約束
一ヶ月が経った。
約束の一ヶ月が。佳奈は、自分の部屋の荷物をまとめた。といっても、京子が買ってくれた服と、本が数冊だけだ。
リビングに降りると京子がテーブルに座っていて、目の前に茶封筒があった。
「これ」
「何ですか」
「一ヶ月分のモデル料。あと、少しだけお祝い」
佳奈は封筒を受け取った。開けると、札束が入っていた。
「——こんなに」
「私の収入からしたら、大したことないの」
「受け取れません」
「受け取って。約束だから」
佳奈は封筒を握りしめた。それから、京子を見た。
「京子さん」
「何」
「私、出て行きますよね。一ヶ月の約束でしたから」
「——うん」
京子は笑った。でも、その笑い方は、いつもと違った。笑っていないのに、笑っているような顔だった。
「荷物、まとめました。タクシー呼びます」
「うん」
佳奈はスマホを取り出した。タクシーアプリを開こうとした。でも、指が動かなかった。
「——京子さん」
「何」
「私、行きたくないです」
京子は顔を上げた。目が大きかった。驚いているのが分かった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味です。私、ここにいたいです。京子さんの隣にいたいです」
「約束は一ヶ月でしょ」
「約束変えてください」
「——」
「お願いします」
佳奈は頭を下げた。長い髪が顔にかかった。
京子は立ち上がって佳奈の前に歩いてきた。そして、佳奈の肩に手を置いた。
「顔、上げて」
佳奈は顔を上げた。京子の目が、涙で光っていた。
「私も、出て行ってほしくない」
「——じゃあ」
「いて。ずっと」
「ずっと?」
「ずっと」
佳奈は泣いた。声が出た。今の声で初めて、感情のままに泣いた。高い声で、甘い声で、でも、確かに自分の声で。
京子は佳奈を抱きしめた。小さな体が、佳奈を包み込んだ。温かかった。
「佳奈ちゃん」
「はい」
「これからも、モデルしてね」
「はい」
「これからも、料理してね」
「はい」
「これからも、隣にいてね」
「——はい」




