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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第6話 王都レグナ

 王都レグナ。


 アステラ大陸でも最大級の都市。


 王城を中心に幾重もの街区が広がり、そのすべてを巨大な城壁が囲んでいる。


 東西南北。


 四つの大門から絶えず人と物が流れ込み。


 商人。


 旅人。


 騎士。


 冒険者。


 そして。


 数日後に迫った大闘技大会を目当てに、各地から集まった見物客で街はいつも以上に賑わっていた。


「人、多いな」


 城門へ続く長蛇の列。


 シルヴァが呟く。


「大会前だからね」


 ティナは慣れた様子で列を眺めた。


「これ全部並ぶの?」


「普通なら」


「普通なら?」


 ティナが胸元から小さな金属章を取り出した。


 翼と剣を組み合わせた王国軍の紋章。


「防衛軍の身分証」


「ずる」


「仕事で来てるの!」


「俺も一緒に行ける?」


「あなたは関係者」


「便利だね、隊長」


「昨日まで散々からかってたくせに、こういう時だけ!」


 二人は一般の列から外れ、兵士用の検問所へ向かった。


「東方防衛軍、ティナ・ルクス」


 ティナが金属章を提示する。


 門兵が確認し。


 姿勢を正した。


「東方防衛隊長殿!」


「はい」


「襲撃の報告は伝令より届いております。ご無事で何よりです」


「ありがとう」


 門兵の視線が。


 隣のシルヴァへ。


「こちらは?」


「シルヴァ」


 本人が答えた。


「姓は?」


「……」


「……」


「シルヴァ」


「いや、姓を」


「シルヴァ」


「名前を聞き直しているわけでは――」


「姓ないの?」


 ティナが小声で聞く。


「あるけど」


「あるの!?」


「あるよ」


「じゃあ言いなさいよ!」


「必要?」


「入国確認!」


 門兵が困った顔になる。


 シルヴァは仕方なさそうに答えた。


「シルヴァ・ライズ」


「最初から言えばいいでしょ……」


 門兵が記録しようとして。


 手を止めた。


「……シルヴァ?」


「はい」


「白銀の髪……剣士……」


 じっと見る。


「まさか」


「何?」


「東方で魔王軍部隊長を討ったという――」


「行こう、ティナ」


「ちょっと!」


 シルヴァがさっさと門を通ろうとする。


「待て待て!」


 門兵が慌てる。


「まだ確認が!」


「ティナが保証する」


「勝手に保証させないで!」


「隊長だから」


「便利に使うな!」


     ◇


 巨大な城門を抜けた瞬間。


「おお……」


 シルヴァが足を止めた。


 正面。


 幅の広い大通り。


 石造りの建物が何層にも並び。


 道の両側には色とりどりの店。


 果物。


 パン。


 肉。


 布。


 武器。


 装飾品。


 見たことのない品々。


 その向こう。


 街の中心に巨大な王城がそびえている。


「すご」


「初めて?」


「うん」


「レオンたちとは来なかったの?」


「王都には来なかった」


「そうなんだ」


 シルヴァの視線が右へ。


「……」


「シルヴァ」


「何」


「そっちは王城じゃない」


「分かってる」


「じゃあ何見てるの」


「肉焼いてる」


「報告が先!」


「一個だけ」


「先!」


「冷める」


「また焼く!」


 ティナがシルヴァの黒いマントを掴んだ。


「ほら!」


「引っ張らないで」


「放したら絶対店行くでしょ!」


「行かない」


「本当?」


「……多分」


「やっぱり!」


     ◇


 王都中央区。


 王城の外郭にある軍務庁。


 二人は広い会議室へ通された。


 机を挟んだ向こうに。


 王国軍の高級将校が数人。


 その中央。


 白髪交じりの男が報告書へ目を通していた。


「魔王軍第二軍団……部隊長ガルゼム」


「はい」


 ティナが答える。


「兵数は?」


「魔族兵がおよそ三十。加えて軍用化された魔物が複数」


「目的は?」


