第77話 分断
王城へ続く大通りは。
異様なほど広かった。
左右に並ぶ石造りの建物。
崩れた屋根。
砕けた窓。
なのに。
通りだけは綺麗に空いている。
そこを。
シルヴァたちはゆっくり進んでいた。
周囲には。
何百もの死者。
兵士。
商人。
子供。
老人。
誰も近づいてこない。
ただ。
三人が歩くたび。
視線だけがついてくる。
「……落ち着かない」
ティナが小さく言った。
「襲ってこない方が怖いな」
シルヴァも周囲を見る。
「歓迎されてるんじゃない?」
クジャが言う。
「剣持って王に会いに来たから?」
「多分」
「変な国だな」
「生きてない国だから」
「それ言われると何も返せない」
三人の前。
王城。
まだ距離はある。
けれど。
大通りを真っ直ぐ進めば辿り着ける。
そのはずだった。
ティナが前を見る。
「このまま行けるなら、思ったより早く――」
ゴォン。
鐘。
三人が止まった。
今までより。
近い。
音が。
腹の奥まで響く。
次の瞬間。
ガシャン。
左右。
建物の扉が。
一斉に開いた。
「……来る!」
シルヴァが剣を抜く。
死者たちが。
出てくる。
十人。
二十人。
五十人。
通りの前後。
路地。
二階の窓。
屋根の上。
さっきまで市民だった死者まで。
全員が。
三人へ向く。
「さっきまで普通だったのに!」
ティナも剣を抜く。
クジャは五枚の手札を扇状に広げた。
「鐘で命令が変わった」
一人。
兵士が剣を抜く。
「王に仇なす者」
別の兵士。
「討て」
その声を合図に。
死者の群れが。
一斉に動いた。
「来るぞ!」
シルヴァが踏み込む。
風。
地面を蹴るより早く。
身体が前へ飛んだ。
一閃。
先頭の兵士の剣を弾き。
返す刃で胸を斬る。
同時に。
「《♦8》」
クジャのカードが回る。
赤い光。
三人の前へ。
斜めの防壁。
数本の槍が弾かれた。
「ティナ!」
「分かってる!」
《構装》。
白いオーラが。
ティナの足元に一枚の足場を作る。
蹴る。
空中へ。
そのまま。
別の構装板。
二段。
三段。
上から。
長い構装刃を振り下ろした。
兵士の列が崩れる。
「右!」
クジャ。
「《♠6》!」
カードが走る。
横から飛び込んだ死者の首筋を斬る。
戻らない。
そのまま。
別の死者の背後へ回る。
遠隔操作。
「数多いな!」
シルヴァが風を巻く。
足元。
細い逆風。
飛び込んできた三人の姿勢が同時に崩れた。
そこへ。
剣。
三連。
胸。
肩。
首。
倒す。
だが。
「まだ来る!」
ティナが叫ぶ。
後ろ。
さらに。
何十人。
死者の列。
その奥にも。
まだいる。
「王都全部来る気かよ!」
「多分!」
クジャが《♣7》を飛ばす。
オーラの拘束。
五人の足をまとめて止める。
「中央突破!」
シルヴァが叫んだ。
「王城まで行く!」
「了解!」
三人が。
同時に。
前へ。
◇
大通り。
三人は。
死者の群れを押し切りながら進んだ。
シルヴァが先頭。
風で進路を作る。
ティナが中央。
左右から来る攻撃を構装盾で防ぐ。
クジャが後方。
カードを残しながら。
追撃を潰す。
「《♣7》残す!」
「了解!」
クジャが飛ばしたカードが。
石柱へ張り付く。
オーラの糸。
後続の死者が通った瞬間。
引く。
五人まとめて倒れる。
「次!」
新しい一枚が手札へ。
見る。
《♥3》。
「今はいらない」
そのまま保持。
四枚で戦う。
前。
シルヴァが。
倒れた荷車を蹴り上げた。
風。
回転。
横から来た亡者兵をまとめて吹き飛ばす。
「道開いた!」
「行く!」
三人が走る。
王城へ。
あと。
半分。
その時。
ゴゴゴゴゴ。
地面。
低い音。
「止まって!」
ティナが叫ぶ。
シルヴァが。
足を止める。
次の瞬間。
目の前。
石畳が。
沈んだ。
「何!?」
大通りの中央。
巨大な亀裂。
そこから。
鉄の壁が。
せり上がる。
ガァン!
