第72話 追えばいい
第三軍団の兵が、また一人雪へ倒れた。
ティナの《構装刃》が剣を弾き飛ばし、その横からクジャの《♠K》が肩口を深く裂く。
血が白い雪へ散る。
残った兵がすぐに前へ出ようとした。
「出るな」
ゼインの声。
短い。
だが、その一言で男の足が止まった。
クジャが目を細める。
「止めた」
「何が?」
「無理に数を減らさないようにしてる」
ティナも周囲を見る。
最初より明らかに少ない。
倒れた者。
動けなくなった者。
すでに何人かは後方へ下げられている。
第三軍団は強い。
ただし。
命を捨てる戦い方はしていなかった。
「じゃあ、向こうも余裕なくなってきたってことね」
「たぶん」
二人のゼインが同時に動く。
一人がティナ。
もう一人がクジャ。
「また来る!」
ティナが踏み込んだ。
左腕。
盾。
右脚。
構装甲。
剣。
構装刃。
足元。
小さな足場。
《構装・連装》。
四つが同時に展開される。
一人目の短剣を盾で受ける。
火花。
同時に二人目。
低く滑り込み、ティナの脚を狙う。
「見えてる!」
右脚を上げる。
短剣が構装甲へ当たる。
そのまま。
蹴り。
ゼインの肩へ。
「――」
ゼインが身体を捻って受ける。
飛ぶ。
ティナは追わない。
「クジャ!」
「うん」
《♣6》。
カードが低く走る。
着地したゼインの足首へ。
絡む。
ほんの一瞬。
だが。
十分。
ティナが空中足場を踏んだ。
一歩。
もう一歩。
斜め上から。
構装刃。
振り下ろす。
ゼインが短剣を交差。
受ける。
重い。
雪が沈む。
もう一人がティナの背後へ。
「後ろ!」
クジャが《♦Q》を飛ばした。
強固な防壁。
短剣が激突する。
硬い音。
止まった。
ティナが振り向く。
「今度は!」
左盾を消す。
その分のオーラを。
剣へ。
構装刃が僅かに厚くなる。
横薙ぎ。
防壁に止められていたゼインへ。
直撃。
脇腹から胸。
大きく裂く。
血。
身体が吹き飛び。
雪へ叩きつけられた。
クジャの右眼が開く。
見る。
倒れた身体。
流れ。
薄れていく。
「そっち!」
ティナが反応する。
すぐに前へ。
残ったゼインがティナへ短剣を向ける。
だが。
クジャの《♠K》が横から飛び込んだ。
ゼインが身を沈める。
その瞬間。
ティナの足場。
上。
角度を変える。
ゼインの死角。
「はぁっ!」
構装刃。
肩。
深く入る。
ゼインが初めて大きくよろめいた。
ティナがさらに踏み込もうとする。
だが。
「っ……」
足が止まる。
呼吸。
荒い。
左盾。
消える。
脚の構装も。
一瞬遅れて崩れた。
クジャがすぐ横へ出る。
「限界?」
「まだ……」
「嘘」
「まだ動ける!」
「それは限界じゃないって意味じゃない」
ティナが言い返そうとして。
やめた。
「……あと少し」
「それならいい」
ゼインが肩を押さえながら立つ。
分身は。
今は作らない。
クジャがそこを見る。
「作り直さない」
「オーラ減ってる?」
「たぶん」
ゼインは答えない。
だが。
その目は。
もう最初の時とは違っていた。
ティナとクジャを。
明確に危険な相手として見ている。
◇
その頃。
雪原の中央では。
轟音が響いていた。
ラースの斬撃。
ネイラの鎖。
シルヴァの風。
三つが正面からぶつかる。
「そこ!」
シルヴァが低く滑り込む。
ネイラの鎖刃。
右腕の動きに合わせて先回り。
だが。
シルヴァは途中で剣を引いた。
足元。
風。
上。
ネイラの鎖が空を切る。
「また外した!」
空中。
身体を反転。
真上から。
蹴り。
ネイラが腕で受ける。
その瞬間。
正面。
ラース。
「邪魔だ」
剣。
ネイラの鎖へ。
冷気。
一撃。
黒い鎖が白く染まる。
二撃目。
亀裂。
三撃目。
断裂。
金属音。
鎖の一部が雪へ落ちる。
ネイラが後ろへ跳ぶ。
だが。
ラースはもう追っている。
「まだ終わってねえぞ」
最速。
直線。
ネイラの目が。
一瞬だけラースの右脚へ向く。
動き出す。
分かっている。
それでも。
「遅え」
ラースの速度が上回った。
剣。
ネイラの左腕。
深く裂く。
血。
ネイラが身体を回す。
肘。
ラースのこめかみ。
ラースが首を下げる。
かわす。
腹へ膝。
左腕で受ける。