「防衛拠点の破壊、および避難民の殺害と思われます」


「……東部へ正式な部隊を出してきたか」


 将校たちの表情が険しくなる。


「魔物の凶暴化については?」


「街道沿いでも確認しました」


 ティナが続ける。


「魔王軍の刻印を持たない野生個体です」


「同じ報告は北部と南部からも上がっている」


「他でも?」


「ああ」


 シルヴァの目が僅かに細くなった。


 東だけではない。


 世界のあちこちで。


 魔物が変わり始めている。


 白髪の将校がシルヴァを見る。


「そして」


「?」


「ガルゼムを倒したのが君か」


「一応」


「一応?」


「ティナとレイヴンも戦ってたから」


 ティナが横を見る。


 少しだけ意外そうだった。


「それでも最終的に討ち取ったのは君だと報告されている」


「そうですね」


「……風葬」


 その言葉。


 シルヴァの顔が僅かに嫌そうになる。


「その異名を魔王軍側が口にしたとも」


「はい」


「心当たりは?」


「ないです」


「本当に?」


「最近言われ始めただけなので」


「魔王軍に名を知られている理由は?」


「……」


 シルヴァが少し考える。


「二年前」


 会議室の空気が変わる。


「勇――」


 言いかけ。


「レオンたちと一緒に戦ってたからだと思います」


 ティナが横を見る。


 将校も。


「レオン殿と」


「はい」


「君があの一行の生存者だという話は本当なのだな」


「……俺が知る限りでは」


「最後の戦いについて、詳しく聞かせてもらいたい」


 シルヴァの指が。


 膝の上で僅かに動いた。


「……詳しくは」


 ティナが気づく。


「覚えてない?」


「違う」


 シルヴァが答える。


「俺は最後までいなかった」


 静寂。


「レオンに」


 一呼吸。


「光で戦場から飛ばされたので」


 将校の眉が動く。


「光……」


「レオンの恩寵?」


 別の男が聞く。


「はい」


「その後は」


「知りません」


 シルヴァは淡々と答えた。


「気づいた時には、ノクティスからかなり離れた場所にいた」


「レオン殿以外は?」


「ディーンとミルスも残ってた」


 ティナの表情が曇る。


「……三人とも?」


「うん」


 将校が紙へ書き込む。


「以降、二年間接触なし」


「はい」


「王国側にも」


 シルヴァが顔を上げる。


「何か情報ありますか」


 将校の手が止まる。


「……生存を断定できる情報はない」


「……」


「ただし」


 シルヴァの目が変わる。


「ノクティス近辺で、二年前以降も人影を見たという報告はいくつかある」


「誰?」


「分からない」


「レオンかもしれない?」


「否定も肯定もできない」


 シルヴァは何も言わなかった。


 ほんの少し。


 希望。


 それと同時に。


 怖さ。


「資料を見せてもらえますか」


 ティナが聞いた。


「許可を取ろう」


「ありがとうございます」


 そこで。


 ティナが思い出したように言った。


「もう一件あります」


「何だ?」


「王都へ入る直前」


 ティナが一枚の紙を机へ置く。


「妙な男と接触しました」


 シルヴァも見る。


 ギラルーンから受け取った。


 闘技大会への招待状。


「ギラルーンと名乗りました」


「ギラルーン……?」


 将校の一人が首を傾げる。


「聞いたことがない」


「私たちに大闘技大会への参加を要求しました」


「理由は?」


「不明です」


「断れば」


 ティナの顔が険しくなる。


「王都の人間を殺す、と」


 部屋の空気が一変した。


「何?」


「脅迫か」


「人数は?」


「『必要なだけ』と」


 将校たちが立ち上がる。


 白髪の男だけは。


 招待状を手に取った。


「……これは」


「何か?」


 紙。


 封蝋。


 紋章。


 男の表情が変わった。


「本物だ」


「え?」


 ティナが目を見開く。


「この印は、大闘技大会運営委員会の正式なものだ」


「偽物じゃない?」


「少なくとも印章は本物だ」


 シルヴァが紙を見る。


「じゃあギラルーンは大会の人?」


