第70話 構装・連装
二人のゼインが、同時に踏み込んだ。
一人はティナへ。
もう一人はクジャへ。
「来る!」
ティナが剣を構える。
正面。
右のゼイン。
逆手の短剣が喉元へ走る。
ティナは剣で弾いた。
火花。
その瞬間には、もう二本目が腹へ。
左脇。
薄い《構装》を形成。
刃が硬質なオーラへ当たり、僅かに止まる。
「っ!」
ティナは身体を捻った。
短剣が滑る。
防いだ《構装》はすぐに消す。
そこへ。
反対側。
「ティナ!」
クジャの声。
もう一人のゼインが回り込んでいた。
同じ顔。
同じ速度。
右から。
蹴り。
ティナは左腕へ《構装》。
受ける。
衝撃。
身体がずれる。
最初のゼインが正面へ戻る。
「二人とも動くの!?」
ティナが剣を振る。
一人が下がる。
もう一人が入る。
隙間を埋めるように。
完全な二対一。
◇
クジャの前にも。
第三軍団の兵が二人。
一人は細身の剣。
もう一人は短槍。
その奥。
ゼインの片方が、ティナとの距離を測りながらこちらも見ている。
クジャは手札を見る。
《♠K》。
《♥4》。
先ほど使った三枚の代わりに引いたのは。
《♦4》。
《♣8》。
《♠3》。
五枚。
短槍の魔族が突っ込む。
クジャが《♦4》を投げた。
カードが槍の穂先へ。
小さな防壁。
正面から止めるほど強くはない。
だが。
角度をずらすには十分。
「っ!」
槍が肩の横を抜ける。
そこへ。
《♠3》。
低い斬撃。
魔族の腿を浅く裂く。
動きが鈍る。
クジャは後ろへ下がらない。
逆に一歩。
懐へ。
肘。
胸。
「ぐっ!」
魔族がよろける。
その足元へ《♣8》。
拘束。
先ほどの《♣5》より強い。
オーラの帯が両脚へ絡みつく。
魔族の動きが止まった。
「今」
クジャが言う。
ティナが反応する。
振り向かず。
剣を横へ。
《構装》。
刃の外側。
半透明のオーラ刃が一瞬だけ伸びた。
届かないはずの距離。
その先にいた魔族の胸を斬る。
血。
男が倒れる。
「……!」
ゼインの目が僅かに動く。
ティナはすぐに構装刃を消す。
息を吐く。
「一人」
「まだ五人」
「数えなくていい!」
クジャが僅かに笑った。
だが。
次の瞬間。
背後。
風切り音。
クジャが振り返る。
遅い。
細身の剣。
首。
「――!」
《♦4》。
さっき槍を逸らしたカード。
地面へ落ちる前。
クジャが指を引く。
空中で反転。
背後へ戻る。
剣へぶつかる。
軌道がずれた。
刃が頬を浅く裂く。
クジャはすぐに距離を取る。
「戻した……」
魔族が呟く。
クジャは頬の血を拭わない。
「一回使ったら終わりだと思った?」
《♦4》が再び宙を回る。
「残ってれば使える」
剣使いが舌打ちする。
だが。
その瞬間。
ゼインが来た。
低い。
クジャの視界。
左下。
短剣。
「っ!」
《♠K》。
クジャが反射的に切った。
強烈な斬撃。
ゼインの短剣と激突。
火花。
ゼインの腕が。
初めて大きく押し返される。
クジャの目が細くなる。
「重いのは、こっち」
《♠K》がさらに押す。
ゼインが後ろへ。
一歩。
二歩。
だが。
倒れない。
そして。
もう一人のゼインが。
クジャの背後にいた。
「クジャ!」
ティナが叫ぶ。
間に合わない。
短剣。
背中。
その瞬間。
ティナの左手が前へ出た。
《構装》。
クジャの背後。
薄い盾。
形成。
短剣が当たる。
音。
盾が割れる。
だが。
一瞬止まった。
クジャが身を沈める。
刃が頭上を抜ける。
「助かった」
「あとで!」
ティナが叫ぶ。
なぜなら。
今度は自分の前に。
二人のゼインが揃っていた。
◇
ティナの呼吸が乱れ始める。
正面。
右。
二人。
その外側には第三軍団の精鋭。
守る。
消す。
作る。
また消す。
肩。
脚。
盾。
剣。
切り替え続ける。
速くなった。
三か月前とは違う。
けれど。
相手が二人。
さらに周囲。
切り替えた直後の一瞬を。
ゼインは逃さない。
一人目。
短剣。
ティナが右肩へ《構装》。
受ける。
解除。
左から二人目。
蹴り。
左脚へ《構装》。
