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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第7話 八人

 朝。


 王都レグナの宿。


 窓の隙間から入り込んだ朝日が、部屋の床を細長く照らしていた。


「……」


 ティナは目を覚ました。


 まだ少し眠い。


 隣。


 もう一つのベッド。


「……」


 シルヴァは寝ていた。


 黒いマントを毛布の上から掛け。


 片腕を枕の下へ入れたまま。


 昨日、自分で言っていた通り。


 寝つきだけは異様に早い。


「……よく寝るわね」


 小さく呟く。


 二年前。


 ティナが知っていたシルヴァは。


 もっと近寄りがたかった。


 無口で。


 何を考えているか分からなくて。


 選抜大会では自分を容赦なく叩きのめして。


 そのままレオンたちと旅立っていった少年。


 それが今では。


「肉……」


「……」


 寝言。


「……もう一個」


「何の夢見てるのよ」


 ティナが呆れる。


 でも。


 少し笑った。


「寝てれば普通なのに」


「起きてても普通だけど」


「きゃっ!?」


 シルヴァの目が開いていた。


「いつから起きてたの!?」


「『よく寝るわね』くらい」


「最初からじゃない!」


「うん」


「だったら返事しなさいよ!」


「眠かった」


「寝言まで演技!?」


「肉は本当に夢に出てた」


「知らないわよ!」


 シルヴァが身体を起こす。


 髪は盛大に跳ねている。


 ティナが思わず見る。


「……」


「何」


「髪」


「ん?」


「すごいことになってる」


 シルヴァが適当に手で押さえる。


 余計に崩れた。


「直った?」


「悪化した」


「じゃあいいや」


「よくないでしょ」


 ティナが立ち上がる。


「ちょっとこっち向いて」


「何するの」


「そのまま外出たら恥ずかしいから直すの」


「水つければいい」


「あなた絶対びしょびしょにするでしょ」


「昨日の魚のことまだ言ってる?」


「忘れると思う!?」


 シルヴァがベッドへ座ったまま。


 ティナが後ろへ回る。


 跳ねた白銀の髪を手で整える。


「……」


「……」


 思っていたより。


 距離が近い。


 今さら気づく。


 ティナの手が止まった。


「ティナ?」


「な、何?」


「止まった」


「分かってる!」


「じゃあ何で」


「動かないで!」


「動いてない」


 シルヴァが不思議そうにしている。


「……」


 ティナは無言で髪を直す。


「はい!」


「終わり?」


「終わり!」


 シルヴァが振り返った。


 近い。


「ありがと」


「――っ」


 ティナが一歩下がる。


「何?」


「何でもない!」


「顔赤いけど」


「朝だから!」


「朝だと赤くなるの?」


「なるの!」


「へえ」


「納得するな!」


     ◇


 一階。


 食堂。


「おかわり」


「早っ!」


 ティナが目を見開く。


 シルヴァの前。


 空になった皿。


「まだ私半分も食べてないんだけど」


「食べるの遅い」


「あなたが早すぎる!」


 宿の女将が笑う。


「よく食べるねえ」


「普通です」


「普通じゃない!」


 ティナが即座に否定する。


「おかわり、大盛りで」


「はいよ」


「大盛り!?」


「今日大会の組み合わせ出るし」


「それと食べる量に何の関係があるのよ」


「戦うかもしれない」


「試合は明日から!」


「前日から準備」


「その理屈なら毎日準備してるでしょ!」


 女将が皿を持ってくる。


「仲いいねえ」


「違います!」


「普通」


 また二人。


 ほぼ同時。


 ティナがシルヴァを見る。


「そこは否定しなさいよ!」


「仲悪くはないでしょ」


「……」


「ティナ?」


「別に!」


 急にパンを齧る。


「喉詰まるよ」


「誰のせいよ!」


     ◇


 朝食後。


 二人が向かったのは。


 王国軍資料院。


 昨日、閲覧許可を申請していた。


 静かな部屋。


 机の上。


 何冊もの報告書。


「ノクティス周辺、二年前以降の目撃記録です」


 職員が資料を置く。


「閲覧のみ。持ち出しは禁止です」


「分かりました」


 ティナが頭を下げる。


 職員が去る。


 シルヴァは資料を見たまま動かなかった。


「……」