王城への道。
完全に塞がれた。
「城門?」
クジャが見る。
「違う」
ティナが壁の端を見る。
「街の中の防壁」
さらに。
後ろ。
ガァン!
もう一枚。
「挟まれた!」
シルヴァが振り返る。
前後。
鉄壁。
左右。
路地。
そこから。
死者が押し寄せる。
「上行く!」
シルヴァが風を集める。
ティナも《構装》の足場。
クジャがカードを飛ばす。
だが。
その瞬間。
ドォン!
左の建物が。
突然。
崩れた。
「っ!」
石。
木材。
瓦礫。
三人の間へ。
「ティナ!」
シルヴァが風を放つ。
瓦礫を逸らす。
ティナは構装盾。
クジャは後ろへ飛ぶ。
その一瞬。
三人の距離が。
開いた。
そこへ。
亡者兵が。
なだれ込む。
「シルヴァ!」
ティナが叫ぶ。
「そっち行く!」
シルヴァが踏み込む。
だが。
足元。
カチ。
「……?」
石畳。
沈む。
次の瞬間。
地面が。
消えた。
「シルヴァ!」
落下。
シルヴァの身体が。
地下へ。
反射的に。
風。
足元へ。
浮く。
戻ろうとする。
だが。
上。
鉄格子が。
ガシャン!
「っ!」
出口が閉じた。
「シルヴァ!」
ティナの声。
格子越し。
「大丈夫!」
シルヴァが叫ぶ。
「別の出口探す!」
「待って、今壊す!」
ティナが剣を構える。
構装刃。
だが。
背後。
「ティナ!」
クジャの声。
振り向く。
十人以上。
亡者兵。
「っ!」
ティナが盾を展開。
激突。
「先行って!」
地下から。
シルヴァが叫ぶ。
「城で合流する!」
「でも!」
「大丈夫だから!」
ティナが。
一瞬迷う。
その間にも。
亡者は増える。
クジャが《♠9》を放った。
高出力。
亡者三人をまとめて切り裂く。
「ティナ!」
「……分かった!」
ティナが剣を振る。
「絶対合流して!」
「そっちも!」
三人の声。
届く。
まだ。
この時は。
それだけだった。
◇
地下。
シルヴァは。
一人。
石の通路へ着地した。
「……まさか地下まであるとはな」
上。
鉄格子。
かなり厚い。
風で斬れる。
だが。
時間がかかる。
その間に。
ティナとクジャが囲まれる。
「別の道探した方が早いか」
暗い通路。
左右。
どちらも続いている。
風を流す。
右。
空気が動く。
「こっちか」
剣を握る。
一人。
走り出した。
◇
地上。
ティナとクジャは。
二人で路地へ入っていた。
「シルヴァなら大丈夫」
クジャが言う。
「分かってる」
「顔」
「何?」
「心配してる」
「するでしょ!」
「うん」
クジャがカードを飛ばす。
「《♦7》!」
後ろ。
盾。
追ってきた槍を弾く。
「今は前!」
「分かってる!」
ティナが。
構装の足場を出す。
「上!」
二人が。
建物の屋根へ。
跳ぶ。
地上の亡者。
一瞬。
引き離す。
「王城見える!」
ティナが屋根の上を走る。
「屋根伝いなら――」
その時。
ヒュッ。
「ティナ!」
クジャが。
ティナの肩を掴んだ。
引く。
直後。
目の前。
石壁が。
爆ぜた。
瓦礫。
飛散。
「何!?」
向かいの塔。
大型弩。
死者の兵士。
「射撃兵!」
「移動する!」
二人が方向を変える。
隣の屋根へ。
飛ぶ。
ティナ。
着地。
クジャも続く。
その瞬間。