「分からん」


「運営に確認してください」


「当然だ」


 ティナが続ける。


「かなり強いです」


「どの程度だ」


 ティナがシルヴァを見る。


「……私たち二人で攻撃して」


「一度も当たらなかった」


 シルヴァが答えた。


 将校が僅かに目を見開く。


「一度も?」


「はい」


「本気で?」


「かなり」


 シルヴァが自分の手を見る。


「避け方も分からなかった」


 白髪の男が沈黙する。


「王都内の警戒を引き上げる」


「お願いします」


「そして君たちは」


 招待状を机へ戻す。


「予定通り大会へ参加してくれ」


 ティナが眉を寄せる。


「……罠だと分かっていても?」


「今、相手の狙いが分からない」


「……」


「大会へ出ないことで市民に危険が及ぶ可能性がある以上、要求を無視するのも危険だ」


 ティナは納得できない顔をしていた。


「我々も大会期間中は最大限警戒する」


「……分かりました」


 シルヴァが手を上げる。


「質問」


「何だ」


「賞金って本当に出ます?」


「シルヴァ!」


「重要」


 白髪の将校が。


 ほんの少しだけ。


 笑った。


「出る」


「よし」


「何がよしよ!」


     ◇


 軍務庁を出る。


「はぁ……」


 ティナが大きく息を吐いた。


「疲れた」


「俺も」


「あなたほとんど座ってただけでしょ」


「話した」


「少しね」


「慣れない」


「でしょうね」


 階段を降りる。


「……レオンたちの情報」


 ティナが言った。


「うん」


「あとで資料見に行こう」


「……うん」


「怖い?」


 シルヴァの足が少し止まる。


「……少し」


 ティナも止まった。


 シルヴァは王城を見る。


「生きてるって分かったら嬉しい」


「うん」


「でも」


「……」


「死んでるって分かったら」


 そこで言葉が止まる。


 ティナは少しだけ考えて。


「じゃあ」


「何?」


「今日見なくてもいいんじゃない」


 シルヴァがティナを見る。


「……え?」


「資料」


「でも」


「二年間見られなかったんでしょ」


「……」


「王都に着いたからって、今日全部やらなくてもいい」


「……」


「大会もあるし」


 ティナは少し笑う。


「私も一緒に見るから」


「……ティナも?」


「当たり前でしょ」


「なんで」


「私だって知りたいから」


「そっか」


「それに」


「うん」


「あなた一人で読ませたら、途中で逃げそう」


「……」


「否定しなさいよ」


「ちょっとだけ思った」


「やっぱり!」


 ティナが呆れる。


 シルヴァは少しだけ笑った。


「じゃあ」


「何?」


「今日は飯?」


「切り替え早すぎ!」


「お腹すいた」


「さっきからずっとそれね!」


     ◇


 王都中央市場。


「シルヴァ!」


「何」


「待ちなさい!」


「待ってる」


「歩きながら店を増やすな!」


 シルヴァの両手。


 肉串。


 パン。


 揚げ物。


「いつの間にそんな買ったの!?」


「ティナが地図見てる間」


「誰のお金!?」


「ティナ」


「知ってるわよ!」


「じゃあ何で聞いたの」


「確認したくなかったの!」


 ティナが財布を確認する。


「もう銅貨二十七枚使ってる……」


「まだ昼だよ」


「だから怖いの!」


「大会優勝したら返す」


「まだ勝ってもいない賞金を当てにするな!」


 シルヴァが肉串を一口。


「これうまい」


「話聞いて!」


 一方。


 ティナの視線が。


 隣の露店へ。


「……」


 果物を砂糖で煮詰めた菓子。


 シルヴァが見る。


「食べたい?」


「別に」


「顔」


「普通!」


「昨日俺に言った」


「使い方違う!」


「一個買えば」


「節約中!」


「俺の飯減らす?」


「それはそれで後が面倒!」


「じゃあ買おう」


「何であなたが決めるの!」


 結局。


 ティナも買った。


「おいしい?」


「……おいしい」


「よかったね」


「だからその満足そうな顔何なのよ」


「別に」


