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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第75話 帰ってきた死者

 翌朝。


 街道に、昨夜の死者たちはいなかった。


 残っているのは。


 雪と土の上に刻まれた。


 無数の足跡だけ。


「本当に東へ行ってる」


 ティナがしゃがみ込み、地面を見る。


 古い靴。


 裸足。


 鎧靴。


 形はばらばらなのに。


 向いている方向だけは同じだった。


 東。


 クジャも足跡の先を見る。


「途中で散ってない」


「全員同じ場所に向かってるってことか」


 シルヴァが外套を直す。


 昨夜見た列。


 何十人もの死者。


 誰一人として。


 宿場へ入ろうとはしなかった。


 ただ鐘が鳴ったあと。


 東へ歩いていった。


「追う?」


 クジャが聞く。


「追う」


 シルヴァが答える。


「ただ、近づきすぎない方がいいな」


 ティナが見る。


「珍しく慎重」


「昨日からそればっか言うなって」


「だって」


「俺だって学習する」


 クジャが言う。


「たまに」


「それ昨日も聞いた!」


          ◇


 三人は死者の足跡を追った。


 街道から。


 やがて細い脇道へ。


 途中。


 足跡が増えた。


 森の中。


 崩れた墓地。


 潰れた小屋の跡。


 そこから。


 別の足跡が合流している。


 ティナが立ち止まる。


「ここからも出てきてる」


「墓?」


 シルヴァが見る。


 古い墓石。


 いくつかは倒れている。


 土が。


 不自然に抉れていた。


「……中から?」


 クジャが近づく。


「多分」


 ティナの顔が少し引きつる。


「嫌な言い方しないで」


「事実」


「分かってるけど」


 シルヴァがしゃがみ。


 土へ手を触れる。


「新しい」


「夜に出た?」


「たぶん」


 その時。


 風が通った。


 冷たい。


 でも。


 昨日までとは少し違う。


「……ん?」


 シルヴァが顔を上げる。


「どうしたの?」


 ティナが聞く。


「いや」


 もう一度。


 風を感じる。


 木々。


 土。


 墓石。


 普通なら。


 それだけ。


 けれど。


 ごく薄く。


 何かが。


 引っかかる。


「変な感じする」


 クジャが振り向く。


「どんな?」


「上手く言えない」


 シルヴァは眉を寄せる。


「風が通ってるのに」


 一拍。


「どっかで引っ張られてるみたいな」


「オーラ?」


「分からない」


 目を閉じる。


 もう一度。


 風を流す。


 でも。


 すぐ消えた。


「今はもうない」


「昨夜の死者がいたから?」


 ティナが聞く。


「かもしれない」


 クジャが眼帯に触れた。


 だが。


 外さない。


「近くに実物がいたら見る」


「無理しない範囲でね」


「うん」


 シルヴァが立ち上がる。


「先行こう」


          ◇


 昼前。


 三人は小さな村へ着いた。


 静かだった。


 昨日まで人が住んでいたような家。


 開いたままの扉。


 道端に落ちた桶。


 畑には。


 途中まで掘られた土。


「誰もいない」


 ティナが周囲を見る。


「避難した?」


「それならもっと片づけてる気がする」


 クジャが言う。


 シルヴァは地面を見る。


 足跡。


 人間のもの。


 大量。


 東へ。


 その中に。


 妙な跡が混じっている。


 引きずられたような。


 掴まれたような。


「連れていかれたのかもな」


 ティナの顔が強張る。


 その時。


 カタン。


 三人が振り向いた。


 家の裏。


 物音。


 シルヴァが剣へ手を掛ける。


 ティナも。


 クジャもカードを一枚抜く。


「いる」


 クジャが低く言う。


 三人がゆっくり近づく。


 角を曲がる。


 そこにいたのは。


 老人だった。


 痩せた身体。


 土まみれの服。


 背中を丸め。


 古びた鍬を持っている。


