アルバとの出会い
それは、東のオリエンス地方にいる時のことだった。
朱里は、いつものように、今回、恋を成就させてあげるべき対の二人の名前を確認していた。
「アルバ・フォルシュタイン」
『今は、屋敷の中にいます』
屋敷……屋敷かぁ。
【世界の理】の発言に、屋敷という言葉が出て来るのは、珍しいことだった。
朱里は、飛んでその屋敷の方へ向かう。
猛練習の末、すっかり飛び方も覚えていた。
その屋敷は、美しい建物だった。
門から屋敷までは、芝生の広い庭があり、犬たちが走り回っている。
白色の屋敷は、その外壁に、精巧な細工が凝らされている。
コの字の形をしており、かなり大きな屋敷だった。
早速、屋敷の中に入って、アルバを探す。
屋敷の中には、騎士らしい人が何人かいる。
そして、食事の部屋らしいところに入った時、アルバと出会ったのだった。
アルバは、まだあどけなさの残る少年だった。
銀の髪に、紺色の目。
その衣服は、純白で、金と銀の糸で刺繍が施されている。
アルバは、食事中のようだった。
肉を切り分けて、口の中に運んでいるのだが、その一連の動作は美しかった。
肉を切る時のナイフの動かし方や、それをフォークで口に運ぶ動作は、
まるで食事のマナーの模範を見ているようだった。
何よりも、アルバ自身が、美しい少年だった。
その美しい少年が、美しい所作で食事をしている様子は、まるで映画のワンシーンのようだった。
朱里は、しばらく、自分の役目も忘れ、アルバに魅入る。
アルバの顔は、まだ幼さを残しながらも、その目鼻の形は整っていた。
その目じりは微かに吊り上がっていて、アルバの気性を表しているかのようだった。
鼻は、高すぎず、低すぎず、特徴がないようで、顔全体のバランスを整えていた。
その唇も、また整った形をしており、仄かに赤みを帯びていた。
アルバは、一人で食事をしていた。
朱里は、ご両親はどこにいるのかしら……と思いつつ、
自分と同じ年齢くらいのその少年を見つめる。
朱里は、少年を一目見て、美しい、と思った。
その時に、まるで、スローモーションのように、自分の胸の鼓動が高鳴る音を聞いた。
朱里は、こんな感情を経験したことがなかった。
この感情をどう表現すれば良いのだろう……ずっとこのまま少年を見ていたい、
ただ見ているだけで心が満たされる感じがする、そんな感情だった。
まだ日本にいた時に、朱里は、恋愛小説が大好きだった。
恋愛小説に出て来る素敵な王子様たちに、いつも胸をときめかせていた。
でも、自分が今、この少年に抱いている感情は、もっと切実なものだった。
この一瞬、一秒さえ惜しみたいような、そんな感情だった。
少年が食事を終えて席を立つ。
10分ほど経っただろうか。
朱里は、まだしばらくそのまま茫然と立ち尽くしていた。
さっきの時間が、まるで夢のように思えた。
そして、我に返り、自分が為すべきことが何だったのかを思い出す。
そう、私は……アルバを運命の恋人に引き合わせる為に、ここにやって来た。
朱里は、もう一度、巻物を確認する。
アルバの運命の恋人が誰であるかを確認する為に。
そして……そこにある名前が、確かに自分の名前でないことを再確認し、小さく溜め息を吐く。
「セリス・ヴァイスブルグ」
朱里は、その女性がどのような女性なのか、気になって仕方なかった。
【世界の理】に女性の場所を教えてもらい、今度は、女性の屋敷へ飛んで行く。
そして、見付けたセリスは、アルバとは好対照な雰囲気の、溌溂とした女性であった。
周りのお付きの者たちに、冗談を言っては、笑わせている。
しかし、その長い金の髪は少しウェーブがかかって、見た目麗しく、
また、美しい薄い蒼色のドレスを身に纏っていた。
セリスの方も、所作も美しく、ドレスの裾を持ち上げて、階段を上るその姿は優雅であった。
どう見ても、二人は釣り合いが取れており、素敵なカップルだった。
並んで歩いていれば、美男美女のカップルとして、衆目を引くのであろう。
そう考えると、朱里は胸が痛くなった。
二人の様子を見ただけでは、二人が今恋人同士であるかは、窺い知ることは出来なかった。
いずれにせよ、いつかは、二人の【恋】を成就させなくてはならない。
それが、自分に課せられた使命なのだから。
だが、朱里は、どうしても、今、目の前にいるセリスに紅の矢を射ることは出来なかった。
頭では、そうしなければいけないと分かっていたが、心がそれを拒否していた。
朱里は、半ば絶望的な思いで、セリスの方を見つめていたが、やがて、思い出したように飛び立った。
どうせ、少しの間しか、一緒にいられないのなら。
少しぐらい、運命の結末を引き延ばして、一緒にいる時間を楽しんでもいいよね。
そう思った朱里は、真っ直ぐ、アルバの屋敷に向かって、飛んで行った。
屋敷に着いた時、朱里は、屋敷の庭に人影のあることに気が付く。
それは、アルバとお付きの女性のようであった。
「この仔たちも、ずいぶん、大きくなりましたね、アルバ様」
「そうだな。チロルなんかは、仔犬の時には、ずいぶん身体が小さくて、
心配したものだが、立派に成長してくれて、安心した」
なんだか、二人で話をしているようだ。
見たところ、アルバには笑顔がないようだが、お付きの女性の方は、満面の笑みを湛えている。
まさか……この女性は、アルバに恋をしているのだろうか。
すると、女性が、庭にいる犬たちに餌をやり始めた。
その様子を、アルバが微笑ましそうに見守っている。
その光景は……朱里の心を、かき乱した。
朱里には、その女性のように、アルバに話し掛けることも出来なければ、
その女性のように、アルバと共有しているものも、何もないのだ。
朱里は、その女性が、妬ましいと思った。
それは、美しくない感情であることを朱里は知っていたが、止めることが出来なかった。
ここまで読んで下さって、本当に、ありがとうございます。
引き続き、早めに次を投稿したいと思います。




