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第16章 グラーシャとイヴァン――若旦那様を見たの?


その日の午後。

グラーシャは。

ふと。

大事なことを思い出した。


グラーシャ「……あ」


いる。

いた。

絶対に。

若旦那様の姿を見た人間が。

しかも。

かなり近くで。

グラーシャは。

仕事の合間を縫って。

馬車まわりの仕事をしているイヴァンを探した。

イヴァンは。

ちょうど。

外から戻ってきたところだった。


グラーシャ「イヴァン!」

イヴァン「何だよ」

グラーシャ「ちょっと聞きたいことがあるの」

イヴァン「嫌な予感しかしないな」

グラーシャ「若旦那様のこと」

イヴァン「もっと嫌な予感してきた」


グラーシャは。

少しだけ声を落とした。


グラーシャ「ねえ」

イヴァン「何だよ」

グラーシャ「若旦那様って」

イヴァン「うん」

グラーシャ「本当に女の人の格好してたの?」

イヴァン「してたよ」


あまりにも。

あっさりしていた。

グラーシャは。

一瞬。

言葉を失った。


グラーシャ「……してたの!?」

イヴァン「だから、してたって」

グラーシャ「本当に!?」

イヴァン「何で二回聞くんだよ」

グラーシャ「だって!」

イヴァン「何だよ」

グラーシャ「どんなだったの!?」

イヴァン「どんなって」

グラーシャ「だから!」


グラーシャは。

両手を少し広げた。


グラーシャ「どんな姿だったの!」

イヴァン「普通に」

グラーシャ「普通にって何よ!」

イヴァン「いや」


イヴァンは。

少し考えた。


イヴァン「奥様みたいな感じ」

グラーシャ「奥様!?」

イヴァン「まあ」

グラーシャ「若旦那様が!?」

イヴァン「そう」

グラーシャ「奥様みたいだったの!?」

イヴァン「だから、そう言ってるだろ」


グラーシャは。

目を輝かせた。


グラーシャ「もっと詳しく!」

イヴァン「何でだよ」

グラーシャ「いいから!」

イヴァン「ええ……」


イヴァンは。

明らかに。

面倒そうな顔をした。


イヴァン「奥様よりは」

グラーシャ「うん」

イヴァン「ちょっと若々しい感じだった」

グラーシャ「うんうん!」

イヴァン「まあ、若旦那様なんだから当たり前だけど」

グラーシャ「それで!?」

イヴァン「それでって?」

グラーシャ「綺麗だった!?」

イヴァン「まあ」

グラーシャ「まあって何よ!」

イヴァン「綺麗だったよ」

グラーシャ「やっぱり!」

イヴァン「何でお前が嬉しそうなんだよ」

グラーシャ「だって!」


グラーシャは。

さらに。

一歩近づいた。


イヴァン「近い近い」

グラーシャ「ドレスは!?」

イヴァン「ドレス?」

グラーシャ「何色!?」

イヴァン「青っぽいやつ」

グラーシャ「青!?」

イヴァン「うん」

グラーシャ「薄い青!? 濃い青!?」

イヴァン「知らねえよ」

グラーシャ「見たんでしょ!」

イヴァン「見たけど」

グラーシャ「じゃあ分かるでしょ!」

イヴァン「……銀色っぽい青」


グラーシャは。

一瞬。

止まった。


グラーシャ「分かってるじゃない!」

イヴァン「今思い出したんだよ!」

グラーシャ「それで!?」

イヴァン「まだあるのかよ」

グラーシャ「あるわよ!」

イヴァン「何が」

グラーシャ「髪!」

イヴァン「髪?」

グラーシャ「どうなってたの!?」

イヴァン「いつもと全然違った」

グラーシャ「どう違ったの!?」

イヴァン「だから」


イヴァンは。

頭の横あたりで手を動かした。


イヴァン「こう……何か、ちゃんとしてた」

グラーシャ「説明下手!」

イヴァン「知らねえよ!」

グラーシャ「化粧は!?」

イヴァン「してた」

グラーシャ「白粉!?」

イヴァン「たぶん」

グラーシャ「頬紅は!?」

イヴァン「知らねえ」

グラーシャ「見てないの!?」

イヴァン「そんな細かいところまで見るかよ」

グラーシャ「見るでしょ!」

イヴァン「見ねえよ!」

グラーシャ「若旦那様が女の人みたいになってたのよ!?」

イヴァン「なってたな」

グラーシャ「それを何とも思わないの!?」


イヴァンは。

少し考えた。


イヴァン「いや」

グラーシャ「うん」

イヴァン「最近噂になってる会だろ」

グラーシャ「メタモルフォーゼ会」

イヴァン「そう、それ」

グラーシャ「それで?」

イヴァン「女帝陛下に呼ばれたんだったら、しょうがないだろ」

グラーシャ「しょうがないって!」

イヴァン「俺が何か言って変わるのか?」

グラーシャ「そういう話じゃなくて!」

イヴァン「じゃあ何だよ」

グラーシャ「もっとこう!」

イヴァン「こう?」

グラーシャ「驚くとか!」

イヴァン「最初は驚いたよ」

グラーシャ「それだけ!?」

イヴァン「だって俺、仕事中だし」

グラーシャ「仕事」

イヴァン「馬車に乗せるのが俺の仕事だろ」

グラーシャ「……」

イヴァン「裾踏まないようにして」

グラーシャ「うん」

イヴァン「手貸して」

グラーシャ「うん」

イヴァン「ちゃんと乗せて」

グラーシャ「うん」

イヴァン「終わり」

グラーシャ「終わり!?」

イヴァン「終わりだよ」


挿絵(By みてみん)


グラーシャ「そんな!」

イヴァン「何がそんななんだよ」


グラーシャは。

少し。

信じられないものを見るように。

イヴァンを見た。


グラーシャ「あんたね」

イヴァン「何だよ」

グラーシャ「あんた男の子で」

イヴァン「そうだな」

グラーシャ「フットマンやってて」

イヴァン「そうだな」

グラーシャ「若旦那様が宮廷婦人の格好して出ていくところを」

イヴァン「うん」

グラーシャ「ものすごく近くで見られるのよ!?」

イヴァン「そうなるな」

グラーシャ「恵まれすぎでしょ!」

イヴァン「何が!?」

グラーシャ「私が男に生まれて!」

イヴァン「お、おう」

グラーシャ「フットマンやってたら!」

イヴァン「うん」

グラーシャ「毎回ドレス、ガン見するわよ!」


イヴァンは。

しばらく。

何も言わなかった。


イヴァン「……やめろよ」

グラーシャ「何でよ!」

イヴァン「仕事しろよ」

グラーシャ「仕事しながら見るの!」

イヴァン「怖えよ!」

グラーシャ「あんた、そんな恵まれた立場にいながら何やってんのよ!」

イヴァン「普通に仕事してんだよ!」

グラーシャ「もったいない!」

イヴァン「何がもったいないんだよ!」


グラーシャは。

まだ納得していなかった。

イヴァンは。

もう。

話を終わらせたそうだった。

だが。

グラーシャは思った。

やっぱり。

若旦那様は。

本当に。

綺麗な宮廷婦人の姿になっていたのだ。

しかも。

イヴァンは。

それを。

かなり近くで。

ちゃんと見ている。

本人が。

その価値を。

まったく理解していないだけで。


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