「絶対何か思ってる!」


     ◇


「次」


 ティナがシルヴァを連れて入ったのは。


 雑貨屋だった。


「何で」


「あなたの旅道具を買う」


「いらない」


「いる」


「荷物増える」


「今までキャラバンの物を使ってたんでしょ!」


「うん」


「これからないの!」


「ティナが持ってる」


「共有前提にするな!」


 ティナが次々と商品を取る。


「水筒」


「ある」


「それエマさんから貰った古いやつでしょ。蓋緩いじゃない」


「押さえれば平気」


「新しいの!」


「高い」


「私が払うんだけど!」


「じゃあ安いので」


「そういうところは遠慮するのね……」


「毛布」


「マントある」


「マントを毛布代わりにするな!」


「暖かいよ」


「雨降ったら?」


「濡れる」


「買う!」


「……はい」


「火打ち石」


「風で火はつかない」


「だから必要!」


「ティナが持ってる」


「だから共有前提やめて!」


 店主が。


 二人のやり取りを楽しそうに見ていた。


「新婚旅行かい?」


「違います!」


「違う」


 二人。


 即答。


 店主が笑う。


「息は合ってるな」


「合ってません!」


「昨日も言われた」


「言わなくていい!」


     ◇


 夕方。


 二人は宿を取った。


 今度は。


「部屋二つ空いてますよ」


 宿の主人が言った。


 ティナの顔が明るくなる。


「二部屋で!」


「待って」


「何?」


 シルヴァが料金表を見る。


「高い」


「……」


「一部屋なら半分」


「……」


「ベッド二つある部屋もあるって」


「……」


「節約」


「……」


「ティナ?」


 数秒。


「……一部屋で」


「毎度」


 ティナが顔を覆った。


「何でこんなところで金銭感覚まともなのよ……」


「褒められた?」


「褒めてない!」


     ◇


 荷物を置き。


 二人は大闘技大会の受付会場へ向かった。


 巨大な円形闘技場。


 近くまで来ると。


 その大きさはさらに圧倒的だった。


「でか」


「また?」


「今日三回くらい言ってる」


「自覚あるのね」


 入口。


 参加受付には。


 武器を持った者たちが列を作っている。


 大柄な男。


 槍使い。


 魔術師らしき女。


 獣人。


 騎士。


 見るからに強そうな者ばかり。


「全員参加者?」


「予選参加希望者じゃない?」


「予選?」


「普通はね」


 ティナが招待状を見る。


「私たちはこれがあるから……」


「並ばなくていい?」


「そう書いてある」


「便利」


「罠だけどね」


 二人が特別受付へ向かう。


 その途中。


「おい」


 大きな声。


 二人の少し前。


 一人の少女が立っていた。


 紫色の髪。


 肩に触れる程度の長さ。


 右目を覆う黒い眼帯。


 細身。


 黒を基調とした軽装。


 その上から暗い色のマント。


 腰に剣はない。


 代わりに。


 片手には。


 数枚のカード。


「聞いてんのか」


 少女の前に。


 巨漢の男が立っていた。


「順番抜かすんじゃねえ」


 少女は返事をしない。


「おい!」


 男が肩へ手を伸ばした。


「触らない方がいい」


 シルヴァが小さく言った。


 ティナが見る。


「え?」


 次の瞬間。


 ヒュッ。


「……は?」


 男の手が止まった。


 カード。


 一枚。


 男の袖を貫き。


 後ろの木柱へ突き刺さっていた。


「な……」


 男の腕が。


 柱に縫い付けられている。


 皮膚には。


 一切触れていない。


「邪魔」


 少女が初めて口を開いた。


 静かな声。


 それだけ。


 男の顔が真っ赤になる。


「てめえ!」


 反対の拳を振り上げる。


「やめろ」


 大会係員が止めようとする。


 だが。


 少女の指が。


 微かに動く。


 柱へ刺さったカードが抜けた。


「……!」


 宙。


 曲がる。


 拳を振り上げた男の目の前を通過。


 そして。


 ズバッ!


