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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第69話 第三軍団長ネイラ

 雪原を覆う冷気の中。


 ネイラは一歩も退かなかった。


 ラースの《絶対零度》で足元の雪が白く固まり始めても、その表情は変わらない。


「やってみろよ」


 ラースが剣を肩から下ろす。


 口元には薄い笑み。


「軍団長なんだろ?」


 ネイラは静かに答えた。


「ええ」


「なら――」


 ラースの剣先が下がる。


 冷気が一気に濃くなった。


「少しは楽しませろ」


「善処します」


「……その返し、気に食わねえな」


「申し訳ありません」


「謝ってるように聞こえねえよ」


 ネイラの後方。


 第三軍団の兵たちが音もなく散開していく。


 十人以上。


 数そのものは多くない。


 だが、一人一人の動きに無駄がない。


 包囲する位置。


 距離。


 互いの視界。


 最初から決められていたように配置されていく。


 そして。


 ネイラの数歩後ろ。


 双短剣を腰に差した男が、ゆっくり前へ出た。


 短い灰黒髪。


 赤紫の瞳。


 若い。


 だが、表情はほとんどない。


 シルヴァが小さく呟く。


「……あれがゼインか」


 クジャも男を見る。


「たぶん」


 ゼインはシルヴァたちを一度だけ見た。


 それだけ。


 何も言わない。


 ネイラが視線を動かす。


「ゼイン」


「……」


「三名を」


「了解」


 短い。


 それだけだった。


 ティナが剣を抜く。


「完全に分ける気ね」


 クジャもカードを五枚抜いた。


 《♠7》。


 《♣5》。


 《♦9》。


 《♥4》。


 《♠K》。


「たぶん」


 シルヴァがラースを見る。


「どうする?」


 ラースの眉が動いた。


「何がだ」


「俺もそっち混ざっていい?」


 ラースが鼻で笑う。


「好きにしろ」


「随分余裕だな」


「邪魔すんなよ、白髪」


「そっちこそ」


 ネイラが二人を交互に見る。


「では、対象一名。妨害者一名」


「雑なくくり方だな」


 シルヴァが笑う。


 ネイラは気にしない。


 右手。


 鎖刃が僅かに持ち上がる。


「第三軍団」


 低いが、よく通る声。


「配置」


 その一言で。


 雪原全体が動いた。


          ◇


 最初に飛び出したのはラースだった。


「待たせんなよ」


 足元が凍る。


 一瞬。


 水色の影がネイラへ向かって一直線に伸びた。


 速い。


 さっきシルヴァと戦っていた時と同じ。


 いや。


 少し速い。


 ネイラの目が細くなる。


 鎖刃。


 横から。


 ラースの首を狙う。


「遅え」


 剣。


 弾く。


 火花。


 黒い刃が上へ飛ぶ。


 そのままラースが懐へ入った。


 斬撃。


 胸。


 ネイラは半歩だけ後ろへ。


 刃が服を浅く裂く。


「へえ」


 ラースの目が変わる。


「避けるか」


 ネイラは答えず。


 左手を伸ばした。


 ラースの手首。


 掴む。


「――」


 そのまま身体を回す。


 投げ。


 ラースの身体が浮いた。


 だが。


 ラースは空中で身体を捻り。


 足元に氷を作った。


 踏む。


 姿勢を戻す。


 そのまま逆に蹴りを返す。


 ネイラが腕で受ける。


 鈍い音。


 二人が離れた。


 ラースの口元が上がる。


「……悪くねえ」


「ありがとうございます」


「だからその喋り方やめろ」


「難しいですね」


 その瞬間。


 シルヴァが横から入った。


「じゃあ俺も!」


 風。


 真正面ではない。


 ネイラの左。


 剣を振る。


 ネイラが鎖を引く。


 黒い刃が背後から戻り。


 シルヴァの剣へ絡む。


「っ!」


 引かれる。


 だがシルヴァは逆らわない。


 引かれる力へ身体を乗せる。


 そのまま前へ。


「そっち行く!」


 ネイラの目が僅かに動く。


 シルヴァが一気に間合いへ入った。


 左拳。


 ネイラの顔面へ。


 避ける。


 右膝。


 腹。


 ネイラが前腕で受ける。


 そこへ剣。


 下から。


 ネイラが身体を捻った。


 刃が脇腹を浅く掠める。


「入った!」


 シルヴァがさらに追う。


 だが。


 ネイラの肘が来る。


「っ!」


 頬。


 シルヴァが頭を振ってかわす。


 次。


 膝。


 さらに。


 足払い。


「近距離でもやるのかよ!」


 シルヴァが跳ぶ。


 ネイラは追わない。


 代わりに鎖を振った。


 空中。


 逃げ場のないシルヴァへ。


「シルヴァ!」


 ティナの声。


 だが。


 横から。


 白い斬撃。


 ラース。


 氷の刃が鎖へぶつかる。


 軌道がずれた。


 シルヴァの横を通る。


 着地。


