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第15章 マルハ・ステパノヴナ_―また、お屋敷がなくなる日 その2


その日。

私はまた。

ひとつのお屋敷が。

なくなっていくところへ。

立ち会うことになりました。

と申しましても。

今の私は。

そのお屋敷に勤めているわけではございません。

現在は。

もう三つ目になります。

別のお屋敷に勤めております。

そこで。

いつもどおり。

仕事をしております。

そんな私のところへ。

ある日。

お話がございました。


「数日だけ、手を貸していただけないでしょうか」


というものでした。

亡くなられた方のお屋敷を整理し。

残された家財を確認し。

引き取られるもの。

売られるもの。

人へ渡されるもの。

それぞれを。

片づけていかなければならない。

そのための。

臨時のお手伝いでございます。

こういう形で。

今勤めているお屋敷とは別の家へ。

わざわざ呼ばれるというのは。

私にとっても。

そう何度もあることではございません。

少々。

珍しいお話ではございました。

ですが。

私は以前にも。

お屋敷がなくなるところへ。

立ち会った経験があります。

それに。

長く使用人をしておりますと。

何を。

どう片づけていけばよいのか。

多少は。

分かるものでございます。

ですから。

今のお屋敷にも事情をお話しして。

何日か。

お手伝いへ伺うことになりました。

ところが。

最初に。

このお話を持ってこられた方が。

どうにも。

お困りのご様子なのでございます。

普通の。

家財整理だけでしたら。

そこまで。

困り果てるようなお話でもないはずです。

もちろん。

大きなお屋敷ですから。

物はたくさんございます。

家具も。

銀器も。

絵も。

書物も。

衣類もございます。

ひとつひとつ。

確認していくのは。

大変でしょう。

ですが。

どうも。

そういう意味で。

困っていらっしゃるのではないらしい。

私は。

少し。

不思議に思いました。

いったい。

何が。

そんなに。

問題なのでしょう。

ですが。

その理由は。

お屋敷へ着いてから。

それほど時間もかからず。

分かることになりました。

そこには。

少々。

扱いに困るものが。

残されていたのでございます。

まず。

お話をうかがって。

私は。

とても驚きました。

こちらのお屋敷のご主人は。

急なご病気で。

お亡くなりになったとのことでした。

そして。

さらに事情を聞いておりますと。

どうにも。

聞き覚えのあるところがございます。

まさか。

と思いました。

ですが。

やはり。

そうでした。

以前。

私が勤めていたお屋敷を。

整理していた時のことです。

亡くなった奥様がお持ちだった。

大柄な方用の。

特注のドレスが。

ずいぶん。

残っておりました。

そのうち。

最後に残っていた十着を。

まとめて。

すべてお買い上げになった。

あの旦那様だったのでございます。

あの日。

十着全部を。

気前よく。

お引き取りくださった方です。

私にまで。

心付けをくださった。

あの。

大柄な旦那様です。

なんということでしょう。

まさか。

あの方のお屋敷で。

今度は。

私が。

家財整理のお手伝いをすることになるとは。

お亡くなりになったのは。

急なご病気だったとのことでした。

あれだけ。

立派なお身体でございましたから。

日頃のお食事や。

お酒などが。

少し。

お身体に障ったのでしょうか。

……いえ。

これは。

私の勝手な想像にすぎません。

ともかく。

ご主人がお亡くなりになり。

残された財産や家財を。

整理しなければならなくなった。

それで。

私まで。

お声がかかったのでございました。

その手続きを。

中心になって進めておられたのが。

一人の法律家の方でした。

とても。

頭の切れる方で。

いらっしゃるようでした。

書類の整理も。

財産の確認も。

人への指示も。

実に。

手際よく。

進めておられます。

ところが。

そんな方が。

どうにも。

一つだけ。

困り果てていらっしゃるようなのです。


法律家「実は、衣装類の扱いについて、少々ご相談したいものがありまして」


そう。

おっしゃいました。

衣装。

と聞いた時。

私は。

ほんの少し。

嫌な予感がいたしました。


マルハ「もしかして……ドレスでございますか?」


法律家の方は。

少し。

驚いたようなお顔をなさいました。


法律家「はい。そうです」


そのまま。

私は。

あるお部屋へ。

案内されました。

扉が。

開きました。

そして。

中を見た瞬間。

私は。

すぐに。

分かりました。


マルハ「……やはり」


挿絵(By みてみん)


