元の世界へ帰る方法を探して
朱里は、大きな神殿の前にいた。
恋愛の女神の神殿である。
男性は、縁ある神様の方が良いだろうと、ここに案内してくれたのだ。
神殿の外観は、シンプルだった。
美しい細工の大きく太い柱が何本か、神殿を支えている。
神殿の上部には、恋愛の女神のモチーフらしい女神の姿が彫り込まれている。
周りには、見たこともない美しい花々が咲き乱れていた。
今は、日本では冬だったはずだが、ここはまるで春のような、心地よい暖かさだった。
男性に案内され、神殿の中へと足を踏み入れる。
神殿の中は、外観と同じく、シンプルな造りになっていた。
神殿を支える柱の側には、大きな花瓶が置かれ、
紅色をメインにして花々が生けられていた。
神殿の真ん中には、紅い絨毯が敷かれており、一番奥には玉座らしいものがある。
その玉座の少し前辺りに、立って待っている女性の姿が見えた。
「待っておったぞ」
その外見20代半ば程の、金の髪を結わえた女性は言った。
案内してくれた男性は、膝をつき、女性に頭を垂れている。
「あなたが、恋愛の女神様?」
朱里も、慌てて、男性に倣い膝をつき頭を下げる。
「左様、妾が恋愛の女神じゃ。
最も、そう呼ばれているというだけに過ぎぬが……。
良い良い、二人とも、面を上げよ」
だが、神様と聞くと、恐れ多くて、動くことが出来ない。
「女神様、私、元の世界に帰りたくて……」
朱里は、目線だけ上に向け、女神の表情を確認しようとする。
「事情は、分かっておる。
【世界の理】が告げてくれたのでな……。
状況から察するに、手違いで、お主が異世界より召喚されたようじゃな。
じゃが、妾にも、元の世界に戻してやる術が分からぬのじゃ」
女神は、苦渋の表情を浮かべる。
「少し、時間を頂ければ、妾の方でも調べてみようと思う。
ただ、お主が良ければ、一つだけ、お願いを聞いて欲しいのじゃ」
朱里は、思わず、顔を上げる。
「はい、何なりと仰ってください」
女神は、朱里の快い返事に、微笑で答える。
「探している間に、天使としての職務を代行して頂きたい。
お主は、妾の使いとして、この世界に召喚された。
それは、お主の前に職務に当たっていた者が」
そこで、女神は、一旦、言葉を区切り、言い淀む。
「既にこの世界には存在せぬからじゃ。
個人的な事情がある故、今は、これ以上の説明は出来ぬが……」
女神は、少し顔を伏せ、その表情は窺い知ることが出来ない。
「それは、恋の天使としての職務……ですか?」
朱里は、自分の手元にある、弓と矢に目を向ける。
「お察しの通り。
仕事が溜まっておる故、そうして頂けると非常に有難い」
そう言って、女神は、朱里に微笑を向ける。
「分かりました。頑張ってみます!!」
朱里は、再び、女神に頭を下げる。
「お主は、物分かりが良くて、助かる。
天使になった後でも、職務を嫌がるものもおる故……」
女神は、苦笑する。
「私は、何をすればよろしいのでしょうか?」
すると、女神は、朱里に巻物を手渡した。
「その巻物には、人間達の恋の運命が書かれておる。
もう少し分かりやすく言うなら、結ばれる運命にある二人の名が、対で書かれておるのじゃ。
その二人の恋が成就するように、人間界に下り、導いてやって欲しい」
朱里は、巻物を少し開いてみた。
その少しの部分に、何人かの人たちの名前が書かれているのが見えた。
「たくさんお仕事があるんですね……」
女神は、再び、苦笑する。
「前任者がいなくなってから、お主が来るまでに、かなり時間が空いていたのでな……。
仕事が、溜まりに溜まっておるのじゃ。
じゃが、妾も神と呼ばれる立場にある故、
務めさえ果たして頂ければ、全力で元の世界へ渡る術をお探ししよう」
「ありがとうございます、女神様。
では、私も、全力で職務を全うしたく思います」
朱里は、跪き、頭を下げる。
「人間界に行けば、もしかしたら、元の世界へ戻る方法の手掛かりがあるかもしれぬ。
務めの傍らで、何か手掛かりになる情報がないか、探してみると良かろう」
「はい、ありがとうございます!!」
「職務の遂行の仕方は、分かるだろうか?」
「この紅い矢で対の二人を射ればいいのでしょうか」
「左様。もし間違えてしまっても、その時は、蒼い矢で間違えた方を射れば良い。
神が、こんなことを言うのもなんじゃが、やり直しはきくから、最初の内は、まぁ気楽にな。
それでは、人間界までは、妾が送り届けてやろう」
そう言うと、女神は、朱里の頭上に手をかざす。
数秒の内、朱里の姿が、ふっと消える。
男性が、頭を上げて、女神に語り掛ける。
「温情あるご処置に、心より感謝いたします」
「良い良い……妾としても、職務を全うして頂けるのは、有難いことじゃて。
さて……妾も、異世界に渡る術がないか、早速、伝手を当たってみよう」
顔を上げると、そこは、雪の降る街道だった。
不思議と寒さは感じなかった。
降りしきる雪は、朱里の身体を透けて、地面に落ちているように見えた。
もしかしたら、天使は、人間界では、実体のない存在なのかもしれない。
そう思いつつ、樹里はあることに気が付く。
街道を人々が通って行くが、その人々の上に、名前らしい文字がフル・ネームで出ているのだ。
それは、朱里が読み慣れているカタカナだった。
あれは、もしかして、人々の名前だろうか。
そういえば、ここはどこなんだろう。
すると、頭の中に声が鳴り響く。
『はい、人々の上に出ているのは、お察しの通り、その人々の名前です。
そして、ここは、セプテントゥリオ地方です』
あ……これは、もしかして。
真実の湖にいた時に聞こえてきた、あの声ではないだろうか。
今度は、ナビゲートしてくれるのだろうか。
『私は【世界の理】です。真実の湖と似ていますが、少し違います。
真実の湖は、私の分身のようなものです。
人間界でのお役目は、私がナビゲートさせて頂きます』
そうなんだ。よろしくね。
『よろしくお願いします』
じゃあ、早速、任務を開始しようかな。
まず最初は……。
朱里は巻物を開いて、最初の対の人々の名前を確認した。
出来るだけ早く、次を投稿したいと思います。
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。