「シルヴァ」


「うん」


「開ける?」


「……うん」


 手を伸ばす。


 一冊目。


『神魔大戦跡地周辺調査報告』


 二年前。


 ノクティス。


 黒い大地。


 崩れた遺跡。


 異常な魔力濃度。


 人間の生存確認なし。


 ページを捲る。


 数か月後。


『遠方に人影らしきものを確認』


 詳細不明。


 調査隊接近前に消失。


 さらに。


『夜間、旧戦場付近に灯り』


 発生源不明。


『剣を携えた人型を確認したとの証言』


 顔。


 性別。


 年齢。


 全て不明。


「これ」


 ティナが指を止める。


「剣……」


「レオンもディーンも剣使う」


「そうね」


「でも誰でも使う」


「……うん」


 次。


『黒衣の人物』


 別の記録。


「黒衣?」


 ティナが読む。


「ノクティス南岸で一名……」


「レオンじゃない」


「どうして分かるの?」


「あいつ黒い服嫌いだった」


「そんな理由?」


「地味だからって」


「レオンらしい……」


 少しだけ。


 二人が笑う。


 でも。


 すぐに静かになる。


 資料を一時間。


 二時間。


 読み続ける。


 結論。


 何も分からない。


 生きているとも。


 死んでいるとも。


「……結局」


 シルヴァが椅子へ背を預ける。


「分からないね」


「そうね」


「期待させるだけ」


 ティナがシルヴァを見る。


「嫌だった?」


「……分からない」


 シルヴァが一枚の報告書を見る。


「何もないよりは」


 一呼吸。


「いいのかも」


「うん」


「少なくとも」


 紙を閉じる。


「まだ自分で確かめる余地はある」


 ティナの表情が少し柔らかくなる。


「じゃあ、いつか行く?」


「ノクティス?」


「うん」


 シルヴァは。


 少しだけ黙った。


「……今はまだ」


「分かった」


「怖いから」


 素直な言葉だった。


 ティナも。


 それを茶化さない。


「なら」


「うん」


「行ける時に行けばいい」


 シルヴァがティナを見る。


「一緒に来る?」


「え?」


「ティナも知りたいって言ってたから」


「……」


 ほんの一瞬。


 ティナの胸が鳴った。


「ま、まあ」


 視線を逸らす。


「その時、暇だったら」


「隊長だしね」


「そういう意味じゃ――」


「忙しそう」


「……」


「無理しなくていいよ」


「行く!」


 シルヴァが驚く。


「え」


「行くわよ!」


「暇なの?」


「そうじゃない!」


「じゃあ何」


「……もういい!」


「何で怒ったの」


     ◇


 昼。


 闘技場前広場。


 昨日以上の人だかり。


「見えない」


 ティナが言う。


「背低いから?」


「あなたと二センチくらいしか変わらないでしょ!」


「もっとある」


「ない!」


「俺百七十――」


「今どうでもいい!」


 正面。


 巨大な掲示板。


 本戦八名の組み合わせを見ようと。


 人が押し寄せている。


「ちょっと!」


 後ろから押され。


 ティナの身体が前へ。


「危な」


 シルヴァが腕を取る。


 そのまま。


 人波から庇うように身体を入れ替えた。


「……」


「大丈夫?」


「……うん」


「ティナ?」


「近い」


「何?」


「近い!」


「人いるから」


「分かってる!」


「じゃあ何で怒るの」


「怒ってない!」


 シルヴァは首を傾げる。


 ティナは。


 シルヴァに掴まれていた腕を見て。


「……もう大丈夫」


「ああ」


 手が離れる。


「……」


 なぜか。


 少しだけ。


 物足りない。


「何考えてるの私……」


「何か言った?」


「言ってない!」


     ◇


 ようやく掲示板前。


 八人。


 名前が並んでいた。


 第一試合。


シルヴァ・ライズ

 対

 ゼグラム


「俺」


 シルヴァが言う。


「第一試合ね」


「ゼグラムって誰?」


「資料には……」


 ティナが参加者一覧を開く。


「経歴不明」


「また?」


「全身鎧。使用武器は大剣」


「へえ」


「特別招待枠」


 二人が顔を見合わせる。


「ギラルーン関係?」


「可能性あるわね」


 第二試合。


クジャ・ローズ

 対

 ロガン・ベイル


「カードの子」


「クジャ・ローズ」


 横から。


 静かな声。


「え?」


 振り返る。


