第二十五話 「麻央のスマートフォン」 ・・麻央の視点
目が覚めたのは、七時半だった。
アラームより十五分早い。
麻央はすぐスマートフォンを手に取った。
今日の天気を確認するつもりだったが、気づいたら動画のコメント欄を開いていた。
「駅ビルのコンコースで突然弾き出したおじさん、レベルが違いすぎる」。
再生数は今朝の時点で、十九万を超えていた。
最近は一日に三百から五百回くらいずつ伸びている。
誰かが知らないうちに撮って、誰かが投稿した動画。
お父さんの後ろ姿が、今日もどこかの誰かのスマートフォンで流れている。
新しいコメントがいくつか来ていた。
「何度見ても泣いてしまいます」
「この曲の名前なんですか? 調べたら同じ曲が聴けますか?」
「お父さんきっとすごい人ですね。こういう大人になりたいです」
麻央は「こういう大人になりたいです」のコメントを読んで、少し笑った。
見知らぬ誰かが、自分の父親に「こういう大人になりたいです」と言う日が来るとは思っていなかった。
今日、その後ろ姿が、本物のステージに立つ。
麻央はベッドの上に起き上がり、クローゼットを開いた。
先月、クラシックコンサートの服装についてスマートフォンで検索していた。
「クラシック コンサート 服装 どこまでカジュアルでいい」で調べたら、「一般的な演奏会なら普段着でも大丈夫」「でも派手すぎる色やうるさいアクセサリーは避けて」と書いてあった。
麻央は「普段着でいいなら楽」と思いながら、でも少し引っかかった。
普段着でいい、というのは、何でもいいということだ。
何でもいいとなると、かえって悩む。
今日は、お父さんが弾く日だ。
適当な服でいきたくない、と思った。
最終的に、深い緑色のワンピースにした。
少しだけきちんとして見えるが、堅苦しくはない。
お母さんに「それ、いいじゃない」と言われたやつだ。
お母さんが褒めるのは珍しいから、多分本当に似合っているのだと思う。
朝ごはんは、リビングでトーストを食べた。
お父さんは今日、早めに出ると言っていた。
宮本さんのところに先に寄ってから会場に向かうらしい。
もう出かけた後だった。
リビングにお父さんはいなかった。
お母さんが台所でコーヒーを入れていた。
「麻央、電車何時に乗るの」とお母さんが聞いた。
「十二時半くらい。一時前には着けるから」
「翔は?」
「部屋で何かやってる」
翔も今日、就活の書類を出しに行くらしい。
午前中に出して、午後から会場に来る、と言っていた。
麻央は書類を出しに行く翔の方が大変じゃないかな、と思ったが、本人はなんともなさそうだった。
最近の翔は何かが落ち着いている。
何が落ち着いたのかは分からないが、少し前と雰囲気が違う。
お母さんがコーヒーを一杯分、麻央の前に置いてくれた。
「ありがとう」と麻央は言った。
お母さんが「お父さん、緊張してたかな」と言った。
問いかけというより、独り言みたいな言い方だった。
「今朝は会えなかったから分からないけど」と麻央は言った。
「でも昨日の夜、顔が落ち着いてた」
「そう」とお母さんは言った。
「そう、よね」
お母さんが少し笑った。
麻央は久しぶりにお母さんのその顔を見た気がした。
心配と、期待と、何か別のものが混ざった顔。
三十年間一緒にいる人の顔だ、と麻央は思った。
三十年間。
麻央はまだ二十一年しか生きていないから、三十年間というのがどんな長さなのか、本当にはわからない。
着替えてから、麻央はスマートフォンをバッグに入れた。
「動画禁止」とお父さんは言った。
麻央は「分かった」と言った。
撮らない。
撮らないが、持っていく。
これは矛盾しているようで、麻央の中では矛盾していない。
撮るためではなく、持っていくために持っていく。
なぜ持っていくかというと・・理由は自分でも少しあいまいだが、つまり、スマートフォンがないと不安なのだ。
今日みたいな特別な日に、スマートフォンを持たずに出かけるというのは、麻央にはできない。
でもお父さんが弾いている間は、バッグの底に入れたまま絶対に取り出さない。
それが麻央の決意だった。
バッグを肩にかけて、玄関で靴を履いた。
「行ってきます」
「気をつけてね」とお母さんが言った。
「お父さんに、がんばれって言っておいて」
「がんばれって言っていいの? 重圧になるかも」
「なるわけない」とお母さんは言った。
「言ってあげて」
電車は、思ったより空いていた。
土曜日の昼すぎだから、スーツ姿の人はほとんどいない。
窓際の席に座って、麻央は外の景色を見た。
住宅街が流れていく。
線路沿いに小さな公園があって、子どもが遊んでいる。
ブランコを漕いでいる子が、窓越しに見えた。
