幕間 貴族のお屋敷がなくなるとき、中の物と人はどうなったの?
『カーテシー・クラブ』では、主人が亡くなったり、家の事情が変わったりして、それまで使われていたお屋敷が「解散」する場面が何度か登場します。
では、18世紀ロシアで貴族の家が維持できなくなった場合、中にあった家具や衣類、そして使用人たちはどうなったのでしょうか。
まず注意したいのは、現代の会社のように「今日で解散です」と一斉に処分される決まった制度があったわけではないことです。
主人が亡くなった場合には、土地、屋敷、現金、衣類、家具、宝石、銀器などが相続財産になります。18世紀ロシアの貴族社会では相続による財産分割が盛んで、土地だけでなく、衣類・家具・宝石などの動産も相続や持参金の一部として移動していました。
そのため、屋敷の物が全部まとめて捨てられるわけではありません。
ある物は家族が引き取ります。
ある物は別の屋敷へ運ばれます。
高価な家具、銀器、宝飾品、衣類などは売却されることもあります。
状態のよい衣服は仕立て直して別の人が使うこともできます。
つまり、マルハさんが経験したように、
家具が運び出され、
衣類が一着ずつ別の持ち主へ渡り、
最後には空の部屋だけが残る、
という光景は十分にあり得ます。
ただし、主人が亡くなったからといって必ず屋敷そのものが消滅するわけではありません。
相続人がそのまま屋敷を使う場合もあれば、別の家と統合されたり、売却されたり、使われなくなったりする場合もあります。
そして、もっと複雑なのが使用人です。
当時のロシアの大貴族の家には、自由身分の雇われ人だけでなく、「ドヴォローヴィエ・リュージ」と呼ばれる家内使用人身分の農奴も多数いました。彼らは主人個人の家事や屋敷の仕事に従事する人々で、土地で農業をする農奴とは区別されていました。
こうした家内農奴の場合、主人が亡くなれば単純に「失業して自由になる」わけではありません。
相続財産の一部として相続人の支配下へ移ったり、別の領地や屋敷へ移されたりする可能性があります。当時は農奴や家内使用人の売買そのものも行われており、1797年になってようやく家内農奴を競売形式で売ることが禁止されています。つまり1740年代には、現在の感覚ではかなり厳しい扱いが制度上あり得ました。
一方、自由身分の雇われ使用人であれば、屋敷が閉じられれば別の奉公先を探すことになります。
ですから、一つのお屋敷がなくなるということは、単に建物が空になるだけではありません。
家具。
食器。
衣類。
本。
馬車。
そして、そこで働いていた人々。
それまで一つの家に集まっていたものが、少しずつ別々の場所へ散っていくことになります。
本作で「お屋敷の解散」と呼んでいるのは、こうした複雑な相続・移転・売却・再配置を、物語上分かりやすくまとめた表現だと考えてください。