屋根の端。
僅かに。
黒い何かが。
動いた。
クジャの左目が。
そこへ向く。
「……?」
「どうしたの?」
「今」
屋根の陰。
何もない。
「また何かいた?」
「……分からない」
クジャが少しだけ眉を寄せる。
死者とは違う。
それだけは。
分かる。
「先行こう」
「うん」
二人が走る。
だが。
次の屋根へ。
跳ぼうとした瞬間。
ドン。
その屋根そのものが。
沈んだ。
「え――」
崩落。
「クジャ!」
ティナが腕を伸ばす。
クジャも。
手を伸ばす。
指先。
あと少し。
だが。
瓦礫が。
二人の間へ落ちる。
ティナが。
構装盾で吹き飛ばされる。
反対側の建物へ。
クジャは。
崩れた屋根ごと。
下へ。
「クジャ!」
ティナが叫ぶ。
返事。
ない。
「クジャ!」
瓦礫。
粉塵。
視界が白い。
その中。
亡者兵が。
屋根へ上がってくる。
「……っ」
ティナが剣を構える。
「どいて!」
一閃。
構装刃。
亡者二人を薙ぐ。
前へ。
行こうとする。
だが。
別方向から。
さらに十人。
「こんな時に……!」
ティナが歯を食いしばる。
クジャの落ちた場所。
もう見えない。
その上。
崩壊が続く。
これ以上近づけば。
自分まで落ちる。
「……クジャなら」
一度。
自分へ言い聞かせる。
「大丈夫」
シルヴァも。
クジャも。
一人で戦える。
分かっている。
だからこそ。
今は。
自分が止まらない。
「城で合流する」
ティナが走り出す。
一人で。
◇
崩れた建物の内部。
クジャは。
瓦礫の隙間へ着地した。
「……痛」
肩。
少し打った。
だが。
大きな怪我はない。
落下の途中。
《♦5》を使っていた。
小さな防壁。
それが。
瓦礫を逸らした。
「ティナ」
上を見る。
かなり高い。
「……聞こえない」
カード。
手札を見る。
《♥3》。
《♣4》。
《♦5》。
《♠8》。
そして。
新しく引いた。
《♣10》。
「一人か」
クジャが立ち上がる。
その時。
奥。
暗い廊下。
足音。
ザッ。
ザッ。
一人ではない。
クジャがカードを構える。
闇から。
死者が現れる。
三人。
五人。
十人。
まだ。
後ろにもいる。
「……多い」
クジャが左目を細めた。
でも。
退かない。
「ちょうどいい」
《♣10》。
指の間。
「通り道、聞く相手はいっぱいいる」
◇
王都。
三つの場所。
シルヴァは地下。
ティナは屋根の上。
クジャは崩れた建物の中。
三人は。
完全に。
離れた。
その頃。
少し離れた塔の上。
黒い鎖が。
石壁へ巻きついていた。
鎖の先。
影。
一人の女が。
街を見下ろしている。
その隣へ。
音もなく。
もう一つの影が現れた。
「分かれました」
ゼインが言う。
ネイラは。
三つの方向を見る。
地下。
中央区。
旧市街。
「ええ」
「予定より早い」
「問題ありません」
ネイラの声は。
いつも通り。
静かだった。
「手は出しますか」
「まだです」
視線。
さらに東。
王城。
そこへ。
一本の標が。
薄く。
伸びている。
ラース。
すでに。
この街のどこかにいる。
「まずは」
ネイラが言う。
「王に働いてもらいましょう」
黒い鎖が。
ゆっくり。
塔の影へ消えた。




