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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第71話 二つの身体、残る標

 雪へ倒れたゼインの身体が、ゆっくりと崩れていく。


 血も。


 傷も。


 服も。


 輪郭そのものが、淡いオーラへ変わっていた。


 ティナが剣を構え直す。


「……消えてる」


 クジャは眼帯へ指を掛けた。


「見る」


 右眼を開く。


 世界の色が変わった。


 ティナの《構装》。


 第三軍団員たちのオーラ。


 残ったゼイン。


 そして。


 消えかけている、もう一人。


 どちらにも。


 同じ流れ。


 同じ濃度。


 同じ構造。


 クジャの眉が僅かに寄る。


「違う」


「何が?」


「幻じゃない」


 ティナが横目で見る。


「じゃあ、今倒したのは?」


「身体がある」


 クジャの右眼には見えていた。


 消えつつある方にも。


 筋肉を動かした痕跡。


 短剣へ通ったオーラ。


 地面を踏んだ力。


 攻撃のために消費された流れ。


 全部。


 本物と同じように存在していた。


「作ってる」


「身体を?」


「たぶん」


 残ったゼインが動く。


「来る!」


 ティナの足元。


 《構装》。


 一瞬だけ足場。


 踏む。


 身体が斜め上へ跳ねる。


 ゼインの短剣が空を切った。


 ティナは空中で剣を返す。


 構装刃。


 伸長。


 上から斬る。


 ゼインが両短剣を交差させた。


 激突。


 重い。


 それでも。


 ゼインは受け止める。


 ティナが眉を寄せる。


「一人になったのに……全然弱くなってない!」


 クジャも気づいた。


 片方が消えたからといって。


 残ったゼインのオーラが倍になったわけでもない。


 逆に。


 先ほどまで半分だったようにも見えない。


「二人に分けてたんじゃない」


「え?」


「たぶん、本体の力を半分にして分身作ってるわけじゃない」


 ティナが着地する。


「それ、かなり嫌な能力ね」


「うん」


 ゼインが再び踏み込む。


 クジャが《♠3》を飛ばした。


 低威力。


 牽制。


 ゼインが僅かに首を傾ける。


 カードが頬を掠める。


 その隙に。


 ティナが前へ。


 左盾。


 形成。


 ゼインの右短剣を受ける。


 同時。


 右脚へ局所《構装》。


 蹴り。


 ゼインの脇腹。


 だが。


 ゼインは身体を捻る。


 受け流す。


 逆手の短剣がティナの腿へ。


「っ!」


 脚甲。


 一瞬。


 金属音。


 受ける。


 ティナはすぐ解除。


 構装刃。


 剣。


 振る。


 ゼインが後ろへ跳ぶ。


 距離が開く。


「クジャ!」


「分かってる」


 《♣8》。


 地面を這うように回り込み。


 ゼインの左足首。


 拘束。


「――」


 一瞬。


 止まる。


 ティナが踏み込む。


 空中足場。


 一歩。


 さらに加速。


 剣。


 ゼインは短剣で受ける。


 だが。


 今度は押し切れない。


 足が固定されている。


「もらった!」


 ティナが構装刃を厚くする。


 その瞬間。


 ゼインの身体から。


 再びオーラが膨らんだ。


 クジャの右眼が大きく開く。


「ティナ、離れて!」


「え?」


 ゼインの隣。


 もう一人。


 肩。


 腕。


 顔。


 短剣。


 急速に形成される。


「また!?」


 新しいゼインが。


 完成した瞬間。


 ティナへ斬りかかった。


 近い。


 避けられない。


 ティナは剣から構装刃を消した。


 左。


 盾。


 形成。


 短剣と激突。


 盾が割れる。


 衝撃でティナが横へ飛ばされる。


 雪へ。


 転がる。


「ティナ!」


「大丈夫!」


 起き上がる。


 だが。


 息が。


 さっきより明らかに荒い。


 《連装》。


 強い。


 それでも。