「……生きてる?」


 ティナが小さく言う。


 老人は。


 三人に気づかない。


 畑の前へ立ち。


 鍬を振り下ろす。


 ザク。


 土を掘る。


 また。


 ザク。


 一定の動き。


「おじいさん」


 ティナが声をかけた。


 老人の動きが止まる。


 ゆっくり振り返る。


 顔。


 青白い。


 目は濁っている。


 首には。


 深い傷。


 とても。


 生きている人間には見えなかった。


「……死んでる」


 シルヴァが呟く。


 老人の口が動く。


「畑を……」


 三人が構える。


「畑を、耕さないと」


 声は掠れていた。


「春が来る」


 老人はそれだけ言って。


 また鍬を振る。


 ザク。


 ザク。


 ザク。


 ティナが眉を寄せる。


「襲ってこない」


「今は」


 クジャが答える。


 眼帯へ手を伸ばす。


「見る」


「大丈夫?」


「少しだけ」


 クジャが右眼を開いた。


 世界が変わる。


 老人の身体。


 内部を流れる。


 細いオーラ。


 いや。


 生きている人間の流れとは違う。


 途切れている。


 心臓。


 肺。


 血。


 生命の循環。


 そこには繋がっていない。


 代わりに。


 身体の各所。


 筋肉。


 骨。


 神経があった場所。


 そこへ。


 黒紫のような力が絡みついている。


「……変」


 クジャが呟く。


「何が見える?」


 シルヴァが聞く。


「この人のオーラじゃない」


「じゃあヴェルグ?」


「多分」


 クジャはさらに見る。


 その黒紫の力の奥。


 もっと薄いもの。


 老人自身に残っている。


 残響。


 癖。


 長く繰り返した動作。


 言葉。


 記憶の欠片。


 ただし。


 それは。


 一つにまとまっていない。


「魂じゃない」


 ティナが反応する。


「分かるの?」


「少なくとも」


 クジャが目を細める。


「生きてる人の中にあるものと全然違う」


 少し頭が痛む。


 それでも。


 あと少しだけ見る。


「身体に残ってたものを」


 一拍。


「外から繋いで、動かしてる」


「残ってたもの?」


「昔何度もやった動き」


 老人が鍬を振る。


「何度も言った言葉」


「……だから同じことを繰り返す?」


「多分」


 クジャが右眼を閉じる。


 眼帯を戻す。


「本人を全部戻したんじゃない」


 ティナが老人を見る。


「じゃあ」


 一拍。


「この人は、戻ってきたわけじゃないんだ」


「多分ね」


 老人は変わらず。


 畑を耕している。


「春が来る」


 ザク。


「畑を、耕さないと」


 ザク。


 シルヴァが静かに見る。


 何となく。


 剣へ手を掛けた。


 ティナが横を見る。


「斬るの?」


「……」


 老人は襲ってきていない。


 ただ。


 死んだ身体を。


 誰かの力で動かされている。


 シルヴァは。


 少し迷った。


 その時。


 遠く。


 ゴォン。


 鐘が鳴った。


 三人が顔を上げる。


 昼。


 昨日は夜だった。


 それでも。


 確かに。


 東から。


 鐘。


 老人の動きが。


 ぴたりと止まる。


「……?」


 次の瞬間。


 首が。


 東へ向く。


「王都へ」


 声。


 さっきまでと違う。


「王都へ」


 老人が鍬を捨てる。


 歩き出す。


「王がお待ちだ」


 ティナの表情が変わる。


「さっきまでと言ってることが違う」


「鐘が合図」


 クジャが言う。


 老人は三人を無視し。


 村の出口へ向かう。


 だが。


 途中。


 別の家から。


 ガタン。


 扉が開いた。


 一人。


 二人。


 三人。


 死者が出てくる。


 女。


 若い男。


 兵士。


 老人。


 全員。


 東へ。


 さらに。


 別の家。


 倉庫。


 井戸の裏。


 次々。


「こんなにいたのかよ……」


 シルヴァが剣を抜く。


 ティナも。


 だが。


 死者たちは。


 三人を襲わない。


 ただ。


 東へ向かう。


