5.アリューマ・インタビュー(ルピナスとレムスとイキシアの場合)
アリューマが吃驚して目を瞬かせた。
わたくしも驚いた。
視線の先には1組のカップルがいた。
「ごきげんよう、レムスさま」
「ごきげんよう、アリューマ。紹介するよ、こちらはイキシア子爵令嬢だ」
「ごきげんよう、イキシアと申します」
「ごきげんよう、イキシアさま」
アリューマは、にこやかに挨拶を返した。
よくできました。
そしてなぜ婚約者のルピナス様ではなく、イキシア子爵令嬢といるの?レムス様。
レムス様は侯爵家の長男。一人息子。
ルピナス様は公爵家の3女。
たしか、ルピナス様の頭の良さを領地発展に活かしてほしいと婚約が結ばれたのではなかったかしら。
「えっと、はじまりのときにいらしたルピナスさまは、どうしたのかしら」
「ルピナスならあそこだよ」
見れば、侯爵家の隣の土地の伯爵とどうやら川の使用について話しているみたいね。確か、ルピナス様はレムス様の3つ年下で現在13才だったはず。
聞こえてくる声を拾うと、伯爵と対等に数字を入れた話をしているわね。13才よね?
「レムスさまは、おはなしにはいらなくてよろしいのですか?」
「ああ、ルピナスがやるからね」
「レムスさまの、りょうちの、おはなしですよね?」
「俺のためにルピナスが働いているからね。ルピナスは控えめな女性でね。俺を陰で支えられれば満足なんだよ。だからこうしてもっと魅力的なイキシアとパーティーを楽しんでいられるのさ」
「まあ、そのような事を言って。それではルピナス様が可哀想ですわ。これほどレムス様の為に働いていらっしゃるのに、まるで魅力が無いみたいではありませんか」
公爵令嬢であるルピナス様に子爵令嬢でしかないイキシアが暴言だなんて。不愉快だわ。
しかもレムス様も思いっきり婚前から不倫をしていますし。
どうしましょう、アリューマの教育にとても良くないわ。
「わたくし、よくわかりません。なんだかいやなよかんがするのです」
正解よ、アリューマ。よくわかっているわね。これ、絶対問題が起こるわ。
「ああ、ルピナスが話し終わったようだね」
「あら、こちらに来ますわね」
颯爽とルピナス様がこちらに来た。
イキシアが砂糖菓子のような少女だとすると、こちらは女王のような少女ね。
13才のはずなのに、貫禄があるわ。体も顔も子どものはずなのに、目の光と表情が責任を負っているものの顔だわ。
なぜかしら。ルピナス様と、レムス様とイキシア。並べて立つと大人と子供が向かい合っているみたいに見えるわ。
おかしいわね、レムス様とイキシア様が子供のほうに見えるのよ。3つ年上よね?
「ごきげんよう、アリューマ」
完璧な礼に、泰然とした貫禄。とても美しいわ。さすがは公爵家のご令嬢ね。
「ごきげんよう、ルピナスさま」
アリューマも礼に見惚れていたけれど、しっかりと練習してきた礼を返した。
「せっかく質問に来てくれたのに、留守にしてすまなかったわ。二人から話は聞けまして?」
「ええ、おはなしをおききしていました。わたくし、ふしぎなのです。ルピナスさまがレムスさまをすきなようにみえないのです」
アリューマ?!
「ええ、わたくしが愛しているのはタンペットモンターニュ領ですもの」
「は?」
「え?」
レムス様とイキシアがぽかんとした表情で気の抜けた声を出した。
タンペットモンターニュ領は、侯爵家の領地よね?