受ける。
解除。
後ろ。
第三軍団員の剣。
「っ!」
背中へ盾。
形成。
受ける。
割れる。
正面。
ゼイン。
もう来ている。
短剣。
剣で受ける。
もう一人。
下。
脇腹。
「くっ……!」
遅れた。
刃が浅く入る。
血が散る。
ティナが後ろへ跳ぶ。
空中。
ゼインが追う。
「まだ!?」
足元へ。
《構装》。
足場。
ティナが踏む。
横へ飛ぶ。
だが。
着地予定地点に。
もう一人のゼイン。
「――!」
短剣。
ティナは空中で剣を下げる。
《構装》。
剣の外側へ。
追加刃。
長く。
一瞬だけ。
ゼインの間合いより先に。
振る。
ゼインが身を引く。
刃が服を裂く。
浅い。
だが。
当たった。
ティナが雪へ着地する。
呼吸。
荒い。
ゼイン二人は。
まだほとんど乱れていない。
クジャが横へ並ぶ。
「ティナ」
「分かってる」
「このままだと消耗負け」
「分かってるって」
ティナは剣を握る。
額に汗。
寒いはずなのに。
身体は熱い。
今までの《構装》。
必要な場所に。
必要な瞬間だけ。
作る。
消す。
また作る。
それだけで。
修行前より遥かに効率は上がった。
でも。
ゼインは。
それを超える速度で。
二方向から来る。
しかも。
第三軍団の精鋭までいる。
一つずつ。
切り替えている限り。
間に合わない。
「……だったら」
ティナが呟いた。
クジャが横を見る。
「何?」
「切り替えるから遅い」
ティナの目が変わる。
「消してから次を作るから」
剣を構え直す。
ゼインが動く。
二人。
左右から。
同時。
ティナは。
今までのように。
一か所だけを守らなかった。
左腕。
盾。
形成。
右脚。
薄い装甲。
同時。
剣。
構装刃。
さらに。
足元。
小さな足場。
四つ。
一瞬。
重なる。
クジャの目が僅かに開く。
「ティナ……」
オーラが。
ティナの身体の周囲で。
複数の形へ分かれていく。
以前なら。
形を一つ保つだけでも。
無駄が多かった。
今は。
違う。
盾は。
受ける瞬間だけ。
足場は。
踏む瞬間だけ。
刃は。
斬る瞬間だけ。
脚の装甲は。
蹴る瞬間だけ。
全てを。
短く。
薄く。
必要な分だけ。
「――《構装・連装》」
ティナが踏み込んだ。
◇
右のゼイン。
短剣。
ティナの左。
盾。
激突。
音。
同時。
左のゼイン。
低い蹴り。
ティナの右脚。
構装甲。
受ける。
そのまま。
蹴り返す。
ゼインの脇腹。
「――」
初めて。
片方のゼインの身体が大きく飛んだ。
もう一人が入る。
短剣。
ティナが剣を振る。
構装刃。
通常より長い間合い。
ゼインが避ける。
その先。
ティナの足元。
空中足場。
一瞬だけ形成。
踏む。
急角度。
真横へ。
ゼインの死角。
「そこ!」
剣。
ゼインが短剣で受ける。
だが。
構装刃ごと。
重い。
身体が沈む。
ティナがそのまま左盾を前へ。
殴るように押し込む。
ゼインが後ろへ飛ぶ。
着地。
もう一人のゼインが背後から戻る。
ティナは振り向かない。
足元。
足場。
踏む。
身体を上へ。
短剣が空振る。
空中。
ティナが身体を回す。
右脚。
構装甲。
踵。
ゼインの肩へ。
直撃。
雪へ叩き落とす。
「ティナ!」
クジャが叫ぶ。
前。
第三軍団員。
二人。
今度は槍と剣。
ティナが着地。
左盾を残す。
槍を受ける。
同時に剣。
右。
剣身へ構装刃。
振る。
魔族の武器を弾く。
そこへ。
クジャ。
《♠K》。
高威力の斬撃。
肩から胸。
深く裂く。
男が倒れる。
「二人目」
「だから数えなくていい!」
ティナが叫びながら。
もう一人の槍を盾で流す。
そのまま。
足元へ《構装》。
踏む。
相手の頭上を越える。
背後。
剣。
構装刃。
斬る。
魔族が雪へ崩れた。
クジャが少し笑う。
「三人目」
「クジャ!」
◇
少し離れた場所。
シルヴァは。
ネイラの鎖を避けながら。
一瞬だけティナを見る。
「……何だあれ」
複数。
同時。
盾。
刃。
足場。
脚。
次々に現れては。
瞬時に消える。
ラースが横から言う。