麻央は、ぼんやり、先週の水曜の深夜のことを思い出した。
リビングで、お父さんが一人で楽譜を見ていた夜。
麻央がバイトから帰ってきて、牛乳を飲みながら話した夜。
「なんで会社員になったの」と麻央は聞いた。
我ながら、唐突な質問だったかなと思う。
夜の十一時に、バイト帰りに聞く質問ではない。
でも、なんかそういう気分だったのだ。
疲れていると変な質問が出てくる。
お父さんが答えた。
「止まることが怖くなった、というのが正確かもしれない。ステージで止まることが。また止まるかもしれない、と思ったら・・舞台に立てなくなった」
そこから少し話して、麻央が「なんで弾くの」と聞いた。
「分からん」とお父さんは言った。
「分からんのに弾くんだ」と麻央は言った。
「大人はそういうことをするのか」
自分で言っておいて、今になってその言葉が気になる。
大人はそういうことをするのか・・という問いは、本当は麻央自身への問いでもあった気がする。
分からないのにやる、というのは、麻央が今、就活の前に感じていることでもある。
どの会社に入りたいか、本当は全部分からない。
でも応募する。
面接を受ける。
それが正しいのかどうか分からないまま、とりあえず動く。
お父さんも、そういうことをしている。
五十五歳の、お父さんも。
麻央が最初にお父さんの演奏を聴いたのは・・正確には、ちゃんと聴いたと言えるのは、あの動画が回ってきた夜だ。
友達から「ねえこれ見た?」とリンクが送られてきた。
開いて、翔がグループに貼ったスクリーンショットと同じ動画だと気づいた。
後ろ姿。
横顔。
「これ絶対父さんだ」と打ちながら、麻央は手が止まった。
これは誰が撮ったのか。
どこで。
いつ。
理屈は分からなかった。
でもイヤホンをつけて再生したとたん、音が聞こえて・・それで麻央は止まった。
もう一回、再生した。
もう一回。
これまで麻央は、お父さんの音を聞いたことがなかった。
ピアノが弾けることも知らなかった。
上手い、と思った。
上手い、という言葉が正しいかどうかは分からない。
クラシックの演奏の上手さを麻央が評価できる耳があるかどうかも分からない。
でもその音を聴いた時、何かがちゃんと届いた。
胸の奥の、普段は音楽で届かない場所に、届いた気がした。
あの夜から、麻央はコメント欄を見るようになった。
やがて「この人の娘です」とは言えないまま、「コメント、ありがとうございます。見てくれて嬉しいです」と、一ユーザーとして返信を書くようになった。
十九万回。
あの夜のお父さんの音が、十九万回流れた。
電車が駅に着いた。
麻央はバッグを肩にかけ直して、立ち上がった。
改札を出て、案内板を見た。
会場の方向に向かって歩き始めた。
歩きながら、麻央はスマートフォンをバッグから出して、動画を開いた。
コメント欄ではなく、動画そのものを開いた。
イヤホンをして、再生した。
歩きながら聴いた。
ワルツが流れた。
後ろ姿のお父さんが、椅子に座って弾いている。
コンコースの人の流れを背に、一人で弾いている。
この後ろ姿の人が、今日はホールで弾く。
家族の前で、先生を知る人たちの前で、宮本さんの前で。
動画は四分半ある。
最後まで聴いてから、麻央はイヤホンを外した。
スマートフォンをバッグにしまった。
今日は、バッグの底に入れておく。
取り出さない。
弾いている間は、ちゃんと目で見る。
スクリーン越しじゃなく、直接見る。
動画は十九万回流れた。
でも今日の生の音は、一回しかない。
その一回を、麻央はちゃんと受け取ろうと思った。
会場の前に着いた。
小さなホールだった。
扉の前に看板が出ている。
「古賀義明 追悼演奏会」という字。
入り口の前に、お母さんが先に来ていた。
コートを着て、バッグを持って、扉の前に立っていた。
「お母さん、もう着いてたの」
「少し早く来た」とお母さんは言った。
「お父さんは中にいるって」
「緊張してそう?」
「分からない」とお母さんは言った。
「でも、来たよ」
来た。
それだけを言った。
麻央はその一言の意味を、じんわりと受け取った。
来た・・というのは、お父さんが来た、ということだ。
今日、ここに来た。
三十三年後に、また来た。
「そうだ」と麻央は言った。
「お母さん、お父さんにがんばれって言った?」
「まだ」
「伝えて。お母さんから言った方が絶対いい」
「なんで」
「なんとなく」と麻央は言った。
「なんとなく、そう思う」
お母さんが少し笑った。
「そうね」と言った。
麻央はバッグをしっかり肩にかけて、扉の方を見た。
今日、お父さんが弾く。
分からんのに弾くんだ・・そのことが、今日の麻央には、なぜかとても、好きだった。