 複数を同時に構築し続ければ。


 消費は確実に積み上がる。


 ゼイン二人が並ぶ。


 また。


 同じ顔。


 同じ構え。


 ティナが歯を食いしばった。


「また本物探し?」


 クジャが右眼を開いたまま答える。


「しない」


「え?」


「意味ないから」


 クジャは二人のゼインを見る。


「どっちも攻撃できる」


「……両方?」


「うん」


 右眼で見ても。


 片方だけに“本物”らしい核があるわけではない。


 オーラの接続。


 身体の実在。


 攻撃の力。


 どちらも。


 戦場では本物。


「本物を探しても意味ない」


 クジャがカードを構える。


「なら、壊せる方から壊す」


 ティナが一瞬だけ笑う。


「分かりやすい」


「シルヴァならそう言う」


「影響受けてない?」


「少し」


「少しなんだ……」


 その瞬間。


 二人のゼインが左右へ分かれた。


「来る!」


          ◇


 シルヴァの剣が。


 ネイラの鎖を滑る。


 火花。


 黒い刃。


 横。


 シルヴァは身体を沈めた。


 頭上を通る。


 そのまま前へ。


「今度こそ――」


 右足。


 踏み込む。


 その瞬間。


 ネイラの身体が。


 もう左へ動いていた。


「また!」


 シルヴァの斬撃。


 空。


 ネイラの肘。


 右肩。


「ぐっ!」


 衝撃。


 姿勢が崩れる。


 そこへ鎖。


 腹。


 シルヴァは風を挟む。


 僅かに軌道をずらす。


 刃が外套を裂く。


 皮膚を浅く切る。


「っ!」


 下がる。


 ネイラは追わない。


 ラースが横から飛び込む。


「そっちばっか見てんじゃねえ!」


 氷を纏った剣。


 縦。


 ネイラが鎖で受ける。


 凍結。


 ラースがさらに押す。


「もう一回切れろ!」


 冷気。


 黒い鎖が白くなる。


 亀裂。


 ネイラが鎖を捨てるように緩めた。


 ラースの力が前へ抜ける。


「チッ」


 その一瞬。


 ネイラの右手が。


 ラースの左肩へ触れる。


 ほんの僅か。


「また触ったな」


 ラースの目が鋭くなる。


「何仕込んでやがる」


「秘密です」


「ムカつくな」


 ラースが蹴る。


 ネイラの脇腹。


 直撃。


 身体が横へ飛ぶ。


 雪を削る。


 止まる。


 シルヴァがその隙を逃さない。


「行くぞ!」


 風。


 一気に加速。


 ネイラへ。


 右腕。


 斬る。


 だが。


 ネイラは。


 やはり先に動く。


 刃を避ける。


 シルヴァの目が。


 その時。


 僅かに変わった。


 動く前に。


 相手が避けた。


 違う。


 “予測”ではない。


 タイミングが正確すぎる。


 右腕。


 さっき触れられた場所。


 そこから。


 何かが伝わっている。


「……そういうことか?」


 シルヴァが呟く。


「何だ、白髪」


 ラースが聞く。


「俺の身体に何か残してる」


 ネイラの目が。


 ほんの僅かに。


 動いた。


 シルヴァは見逃さない。


「やっぱり」


 ラースも笑みを消す。


「俺にもか」


「たぶん」


 シルヴァが右腕を見る。


「触られた場所から、動き出す瞬間を読んでる」


「へえ」


 ラースが右脚を見る。


「だから踏み込む前に動けたってわけか」


 ネイラは否定しない。


「気づきましたか」


「認めんのかよ」


「気づかれた後に隠す意味はありません」


 シルヴァが剣を構え直す。


「じゃあ、外せる?」


「試してみてください」


「簡単には無理そうだな」


 ラースが鼻で笑う。


「だったら関係ねえ」


「何?」


「読めるなら」


 冷気が。


 ラースの身体から一気に広がる。


「読んだ上で追いつけねえ速度まで上げるだけだ」


 シルヴァが笑う。


「やっぱそれなんだ」


「他に何がある」


「嫌いじゃない」


「気持ち悪いこと言うな」


「ひどくない?」


 ネイラの鎖刃が動く。


「会話はその辺りで」


 次の瞬間。


 黒い鎖が。