「子供の頃、お呼ばれしてはじめて旅行に行ったのがタンペットモンターニュの領都、モンテムートンでしたの。
街の向こうに見える広大で壮大なタンペットモンターニュの山脈、美しい川と堅牢な外壁、土地で暮らす人々ののどかな生活。温かな人柄。南方の高山特有の草花、たくさんの特産物。わたくし、もっとタンペットモンターニュをよりよい領地にしたいと願うようになったのです。家を出て嫁に行かなければならないのなら、あの広大で美しい地の為に働き、民を豊かにし、骨を埋めたいと」
「まあ、すてきなとちなのですね」
「そうなのです!旅行から帰った後、お父様に無理を言って、婚約の釣り書を送ってもらいました。
けれど返事は『跡取りに悩んでいるため、公爵家のご令嬢と婚約させることができない』と返答が来たのです」
「え?!跡取りに悩んでいる?」
「えっ?えっ?」
レムス様とイキシアが困惑した声を出した。
「はい、そこでお父様にお願いしてある貧困地域になってしまった村々の改革を、8歳からやらせていただきました。
11才で黒字化でき、この領地経営の手腕を買ってくれないか、この土地を愛しているのだと熱烈に侯爵夫妻にわたくしを売り込みました。それでも断られてしまうのですけれど。
何度も領地に足を運び、自ら商会を立ち上げ、流通の助けになる動きを多く行った所、夫妻が折れてくれまして。
爵位を継ぐ様々な条件を、レムス様からどのような形でも承認をもらう事で婚約を許可していただきました」
「まあ、どのような条件なのですか?」
「爵位はわたくしが継ぎ、執務をする事。レムス様は執政権を放棄する事。レムス様の子供は、わたくしが教育する事。ですわね」
「侯爵位をルピナスが継ぐだと?許可した覚えなんかない!」
「えっ、執務を手伝えば何でも一つ叶えてやると言われて、書類の完成後、こちらをご確認くださいと渡して、最後にサインをもらったではないですか」
「あれかよ!書類のサインかと思ったんだ。俺は許可していない」
「読まなかったのですか?」
「うるさい!」
えぇ⋯いろいろひどいわ。
うん。まあ、ちゃんとした形ではサインしないだろうから、どのような形でも承認をもらう事が条件になっていたのでしょうね。
それを書類を読まなかったからサインしたと。
うん、レムス様に領地を任せられないと判断した侯爵夫妻は正しいわね。
「わたくし、今更タンペットモンターニュ領を諦める気はございませんわ。それに、お仕事をせずにルピナス様と過ごすのでしたら、これまで通りかと」
「うるさい、俺が侯爵になるんだ!」
「そうよ、だいたい、なんで子供の教育をあんたにさせなきゃいけないのよ、私の子よ!」
「イキシア様には心苦しくはありますが、領地のためです。物心ついた後に面会日はもうけさせていただきます。その事も書類に書いてあり、すでにレムス様から承認していただいております」
あー、王家の遠戚の公爵家出身だと、子供は生活から姿勢、教養、喋り方、使用人への接し方、すべて物心付く前から徹底的に教えるからそう考えるわね。
「俺は許可していない!詐欺だ!」
「物心ついた後?!面会日?!教育だけじゃなくて取り上げる気?!」
子爵家のイキシアには解らないでしょうね。
王家、公爵・辺境伯、侯爵、伯爵、子爵、男爵・騎士爵。
王家に近い公爵家のご令嬢と、爵位が3段階も離れている子爵家の跡取りでもない勉強が好きそうでもない子じゃ、どれだけ違うのか理解できないでしょうね。
「今日はガーデンパーティですので、その事については後日ゆっくりお話しましょう」
「そんな、嫌よ、この子は私が育てるの!」
そう言って腹を押さえる。え?できてるの?やったの?
耳とチラ見しかしていなかったけど、思わずイキシアをまじまじと見る。キツいコルセット型ではなく、胸から下を切り替えるエンパイアラインのドレスを着ているから分かりづらかったけど、押さえている手の位置から、通常より膨らんでいるのがわかった。
周りの大人達もガン見しているわ。そうよね、びっくりするわよね。会場全体の喋り声が完全に消えたわ。
「⋯レムス様、イキシア様。風が冷たくなってきたようです。少し場所を変えましょう。休憩所を使わせていただけますか?」
ひぇっ
ルピナス様が困ったように頬に手を当て微笑んでいらっしゃるけれど、目が全く笑っていない。
うちのマナーハウスだから許可を出すのはわたくしなので、思いっきり目を見てしまった。
怖くて声が出ない。
この二人、消されるんじゃないかしら。
「よい、ルピナス。場所を変える必要はない」
「父上?!」
「義父様。義母様」
ルピナス様の目がそれて、ふっと小さくため息に似た息を吐き、思いっきり深呼吸をする。恐怖に息が止まっていた。ルピナス様、13才よね?