「王都へ」


「陛下のもとへ」


「王がお待ちだ」


 同じ言葉。


 違う声。


 重なる。


 クジャが言う。


「このまま追える」


 シルヴァが頷く。


「行こう」


          ◇


 村を出て。


 三人は。


 死者の列を距離を取って追った。


 十数人。


 足取りは遅い。


 だが。


 止まらない。


 昼でも。


 夕方でもない。


 鐘が鳴れば。


 動く。


「昨夜だけじゃなかったんだ」


 ティナが言う。


「夜に増えるだけで」


 クジャが答える。


「鐘そのものが命令なのかも」


 シルヴァが死者を見る。


「ヴェルグが鳴らしてる?」


「分からない」


「王がお待ちだって言ってたけど」


「それも」


 クジャは考える。


「本人が言わせてるのか、力がそういう命令になってるのか」


 今の段階では。


 決められない。


 その時。


 前方。


 死者の一人が。


 突然。


 列から外れた。


「何?」


 ティナが剣へ手を掛ける。


 死者は。


 道端の森へ入っていく。


 そして。


 何かを拾った。


 小さな。


 木の人形。


 半分壊れている。


 それを。


 じっと見る。


「……」


 死者は。


 若い女だった。


 胸に。


 古い刺し傷。


 女の口が動く。


「ミナ」


 三人が止まる。


「今」


 ティナが言う。


「名前?」


 女は人形を胸へ抱く。


「ミナ」


 もう一度。


 その声だけ。


 少し違った。


 命令でも。


 決まった言葉でもない。


 ティナが一歩近づく。


「ミナって誰?」


 女がこちらを見る。


 数秒。


「……娘」


 シルヴァとクジャも反応する。


「娘?」


 ティナが優しく聞く。


「どこにいるの?」


 女の表情は。


 ほとんど動かない。


 それでも。


「……逃げた」


「いつ?」


「……」


「どこへ?」


「……」


 答えられない。


 その先は。


 残っていない。


 女は。


 人形を見る。


「ミナ」


 それだけ。


 そして。


 遠くから。


 もう一度。


 ゴォン。


 鐘。


 女の身体が揺れた。


 人形が。


 手から落ちる。


「王都へ」


 また。


 同じ声。


 列へ戻る。


 ティナが。


 落ちた人形を拾った。


「……これ」


「持ってく?」


 シルヴァが聞く。


 ティナは少し考え。


 道端の石の上へ。


 そっと置いた。


「ここに置いとく」


「何で?」


「もし」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「本当に娘さんが生きてて、戻ってきたら」


 一拍。


「見つけられるかもしれないから」


 シルヴァは何も言わず。


 小さく頷いた。


          ◇


 夕方前。


 死者の列は。


 古い石橋へ差しかかった。


 川。


 かなり深い。


 橋の中央は一部崩れている。


 死者たちは。


 それでも止まらない。


 一人。


 崩れた場所から落ちた。


 そのまま。


 川へ。


「おい!」


 シルヴァが反射的に動く。


「待って!」


 ティナの声。


 だが。


 すでに。


 シルヴァは橋の縁。


 風を足元へ集め。


 飛び降りた。


「シルヴァ!」


 川。


 落下する死者。


 シルヴァが追いつく。


 腕を掴む。


 風を逆向きへ。


 一気に浮かせる。


 二人まとめて。


 橋の側面へ。


 足場を作る。


 その瞬間。


 死者が。


 シルヴァへ噛みついた。


「っ!」


 首を逸らす。


 歯が肩の外套を掠める。


 目。


 さっきまでの。


 ただ歩いていた濁った目ではない。


 明確な敵意。


 シルヴァが腕を押さえる。


「急に何だよ!」


 死者の手が。


 首へ伸びる。


 シルヴァは。


 躊躇をやめた。


 剣。


 一閃。


 胸を断つ。


 死者の身体が。


 止まる。


 その瞬間。


 シルヴァの周囲で。


 風が。


 ふっと。


