サラの憂愁
遊覧船がこの街「アイテール」の川に、漂い流れる。
サラはその上でひっそりと揺れていた。彼女は星空を見ながら、川の流れる音を、しっかりと聴いていた。
「…何をして…生きるべきか…何をして…生きないべきか…」
狂おしいほどの月が沈黙する夜を支配する。狂った月は歪んでいて、街全体が歪んだ光を帯びている。
月光の反射が水面に徒然と流転し、万物はありふれた情緒において世界を啓示する。
サラは憂鬱そうだ。一種のメランコリー。目が虚でどこをみるでもない。見る必要がないからだ。いっそのこと、光がこの世になかったら、
こんなに鬱々とすることもなかったろうに。桜を愛する、歌人の如く。世界を愛する故に、世界を憎むのだ。
「サラ様、陛下が…」
「そう、」
サラは気だるい身を起こし、憂愁の感覚を与える身振りにおいて、身支度を始める。
「求愛だね、キット。王サマもヒマなんだね。それとも、無理矢理ヒマを作ってるのかな?」
青い宝石が、そういうと、サラは
「それでも、断れないわ。」
そう言って、どこか諦めているようだった。
船は王都に入り、貴族達の荘厳なる建物共が、ダンスするようにキラキラ光って聳え立つ。
その地区は「パトロン」と呼ばれ、王家を守る誓いを立てたものであれば、どんなものでも入ることができる。
ただし、その代償は、払わなくてはならない。
船が止まり、船着場にいた、なんだか舌のよく回る、太った者がサラに近づく。貴族の1人であろう。
「これはこれは、サラ様。いかがでしたか?うちの新型は。」
「エンジンが静かね。」
「そうでしょうそうでしょう。コイツの開発には開発部もだいぶ苦労しましたからなぁ。サ、サ、どうぞお手を。」
サラとその太った男は船着場を出て、立派な馬車に乗る。その馬車には王家の紋章が施されていた。
「いやぁ、陛下の手配してくださる馬車になりますと、いやはや戦前のことを思い出しますな。あの頃は馬車しかありませんでした。本当に、便利な世にはなりましたが、こういう風情が消えてゆくのは…」
道路のでこぼこで、コツコツトタトタ揺れている。サラはその揺れのたびに、不安が目の前に現れる。
「…死ぬ前にいた世界も、こんな世界だったのかしら、それとも…」
サラは、記憶を振り絞る。出てくるのはしかし、ぼやけた顔だけだ。どんな顔なんだろう。その顔は、サラは一生懸命にその顔を見る。
わかったことは、その目が、綺麗な黒であったこと。そして、馬車が止まった。王宮である。
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