝借したいところだが、当然厳重に保管されている。だが、その武器の利用頻度は低く、数か月に1回の儀式でしか見たことがないので、入手できれば気づかれにくい。
調達の難易度は最高峰だが、どこかでチャレンジする価値はある。下調べを進めておき、直前の儀式が終わった後に調達のチャレンジしてみよう。
・・・
必須ではない竹材の調達だが、やはり竹材はかさばるので、量を持ち出すのは不可能だ。そうは言っても、少しだけ持ち出したところで、あまり利点はない。
ただ、竹材は、色々と応用が利く優れた材料なので、なんとか工夫して調達したい。そう考えた結果、枝と根を確保し、流れ着いた先に移植することを目指すことにした。
竹は水さえ確保できれば、移植が成功する可能性はある。鮮度が重要な要素のため、持っていくのであれば、できる限り直前が望ましい。昼間にこっそり竹林に行って、調達場所の目星だけつけて置いた。
・・・
村の掟に気が付いてから、3か月弱あったはずだが、無情にも時間はあっという間に過ぎていく。母親の表情は険しくなる一方だったが、ある日を境に表情が落ち着いた。
悩みぬいて、泣き続けて、徐々に諦めの気持ちが強くなっていっているようだった。今も時折、悲しそうな表情を浮かべるが、一生懸命祈りを込めて、船の形をした木箱を作っている。木箱などの準備をさせること自体に、親の気を紛らわせる狙いもあるのかもしれない。
そもそも、この貧乏な家で、木箱の材料や中身はどうするのかと心配していたが、材料は村か教会から支給されたようだ。
母親の地道な努力で、木箱はほぼ完成している。想像していた以上に、立派ものが出来上がっている。木箱の中には、羊毛と布がひかれており、場違いな感想だが快適に過ごせそうな印象を持った。
ねらいをつけている儀礼用の武器は、大きいため心配だが、それ以外の調達したものを隠すスペースは十分ありそうだ。
生き残るための準備は、着実に進められている。残していくしかない母親を思うと、気分が沈むが、最近は母親の精神が安定している。そのことに俺は少しホッとしている。母親とは言え、人のことを心配している余裕はないはずなのだが、やはり気になる。
俺が2歳になるまで、既に残り2週間を切っている。調達は今のところ順調に進んでいるが、もう時間が迫ってきており、いよいよ地下水に流される日が決まった。教会には悪いが、儀礼用の武器の調達にチャレンジさせてもらおう。
下調べはできる限り綿密に行った。教会へ侵入経路や、武器の保管場所、警備体制は調べ終わっている。一方で、直近の儀式が無かったため、武器が保管場所から持ち出されることがなく、武器の保管方、鍵の有無は分からずじまいだ。
武器の保管場所まで行ってから、出たとこ勝負をするしかない。金属製の道具でもある儀式用の武器は希少性が高く、普通に考えれば、保管場所の入り口には鍵がかけられているだろう。
鍵はあると思われるが、それでも村の技術レベルを考えれば、複雑な鍵ではないはずだ。村でも作れそうな鍵を想定しつつ、開錠のためにちょっとした道具を持参しておく。
誰にも見つからずに、儀礼用の武器などの金属製の道具が拝借できれば、完璧なミッションクリア。難易度は高そうだが、成功すればリスクに見合う成果が得られるだろう。