 紫髪。


 右目を覆う黒い眼帯。


 本人。


 クジャ・ローズが立っていた。


「……聞こえてた?」


 シルヴァが聞く。


「二回目」


「二回目?」


「昨日もカードの子って言ってた」


 ティナがシルヴァを見る。


「私は名前言ってたからね」


「俺?」


「あなたよ!」


 クジャが掲示板を見る。


「ロガン・ベイル」


 そこには。


 筋骨隆々の男の肖像。


 二本の鎖付き鉄球を操る傭兵。


「知ってる?」


 シルヴァが聞く。


「知らない」


「強そう」


「そう」


「勝てそう?」


「勝つ」


 即答。


「自信あるね」


「負けるつもりで出るの?」


「ない」


「なら同じ」


「確かに」


 ティナが二人を見る。


「何か会話成立してる……」


 クジャがシルヴァを見る。


「第一試合」


「うん」


「見てる」


「俺もクジャの見る」


「そう」


「カード面白そうだし」


「全部は見せない」


「へえ」


 シルヴァの目が少し輝く。


「やっぱ何か隠してるんだ」


「普通は隠す」


「俺あんまり隠してない」


「馬鹿?」


「初対面で!?」


 ティナが驚く。


 クジャは真顔。


「たぶん」


「たぶんって」


 シルヴァが少し笑う。


「面白いね、クジャ」


「シルヴァも」


「褒められた?」


「別に」


「この子もそれ言う!」


 ティナが頭を抱えた。


     ◇


 第三試合。


アルベルト・グレイ

 対

 ――――


「名前がない」


 ティナの表情が変わる。


 相手欄。


 ただ。


『特別招待選手』


 とだけ記されている。


「昨日の黒い奴だ」


 シルヴァが言う。


 クジャも見る。


「気持ち悪い奴」


「会ったの?」


「昨日」


「喋った?」


「喋らない」


「やっぱり」


 一方。


 対戦相手。


 アルベルト・グレイ。


 掲示板前の人々が。


 一番騒いでいた。


「アルベルトだ!」


「西方最強の剣士!」


「今年の優勝候補だぞ!」


「去年の王国剣術祭も制した!」


 シルヴァが見る。


 肖像。


 四十歳前後。


 短く切った金髪。


 大柄。


 腰には長剣。


「有名?」


「かなり」


 ティナが答える。


「西方で長年戦ってる剣士。オーラの扱いも相当上手いって」


「へえ」


 クジャが言う。


「負ける」


「アルベルトが?」


「うん」


 ティナが驚く。


「黒い人に?」


「たぶん」


「どうして?」


「見れば分かる」


「何が?」


 クジャは答えない。


 シルヴァも。


 黒い外套の男の名前のない欄を見ていた。


「……俺も」


「え?」


「アルベルトって人見たことないけど」


 シルヴァの手が無意識に剣の柄へ。


「多分、黒い方が強い」


「あなたまで……」


 理由は。


 やはり分からない。


 でも。


 あの男の立ち方。


 剣へ手を置く仕草。


 歩き方。


 何かが。


 気持ち悪い。


 そして。


 どこか。


 知っている。


     ◇


 第四試合。


ティナ・ルクス

 対

 ヴァレス


「私ね」


 ティナが名前を見る。


「ヴァレス……」


 参加者資料。


「こっちも経歴不明」


 シルヴァが覗く。


「武器は?」


「片手斧と盾」


「強そう」


「でしょうね」


「勝てる?」


 ティナがシルヴァを見る。


「当たり前でしょ」


「よかった」


「……え?」


「負けたら困るし」


 一瞬。


 ティナの胸が高鳴る。


「……」


「王都から一人で帰れない」


「……」


「道覚えてないし」


「そういう意味!?」


「あとお金」


「やっぱりそれ!?」


「ティナ?」


「絶対勝つから!」


「うん」


「あなたのためじゃないからね!」


「分かってるけど」


「何でそんな普通なのよ!」


 クジャが横で二人を見る。


「夫婦?」


「違う!」


「違うよ」


 二人。


 即答。


 クジャ。


「ふーん」


「何その反応!?」


 ティナの顔が真っ赤になる。


「絶対違うから!」


「聞いてない」


「聞いたでしょ!」


「もう興味ない」


「自由すぎる!」


 シルヴァがクジャを見る。


「昨日も言われた」


「何が」


「夫婦」


「へえ」


「違うけど」


「分かった」


 ティナがシルヴァを見る。


「何でクジャには素直に伝わるの……」


