作者コラム――グラーシャの眼鏡は時代考証的に大丈夫なの?
さて。
イラストでは、大きな丸眼鏡がすっかりトレードマークになっているグラーシャです。
ここで、ちょっと気になることがあります。
この物語の舞台は十八世紀半ば。
日本でいえば、まだ江戸時代です。
そんな時代に。
そもそも眼鏡なんてあったのでしょうか。
結論から言えば。
ありました。
しかも、眼鏡そのものの歴史は、私たちが何となく想像するよりずっと古いものです。
十八世紀になると、ヨーロッパでは現在の眼鏡にかなり近い、左右に「つる」のついた眼鏡も登場しています。英国の眼鏡史資料では、十八世紀に頭の横を挟むようなテンプル付き眼鏡が普及し始めたことが紹介されていますし、実際に1745~1755年頃とされる鉄製フレームの眼鏡も現存しています。ちょうどグラーシャたちが生きている時代です。
ですから。
1740年代のサンクトペテルブルクで、グラーシャが丸いレンズの眼鏡をかけている。
それ自体は、時代から大きく外れた設定ではありません。
もちろん。
現代のように、駅前の眼鏡店へ入って数千円で好きなフレームを選ぶ、という世界ではありません。
レンズを加工すること自体が専門技術でしたし、1749年のロンドンには眼鏡や光学器具を扱う専門の眼鏡商が広告を出していたことも確認できます。つまり、すでに商品として流通してはいるけれど、現代ほどありふれた日用品ではない、くらいに考えるのがよさそうです。
ちなみに。
日本でも「江戸時代に眼鏡」というのは、別に時代劇の間違いではありません。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースでも、江戸時代の眼鏡について『眼鏡の歴史』『国史大辞典』『江戸衣装図鑑』などが参考資料として挙げられています。少なくとも「江戸時代なのに眼鏡なんて存在するわけがない」というものではありません。
では。
十八歳のハウスメイドであるグラーシャが、どうして眼鏡を持っているのでしょうか。
これは本作の創作設定です。
グラーシャは、眼鏡がないと仕事に少し困る程度には目が悪い。
そこでソーモフ家では、彼女がちゃんと働けるように眼鏡を使わせています。
新品を本人が気軽に買ったのか。
家族が何とか用意したのか。
以前使われていたものを調整して譲ってもらったのか。
あるいは、ソーモフ家が実用品として用意してくれたのか。
そこまで細かい来歴は、今のところ決めていません。
ただ。
私は最後の可能性が、少し好きです。
つまり。
このお屋敷は。
若いメイドが、
目が悪くて細かいものが見えません。
と言った時に、
だったら見えるようにしなさい。
と、眼鏡を使わせてくれる程度には実務的で、そして少し優しい家なのです。
眼鏡なんて使用人にはもったいない。
見えないなら我慢しろ。
ではない。
必要なら使えばいい。
仕事ができる方がいい。
そのくらいの感覚なのでしょう。
これは史料から分かる十八世紀ロシアの一般的な使用人待遇ではありません。
あくまで。
ソーモフ家がどういう家なのかという、本作の設定です。
でも。
グラーシャの顔にいつも乗っている大きな丸眼鏡一つから。
彼女自身の特徴だけではなく。
彼女がどんな家で働いているのかまで。
少し見えてくる。
そう考えると。
あの眼鏡も。
なかなか悪くない小道具なのではないでしょうか。