そのまま。
ネイラの足を蹴る。
体勢が崩れる。
「白髪!」
「分かってる!」
横。
シルヴァ。
風。
ラースとは違う。
直線ではない。
右。
左。
急停止。
また加速。
ネイラの目が動く。
シルヴァの右腕に残した何か。
そこから動き出しは読める。
しかし。
シルヴァは。
動き出した後。
風で軌道を変える。
「こっち!」
ネイラの右。
剣。
肩。
浅い。
ネイラが振り向く。
シルヴァはもういない。
後ろ。
「まだ!」
二撃目。
背中。
血。
ネイラが鎖を振る。
シルヴァが跳ぶ。
ラースが入る。
息を合わせたわけではない。
作戦を決めたわけでもない。
それでも。
二人とも。
強い相手と戦う中で。
自然に相手の隙を使い始めていた。
「そっち塞げ、白髪」
「命令すんな!」
「なら勝手に動け!」
「最初からそうしてる!」
ラースが地面を斬る。
白い亀裂。
ネイラの左右から。
氷柱。
逃げ道を狭める。
ネイラが後ろへ。
その場所へ。
シルヴァが風を叩きつけた。
横風。
身体が僅かにずれる。
「――」
ラースの剣。
肩口。
深く入る。
ネイラの身体が雪へ叩きつけられた。
シルヴァが着地する。
「入った!」
ラースは止まらない。
「まだだ」
剣を振り上げる。
ネイラが転がる。
斬撃。
雪原が割れる。
起き上がったネイラの肩から。
大量の血。
切れた鎖。
脇腹。
背中。
複数の傷。
オーラが。
一気に再生へ集まる。
シルヴァの右腕。
違和感が。
また薄くなった。
「効いてる!」
ラースも自分の脚を動かす。
「読みが甘くなってんな」
ネイラは二人を見る。
呼吸は。
まだ乱れていない。
だが。
傷の再生。
鎖の再接続。
残した“何か”の維持。
全てを同時に行っている。
ラースが薄く笑う。
「どうした、軍団長」
剣を肩へ。
「さっきまでより遅えぞ」
「そう見えますか」
「見えるな」
「なら」
ネイラが鎖を握り直す。
「確認できました」
ラースの眉が動く。
「何をだ」
ネイラは答えない。
視線だけを。
戦場全体へ向ける。
倒れた兵。
負傷者。
肩を斬られたゼイン。
呼吸の荒いティナ。
右眼を使い続けたクジャ。
そして。
まだ戦意を失っていないシルヴァとラース。
一秒。
二秒。
ネイラの判断は。
早かった。
「第三軍団」
声。
戦場全体へ。
「撤収」
シルヴァの目が開く。
「……え?」
ラースは。
一瞬。
理解できなかったように。
ネイラを見る。
「は?」
ゼインが短剣を下げる。
即座。
「了解」
残った兵たちも。
迷わない。
倒れた仲間。
負傷者。
回収へ動く。
ティナが構えたまま目を見開く。
「撤退……?」
クジャが右眼を閉じる。
「ネイラが決めた」
ラースだけが。
剣を下ろさない。
「おい」
低い声。
ネイラが振り返る。
「何でしょう」
「まだ終わってねえだろ」
「こちらとしては十分です」
ラースの目が鋭くなる。
「……逃げんのか、軍団長」
ネイラは。
その挑発にも。
まったく表情を変えなかった。
「本日の目的は」
鎖刃を引き戻す。
「あなたとの決闘ではありませんので」
「チッ」
ラースが踏み込もうとする。
その前。
第三軍団員が複数。
一斉に煙玉を雪へ叩きつけた。
白ではない。
黒い煙。
雪原を覆う。
「こんなもん――!」
ラースが剣を振る。
冷気。
煙の一部が吹き飛ぶ。
だが。
その先。
第三軍団はすでに散っている。
同じ方向へ逃げていない。
負傷者を抱え。
複数の経路へ。
「ラース!」
シルヴァが叫ぶ。
「分かってる!」
ラースが一人を追う。
氷。
加速。
だが。
その先の兵士が。
雪面へ何かを投げた。
爆発。
氷塵。
視界。
一瞬。
消える。
ラースが抜けた時。
もういない。
別方向。
ネイラ。
ラースが剣を向ける。
「逃がすかよ!」
踏み込む。
しかし。
シルヴァの風が。
遠くから。
さらに複数の気配を拾う。
「ラース!」
「何だ!」
「分散してる!」
ラースが止まる。
右。
左。
後方。
全部。
別方向。
追えば一人は捕まえられる。
だが。
ネイラを確実に追える保証はない。
「……チッ」
ラースが舌打ちした。
苛立ちを隠そうともしない。
「つまんねえ逃げ方しやがる」