ございました。

あの。

十着のドレスが。

私が。

以前のお屋敷で。

一着ずつ。

見送った。

あの。

大柄な奥様用のドレスです。

ですが。

問題は。

それだけではありませんでした。

十着どころでは。

なかったのでございます。

部屋の中には。

さらに。

大きなドレスが。

ずらりと。

並んでおりました。

数えてみれば。

およそ。

五十着。

その中に。

以前。

私が見送った十着も。

きちんと。

混じっております。

私は。

しばらく。

何も言えませんでした。

あの十着を。

全部。

お買い上げになっただけでも。

ずいぶん。

驚いたものですが。

どうやら。

その後も。

増えていたようでございます。


マルハ「……増えておりますね」


思わず。

そう申し上げてしまいました。

すると。

法律家の方は。

何とも。

疲れたようなお顔で。


法律家「ええ。それで、困っているのです」


と。

おっしゃったのでございます。

詳しく。

お話を聞いてみました。

亡くなられた旦那様は。

もともと。

お酒のお好きな方だったそうでございます。

奥様は。

ずいぶん前に。

すでに亡くなっていらっしゃいました。

そして。

奥様がお亡くなりになった時に。

奥様がお持ちだった衣類は。

ひととおり。

整理されたそうです。

ドレスも。

その時に。

すべて。

処分された。

そう聞いておりました。

ですから。

法律家の方も。

困っていらっしゃったのでございます。


法律家「奥方様の衣装であれば、話は簡単なのですが」


確かに。

そのとおりです。

奥様は。

もう。

ずいぶん前に。

いらっしゃらない。

その時に。

奥様のドレスも。

すべて処分している。

ところが。

旦那様がお亡くなりになって。

改めて。

屋敷の中を調べてみると。

そこから。

大きな女性用のドレスが。

およそ五十着も。

出てきたのでございます。

それは。

困るでしょう。

私でも。

事情を知らなければ。

困ったと思います。

しかも。

普通のご婦人がお召しになるには。

ずいぶん。

大きなものばかりです。

誰のものなのか。

なぜ。

ここにあるのか。

そして。

どう処分すればよいのか。

法律家の方は。

そのすべてについて。

頭を抱えていらっしゃったのでございました。

実は。

私も。

少し前から。

噂として。

聞いたことがございました。

宮廷では。

殿方たちが。

立派なご婦人の衣装を身につけて。

舞踏会へ出る。

そんな。

少々変わった催しが。

行われているのだと。

最初に聞いた時は。

本当かしら。

と思ったものでございます。

ですが。

今になって考えてみますと。

以前。

私が勤めていたお屋敷で。

急に。

大柄なドレスを求める方が。

増えたことも。

それなら。

説明がつきます。

そして。

あの日。

こちらの旦那様が。

残っていた十着を。

一度に。

すべてお買い上げになったことも。

そう考えれば。

それほど。

不思議ではございません。

宮廷へ。

そのようなお姿で。

出なければならない。

あるいは。

何度も。

そのような催しへ。

お出になっていた。

そうであれば。

何着か。

お持ちになっていても。

おかしくはないでしょう。

ですが。

五十着。

さすがに。

これは。

私も。

驚きました。

あの時。

十着すべてを。

お買い上げになった時にも。

ずいぶん。

気前のよい方だと。

思ったものでございます。

それが。

いつの間にか。

五十着にまで。

増えていたのです。

相当な。

お衣装持ちのご婦人でも。

驚かれる数ではないでしょうか。

まして。

それをお持ちだったのが。

殿方なのです。

旦那様は。

それなりに。

お金をお持ちだった方だそうです。

ですから。

欲しいと思えば。

お買いになることは。

できたのでしょう。

ですが。

なぜ。

そこまで。

集められたのでしょうか。

もしかすると。

宮廷の。

あの催しへ。

参加することそのものを。

気に入っていらしたのかもしれません。

