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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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76/81

第76話 死者の国

 王都が見えてからも。


 三人はすぐには近づかなかった。


 丘の上。


 暮れ始めた空の下で。


 シルヴァたちは、しばらく遠くの城壁を観察していた。


「……思ってたよりでかいな」


 シルヴァが呟く。


 王都を囲う石壁。


 ところどころ崩れている。


 塔も半分ほど欠けている。


 遠目に見ても。


 かつて大きな戦いがあったことは分かった。


 それなのに。


 街の中には明かりがある。


 一つや二つではない。


 城壁の向こう。


 通りに沿って。


 何十。


 何百。


 灯りが揺れている。


「廃墟には見えないね」


 ティナが言う。


「人が住んでるみたい」


「人、ならいいけど」


 クジャが小さく返した。


 三人の前。


 さっきまで追っていた死者たちが。


 街道を進んでいる。


 誰も迷わない。


 王都へ続く一本道を。


 まっすぐ。


「門、閉まってない」


 クジャが言う。


 正面の城門。


 巨大な鉄扉は。


 半分崩れたまま。


 開いていた。


 その前に。


 兵士がいる。


 十数人。


 古い鎧。


 槍。


 盾。


 全員。


 立っている。


「門番まで死者か」


 シルヴァが目を細める。


 列の先頭が門へ近づく。


 兵士たちは止めない。


 確認もしない。


 ただ。


 槍を持ったまま。


 左右へ分かれた。


 道を開ける。


 死者たちが。


 一人ずつ。


 王都へ入っていく。


「どうする?」


 ティナが聞く。


「正面から行く?」


「一回近くまで行こう」


 シルヴァが答える。


「襲われたら?」


「その時考える」


「やっぱりそこは変わってない」


「ちゃんと様子見てからって言ってるだろ」


 クジャが少し笑う。


「前よりは慎重」


「だろ?」


「前よりは」


「そこ強調しなくていい」


          ◇


 城門へ近づくにつれ。


 空気が変わっていった。


 風。


 匂い。


 温度。


 特別冷たいわけではない。


 なのに。


 シルヴァは何度も周囲を見る。


「また?」


 クジャが気づいた。


「ああ」


「引っ張られる感じ?」


「それ」


 墓地でも。


 村でも感じた。


 風の中にある。


 妙な引っかかり。


 王都へ近づくほど。


 はっきりしている。


「今度は一か所じゃない」


 シルヴァが言う。


「街全体からする」


 ティナが城壁を見る。


「全部?」


「多分」


 クジャが眼帯へ手を伸ばす。


「見る?」


 ティナが言う。


「少しだけなら」


「無理しないでね」


「うん」


 クジャが右眼を開いた。


 一瞬。


 表情が変わる。


「……多い」


「何が?」


 シルヴァが聞く。


「流れ」


 城壁。


 門。


 その向こう。


 無数の死者。


 それぞれに絡みつく。


 黒紫のような力。


 一本ではない。


 網のように。


 街中へ広がっている。


「どこから来てる?」


「奥」


 クジャが目を細める。


 右眼の奥が痛む。


「城の方」


「ヴェルグ?」


「多分」


 クジャはすぐ眼帯を戻した。


「でも全部直接一本で繋がってる感じじゃない」


「どういうこと?」


 ティナが聞く。


「街の中に何か経路がある」


「経路?」


「分からない」


 クジャはこめかみを押さえる。


「細かい流れがいっぱいあって、それが途中で集まってる」


 シルヴァが王都を見る。


「街そのものが装置みたいになってる?」


「そこまでは分からない」


 クジャは首を振る。


「でも、昨日の村よりずっと複雑」


「じゃあ中で右眼使う時はもっと短く」


 ティナが言う。


「分かってる」


「ほんとに?」


「昨日から何回聞くの」


「何回でも言う」


 クジャが少しだけ笑った。


          ◇


 城門まで。


 あと十数歩。


 門番の死者が。


 一斉に。


 三人を見る。


 シルヴァの手が。


 剣の柄へ。


 ティナも構える。


 クジャもカードへ指を伸ばした。


 だが。


 兵士たちは動かない。


 一人。


 最も手前の兵士だけが。


 口を開いた。


「入城する者は」


 声が。


 乾いている。


「王に従え」


 シルヴァが眉を上げた。


「喋れるのか」


「王に従え」