「余所見すんな、白髪」
「してな――」
鎖。
「っ!」
シルヴァが頭を下げる。
黒い刃が髪の上を抜けた。
「危なっ!」
ネイラが一歩踏み込む。
「戦場で他所を見る余裕がおありで?」
「そっちも見てただろ!」
「私は見ていません」
「嘘つけ!」
シルヴァが風を踏む。
左。
急加速。
ネイラの鎖の内側へ。
剣。
ネイラは。
動く前から。
身体を沈めた。
「また……!」
斬撃が空を切る。
ネイラの肘。
シルヴァの右腕へ。
同じ場所。
触れられた辺り。
シルヴァの身体が。
僅かに先に強張った。
その瞬間。
鎖刃。
真正面。
「――!」
シルヴァは咄嗟に剣を立てる。
激突。
身体が吹き飛ぶ。
雪の上を転がる。
「くそっ!」
立つ。
右腕。
おかしい。
自分が動く瞬間に。
ネイラの攻撃が。
もう来ている。
「やっぱ読んでる」
シルヴァが言う。
ラースもネイラを見る。
「俺もだ」
「何?」
ラースが自分の右脚を見る。
さっき。
ネイラに触れられた場所。
「踏み込む前に、こいつが動いてやがる」
ネイラは何も答えない。
ラースの目が鋭くなる。
「気に入らねえな」
足元。
氷。
一気に広がる。
「だったら」
ラースが剣を構える。
「反応できねえ速度で斬る」
消える。
直線。
最速。
シルヴァの風が。
大きく裂かれる。
ネイラの目が僅かに動く。
鎖。
その前に。
ラースが懐へ。
「取った」
剣。
肩口。
斜め。
ネイラが身体をずらす。
だが。
完全には避けきれない。
刃が左肩を深く裂いた。
血が舞う。
「入った!」
シルヴァが叫ぶ。
ラースは止まらない。
さらに一歩。
首。
狙う。
ネイラが後ろへ退く。
鎖刃。
ラースの横腹。
ラースが剣で弾く。
その隙。
シルヴァが上から。
風を踏んで落ちる。
「今度は俺!」
剣。
ネイラが右腕を上げる。
鎖を張る。
受ける。
だが。
シルヴァは斬撃の途中。
風を変えた。
真下。
ではなく。
斜め。
軌道がずれる。
ネイラの防御の外。
脇腹。
浅く。
斬る。
血。
「よし!」
二人が同時に離れる。
ネイラの左肩。
深い傷。
脇腹。
浅い傷。
初めて。
明確に血が流れている。
ラースが薄く笑う。
「軍団長でも血は出るんだな」
ネイラは肩を見る。
「当然です」
「なら」
ラースの剣に冷気。
「次で落とす」
だが。
シルヴァの目が止まった。
「……待て」
「何だ」
「傷」
ネイラの左肩。
血が。
止まり始めている。
「は?」
裂けた肉。
ゆっくり。
だが確実に。
塞がっていく。
脇腹の傷は。
もっと早い。
数秒。
薄い傷が。
ほとんど消える。
シルヴァの顔が引きつる。
「こっちも再生するのかよ……」
ラースは。
逆に。
楽しそうに笑った。
「はっ」
剣を肩へ乗せる。
「いいじゃねえか」
ネイラが鎖を構え直す。
「まだ続けますか?」
「聞くまでもねえだろ」
ラースの青い瞳に。
完全に火が入っていた。
「やっと面白くなってきたところだ」
◇
ティナは。
ゼイン二人を相手に。
初めて前へ出ていた。
盾。
足場。
刃。
局所装甲。
四つ。
連続。
重ねる。
ゼインの一人が右。
もう一人が左。
ティナは左盾で一人を止める。
右。
剣。
構装刃。
もう一人の短剣とぶつかる。
同時。
右脚に構装。
蹴り。
脇腹。
ゼインが飛ぶ。
「今!」
クジャが《♠K》を飛ばした。
高威力の斬撃。
飛ばされたゼインへ。
直撃。
身体が大きく裂かれる。
「――!」
ティナが息を呑む。
血。
確かに出た。
ゼインの身体が雪へ転がる。
止まる。
動かない。
「……倒した?」
ティナが言った。
クジャは答えない。
残ったゼインを見る。
表情。
変わらない。
怒りも。
焦りも。
ない。
そして。
雪へ倒れたゼインの身体が。
僅かに。
揺らいだ。
クジャの指が。
右眼の眼帯へ伸びる。
「まだ」
「何?」
「分からない」
クジャが低く言う。
「次は見る」
ゼインが。
短剣を構えた。
たった一人になったはずなのに。
圧力は。
ほとんど変わっていなかった。