あるいは。

美しい。

女性用のお召し物を。

集めること自体が。

いつしか。

楽しみになっていたのかもしれません。

もちろん。

これは。

私の想像でございます。

今となっては。

旦那様ご本人に。

お尋ねすることは。

できません。

ただ。

少なくとも。

ひとつだけ。

私には。

はっきり分かっていることがございました。

以前。

私がいたお屋敷から。

お買い上げになった。

あの十着です。

あれは。

殿方がお召しになるために。

引き取られたものだと。

私は。

聞いておりました。

そこで。

そのことを。

法律家の方へ。

お話しいたしました。


マルハ「少なくとも、こちらの十着については、旦那様ご自身がお召しになるためにお買い上げになったものだと、私はうかがっております」


法律家の方は。

しばらく。

何もおっしゃいませんでした。

そして。

もう一度。

ドレスの列を。

ご覧になりました。


法律家「……旦那様ご自身が、ですか?」

マルハ「はい」

法律家「この十着を?」

マルハ「はい」


また。

少し。

間がございました。


法律家「そして……全部で五十着」

マルハ「そのようでございますね」


その方も。

宮廷で。

殿方が婦人のお姿になる。

奇妙な催しがあるらしい。

という噂くらいは。

聞いていらしたようです。

ですが。

噂として。


「男性が女性の衣装を着る催しがある」


と聞くことと。

目の前に。

一人の殿方が所有していた。

五十着もの。

女性用宮廷ドレスが。

ずらりと並んでいるのを見ることとは。

どうやら。

まったく。

違うことだったようでございます。

法律家の方は。

とても。

有能な方です。

書類も。

財産も。

債務も。

きちんと。

整理なさいます。

ですが。

さすがに。

亡くなった旦那様が。

どうして。

ご自分がお召しになるための。

婦人用ドレスを。

五十着も。

集めていらしたのか。

そこまでは。

法律の力でも。

答えを出すことは。

できなかったようでございました。

ところが。

もう一つ。

大変。

不思議なことがございました。

この。

五十着ものドレスが。

置かれていたお部屋。

実は。

普通のお部屋では。

なかったのでございます。

隠されていたのです。

旦那様がお亡くなりになり。

屋敷の中の品々を。

ひととおり。

確認し。

財産の整理も。

ほとんど。

終わろうとしていた頃。

ようやく。

見つかったお部屋だったそうでございます。

当然。

最初に作られた。

財産の一覧にも。

この部屋のことは。

載っておりませんでした。

そこに。

これだけの。

女性用の宮廷ドレスが。

まとめて。

残されていたのでございます。

法律家の方も。

大変。

驚かれたそうです。

それは。

そうでしょう。

旦那様がお亡くなりになったあと。

普通に。

屋敷の中を調べていたのでは。

見つからなかったものなのですから。

そして。

私は。

ふと思いました。

もし。

ずっと後の時代になって。

誰かが。

この旦那様のことを。

調べようとしたら。

一体。

どこまで。

分かるのでしょう。

残された書類を。

一生懸命。

読んだとしても。

最初の財産目録には。

この五十着は。

載っていない。

この部屋が。

いつ作られたのか。

何のために使われていたのか。

旦那様が。

なぜ。

これほど多くのドレスを。

集めていらしたのか。

その理由まで。

書き残されているわけでもない。

もちろん。

今回のように。

あとから発見されて。

追加で。

何らかの処理をされたという記録くらいは。

残るかもしれません。

ですが。

それだけで。


「この旦那様は。

女性用の宮廷衣装を。

五十着も持っていた」


という事実が。

後の時代の人にまで。

正確に。

伝わるのでしょうか。

まして。

それを。

ご自分で。

お召しになっていた可能性まで。

分かるのでしょうか。

私には。

少々。

疑問でございました。

歴史というものは。

残ったものから。