「それしか言えない?」


「王に従え」


 クジャが小さく言う。


「固定されてる」


 シルヴァが兵士へ近づく。


 ティナが袖を掴んだ。


「近い」


「斬ってこないから」


「それでも」


 シルヴァは。


 兵士の顔を見る。


 片目が潰れている。


 頬には古い傷。


 鎧には。


 見たことのない紋章。


「この国の兵士?」


 返事は。


 同じ。


「王に従え」


「ヴェルグって王?」


 一瞬。


 兵士の目が。


 僅かに動いた。


「剣王」


 三人が反応する。


「……別の返事した」


 ティナが呟く。


「剣王ヴェルグ陛下」


 兵士が続ける。


「勝者こそが王」


 シルヴァの目が細くなる。


「今も?」


「永遠に」


 それきり。


 兵士は黙った。


 クジャが言う。


「残ってる情報に反応した」


「質問によって引き出せるのか」


「全部じゃないと思う」


「入ってもいい?」


 シルヴァが試しに聞く。


 兵士は。


 槍を僅かに持ち上げた。


 通路が開く。


「王に従う者を拒まず」


 シルヴァが横を見る。


「入れそう」


「従うとは言ってないけどね」


 ティナが言う。


「向こうが勝手にそう思ってるなら今は使おう」


 クジャが静かに答える。


 三人は。


 ゆっくり。


 城門をくぐった。


          ◇


 最初に目に入ったのは。


 市場だった。


「……は?」


 シルヴァが止まる。


 人がいる。


 いや。


 死者がいる。


 露店。


 布。


 陶器。


 干からびた果物。


 錆びた道具。


 商品らしきものが並んでいる。


 店の前には。


 商人らしい男。


「いらっしゃい」


 三人が見る。


 男の顔は。


 半分腐っている。


「いらっしゃい」


 また言う。


「今日は魚が安いよ」


 机の上。


 魚はない。


 何もない皿だけ。


 男はそれを指す。


「朝獲れだ」


 シルヴァが言葉を失う。


 隣の店。


 女が布を畳んでいる。


 何度も。


 同じ一枚を。


 畳み。


 広げ。


 また畳む。


「この布は丈夫です」


 誰もいない場所へ言う。


「冬でも寒くありません」


 さらに先。


 鍛冶場。


 カァン。


 カァン。


 音が響く。


「……動いてる」


 ティナが見る。


 片腕のない鍛冶師が。


 槌を振っている。


 金床の上には。


 折れた剣。


 何度叩いても。


 直らない。


 それでも。


 止めない。


「全部」


 クジャが周囲を見る。


「生前の仕事してる」


 通りには。


 死者。


 死者。


 死者。


 買い物をする者。


 掃除をする者。


 荷車を押す者。


 子供らしき小さな死者までいる。


 ただし。


 会話は。


 噛み合っていない。


「パンを三つ」


「今日は良い天気だ」


「お母さんは?」


「明日は兵役だ」


 言葉だけが。


 かつての日常をなぞっている。


「気味悪いな……」


 シルヴァが呟く。


 ティナが少しだけ顔を曇らせる。


「本人たちは」


 一拍。


「これで生活してるつもりなのかな」


「本人って言っていいかも分からない」


 クジャが答える。


 三人は通りを歩く。


 誰も襲ってこない。


 何人かは。


 こちらを見る。


 けれど。


 すぐ。


 自分の行動へ戻る。


「外から来た人間、珍しくないのかな」


 シルヴァが言う。


「それとも」


 クジャが答える。


「今は敵だと判断されてないだけ」


「今は、ね」


 ティナが剣へ手を置く。


          ◇


 広場へ出る。


 中央。


 大きな石像があった。


 半分壊れている。


 残っているのは。


 剣を持つ男の上半身。


 顔の一部。


 王冠ではない。


 戦場用の鎧。


 剣。


 足元には。


 消えかけた文字。


 ティナが読む。


「……ヴェルグ」


 シルヴァが像を見上げる。


「これが?」


「若い」


 クジャが言う。


 石像のヴェルグ。


 王というより。


 戦士。


 強い男をそのまま像にしたような姿。


 台座。


 その下。


 古い文字が続いている。


 ティナが埃を払う。


「読める?」


「少し」


 指で追う。


「……『敗北を知らぬ王』」


 さらに。


「『剣にて国を拓き、剣にて国を守り、剣にて――』」


 文字が。


 途中から欠けている。


「最後読めない」


 シルヴァが像を見る。


「戦争で滅びたんだよな」


「そう聞いてる」


「自分の国が滅びた後も」


 一拍。


「戻ってきて、また国やってんのか」