 男の腰帯だけを切った。


「え」


 ズボンが落ちた。


「…………」


「…………」


「…………」


 広場。


 沈黙。


「ぶっ」


 ティナが口を押さえる。


「笑った?」


「笑ってない!」


「肩震えてる」


「見ないで!」


「て、てめぇぇぇ!」


 男が慌ててズボンを上げる。


 周囲から笑い声。


 少女は。


 もう興味を失ったように歩き出していた。


 その横を通り過ぎる瞬間。


 シルヴァと。


 少女。


 視線が合った。


「……」


「……」


 少女の左目が。


 一瞬だけ。


 シルヴァを捉える。


 その視線が。


 腰の剣。


 そして。


 シルヴァ自身へ。


「何?」


 シルヴァが聞く。


「別に」


「そう」


 少女が通り過ぎる。


 ティナが小声で言った。


「知り合い?」


「初対面」


「じゃあ何で見られてたの?」


「知らない」


「またそれ?」


「ほんとに」


 二人が少女の背中を見る。


 黒いマント。


 紫髪。


 そして。


 指先で回る一枚のカード。


「強そう」


 シルヴァが言った。


「カードで戦うのかしら」


「面白いね」


「その顔やめて」


「何」


「山の時と同じ顔してる」


「普通だけど」


「戦いたそう」


「少し」


「やっぱり!」


     ◇


 特別受付。


「招待状を」


 係員へ渡す。


「確認します」


 封蝋。


 記載。


 番号。


 全て確認し。


 係員が顔を上げた。


「シルヴァ・ライズ様」


「はい」


「ティナ・ルクス様」


「はい」


「お二人とも、本戦への特別招待枠として登録されています」


 ティナが眉を寄せる。


「予選なし?」


「はい」


「誰の推薦ですか」


「それは……」


 係員が書類を見る。


「運営側からの特別指定、としか」


「具体的な名前は?」


「記載されておりません」


 やはり。


 ギラルーン。


 ティナの表情が険しくなる。


「本戦は何人?」


「八名です」


「八人」


 シルヴァが言う。


「三回勝てば優勝?」


「そうなります」


「賞金は?」


「シルヴァ」


「確認」


 係員が金額を告げる。


「…………」


 シルヴァの目が見開いた。


「ティナ」


「何」


「借金返せる」


「だからまだ勝ってない!」


「余る」


「賞金の使い道まで考えるな!」


 係員が苦笑する。


「本戦出場者が確定次第、組み合わせが掲示されます」


「いつ?」


「明日の正午」


「分かりました」


 ティナが頭を下げる。


 二人が離れようとする。


 その時。


 別の受付。


「次の方」


 一人の男が歩いてきた。


 全身。


 黒い外套。


 フードを深く被り。


 顔が見えない。


 腰。


 一本の剣。


「名前を」


 受付係が聞く。


 男は。


 何も答えなかった。


「……お名前をお願いします」


 沈黙。


 別の係員が慌ててやってくる。


「その方はいい」


「え?」


「特別招待者だ」


 シルヴァの足が。


 止まった。


「……」


「どうしたの?」


 ティナが聞く。


「いや」


 シルヴァが黒衣の男を見る。


 理由は。


 分からない。


 顔も見えない。


 声すら聞いていない。


 なのに。


「変な感じする」


「ギラルーン?」


「違う」


 黒衣の男が。


 ゆっくり。


 こちらを向いた。


 フードの奥。


 顔は見えない。


 ただ。


 視線だけが。


 シルヴァへ向けられているような。


 そんな気がした。


「……知り合い?」


「分からない」


「また?」


「今度は本当に分からない」


 数秒。


 黒衣の男は何も言わず。