調べるしかありません。

ですが。

残らなかったものまで。

最初から。

存在しなかったことには。

ならないのでしょう。

少なくとも。

私は。

その隠された部屋の中で。

五十着のドレスを。

この目で。

見ているのでございますから。

さて。

事情は。

だいたい。

分かりました。

ですが。

分かったからといって。

問題が。

なくなるわけではございません。

何しろ。

五十着です。

しかも。

普通のご婦人のお屋敷へ。

そのまま持っていけば。

簡単に売れるようなものではありません。

どれも。

かなり大きい。

おそらく。

大柄なご婦人か。

あるいは。

殿方がお召しになることを。

考えて作られたものなのでしょう。

法律家の方も。

そこに。

頭を悩ませていらっしゃいました。


法律家「売るにしても、買い手が限られます」

マルハ「そうでしょうね」

法律家「一着や二着ならともかく、五十着ですから」


まったく。

そのとおりでございます。

そこで。

私も。

何人か。

知っている方へ。

それとなく。

話をしてみました。

以前。

衣装関係のお仕事をしていた方。

大きなお屋敷に勤めている方。

宮廷へ出入りする人をご存じの方。

そうした。

いくつかの伝手を。

頼ってみたのでございます。

すると。

思いもよらないところから。

お返事がございました。

宮廷です。

正確には。

女帝陛下のおそばで。

催しの実務などを担当していらっしゃる。

エレーナ・ミハイロヴナ・サブーロワ様という方から。

お話が。

返ってきたのでございます。

私は。

もちろん。

直接。

女帝陛下へ。

お願いを申し上げたわけではございません。

そんなことは。

できません。

ですが。

人から人へ。

話が伝わり。

どうやら。

宮廷側でも。

少し。

興味を持たれたようでございました。

そして。

返ってきたお返事を聞いて。

私は。

また。

驚くことになりました。


エレーナ「その五十着ですが」

エレーナ「すべて、こちらで引き取ります」


全部。

でございます。

私は。

聞き間違えたのかと。

思いました。


マルハ「五十着すべて、でございますか?」

エレーナ「はい。すべてです」


何とも。

迷いのない。

お返事でした。

どうやら。

宮廷の側でも。

大柄な婦人用衣装を。

ある程度。

まとめて確保しておきたい事情が。

あったようなのでございます。

私は。

詳しいことまでは。

聞いておりません。

ただ。

以前から。

急に。

大柄な方のお衣装が。

必要になることが。

あるらしい。

そんなことだけは。

うかがいました。

それで。

あの五十着が。

ちょうどよかった。

ということなのでしょう。

私は。

少し。

考えました。

王宮が。

あれほど大きな。

女性用のドレスを。

五十着も。

何にお使いになるのでしょう。

ですが。

それ以上。

深く聞くのも。

何だか。

ためらわれました。

法律家の方にとっては。

事情が。

どうであれ。

大変。

ありがたいお話だったようでございます。


法律家「助かりました」


そう言って。

本当に。

ほっとしたお顔を。

なさいました。

買い手の見つかりにくい。

特殊な衣装が。

一度に。

五十着。

すべて。

引き取られるのです。

それは。

助かるでしょう。

こうして。

あの。

隠し部屋にあった。

五十着のドレスは。

まとめて。

宮廷へ。

引き取られることになりました。

この時の私は。

もちろん。

知りませんでした。

あの衣装の一部が。

この先。

宮廷で。

急に。

衣装を必要とする人たちのために。

使われていくことになるなど。

まったく。

知らなかったのでございます。

私に分かっていたのは。

ただ一つ。

また。

行き場をなくしていたドレスたちに。

新しい行き先が。

決まった。

ということだけでした。

それで。

十分。

よかったと思います。


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