夜の電話
健太が佳奈になってから四週間がたった。彼女は母親に電話した。
京子の部屋の電話を使った。固定電話だった。京子が「使っていいよ」と言ってくれた。
三回目の呼び出し音で、母親が出た。
「もしもし」
「——お母さん、俺です」
「どちら様ですか?」
心臓が痛くなった。
「お母さん。俺です。健太です」
「——健太じゃないわよね。声が、違う」
「……分かってる。声、変わったんだ」
沈黙が流れた。受話器の向こうで、母親の呼吸が聞こえた。
「お母さん、俺、病気なんだ。TS病って言うんだけど。体が、女になったんだ」
自分を健太だと信じてくれるのか。信じてくれなかったら、そんなことが脳裏をよぎり怖くなった。
「——」
「驚かせてごめん。でも、言わなきゃいけないと思って。俺、今、秋元佳奈って名前で生きてる」
受話器の向こうで、何かが落ちた音がした。たぶん、母親が何かを握りしめていたんだと思う。
「健太——」
「はい」
「あんた、生きてるの?」
「生きてるよ」
「どこにいるの?」
「——友達の家。大丈夫だから」
「大丈夫じゃないでしょ。家に帰ってきなさい。今すぐ」
「帰れないよ。この体で、帰れるわけないだろ」
「帰ってきなさいよ。あんたは、あんたでしょ。体が変わったくらいで——」
「変わったんだよ。全部、変わったんだ」
声が震えた。泣きたかった。でも、泣かなかった。京子がリビングにいるのが分かったから。
「お母さん、俺、大丈夫だから。ちゃんと食べてるし、住むところもあるし」
「——本当に?」
「本当に」
「嘘つかないでね」
「嘘つかない」
「また、電話してね」
「うん」
電話を切った後、佳奈は受話器を握りしめたまま、動けなかった。
京子が、後ろから肩に毛布をかけてくれた。何も言わなかった。ただ、そこにいてくれた。
それが凄くありがたくて、佳奈にとっては心強かった。