     ◇


「おい」


 人混みが。


 ざわついた。


 道が開く。


 一人の男が歩いてくる。


 背が高い。


 鍛え上げられた身体。


 腰には一本の長剣。


 アルベルト・グレイ。


「あれ本人じゃないか?」


「アルベルトだ!」


 観衆が騒ぐ。


 アルベルトは慣れた様子で歩き。


 掲示板の前へ。


「……相手は」


 名前のない欄を見る。


「特別招待か」


 低く。


 落ち着いた声。


 その視線が。


 シルヴァへ移る。


「白髪」


「俺?」


「シルヴァ・ライズか」


「そうだけど」


「東方で魔族の部隊長を討ったそうだな」


「誰から聞いたの」


「王都じゃもう噂だ」


「早いな……」


 アルベルトが笑う。


「勝ち上がれば当たる可能性もある」


「うん」


「楽しみにしている」


 手を差し出す。


 シルヴァも握る。


「俺も」


 アルベルトの眉が少し動く。


 握手。


 ほんの一瞬。


 互いのオーラが触れた。


「……」


 シルヴァが目を細くする。


 強い。


 かなり。


 アルベルトも笑みを深くした。


「良い手だ」


「何それ」


「剣士なら分かる」


「そう?」


「お前、本当に剣士か?」


「一応」


「一応が好きだな、お前は」


 豪快に笑う。


「では」


 アルベルトが去る。


 シルヴァがその背中を見る。


「強いね」


「でしょうね」


 ティナが答える。


 クジャ。


「それでも負ける」


「断言するね」


「うん」


     ◇


 その時。


 闘技場の鐘が鳴った。


 ゴォォォン――。


 広場の上。


 大きな扉が開く。


「本戦参加者八名は、内部へ!」


 係員が声を張る。


「開会説明を行う!」


 シルヴァ。


 ティナ。


 クジャ。


 顔を見合わせる。


「行こうか」


「ええ」


「うん」


 三人。


 闘技場の内部へ入っていく。


     ◇


 選手通路。


 巨大な石造りの廊下。


 壁には。


 歴代優勝者の肖像。


「思ったより大きい」


 シルヴァが見回す。


「何万人も入るらしいわよ」


「そんな見られるの?」


「緊張した?」


「別に」


「私は少しする」


「ティナでも?」


「するわよ!」


「隊長なのに」


「隊長でも人間!」


 クジャが前を歩きながら言う。


「うるさい」


「……ごめん」


 ティナが素直に謝る。


 シルヴァが驚く。


「俺の時と違う」


「あなたは腹立つから!」


「差別」


「日頃の行い!」


 クジャが振り返る。


「やっぱり夫婦っぽい」


「違う!」


「違うって」


「息合ってる」


「クジャまで!」


     ◇


 そして。


 三人が選手席へ出た瞬間。


「……」


 シルヴァの足が止まった。


 巨大な闘技場。


 何万もの座席。


 中央。


 広大な石造りの舞台。


 その正面。


 最上段。


 王族専用席。


 王国の旗。


 近衛兵。


 そして。


 中央には。


 この国の王。


 だが。


 シルヴァとティナが見ていたのは。


 王ではなかった。


「……嘘」


 ティナの顔から。


 色が消える。


 王のすぐ隣。


 一人の男が座っていた。


 長い外套。


 整った顔。


 穏やかな笑み。


「やあ」


 遠く離れている。


 なのに。


 まるでこちらへ直接言ったかのように。


 口が動いた。


 ギラルーン。


「……何で」


 ティナが呟く。


「何であいつが……」


 王の隣にいる。


 客としてではない。


 堂々と。


 大会運営側の人間のように。


 ギラルーンが。


 ゆっくり。


 片手を上げた。


 そして。


 シルヴァへ笑いかける。


 シルヴァの目が細くなる。


「……罠だね」


「今さら言う!?」


「でも」


 シルヴァが。


 剣の柄へ手を置く。


「ここまで堂々としてるとは思わなかった」


 その少し離れた選手席。


 黒い外套の男。


 名前すらない参加者が。


 静かに座っていた。


 微動だにしない。


 シルヴァ。


 ティナ。


 クジャ。


 ギラルーン。


 そして。


 謎の剣士。


 八人の戦士が集まり。


 王都大闘技大会。


 開幕まで。


 あと一日。

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