 二方向から襲う。


 先端。


 そして。


 鎖そのもの。


 シルヴァは風で上へ。


 ラースは氷で横へ。


 分かれる。


 ネイラがラースを追う。


 右脚。


 踏み込み。


 ラースが動く。


 その直前。


 ネイラの鎖が。


 もう進路へ来ている。


「読んでるな」


 ラースの口元が吊り上がる。


「だったら」


 足元の氷が。


 爆発した。


 正面へ行くはずだった身体が。


 急に横へ。


 氷の壁へ足を掛け。


 さらに斜め。


 普段の直線加速ではない。


 ネイラの鎖が一瞬遅れる。


「――」


「外したな」


 ラースが懐へ。


 剣。


 腹。


 ネイラが身体を捻る。


 それでも。


 浅く入る。


 血。


 ラースはさらに追う。


 だが。


 ネイラが肘。


 ラースの顎。


 ラースが首を逸らす。


 膝。


 腹。


 ラースが受ける。


 そのまま。


 お互い至近距離。


 シルヴァが上から落ちてくる。


「俺もいる!」


 ネイラが顔を上げる。


 シルヴァ。


 右腕。


 読める。


 剣。


 その軌道。


 ネイラが一歩ずれる。


 だが。


 シルヴァは。


 途中で剣を止めた。


「――?」


 風。


 左脚。


 急加速。


 蹴り。


 ネイラの肩。


 直撃。


「っ」


 初めて。


 ネイラの身体が大きく崩れる。


 シルヴァが着地。


「右腕ばっか見てるから」


 ネイラが肩を押さえる。


「……なるほど」


 ラースが横で笑う。


「使えるじゃねえか、白髪」


「さっきからちょっとずつ評価上がってない?」


「調子乗んな」


 その時。


 ネイラの肩。


 ラースの剣で裂けた腹。


 シルヴァの蹴りで傷んだ箇所。


 オーラが集まる。


 傷が。


 また塞がり始める。


 ラースの笑みが深くなる。


「しつこくていいな」


 シルヴァは。


 逆に。


 じっと見ていた。


 再生。


 鎖。


 傷。


 そして。


 右腕に残る。


 見えない何か。


 ネイラが再生へ力を回した瞬間。


 ほんの僅か。


 右腕にあった違和感が。


 薄くなった。


「……ん?」


「どうした」


「今」


 シルヴァが右腕を動かす。


 少し。


 さっきより軽い。


 ネイラの目が。


 一瞬。


 こちらへ向いた。


 その反応。


 シルヴァは気づく。


「もしかして」


          ◇


 クジャの右眼にも。


 同じものが見えていた。


 遠く。


 ネイラ。


 その身体。


 鎖。


 そして。


 シルヴァとラースへ繋がる。


 極細のオーラの痕跡。


 普段なら。


 ほとんど見えない。


 だが。


 ネイラが傷を治した瞬間。


 流れが変わった。


 鎖。


 身体。


 痕跡。


 三つへ分かれている力が。


 一時的に。


 再生へ偏った。


「……同じ」


 クジャが呟く。


 ティナがゼインの短剣を盾で受けながら叫ぶ。


「何!?」


「ネイラ」


「今そっち見てる場合!?」


「見えてる」


 《♦Q》。


 新しく引いたカード。


 強い防御。


 ティナの背後へ。


 もう一人のゼインの短剣を受ける。


 硬い音。


 止める。


「助かった!」


 クジャは右眼を細める。


「鎖も、身体も、残してるものも」


「何の話!?」


「たぶん、同じオーラ使ってる!」


 ティナが二人のゼインを押し返す。


「じゃあ!」


「たくさん治させれば、残してるものが弱くなる」


 クジャの目から。


 涙が滲む。


 まだ血ではない。


「シルヴァたちに伝える」


「どうやって!?」


 クジャは手札を見る。


 《♥4》。


 《♦Q》。


 《♠K》。


 《♣6》。


 新しく引いた。


 《♥7》。


 そのうち一枚。


 《♥4》を指で弾く。


 カードが高く上がる。


 ネイラの戦場へ。


「シルヴァ!」


          ◇


 声。


 シルヴァが振り向く。


