表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

翼を失った少女

朱里は、恋愛の女神から命じられ、天界へ向かう。

朱里は、いつものように、アルバの横顔を眺めていた。

そんなある日、朱里の頭の中に聞きなれた声が鳴り響く。


『恋愛の女神がお呼びです』


恋愛の女神様が……。

もしかしたら、元の世界に戻る方法が分かったのだろうか。

それとも、私のしたことがバレてしまったのだろうか……。


もし、行かなければ、どうなりますか?


『神の命令に逆らった場合、天使の存在は消滅します。

 そして、今回の呼び出しは、恋愛の女神の命令です』


じゃあ、行くしかないってことか……。

気が重いな……。

なんとなく、バレてるような気がする……。

あ、あの、どうやって女神様の元まで行けば良いのですか?


『恋愛の女神が転送して下さいます。

 今すぐ移動しますか?』


はい、気は重いですが、お願いします……。


『承知しました』


気が付くと、朱里の目の前には、見慣れたあの草原が広がっていた。

そして、傍らには、あの時の男性の天使がいた。


「お元気でしたか?」

「はい……あの、私、女神様に呼び出されて」

「存じております。

 では、ご案内致しましょう」


男性は、朱里の方を気の毒そうに見やると、先に飛び立った。

急いで、朱里もその後をついていく。

人間界と違い、天界では苦もなく飛び立つことが出来た。


朱里の予想に反して、恋愛の女神は、普通の表情であった。

その表情には、怒りも、悲しみも、失望も、軽蔑もなかったのだった。

ただ、女神は、朱里に対して、短く問い掛けただけだった。

「裁きを受ける覚悟はあるか?」

朱里は、全てがバレているのだと悟った。

だが、怖くて、返事をすることが出来ず、ただ頭を下げるばかりだった。

「罪を認めてくれれば、そこまで酷い仕打ちはせぬ。

 ただ人間界に追放するのみじゃ」

朱里は、思わず、顔を上げて問い掛ける。

「追放されたら、どうなってしまうのですか?」

女神は、困ったような顔で苦笑する。

「もはや天使であることは出来ぬ。

 一人の人間として、生きて行くことになる。

 じゃが、もしそれを拒否するのであれば」

女神は、表情を変えずに続ける。

(わらわ)は、お主に……これは、(わらわ)も望むところではないが、一番重い罰を与えざるを得ない」

朱里は、その意味をなんとなく、理解した。

どちらを選ぶにしても、もう天使として生きて行くことは出来ないのだと。

「罪を……償います」

女神は、重く頷いた。

「では、お別れの時だな、朱里よ」

そう女神が宣言すると同時に、朱里の意識は遠ざかっていった。


そして、薄れゆく意識の中で、警告を聞く。


『天使であったことは、決して誰にも口外せぬように。

 もし誰かに口外してしまえば、その時は、あなたの存在は――』


気が付くと、そこはベッドの上だった。

可愛らしい様子の女性が、傍らで見守っている。

こげ茶色の髪の毛に、茶色の瞳。

朱里は、その女性がアリスと呼ばれた女性であることに気が付いた。

「ここは……」

朱里は、今度は自分がはっきりとベッドの感覚を感じていることに気が付いた。

ふかふかのベッドで、優に二人は寝られるくらいの広さがある。

そして、どうやら、今の自分は、もう天使ではないらしかった。

「気が付いたのね」

女性は、嬉しそうに駆け寄ってきた。

よく冷えたタオルをおでこに乗せてくれる。

「ここは、フォルシュタイン家のお屋敷。

 あなたは、庭に倒れていたのよ」

女性は、そう言うと、掛けられていたシーツの乱れを直してくれた。

「まだ寝ていた方がいいと思うわ。

 私、このお屋敷の主様にご報告してくるわね」

そう言うと、女性は、部屋を出て行く。

パタン、と扉の閉まる音がした。


アリスがいるということは、ここは――。


朱里は、少し安心感を覚える。

どこに放り出されるのかと思っていたからだ。


でも、これから先が問題だ。

一体、どうやって生きて行けば良いのだろう――。


そんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

声を掛けると、そこには、さきほどの女性が一人の少年を連れて立っていた。

いや、少年が、女性を伴って立っていたと言うべきか。

その姿には見覚えがあった。

「アルバさん――」

思わず、朱里は口に出していた。

朱里の発言を聞いて、アルバは僅かに眉をひそめる。

「アリス。悪いが、少し二人きりにしてもらえるか?

 ゆっくりと話をしてみたい」

アリスと呼ばれた少女は、恭しくお辞儀をすると、

すぐに部屋から出て行ってしまった。

パタン、と扉の閉まる音がする。


「とりあえず、意識が戻って良かった。

 庭で見付かった時には、まるで死んだように眠っていたから」

そう言って、アルバは、微笑する。

その笑顔があまりにも美しくて、朱里は思わず魅入ってしまう。

「俺の顔に何かついているか?」

アルバは、遠慮のない感じで苦笑した。

朱里は、気恥ずかしくなって、思わず顔を下に向ける。

「いえ、あの……介抱して下さって、ありがとうございます」

朱里は、しかし、ちゃんと目を見ようとして、アルバの方に向き直る。

すると、今度は、アルバと目が合ってしまい、慌ててまた視線を下に逸らす。

そんな朱里に、アルバは、再び苦笑する。

「そんなに気負うことはない。

 ここを自分の家だと思って、ゆっくり休んでくれていい。

 俺と一緒で気を遣うようなら、さきほどの娘を代わりに来させよう」

朱里は、慌てて、いえ大丈夫です、と返事する。

今までのことが、まるで悪い夢のようだった。

今、こうしてアルバと一緒にいるのは、本当に現実なのだろうか。

思わず、朱里は、自分の頬を思い切りつねってみる。

「痛っ……」

思わず、朱里は声に出してしまう。

「何をしているんだ?」

アルバが、また苦笑しながら、朱里の方を面白そうに見ている。

「これは、夢かなと思って……。

 だって、あなたのように美しい――」

言い掛けて、朱里は、自分の言い掛けた言葉に、自分で赤面する。

「美しい、その先はなんだ?」

アルバが、からかうように、朱里に尋ねる。

「いえ、何でもないです」

朱里は、首を振って、少し下を向き、沈黙する。

「あなたも充分にお美しい」

アルバは、苦笑しながら、朱里を見つめる。

「そんなことない、です」

朱里は、恥ずかしくて顔を上げられず、そのままの態勢で応じる。

「俺がいると、ゆっくり休めないだろう。

 部屋を出よう。

 しばらく一人で寛いでくれ」

そう言って、アルバは部屋から出て行こうとする。

朱里は、引き留めたかったが――理由が見付からず、言葉が出て来なかった。


パタン、とドアの閉まる音がする。

しばらく時間が経ち、誰も近くにいないのを確認してから、

朱里は、そっと自分の背中に手をやってみた。

そこには、もう()()()()()()()()はなかった。

ああ、私は人間になってしまったんだ。

そして、部屋の中に、鏡があることに気付く。

その鏡で、自分の姿をそっと確かめる。


そこには――長い黒髪に黒い瞳の、一人の日本人の少女の姿があった。

ここまで読んで下さって、本当に、ありがとうございます。

あともう少しで完結します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