 クジャが静かに言う。


「だから死者まで戻した?」


「国を作るために?」


 ティナが周囲を見る。


 店。


 鍛冶場。


 家。


 兵士。


 子供。


「……王国そのものを」


 少しだけ。


 声を落とす。


「元に戻そうとしてるのかも」


 シルヴァが像から。


 遠くの城へ目を移した。


「死んでまで?」


「本人にとっては」


 クジャが言う。


「終わってないのかも」


 その言葉に。


 シルヴァは少し黙った。


          ◇


 カァン。


 突然。


 鐘ではない音。


 三人が振り向く。


 鍛冶場。


 さっきの。


 片腕の鍛冶師。


 槌が止まっている。


 こちらを見ている。


「……剣」


 男が言う。


 シルヴァが自分の剣を見る。


「これ?」


「剣を」


 鍛冶師が近づく。


 ティナが間へ入ろうとする。


 だが。


 鍛冶師は止まる。


「見せろ」


 シルヴァが眉を上げる。


「直すの?」


「剣を」


「壊れてないけど」


「見せろ」


 しばらく迷って。


 シルヴァは。


 鞘ごと剣を前へ。


 鍛冶師の濁った目が。


 剣へ向く。


 手を伸ばす。


 触れる。


 そして。


 動きが。


 止まった。


「……軽い」


「え?」


「若い剣だ」


 三人が。


 顔を見合わせる。


 それまでの繰り返しと。


 違う。


「分かるの?」


 シルヴァが聞く。


「剣は」


 鍛冶師の指が。


 鞘をなぞる。


「持ち主を覚える」


 シルヴァが少し驚く。


「あなた、鍛冶師だったの?」


「王の剣を打った」


 ティナが反応する。


「ヴェルグの?」


「王の剣を」


 男の顔が。


 ほんの少し。


 何かを思い出すように動く。


「折れぬように」


「今も?」


「王は負けない」


 声が戻る。


「王は負けない」


「……」


「王は負けない」


 繰り返し。


 男はシルヴァの剣から手を離す。


 鍛冶場へ戻る。


 カァン。


 カァン。


 また。


 折れた剣を叩き始める。


 シルヴァは。


 自分の剣を見る。


「今の」


 ティナが言う。


「少し会話できてた」


「残ってるんだな」


 シルヴァが答える。


「何か」


 クジャも頷く。


「完全には消えてない」


「でも本人でもない」


「うん」


 三人とも。


 それ以上。


 言葉が続かなかった。


          ◇


 同じ頃。


 遠く西。


 創都リメア。


 中央塔の上層。


 机の上に広げられた地図から。


 一つ。


 また一つ。


 小さな光が消えていた。


 ミルスが。


 それを静かに見ている。


「これで七つ目です」


 背後。


 ギラルーンが言った。


 いつもの落ち着いた声。


 だが。


 表情は普段より僅かに硬い。


「西の連絡路?」


「はい」


 細長い指が。


 地図の一角を指す。


「ここ。それから北西の中継地点。昨日まで使えていた商人との連絡も切れました」


「偶然じゃないわね」


「残念ながら」


 ギラルーンが薄く笑う。


「ずいぶん丁寧です」


「第一軍団」


「おそらく」


 ミルスの目が細くなる。


「グラディオ本人は?」


「まだ確認できていません」


「なら部下だけの可能性もある」


「ええ。ただ」


 ギラルーンが地図の別の位置を指す。


「潰し方が変わりました」


「どう変わったの?」


「探しているというより」


 一拍。


「逃げ道を減らしています」


 ミルスが黙る。


「西から入り」


 ギラルーンが続ける。


「一つずつ街道を抑え、山道を潰し、こちらへ情報を運ぶ人間を切っています」


「リメアの場所は?」


「まだ」


「確実?」


「少なくとも、ここへ直接向かってはいません」


 ミルスが息を吐く。


 なら。


 まだ時間はある。


 だが。


 多くはない。


「あなたが動くと?」


「こちらの位置を教える危険が増えますね」


「でも何もしなければ囲われる」


「はい」


 ギラルーンは笑う。


「面倒な相手です」


「珍しい」


「何がです?」


「あなたがそう言うの」


「追いかけてくる相手なら楽なのですが」


 ギラルーンの目が。


 僅かに鋭くなる。


「彼らは追ってこない」


「道そのものを消してくる」


「ええ」


 《遊歩》なら。


 敵の後ろへ回れる。


 撹乱できる。


 索敵もできる。


 だが。


 使える道。


 連絡地点。


 逃げ先。


 それらを一つずつ潰されれば。


 ギラルーン一人が自在に動けても。


 街は動けない。


「シルヴァたちは?」


 ギラルーンが聞く。


「東へ向かった」