 空。


 カード。


 《♥4》。


 真っ直ぐ飛んでくる。


 シルヴァが受け取る。


「クジャ?」


 カードに込められたオーラ。


 弱い。


 回復。


 だが。


 目的は治療じゃない。


 クジャが遠くから叫ぶ。


「全部、同じところから使ってる!」


 シルヴァの目が見開かれる。


「鎖も!」


 ラースがネイラの斬撃を避ける。


「身体も!」


 クジャが続ける。


「私たちに残してるものも!」


 ネイラの表情が。


 初めて。


 ほんの少しだけ変わった。


 シルヴァが笑う。


「やっぱり!」


 ラースも理解した。


「つまり」


 剣に冷気が集まる。


「治させりゃいいんだな」


「多分!」


「多分かよ!」


 シルヴァが叫ぶ。


「見えてる範囲では!」


「十分だ!」


 ラースが笑う。


「面白くなってきたじゃねえか」


 ネイラが鎖刃を構える。


「ゼイン」


 遠くへ。


 声が飛ぶ。


「対象外三名への拘束を優先。距離を保て」


 ゼインは答えない。


 二人同時に動く。


 クジャが右眼を閉じる。


 眼帯を戻す。


「ティナ」


「うん」


「こっちも早く終わらせる」


「簡単に言うわね」


「疲れてる?」


「かなり!」


「じゃあ短く」


 ティナが苦笑する。


「それができたら苦労してない!」


 二人のゼインが迫る。


 ティナは深く息を吸った。


 《構装》。


 左盾。


 右脚。


 剣。


 足場。


 再び。


 四つが重なる。


「でも」


 ティナの目が鋭くなる。


「やるしかない!」


 踏み込む。


          ◇


 ラース。


 シルヴァ。


 ネイラ。


 三人が同時に動いた。


 ラースが正面。


 速度。


 冷気。


 シルヴァが上。


 風。


 不規則な軌道。


 ネイラの鎖が二人を迎え撃つ。


 読める。


 だが。


 完全ではない。


 シルヴァがわざと右腕から攻撃を始め。


 途中で風を切る。


 左へ。


 ラースは右脚へ力を入れる。


 ネイラが先に反応した瞬間。


 氷で地面を割り。


 逆方向へ。


 二人の動きが。


 さっきまでと変わる。


「学習が早いですね」


 ネイラが呟く。


「褒めてんのか?」


 シルヴァが剣を振る。


 ネイラが鎖で受ける。


 その鎖を。


 ラースが横から斬る。


 凍結。


 亀裂。


「また切るぞ!」


 ネイラが鎖を引く。


 遅い。


 ラースの剣。


 断つ。


 鎖が落ちる。


 同時。


 シルヴァ。


 風。


 背後。


 剣。


 ネイラの背中を浅く裂く。


 血。


 ネイラが振り向きざまに肘。


 シルヴァが受ける。


 ラース。


 正面。


 蹴り。


 ネイラの腹。


 身体が吹き飛ぶ。


 雪へ。


 転がる。


 止まる。


 ネイラが立つ。


 傷。


 鎖。


 同時。


 再生が始まる。


 そして。


 シルヴァの右腕。


 違和感。


 さらに薄くなる。


「当たりだ!」


 シルヴァが叫ぶ。


 ラースの笑みが。


 深くなる。


「なら」


 冷気が雪原を覆う。


「壊し続けりゃいい」


 ネイラは。


 再生を続けながら。


 静かに二人を見る。


「それで捕獲を免れられると?」


 ラースが剣を向ける。


「知らねえよ」


 一歩。


「俺はお前と戦ってるだけだ」


 シルヴァも構える。


「俺はちゃんと核を取らせないためだからな」


「聞いてねえ」


「そこ大事だろ!」


 ネイラは。


 そんな二人を見ながら。


 初めて。


 ほんの僅かに。


 息を吐いた。


 戦場の端。


 第三軍団の兵が、また一人倒れる。


 ティナの《構装刃》。


 クジャの《♠K》。


 そして。


 ゼインの分身が。


 再び大きく揺らいだ。


 第三軍団側の損耗は。


 確実に増えていた。

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