秋の雨
三週目の土曜日、雨が降った。
秋の雨だった。窓を叩く音が、部屋の中を静かにした。
佳奈はソファで本を読んでいた。京子が買ってくれた小説。予想外の展開が続く作品でかなり面白かった。
お昼になって、佳奈はサンドイッチを作った。ハムとチーズと、レタスをたっぷり入れた。京子の好きなものを、三週間で覚えた。
仕事部屋のドアをノックする。
「お昼です」
「——ありがとう」
京子は机にかぶりついていた。机の上には、何枚も下書きが散らばっていた。どれも、佳奈の顔だった。
佳奈はサンドイッチを机の端に置いた。京子は食べようとしない。手が止まっていた。
「どうしたんですか」
「描けない」
「……締切、明日ですよね」
「分かってる。でも、描けない」
京子はペンを置いた。椅子を回して、佳奈を見た。目の下に隈ができていた。
「佳奈ちゃんの絵が、描けないの」
「私の?」
「何度描いても、違うの。紙の上の佳奈ちゃんが、本物の佳奈ちゃんじゃない」
佳奈は机の上の下書きを見る。どれも、確かに佳奈だった。でも、確かに、素人目にも何かが違うように思えた。
「何が違うんでしょうか」
「分からない。分かるから、描けるんだけど。分からないから、描けない」
京子は顔を伏せた。肩が震えていた。泣いているのかと思った。でも、泣いてはいなかった。ただ、震えていた。
「——京子さん」
佳奈は初めて京子の名前を呼んだ。さん付けだけどと名前を呼んだ。
「何」
「休憩しましょう。サンドイッチ、冷めます」
「……うん」
京子は立ち上がった。ふらついたので、佳奈は手を差し出した。京子はその手を握った。小さな手だった。イラストレーターの手。ペンダコがあった。
リビングで、サンドイッチを食べた。京子は少しずつ食べた。佳奈は、コーヒーを淹れた。
「京子さん」
「何」
「私、京子さんの絵、好きです」
京子はサンドイッチを止めた。
「あの壁に貼ってある絵、全部見ました。美少女の絵。どれも、目が綺麗で。でも、ちょっと寂しそうで。それが、好きでした」
「……」
「京子さんは、寂しい人を描くのが上手ですね」
「——そうだね。ずっと、寂しかったから」
「今も?」
京子はサンドイッチを置いて、佳奈を見た。
「今は、ちょっとだけ、寂しくない」
雨の音が、部屋を包んでいた。




