君を探してた。生まれてずっと、
烙末は商店街を後にする。老婆は「へ、へ、へ」と薄ら笑いながら数珠をしゃかしゃかさせる。
商店街を抜けるとレンガ造りの小道に出る。街灯が歪んでこちらをのぞき込むために光り輝く様だ、店のウィンドウにマネキンが立ち並ぶ。そのマネキンは、蔑むように烙末を覗いている。
道がグネ曲がり、川が飛沫を立てる。風が強く、もう空はすっかり真っ暗だ。月が烙末を照らさない。決して、月は烙末を照らしはしない。烙末は沢山の該当に囲まれて、沢山の家々の窓に見つめられて、何が何だかわからない。
月明りが街を照らす。ありふれた広告だ。私はどこかでこれを見たことがあるのでは?そんな思いが烙末に降ってきて、それを確信できない自分に不安を覚える。
なぜか。体が震える。一体どうしたというのか。烙末は体の不調を、体の悲鳴を、感じる。心が死んでいる。烙末は自分が何者かがわからない。自分がどんな人間かがわからない。
わからない世界に烙末はいる。しかし、ひょっとしたら、この世界を烙末は知っているのでは?常に誰かの視線を感じる。助けが欲しい。誰かの助けが。ふと、あの少女の顔が浮かんだ。そうだ。彼女に会わねばならない。
夜の木々が彼を揺るがし、月明りは彼を忌み嫌う。助けは、どこにある?
気が付いたら、初め目が覚めたあの神殿についていた。神殿は大理石でできており、冷たい物質が、静かな空間を形成する。その中で、一人の少女が、死に装束で、静寂にて、座っている。
少女は花にまみれた男の死体のもとにて、漆黒の衣装をまとい、何とも言えぬ可憐さをもって、その死体に献身する。献身に、見つめる。撫で、笑い、泣いて。
川の流れが徒然音を奏で、花の香の発する恍惚さは、あくまで厳とした処女の血の様相を醸すのみ。烙末は、現実の少女に出会って、こんなにも自分を憐れに思うと思わなかった。
すがるように求めた少女も、少女の純白さに、自分自身が近づく余地がないことに気が付かざる負えない。蠅は、きっと清浄なる極楽において、実に困惑し全く自分の居場所のないことに呪い、甘美な花々を愛でながら死にゆくのだろう。
少女はこう唱える。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
どこかで聞いたフレーズ、聞きなれたフレーズ、どこだったか、分からない。しかし、少女の表情を見ていると、悲しい言葉だろうということが推測できる。
「やあ、また会ったね。」
少女は涙を拭い、顔を無理に朗める。烙末は、その少女の行為に疎外を感じながら。
「あぁ、よかった。逃げられたのね。」
「まあね。」
「いったでしょ?この街では殺されるって。」
「あぁ、でも俺は例外だったらしいね。」
少女はクスリと笑い、憂愁を隠した感覚を与える。
「俺は記憶がないらしいんだ。どこからやってきたのか、わからない。さっき会ったばーさんによると、俺は死人らしいけどね。」
「…そう。ここでは、貴方のような人は穢れ人と呼ばれてるの。」
「穢れ?」
「この世界に流れ着いた死者は、何かを懼れてここに来るの、その懼れがこの世界に穢れを持ち込む、そんな風に言われてる。だからワルキューレ達は貴方をこんなに早く探しに来たのね。」
とおくで花火が見える。花火は少女の顔を照らして、逆光を作り出す。逆光が彼女の体の影を作りなし、その体が艶やかな線を当てはめる。烙末は、少女の姿を、哀愁をもって見つめている。
パレードが終わったのだろうか。音楽が終わり、花火の音のみを反響す。その反響は虚空に消えてゆき、徒然なる流出の世界を関係させる。
鐘が鳴り響く。結婚の祝福の鐘だろうか。重厚な低音における鐘の音は、死者と生者の婚約を象徴させる。その艶福は、烙末と少女を象徴するように、少なくとも烙末は思った。
「終わったわ。死の鐘が聞こえる。生が死と出会うには、生が死に近づくほかにない…そんなこと、分かってるつもりなんだけどね。」
「俺は、それに、何かを言うことができないな。」
「何も言わないでいいわ。ただ、すこしそばにいてほしい。そうじゃないと、生きておける気がしないから。」
沈黙が二人を覆う。川のせせらぎを何とするか。木々のざわめきが、蠢いている暗闇の感覚を暗示させ、不安化する。鐘の響きは祇園精舎を連想させる。とにもかくにも不可思議な世界で、確かなことは、烙末はこの少女のそばにいたいということだけだった。
街に刻まれた呪詛が光始める。その光は世界を輝かせ、その光は街全体をネオンの様に彩らせる。巨大なビル群がまるで二人を照らすかの様に輝いている。
「俺は記憶を探す旅に出る。あんたも、一緒に来ないか?」
この言葉が、二人の運命を決定させた。二人はどんな現実にも目を背けられなくなる。人と関わり合うということは、実に現実を見つめる行為なのだから。
ワルキューレは歌いだし、パレードは最後の合唱を行う。中央の巨大な球体は、開いて、まるで生物な様に血で覆われた花のように開いていた。血が滴り、巨大な球体は産声のような音を捻りだす。
「いいわ。どうせ、ここにいても、死んじゃうだけだしね。」
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