アリューマが心配そうに駆け寄ってきて、わたくしの手を握る。
「おかあさま?」
小さな体温の高い手が、じんわりと冷えた手を温めた。
「ありがとう、アリューマ。大丈夫よ」
ちいさく頷いて、タンペットモンターニュ領の領主である侯爵様を見る。
「義父様、申し訳ございません。わたくしの認識不足の失言、レムス様の身辺管理の不足によりこのような事態になってしまいました」
「ルピナス、君のせいではない。子供を監督するのは親の仕事だ。
わたしは、ずっと迷っていた。レムスとルピナスを結婚させて良いものかと。
レムスがあの誓約書を理解していない事には気がついていたが、わたしはそれをルピナスに伝えなかった⋯すまない、レムス。
どのような形でも、お前に権力を持たせたままにする事に不安を感じていた。
誓約書の内容をレムスが知らなければ、自らの思い込みで取り返しのつかないほど大きなミスを犯すだろうとわかっていた」
「父上⋯?どういう事ですか?」
呆然とするレムス様。
侯爵様はレムス様から権力をすべて取り上げたかったから、わざと放って置いたのね。当主でも、直系の唯一の子を処分するにはそれなりの理由が必要だわ。親戚が納得しないもの。生きているなら。
侯爵の隣に控えていた侯爵夫人が一歩前にでる。
「レムス⋯わたくしは、ルピナスを婚約者として扱うように言っていましたよね。
わたくしが今回のガーデンパーティにあなたとルピナスを参加させたのは、少しでも二人の齟齬がなくなれば⋯『ルピナスに愛されているから仕事を肩代わりさせている』のではなく、『ルピナスがタンペットモンターニュ領を愛しているから仕事をしている』事に気がつけば、あなたの行動が変わってくれるのではないかと期待したのです。
そのためにルピナスと一緒に近隣の伯爵家と話をするように手紙でも伝えていました。
ですが、そのパーティーであなたは領地関連の社交であるにも関わらずルピナスを1人にし、剰え、イキシアを連れて来る始末」
「母上」
「息子として、幸せになることを願っていたわ。でも、わたくしは貴族として決断しなくてはいけません。ずっと甘えていたのです、ルピナスに。彼女のタンペットモンターニュ領への愛に。でも、領地の足枷となるものを、侯爵家の人間として扱うことはできません」
「レムス、お前は廃嫡とし、男爵家の爵位を渡す。学園卒業後、自分で仕事を見つけ生活しろ。これからは侯爵家とは無関係の家となる。もし、侯爵家の名前を出せば生きていられると思うな」
「え⋯父上⋯母上⋯?」
「もう、わたしたちを、父とも母とも呼ぶな」
「そんな⋯」
「このような晴れの場にお騒がせして申し訳ない。今言った通り、レムスは男爵位となる。以後はそのように扱ってほしい」
「侯爵夫人、伯爵夫人。申し訳ありませんが、わたくしたちは話し合わないといけません。早々の退席をお許しください」
「かまいませんわ。⋯辛い決断だったのでしょう、どうか気に病まないでくださいませ」
わたくしまで!?
「どうかお気になさらないでください」
声震えてないかしら。大丈夫かしら。
「お心遣い痛み入ります」
ふう、と息をついた途端、ルピナス様が歩いてくる。
「伯爵夫人、アリューマ、この度はお騒がせして申し訳なかったわ」
「いえ、お気になさらないでください⋯」
どうしましょう、声震えてないかしら。あと何を言えばいいかしら。わたくしが気になりませんというのもちょっと違う気がしますし、この騒動の場所を作ってしまった身としては何と声をかければいいか迷うわ。謝罪したほうがいいかしら?でも責任が無いのにむやみに謝るのも良くないのよね⋯
すっと、ルピナス様が屈んでアリューマに視線を合わせた。
「アリューマも、このような形になってしまってごめんなさいね」
「わたくしこそ、ききすぎてしまいました。もうしわけありません」
「いいえ。あの条件は別に秘匿されたものではなかったもの。領内や近隣の領地ではもう知っている人も多かったもの。誓約を結んだ本人が知らなかったほうがおかしいのよ。
アリューマはとてもいい子よ。ちゃんとした質問だったわ」
えっ、そうなの?
「そうなのですか?」
「ええ」
アリューマがほっと表情を和らげた。わたくしもほっとした。よかったわ。
「あの、わたくし、えほんにかいてある、そらのうえからみたえがだいすきなのです。見ていると、どきどきするのです。ルピナスさまは、タンペットモンターニュのちに、どきどきして、こいをしているのですか?」
「ええ、そうよ。見るたびに違う景色と感動をくれるの。
よく知っているけれど、違う側面もどんどんみえて、どんどん好きになっていったの。
最初の3年は恋をしていたわ。
今は、愛している。タンペットモンターニュ領の侯爵家も、領民も、山も。わたくしが守りつなげていきたい」
キラキラとした表情で夢を語っていたルピナス様が、少し困ったように微笑んだ。
「これからどんなふうに婚約が変わるのかわからないわ。契約主だったレムス様が廃嫡された事で、あの誓約書も効力を失い、わたくしとの婚約も白紙に戻った。それでも、わたくしはがタンペットモンターニュ領を愛している事に変わりはないわ。どのような形になろうとも、この気持だけは消えそうにないの」
「わたくし、ルピナスさまがあいしているタンペットモンターニュりょうを、いつかみてみたいです」
「ぜひ見てほしいわ。そのときはわたくし、案内するわ」
「ありがとうございます、ルピナスさま」
「ええ。約束よ、アリューマ。もう行かなくてはね。ごきげんよう」
ルピナス様は颯爽と出口に向かっていった。
「おかあさま、あいっていろいろあるのね」
「そうね」
色々あるけど、婚約者ではなく領地を愛することを参考にしないでほしいわ。今は言えないけれど。