 受付の奥へ消えた。


 シルヴァの手が。


 無意識に。


 剣の柄へ触れている。


「シルヴァ」


「ん?」


「どうしたの」


「……」


 自分でも。


 説明できない。


「なんか」


 一呼吸。


「嫌な感じがする」


     ◇


 その夜。


 王都の灯りが。


 窓の外に広がっている。


 シルヴァはベッドへ寝転び。


 天井を見ていた。


 ティナは机で大会の資料を読んでいる。


「八人か……」


「うん」


「さっきのカードの子も出るみたい」


「やっぱり?」


「受付名簿にあった」


「名前は?」


 ティナが紙を見る。


「クジャ・ローズ」


「クジャ」


「十六歳」


「同い年」


「そうね」


「カードの子」


「分かってる」


 ティナが次を見る。


「他にも有名な剣士が何人かいる」


「へえ」


「西方で名の通った人も」


「へえ」


「聞いてる?」


「聞いてる」


「じゃあ寝ながら返事するな!」


「眠い」


「まだ早い!」


「歩いたし」


「今日はほとんど食べ歩いてたでしょ!」


「それも疲れる」


「何が!?」


 ティナが資料を置く。


「それより」


「何」


「黒い外套の男」


 シルヴァの目が開く。


「……うん」


「名前が載ってない」


「そうなんだ」


「本戦参加者なのに」


「ギラルーンの関係者かな」


「可能性はある」


「大会」


 シルヴァが天井を見る。


「普通の大会じゃなさそうだね」


「今さら?」


「賞金目当てだったのに」


「まだ言ってる!」


「でも」


 シルヴァが少し笑う。


「クジャって子も強そうだった」


「はいはい」


「黒い奴も」


「はいはい」


「他にも強い人いるんでしょ」


「……」


 ティナがじっと見る。


「何」


「楽しそうね」


「少し」


「人質取られてること忘れてない?」


 シルヴァの笑みが消える。


「忘れてない」


「ならいいけど」


「だから」


 目を閉じる。


「全部勝つ」


「……」


「優勝まで行けば」


 静かな声。


「ギラルーンが何をしたいのかも分かるかもしれない」


 ティナは少し黙り。


「そうね」


「それに」


「何?」


「賞金」


「台無し!」


 枕が飛んできた。


「うわ」


「寝ろ!」


「今寝ようとしてた!」


「おやすみ!」


「……おやすみ」


 数秒。


「ティナ」


「何!」


「枕返して」


「自分で取りなさい!」


     ◇


 同じ頃。


 闘技場。


 誰もいない観客席。


 夜の闘技場を。


 一人の少女が歩いていた。


 紫色の髪。


 右目を覆う眼帯。


 クジャ・ローズ。


 指の間で。


 一枚のカードを回している。


「……」


 昼。


 受付で見た。


 白銀の髪の少年。


 風。


 まだ戦ってすらいない。


 それでも。


 肌で分かった。


「……面白そう」


 カードが。


 指の間から消える。


 クジャは。


 僅かに笑った。


 そして。


 闘技場のさらに上。


 暗い通路。


 一人。


 黒い外套の男が立っていた。


 クジャが止まる。


「……」


 男は動かない。


 クジャも。


 しばらく。


 何も言わない。


 やがて。


「気持ち悪い」


 それだけ残し。


 立ち去る。


 黒衣の男は。


 反応しなかった。


 ただ。


 王都の夜空を見上げる。


 その手が。


 腰の剣へ触れる。


 まるで。


 何度も繰り返してきた動作のように。


 静かに。


 正確に。


 そして。


 恐ろしく自然に。

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