「助かった」


「勘違いすんな」


 ラースが言う。


「俺の獲物に邪魔されたくねえだけだ」


「誰がお前の獲物だよ」


「少なくともお前じゃねえ」


「むかつくな!」


 ネイラが二人を見る。


「随分、余裕がありますね」


 ラースが薄く笑う。


「余裕があるのはそっちだろ」


「そう見えますか」


「見える」


 ラースの剣に。


 さらに冷気が集まる。


「なら剥がしてやるよ」


 次の瞬間。


 剣を横へ振る。


 巨大な氷刃。


 雪原を削りながらネイラへ。


 ネイラが鎖刃を大きく回す。


 黒い円。


 氷刃と激突。


 爆発。


 白い霧。


 視界が消える。


 その中。


 風が揺れた。


 シルヴァが走る。


「右!」


 ラースが言うより早く。


 シルヴァはネイラの右側へ。


 剣。


 だが。


 ネイラは。


 もうそこにいなかった。


「……?」


 次の瞬間。


 背後。


「シルヴァ!」


 ティナの声。


 シルヴァが振り向く。


 遅い。


 ネイラの左手が。


 シルヴァの右腕へ触れた。


 ほんの一瞬。


「――?」


 痛くない。


 何も起きていない。


 そう思った直後。


 ネイラの膝が腹へ入る。


「ぐっ!」


 身体が折れる。


 そのまま投げ。


 雪へ叩きつけられる。


 シルヴァは風で衝撃を逃がし、すぐに転がって起きた。


「今の……」


 右腕を見る。


 傷はない。


 何も見えない。


 だが。


 妙な感覚。


 薄く。


 何かが残っている。


「何した?」


 ネイラは答えなかった。


「戦闘中ですので」


「答える気ないな?」


「ええ」


 その横へ。


 ラースが飛び込む。


「だったら斬って聞くだけだ」


 剣。


 ネイラの鎖。


 激突。


          ◇


 一方。


 ティナとクジャの前に。


 ゼインが立つ。


 さらに。


 第三軍団の兵が六人。


 左右。


 後ろ。


 逃げ道を切るように並んでいる。


 ティナが周囲を見る。


「多いわね」


「全員、普通の兵より強そう」


 クジャがカードを広げる。


 ゼインは何も言わない。


 ただ。


 短剣を二本抜いた。


 逆手。


 低い構え。


 それを合図に。


 第三軍団員が動いた。


「来る!」


 ティナが前へ。


 一人目。


 剣。


 ティナが受ける。


 《構装》。


 右腕と剣へ薄く。


 金属音。


 押し返す。


 横。


 二人目。


 槍。


 ティナは身体を捻る。


 同時に。


 左側へ半透明の盾。


 《構装》。


 槍が弾かれる。


「クジャ!」


「見えてる」


 《♠7》。


 カードが横から飛ぶ。


 槍使いの首へ。


 魔族が伏せる。


 その先。


 《♣5》。


 地面へ。


 拘束。


 右脚へ絡む。


「っ!」


 動きが止まる。


 ティナが踏み込む。


 斬撃。


 肩から胸。


 深い。


 血が散る。


 魔族が倒れる。


 だが。


 後方。


 三人目。


 短剣。


 クジャの背中へ。


 《♦9》。


 障壁。


 火花。


「重い……」


 クジャが僅かによろける。


 その瞬間。


 ゼインが動いた。


「速――」


 ティナの視界から消える。


 いや。


 低い。


 一気にクジャの懐。


 短剣。


 喉。


 クジャが身体を引く。


 刃が首の前を抜ける。


 続けて二本目。


 腹。


「クジャ!」


 ティナが割り込む。


 剣。


 短剣を弾く。


 そのまま横薙ぎ。


 ゼインが沈む。


 かわす。


 ティナの足元。


 蹴り。


「っ!」


 脛。


 ティナの姿勢が崩れる。


 ゼインが立ち上がる。


 肘。


 顎。


 ティナは肩へ薄い《構装》。


 受ける。


 そのまま頭突き。


 ゼインが僅かに身体を引く。


「……近接も相当ね」


 ティナが剣を構え直す。


 ゼインは無言。


 ただ。


 もう一度踏み込む。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 短剣。


 蹴り。


 肘。


 全部が急所か、動きを止める場所。


 ティナは剣と《構装》で捌く。


 右肩。


 消す。


 左腕。


 消す。


 剣。


 脚。


 必要な場所へ。


 一瞬ずつ。


 以前より圧倒的に速い。


 それでも。


「っ……!」


 間に合わない。


 ゼインだけではない。


 第三軍団員が横から来る。


 ティナがそちらへ盾を出す。


 その瞬間。


 ゼインの短剣が脇腹へ。


 ティナが身体を捻る。


 刃が服を裂いた。


 浅い血。


「ティナ!」


「大丈夫!」


 ティナは後ろへ跳ぶ。


 だが。


 着地先へ。


 別の兵士。


「休ませない気ね……!」


 剣。


 受ける。