シルヴァが横へ来る。
「追う?」
「どいつをだ」
「……確かに」
「逃げるための訓練までしてやがる」
ラースは剣を鞘へ戻さない。
まだ。
明らかに戦い足りていない。
遠く。
黒煙の向こう。
ネイラの姿が。
一瞬だけ見えた。
ラースが声を張る。
「次は逃がさねえぞ、軍団長!」
ネイラは振り返らなかった。
◇
数分後。
雪原に残っていたのは。
シルヴァ。
ティナ。
クジャ。
そしてラース。
あとは。
戦闘の跡だけだった。
シルヴァが剣を鞘へ戻す。
「……終わった?」
ラースが睨む。
「終わってねえ」
「いや、今日は」
「同じだ」
「違うだろ」
ラースが東を見る。
「次会ったら続きだ」
「ネイラと?」
「そっちも」
シルヴァが嫌な予感を覚える。
「そっちも?」
ラースの目が戻る。
「お前とのもだ、白髪」
「やっぱり?」
「途中だっただろ」
「まあ、それはそうだけど」
ティナが二人の間へ入る。
「今日はもう戦わないで」
ラースがティナを見る。
「何でお前が決める」
「シルヴァがボロボロだから」
「まだ動ける」
「シルヴァは黙って」
「はい」
クジャが横で笑う。
ラースがそれを見て。
少しだけ眉を上げた。
「変な連中だな」
「よく言われる」
シルヴァが答える。
「お前が一番変だろ」
「初対面でそれ言う?」
「初対面で俺に斬りかかってきた奴が言うな」
「先に遊んでやるって言ったのお前だろ!」
「乗ったのはお前だ」
「……それはそう」
ティナがため息をつく。
「認めるのね」
ラースは東を見る。
先ほどまでとは違う。
表情から。
戦いの熱が少しずつ引いていく。
「俺は行く」
シルヴァが聞く。
「東?」
「ああ」
「第三軍団、また来るぞ」
「来ればいい」
即答。
「今度こそ軍団長と最後までやれる」
ティナが呆れる。
「そこ?」
「他に何がある」
シルヴァは少し笑った。
やっぱり。
こいつは。
そういう奴らしい。
「じゃあ」
シルヴァが言う。
「次会った時、続きな」
ラースが歩き始める。
三歩。
そこで。
止まった。
「……シルヴァ」
シルヴァの目が僅かに開く。
初めて。
名前。
ラースは振り返らない。
「次はもう少し強くなっとけ」
シルヴァの口元が上がる。
「そっちこそ」
「寝言は勝ってから言え」
「決着ついてないだろ!」
「続いてりゃ俺が勝ってた」
「それ自分で言う!?」
ラースは。
僅かに。
笑った。
「事実だ」
そのまま。
東へ歩いていく。
水色の髪が。
雪原の向こうへ小さくなる。
クジャがシルヴァを見る。
「名前覚えてた」
「聞こえてたんだろ」
「嬉しい?」
「別に」
ティナが横を見る。
「顔笑ってるけど」
「戦った相手に認められたら普通嬉しいだろ」
「ふーん」
「何その言い方」
「別に」
クジャがティナを見る。
「妬いてる?」
「妬いてない!」
「何に!?」
シルヴァまで叫ぶ。
雪原に。
三人の声が響いた。
◇
その頃。
数キロ離れた森の中。
第三軍団は合流していた。
負傷者を地面へ下ろす。
ゼインがネイラの前へ立つ。
「損耗、想定以上」
「ええ」
ネイラの傷は。
すでに大部分が塞がっている。
ただ。
完全ではない。
再生へ使ったオーラ。
切断された鎖。
何度も維持した印。
消費は小さくなかった。
ゼインが聞く。
「追わない?」
「今は必要ありません」
「ラースは東へ行く」
「構いません」
ネイラが目を閉じる。
感覚を探る。
遠く。
薄い。
だが。
確かにある。
右脚。
左肩。
ラースへ残した痕跡。
戦闘中。
何度も再生へオーラを割いたことで。
浅いものはいくつか消えた。
それでも。
一つ。
深く残っている。
十分。
ネイラが目を開く。
「標は残っています」
ゼインが黙る。
「本日の目的は捕獲から確認へ変更しました」
「確認?」
「六魔王ラースの戦闘能力」
一拍。
「そして、同行する可能性のある者たち」
白髪の少年。
構装を使う剣士。
カード使い。
ネイラの目が僅かに細くなる。
「情報は得ました」
ゼインが聞く。
「次は?」
ネイラは東を見る。
ラースが向かった方向。
「行かせても構いません」
静かな声。
「追えばいいので」
冷たい風が。
森を抜けていった。