「ヴェルグですか」


「ええ」


「伝えます?」


 第一軍団が西で動いていること。


 ミルスは。


 数秒考えた。


「今はいい」


「よろしいので?」


「彼らを戻してどうするの?」


 ギラルーンは答えない。


「第一軍団を相手にさせる?」


「それは」


「まだ早い」


 ミルスが地図を見る。


「それに東も放置できない」


 ラース。


 ヴェルグ。


 第三軍団。


 三つが。


 すでに重なり始めている。


「こっちはこっちで時間を稼ぐ」


「では」


「連絡路を二つ捨てる」


「どちらを?」


 ミルスが指を動かした。


「南西と西の旧街道」


 ギラルーンが見る。


「かなり大胆ですね」


「そこを残せば追われる」


「囮に?」


「使えるなら」


 ギラルーンが小さく笑う。


「承知しました」


「無理はしないで」


「それをあなたが言いますか?」


 ミルスが顔を上げる。


「何?」


「いえ」


 ギラルーンは踵を返す。


「では、少し散歩してきます」


「散歩で第一軍団に喧嘩売らないで」


「努力します」


「信用できない」


「それは残念です」


 扉が閉まる。


 一人になったミルスは。


 もう一度。


 地図を見る。


 消えた光。


 七つ。


 まだ。


 敵はリメアを見つけていない。


 だが。


 確実に。


 近づいていた。


          ◇


 東。


 死者の王都。


 三人は。


 広場からさらに奥へ進んでいた。


「さっきより兵士増えてない?」


 ティナが周囲を見る。


 最初の市場区画とは違う。


 通りの左右に。


 槍を持った兵。


 弓。


 剣士。


 数十。


 その向こうにも。


 巡回している死者が見える。


「城に近いからかな」


 シルヴァが言う。


「それだけじゃない」


 クジャが答える。


「見られてる」


「ずっと?」


「うん」


 死者たちは。


 仕事をしているように見える。


 だが。


 三人が通るたび。


 必ず。


 何人かの目が向く。


「侵入者だって気づき始めてる?」


 ティナが聞く。


「まだ分からない」


 その時。


 正面から。


 一人の兵士が来た。


 他と違う。


 全身鎧。


 大きな盾。


 腰に剣。


 胸には。


 城門の兵士と同じ紋章。


 兵士は。


 三人の前で止まった。


「旅人」


 シルヴァが見る。


「何?」


「王都へ何用だ」


 三人の表情が変わる。


 今までより。


 明確に。


 会話になっている。


「王に会いに来た」


 シルヴァが答えた。


 ティナがちらりと見る。


 兵士は。


 数秒。


 シルヴァを見る。


「陛下に?」


「ああ」


「剣を持って?」


「持ってる」


「戦うためか」


 ティナの手が。


 ゆっくり剣へ。


 クジャも。


 カードを一枚。


 シルヴァだけが。


 兵士を見たまま。


「もしそうだって言ったら?」


 沈黙。


 数秒。


 兵士の口元が。


 僅かに。


 上がった。


「ならば歓迎しよう」


「……は?」


 三人が反応する。


 兵士は。


 道を開けた。


「陛下は」


 低い声。


「強者を拒まぬ」


 その奥。


 王城へ続く。


 長い大通り。


 両脇。


 何百もの死者。


 兵士。


 市民。


 全員が。


 ゆっくり。


 三人を見る。


 ゴォン。


 鐘が鳴る。


 一斉に。


 死者たちが。


 頭を垂れた。


「陛下」


「陛下」


「陛下」


 声が。


 街中へ広がる。


 シルヴァは。


 遠くにある。


 巨大な王城を見た。


 その最上部。


 夕闇の中。


 一つだけ。


 大きな灯りが。


 点いている。


「……いるな」


 ティナが隣へ並ぶ。


「多分」


 クジャも。


 カードを手にしたまま。


 王城を見る。


 その瞬間。


 街のさらに奥。


 ほんの一瞬だけ。


 別の気配が動いた。


 クジャが振り向く。


「……?」


「どうした?」


 シルヴァが聞く。


「今」


 クジャが辺りを見る。


「何か」


「死者?」


「違う」


 視線を走らせる。


 屋根。


 路地。


 塔。


 誰もいない。


「気のせいかも」


 クジャが言う。


 だが。


 その遥か後方。


 崩れた鐘楼の影。


 黒い鎖が。


 音もなく。


 石壁の向こうへ消えた。


 まだ。


 三人は知らない。


 この死者の国へ入ったのが。


 自分たちだけではないことを。

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