 クジャが《♠7》を飛ばす。


 敵が避ける。


 そこへ《♣5》。


 拘束。


 だが。


 別の兵士がカードへ剣を叩き込む。


 オーラの繋がりが乱れる。


 クジャが目を細める。


「連携してる」


「一人ずつじゃない」


 ティナが息を整える。


「全員で一人みたいに動いてる」


 その言葉に。


 ゼインの目が。


 僅かに動いた。


 そして。


 初めて。


 自分から口を開く。


「遅い」


 ティナの眉が動く。


「何が?」


「気づくのが」


 次の瞬間。


 ゼインの身体から。


 オーラが膨らんだ。


「……?」


 クジャが構える。


 空気が揺れる。


 ゼインの隣。


 何かが。


 形を持ち始める。


 肩。


 腕。


 髪。


 顔。


 数秒もかからない。


 もう一人。


 ゼインが立っていた。


 ティナの目が見開かれる。


「……え?」


 同じ顔。


 同じ服。


 同じ短剣。


 同じ呼吸。


 二人のゼインが。


 それぞれ短剣を構えた。


 クジャの目が細くなる。


「幻……?」


 ゼインは答えない。


 二人。


 同時に踏み込む。


「ティナ!」


 一人は正面。


 もう一人は。


 クジャへ。


 剣と短剣。


 カードと刃。


 二か所で同時に金属音が響いた。


          ◇


 ラースの剣が。


 ネイラの鎖へ叩き込まれる。


 火花。


 冷気。


 黒い鎖が白く凍る。


「邪魔くせえな、この鎖」


 ラースが力を込める。


 ネイラが鎖を引く。


 刃が弧を描く。


 ラースは剣で弾く。


 その横。


 シルヴァが走る。


「今度は触らせない!」


 右。


 ネイラの視線。


 シルヴァが踏み込む。


 その瞬間。


 鎖刃が。


 すでにそこへ来ていた。


「――!」


 シルヴァが急停止する。


 風。


 身体を後ろへ。


 刃が胸の前を通過。


「また……」


 ネイラが一歩前へ。


 シルヴァの剣。


 振る前。


 ネイラが身体をずらす。


「まだ斬ってないぞ!」


 斬撃。


 空振り。


 ネイラの左拳。


 シルヴァの肩。


 衝撃。


 身体が横へ流れる。


 シルヴァが雪を蹴って止まる。


「……やっぱおかしい」


 ネイラは答えない。


 ラースが横目で見る。


「何がだ、白髪」


「俺が動く前に来てる」


「読まれてんじゃねえのか」


「さっきまではここまでじゃなかった」


 シルヴァが右腕を見る。


 ネイラに触れられた場所。


 何も見えない。


 ラースの目が一瞬だけそちらへ。


 その時。


 ネイラの鎖がラースへ。


「余所見ですか」


「してねえよ」


 ラースが斬る。


 鎖を弾く。


 だが。


 刃が戻る。


 二度。


 三度。


 連続。


 ラースが全て叩き落とす。


「しつけえ!」


 剣へ冷気が集中。


 ラースが一気に踏み込む。


 ネイラの懐。


 真正面。


 斬撃。


 ネイラが鎖を横へ張る。


 受ける。


 ラースの目が鋭くなる。


「そこだ」


 さらに力。


 氷。


 鎖が一瞬で白く染まる。


 そして。


 金属音。


 黒い鎖が。


 中ほどから断ち切れた。


「――」


 シルヴァの目が開く。


「切った!」


 切断された鎖が雪へ落ちる。


 ラースはそのまま剣を振り上げる。


「終わりだ」


 ネイラの首へ。


 だが。


 ネイラは一歩。


 内側へ入った。


「何――」


 剣の間合い。


 そのさらに内側。


 ネイラの肩が。


 ラースの胸へ。


 体当たり。


 同時に。


 右肘。


 顎。


「っ!」


 ラースが首を逸らす。


 掠める。


 次。


 膝。


 腹。


 ラースが左腕で受ける。


 ネイラの左手が。


 ラースの右脚へ触れた。


 ほんの一瞬。


 ラースの目が細くなる。


「……てめえ」


 ネイラはすぐに離れる。


 ラースが追おうとした時。


 切断された鎖が。


 動いた。


「は?」


 雪の上。


 二つに分かれた鎖。


 切断面から。


 黒いオーラが伸びる。


 互いへ。


 引かれる。


 金属が軋む。


 噛み合う。


 そして。


 数秒。


 切れたはずの鎖が。


 元へ戻った。


 シルヴァが言葉を失う。


「……再生した?」


 ラースは。


 逆に。


 笑った。


 明確に。


「……いいじゃねえか」


 ネイラが鎖を持ち上げる。


「ご期待に添えたようで何よりです」


「その口調だけは気に食わねえけどな」


 冷気が。


 また一段。


 強くなる。


 ラースが剣を構えた。


「もう一回だ」


 ネイラの目が僅かに細くなる。


「ええ」


 黒い鎖が。


 再び雪原を走った。

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