 軽くなった。


「……え?」


 何かが。


 解けた。


 そんな感覚。


 ほんの一瞬。


 死者の身体は。


 川へ落ちる前に。


 風で押し上げる。


 橋の上。


 ティナが《構装》の足場を伸ばす。


 クジャも《♣6》を飛ばす。


 カードから伸びるオーラが死体を絡め。


 橋へ引き上げた。


 シルヴァも戻る。


「何してるの!」


 着地した瞬間。


 ティナが怒る。


「落ちたから!」


「死んでる人でしょ!」


「分かってるけど反射で!」


「それで噛まれかけてたじゃない!」


「避けた」


「そういう問題じゃない!」


 クジャが。


 二人を見ず。


 倒れた死者を見る。


「シルヴァ」


「何?」


「今」


 クジャが眼帯へ触れる。


「何かした?」


「斬っただけ」


「風」


「え?」


「一瞬変わった」


 シルヴァが黙る。


 自分も。


 感じた。


「俺も」


 ティナが二人を見る。


「何が?」


 シルヴァは死者を見る。


 さっきまで。


 身体に絡みついていた。


 見えない何か。


 それが。


 斬った瞬間。


「……ほどけた」


「ほどけた?」


「そんな感じだった」


 クジャが右眼を開く。


 数秒だけ。


 倒れた死者を見る。


 そして。


 目を細めた。


「消えてる」


「何が?」


「外から繋いでた力」


 ティナが息を飲む。


「ヴェルグの?」


「多分」


 クジャが右眼を閉じる。


「さっきまでこの人にもあった」


「斬ったから切れた?」


 シルヴァが聞く。


「普通に斬っただけなら」


 一拍。


「身体が壊れるだけでもいいはず」


 クジャがシルヴァを見る。


「でも接続そのものが消えた」


「俺の風?」


「分からない」


 シルヴァは。


 自分の手を見る。


 風。


 いつも通り。


 特別なことはしていない。


 ただ。


 斬った。


 それだけ。


 なのに。


 さっき。


 確かに。


 何かが解放されたような感覚があった。


「……風葬?」


 ティナが呟く。


 シルヴァが顔を上げる。


 その言葉。


 何度も。


 自分が使ってきた。


 《風葬》。


 でも。


 今まで。


 敵を斬るための力として。


 深く考えたことはなかった。


「分からない」


 シルヴァが答える。


「今のじゃ」


「でも覚えとこう」


 クジャが言う。


「うん」


 シルヴァも頷く。


 前を見る。


 死者の列は。


 もう。


 かなり先へ進んでいた。


「行こう」


 三人が再び歩き出す。


 その少し後ろ。


 橋の上。


 倒れた死者だけが。


 もう二度と。


 動かなかった。


          ◇


 夕暮れ。


 遠く。


 地平線の向こうに。


 黒い影が見え始めた。


 壁。


 塔。


 そして。


 さらに奥。


 巨大な城。


「見えた」


 ティナが足を止める。


 シルヴァも。


 クジャも。


 見上げる。


 空は赤く染まり。


 その下。


 滅びたはずの王都に。


 明かりが。


 一つ。


 また一つ。


 灯り始める。


 ゴォン。


 鐘。


 死者たちが。


 一斉に。


 歩みを速めた。


「王都へ」


「陛下のもとへ」


「王がお待ちだ」


 同じ言葉。


 重なる声。


 シルヴァが剣の柄へ手を置く。


 その奥。


 城。


 あそこに。


 いる。


 死者を起こしている存在。


 剣王ヴェルグ。


 そして。


 おそらく。


 もう一人。


「ラースも先に入ってそうだな」


 ティナがシルヴァを見る。


「会った瞬間また戦わないでよ」


「俺からは行かないって」


 クジャが言う。


「ラースから来たら?」


「……その時は」


「シルヴァ」


「分かったって!」


 少しだけ。


 三人に笑いが戻る。


 そして。


 そのまま。


 死者たちの後を追う。


 滅びた国へ。


 死者の王が待つ。


 王都へ。

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