京子の過去
二週間目の夜、佳奈は京子の過去を知った。
きっかけは、お酒だった。京子は仕事で締切が近いとき、ビールを飲む。その晩は、特に飲んでいた。
「佳奈ちゃん、聞いてもらってもいい?」
「はい」
「私ね、十年前からイラストレーターなの。でも、最初の三年は全然稼げなかった。親にも反対されて、実家にも帰れなくなって」
「……そうですか」
「でも、絵だけはやめられなかった。美少女を描くことが、私の全部だったの」
京子は空き缶を握りしめた。指が白くなっていた。
「あるとき、フォロワーが増えて、仕事が来るようになった。年収も一千万超えた。でも——」
「でも?」
「寂しかった」
佳奈は黙って聞いた。
「人が隣にいないと、絵を描く意味が分からなくなったの。美少女を描いても、誰に見せたいか分からない。それで、あの投稿をしたの。美少女を養いたいって」
「……それは」
「本気だった。でも、本気なのは分かってた。ただ、来ると思ってなかった。本当に来るなんて」
京子は佳奈を見た。目が潤んでいた。でも、泣いてはいなかった。
「佳奈ちゃんが来てから、絵が楽しいの。描きたいものが分かるの。あの目を描きたい。あの横顔を描きたい。あの、諦めきれない弱さを描きたい」
「弱さ、ですか」
「うん。佳奈ちゃんの、弱さ。強がってるけど、本当は助けてほしいって震えてる、あの弱さ。それが、綺麗なの」
佳奈は視線を逸らした。逸らした先に、窓の外の東京タワーがあった。
「——ありがとうございます」
「ありがとうはいらない。一緒に住んでくれてるだけで、いい」
その夜、京子は仕事部屋に戻った。佳奈は洗い物をして、布団に入った。天井を見ていた。
京子の寂しさが、佳奈の寂しさと重なった。二人とも、何かを置いてきた人間だった。佳奈は体を。京子は、隣にいる人を。




